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広島県手話通訳士協会
 この研究論文は、『日本手話通訳士協会2007年度 研究紀要 第5巻』に掲載されたものです。
手話通訳の専門性に関する一考察
〜入札問題から見えてきたもの〜
大西 久美 ・ 沖本 浩美
唐澤 美加 ・ 中本 智子
佐々木 香津子
(広島県手話通訳士協会)

[1]はじめに

 平成18年8月10日付けの文書で、広島県行政は「委託・役務業務の競争入札参加資格の審査に係る申請手続等について(通知)」において、広島県が発注する業務のうち「手話・要約筆記」業務について競争入札とすることを広島県ろうあ連盟に通知し、同旨を広島県のホームページに掲載した。
 当初、意味不明な状況だったので県へ問い合わせたところ、障害者支援室は、「文書送付は間違いだった。」と答えたものの、入札担当の財産管理室は、「削除理由もなく、一度掲載したものは削除できない。」の一点張りだった。
 そこで、広島県ろうあ連盟の呼びかけにより広島県手話通訳士協会も、聴覚障害者関係13団体とともに、「手話・要約筆記」を競争入札の対象業種から削除するように求めて、県との交渉や政党陳情・抗議集会・署名活動などを行った。
 結果、「今回は申請がなかったので、削除するが、削除期間は未定である。」という返答に留まり、根本的な解決には至らなかった。
 そして、交渉を重ねる中で、行政に「手話
通訳・要約筆記は競争入札になじまない」ことを理解してもらうためには、法的根拠を示さなければならないことと、手話通訳の専門性について理解してもらわなければならないことがわかってきた。
 それは、行政の「手話通訳論」は「手話ができることが手話通訳であるという短絡的な論理」であり、「手話通訳者等の人々が複数、手話通訳派遣を実施していれば、公平性の観点から競争入札になる」という経済至上論理である。

 法的根拠を示すために行った学習の中で、競争入札と相反する言葉として「随意契約」があるとわかった。随意契約については、地方自治法第234条・地方自治法施行令167条の中で障害者保護の規定もあった。手話通訳事業が福祉か経済的活動かという議論も必要だとわかってきた。
 しかし、その前に

 @「手話通訳の専門性」を明らかにすること
 
 Aまたその専門性を、ろう者や手話と全くかかわりのない人々に理解してもらえるように「説明する力量」をつけること
 この二つが必要不可欠という考えに至った。

 以下、これらを考察する。

[2]手話通訳の専門性とは

(1)競争入札になじまない法的根拠の検討

 現在、地方公共団体では、一般的に競争入札によるものが多くみられる。しかし、それになじまないものは随意契約の方法がとられているので、どのような場合が随意契約になるのかをまず調べてみた。
 地方自治法第234条第2項、地方自治法施行令第167条の2第1項2号により随意契約によることができる場合が掲げられている。その中の2には「その性質又は目的が競争入札に適しないものとするとき」との規定があり、他の専門職種では「公共嘱託土地家屋調査士」の業務は随意契約によることが許されると判断された。(昭和62年3月20日最高裁判所第二小法廷判決及び平成16年5月14日大阪高等裁判所控訴審確定判決)
 また、「その性質又は目的が競争入札に適しないものとするとき」に該当するかどうかについて、「契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結の方法に制限を加えている法令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約ごとに、当該契約の種類、性質、内容、目的等諸般の事情を考慮して、その合理的な裁量に基づいて判断すべきものと解するのが相当である」として、契約担当者の判断の裁量性を示している。
 つまり、昭和62年3月20日最高裁判所第二小法廷判決にある「不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいての契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく、当該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても、普通地方公共団体において、当該契約の目的、内容を照らし、それに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定し、その者との間で契約の締結をするという方法をとるのが、当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される」という判決が出ている。
 そこで、この判決にいう「当該契約の目的・内容に相応する資力、信用、技術、経験等」を手話通訳の業務に当てはめると、以下の条件が考えられる。


 @「資力」については、派遣団体として運営的資力が有ること、つまり公益法人であることが絶対条件である。又、派遣を担う人材としての手話通訳者が数多く、継続的に将来的に有しているかも絶対条件である。

 A「信用」については、手話通訳の質を保ってきた証としての通訳実績が有り、社会的信用が有るかということになる。すなわち、苦情相談の適切な対応も含む派遣調整の社会的信用を得て、県や市の
委託を受けたり、市町の派遣についてスーパーバイザーとしての社会的信用があるかどうかである。

 B「技術」については、手話通訳者に必要な知識・技術・理念を高める養成・認定・研修が継続的・組織的に実施されているかどうかで、技術の保障が可能となる。
 
 C「経験」については、人材としての手話通訳者の経験と、派遣調整を担うコーディネーターの経験の双方が問われる。手話通訳の経験は「技術」で担保されるが、コーディネーターについては、高いレベルの経験が必要である。理由は、聴覚障害に対する聴こえの保障を担うのであるから、単に人を派遣するに留まらない。派遣内容が多岐に亘ることと、手話通訳者の言語・知識レベルも多岐、又社会的に障害者理解が不十分な状況の中で、通訳実施の前後の通訳環境調整をも担う事が必要になる。

 D「その他」の条件については、派遣団体の運営(@〜Cすべて)に聴覚障害者が組織的に参画できているかどうか、も重要な条件になる。委託をするものは、手話通訳の質を検証できないので、手話通訳の派遣機関は信用を得る業務をしなければならないのである。そのためには、手話を言語とする聴覚障害者の運営参加により、質の担保をしなければならない。
 これらの事項については、平成17年度に出された「手話通訳事業の発展を願って〜聴覚障害者のコミュニケーション支援の現状把握及び再構築検討事業」報告書の50ページから掲載されている「手話通訳事業実施機関・事業所のあり方」の提言と重なる。
 手話通訳は聴覚障害者の人権や生命に直接関わる行為であり、
聴覚障害に関する知識や倫理、技術といった専門性が必要となる。しかし専門性の有無に関わらず誰もが簡単に参入できる競争入札という方法では、聴覚障害者の人権や生命の保障はできない。
 又、事業所や個人が提示した価格を競争させることになると、行政は安価なところと契約をする方向に流れてしまう。そうなれば、そこで働く者の身分保障を壊すことになり、さらに通訳の専門性や質的保障も低下させ、当事者へのサービスも低下させる恐れが出てくる。従って、手話通訳・要約筆記は、その性質・目的が競争入札に適さないと言える。

(2)手話通訳の専門性

手話通訳とは、手話を主たる言葉とするろう者や手話を中心的なコミュニケーション手段とする一部の中途失聴者・難聴者と、手話を知らない人々との間でコミュニケーションの仲介を行うことである。その仲介という作業は、音声言語を目で見る言葉である手話に単に置き換えたり、又その逆を行ったりするだけでなく、意味や話し手のメッセージをも伝達するものとなる。又、コミュニケーションが必要なろう者と手話を知らない人々との間でコミュニケーションが対等に行われるために必要な、双方への情報提供も行う。例えば、両者の生育環境や文化的環境の違いが原因でコミュニケーションにズレが生じることもあり、そのような時には情報提供をして調整もする。
 一口に手話通訳というが、手話通訳者には以下の業務内容が求められる。
 
 @手話通訳者は音声言語(日本語)と手話という異なる言語間の同時通訳を行う。従って、そのための翻訳能力を有していなければならない。
 手話単語を正確に獲得していることはもちろん大切であるが、単語の羅列で通訳が行える訳ではない。話の文脈や状況に応じて手話単語の選択が的確に行われているか、視覚言語としての特徴を上手に使って、日本語から手話への翻訳が行えているかどうかがとても大切になってくる。さらに、話し手がろう者であれば、この逆を行うことになる。視覚言語である手話を音声言語に変える際は、手話表現を目で見て的確な日本語に翻訳していく力が必要になってくる。

A手話通訳者はメッセージの正確な伝達を行う。そのためにろう者と聴こえる人とがそれぞれに持っている言語や歴史・文化について理解していなければならない。
 もし、年輩のろう者が、別の70代のろう者を指して「彼は勉強やってない。」と手話で表したとしよう。そのまま通訳すれば、聴こえる人はどう解釈するだろうか。「この人は学校の勉強が嫌いだったんだ。子供の頃は、勉強嫌いのわんぱく坊主だったのだな。」と思うかもしれない。聴こえる人の解釈に悪意はなく、小さなわんぱく坊主を想像して、微笑ましく感じたかもしれない。しかし、ろう学校が義務制となったのは、戦後の昭和23年であり、さらに昭和54年の養護学校の義務化まで障害の重い児童には就学免除・猶予が認められていた。話に出た70代のろう者が小さかった頃、実のところ彼は学校に通っていなかった、つまり不就学だったのだ。そうなると、聴こえる人が受け取った「学校の勉強が嫌い」という解釈は、ろう者が発した「勉強やっていない」という言葉の持つメッセージとは大きく食い違ってしまうことになる。それに気付くためには、ろう者のおかれた教育環境を知っていなくてはならない。

 
 B手話通訳者はコミュニケーション過程の把握と調整を行う。そのために、ろう者と聴こえる人双方への援助を行う。
 例に挙げた「勉強やっていない」について言えば、その言葉の持つメッセージが聴こえる人に正しく伝わるためには、ろう者のおかれた歴史や教育についても知っていて、さらにそのことを聴こえる人に伝える努力をしなくてはならない。その場で時間をかけて説明をすることはできないだろうが、手短かにでも通訳の中にそうした話を組み込む必要が出てくる。短時間の間に、話し手の言葉の表面上の意味だけでなく裏にある意味に気付き、話を聴いている聴こえる人の側にはその知識がないことを察知し、正しいメッセージを伝えるために聴こえる人が持たない知識を通訳の中に組み込むことを判断し、その組み込みが行えること、それが援助である。

 C手話通訳者は手話通訳現場での調整を行う。より良い通訳環境を整えるために、設備の調整や、配慮すべきことを周囲に提案する。
 例えば、医師の「メタボリック症候群」をテーマにした講演会の手話通訳を担当した場合、講師の著書を読んだり、テーマに添って話されそうな事柄の事前予測やその学習等、膨大な準備が必要になる。また、現場では物理的条件のチェックや主催者との打ち合わせなどがある。通訳場面は様々であり、手話通訳者は場面に応じた通訳のあり方を判断し、行動していく。

D手話通訳者は聴覚障害についての啓発を行う。そのために聴覚障害について知識を有し、対等な言語環境を作るための啓発能力を有すこと。
 聴覚障害者には「ろう者」・「中途失聴・難聴者」・「老人性難聴者」・「重複聴覚障害者」とある。障害の状況(失聴の時期や聴力レベル)・環境因子(家庭環境・教育環境・社会環境)・障害認識・生活形態などの影響を受けて、同じ「聴こえない」という言葉で括られるにしても、その人の用いるコミュニケーション方法はかなり異なってくる。手話通訳者は聴覚障害についてよく理解しておかなければならない。


 E手話通訳者は職務上知り得た事実について、手話通訳を利用した人達の意に反して第三者に提供しない。
 手話通訳の仕事は、ろう者の生活全般に関わることも多くある。病気・家族関係・子どもの教育・仕事や収入・財産・周囲の人間関係・トラブルの有無等、個人の情報を知り得る立場にある。手話通訳業務に関わる者が、興味本位や守秘義務に関する自覚や知識を持たないままに、他人に漏らすようなことがあってはならない。これは当然のことであるが、大切なことであり、手話通訳者にはきわめて高い人権感覚が必要となる。

F手話通訳者は集団の中で検証するための問題提起を行う。多様な被通訳者・通訳場面と環境があるので、通訳技術・通訳のある方等について、検証と改善を組織的に行う。そのために問題点を把握する力を持つこと。
 現在、日本では手話通訳を個人で請け負うような制度とはなっていない。手話通訳士であっても、手話通訳者や手話奉仕員であっても、行政かその委託先の手話通訳派遣団体に所属するか登録している。手話通訳場面においては、一人で手話通訳業務を行うこともあるが、その場合でも派遣機関からの命令か依頼によって手話通訳業務を行い、終了後は業務報告を提出することとなっている。通訳の仕事が専門職として高まっていくためには、当然集団的な検証が必要である。そのためにも通訳者には通訳場面での問題や課題を把握できる力が求められる。そこでは実際に担当した通訳事例をもとに検証することになるので、Eで述べたプライバシー保護に配慮しながら、討議を行っていく。つまり、手話通訳とは、なによりも人権の尊重という高い見識と、それに裏付けされた態度や行動、問題や課題を解決に導くための知識と技術が必要とされ、高い専門性が要求される業務である。


(3)聴覚障害者団体との協働

 いうまでもなく、日本の手話通訳者の養成・認定・設置・派遣といった制度は障害者福祉制度として聴覚障害者団体を中心とした関係者の長年の取り組みによって作られてきた。現在もそして今後も、聴覚障害者団体及び関係団体の取り組みを抜きにして制度の発展はあり得ない。厚生労働省が規定した「手話通訳者派遣事業」の要綱にも「派遣を担当する団体に利用者を含めた運営委員会を置く」と示されているように、手話を言語とする聴覚障害者の運営参加により、手話通訳の質的水準の維持・向上を図ることが必要不可欠である。派遣だけが切り離されたものではないことを強調しておきたい。


(4)弁護士との関わり

 今回の活動の中で、「手話・要約筆記」が競争入札の対象業種とされたことの不法性について、弁護士に相談・協議する機会を得た。約半年の協議の中で、「手話・要約筆記通訳の本質的機能」について改めて見直すことができた。そして、今年3月、広島県知事宛の「要請書」が完成した。その中の一部を紹介し、手話通訳業務が、聴覚障害者と手話を知らない人々とのコミュニケーションの円滑化を図り、その基本的人権を守り、社会的不利を改善していく専門的な業務であることを再度確認しておきたい。

 手話・要約筆記通訳の本質的機能

 手話・要約筆記通訳(以下、要約筆記通訳も含めて、単に手話通訳という。)は、聴覚障害者に対して極めて強い人権保障機能を担うものであること。
 聴覚障害者は、聴こえないという障害を有するがために、聴こえる人が容易に収集する他者からの情報が取得できない状況に置かれる。ここで、手話通訳は、この情報取得の困難を補完する役割を果たし、聴覚障害者に聴こえる人と同じようなコミュニケーション状況をもたらすものである。即ち、手話通訳により聴覚障害者はようやく聴こえる人と対等な立場に立つことになるのである。これは、憲法に定める法の下の平等(憲法第14条)、表現の自由(憲法第21条)、教育を受ける権利(憲法第26条)、言語権(憲法第13条)(1)等、憲法上保障された人権によって根拠づけられ、これらの人権を実現する手段として手話通訳が機能するものであることを理由づける。これらの人権は、日本国においては、憲法に示された普遍的な人権であり、聴覚障害者のみならずあらゆる人に同等に適用されるものであり、また、人々はすべて他の人々と同等にこれらの人権を享受するものであることは自明である。即ち、手話通訳は、聴覚障害者の基本的人権を保障する手段として、欠くべからざるコミュニケーション手段であることが是認されるのである。


[3]今後の課題

(1)派遣団体としての専門性も合わせて考えること
 手話通訳事業は個人でできることではない。派遣元としての団体が必要であり、コーディネーターの配置があり適切なコーディネートがなされ、聴覚障害者・手話通訳者等で組織された運営委員会があり、公益的な事業実施が根幹にあって継続的に行わなければならない。コーディネートの専門性については研究が始められてきている。これから深められることを期待したい。

(2)通訳者自身が手話通訳の専門性について説明する力を培うこと
 手話通訳士が社会的地位を得るためには、その専門性をどれだけ社会に伝えられるかにかかっている。その力を培う研修がこれからは必要ではないか。これまでのろうあ運動の中で、ろう者の受けた差別や苦労、辛酸を、その近くで共に体験しながら、通訳論を作ってきた通訳者は専門性についてわかっているだろうが、もっと、社会の人が理解できる言葉で語れなければならない。又、一定の通訳論ができてからの通訳者に関しては専門性をよく理解し、それについて語れる力を養える研修が必要である。

(3)手話通訳士法の制定を
 
「手話通訳士法」については前述した「手話通訳事業の発展を願って」の45ページにも提言がされている。 現在、手話通訳の専門性を明記した法律は無い。障害者自立支援法のコミュニケーション支援事業や相談事業に関しても、手話通訳士の位置付けは弱い。業務独占もできていない。福祉の専門職として3福祉士と呼ばれる「社会福祉士」「介護福祉士」「精神保健福祉士」には法律がある。手話通訳士は、その他の技術職としての縛りは「言語聴覚士」「義肢装具士」と並ぶべきものである。福祉の専門職としての法制化が必要である。

(4)公平性の落とし穴

 手話通訳事業が競争入札項目に入った理由は、この事業へ参入する業者の「公平性」であった。現在の社会は「公平性」が広く言われ、今回の入札問題でも、行政側がくり返し唱えたのは「公平性」であった。しかし、競争入札を象徴する「公平性」という言葉には落とし穴がある。それについて触れ、本稿を終えたい。

 競争入札制度は、自由競争原理に基づく市場形成のため有用な制度といえる。しかし、前述のとおり手話通訳事業はこの競争入札の原則になじむものではない。手話通訳は、聴覚障害者に対する基本的人権保障機能という高度な公益性を有し、その専門性や質的保障の必要性についても言を待たない。行政の言う「公平性」の観点から、競争入札が導入されたとする。本稿のはじめにも述べたとおり、競争入札は価格を競うものである。例えば庁舎の清掃業務であれば、価格の低いサービス業者が入札することによって、適正な財政支出の目的にも適う。 もし不十分な清掃サービスの提供があれば、これに追加の業務を要求することで目的は達成される。しかし、こと手話通訳については、一旦不十分あるいは誤りのある通訳がされ、それが修正されることなく会話や情報伝達が続行され、放置されてしまえば取り返しがつかないことになる。それは、ろう者の生命が危険にさらされ、或いは財産までも失う恐れがあり、基本的人権を侵しかねない。すなわち、手話通訳とは手話通訳者の能力にかかるまさに「一回的な業務」なのである。公平性」という言葉は確かに響きがよい。しかし、それに基づく競争入札から、ろう者と聴こえる人の間で「公平性」はもたらされないのである。又、公平性は専門性と相反する面がある。専門性の深まりや特別性を否定していくこともある。正しい意味での公平性になっていくように、専門性の意味も深めていかなくてはならない。


 おわりに

 手話通訳者であれば、「手話は、ろう者自身が生み育てた、ろう者の言葉である」ことを知っていなければならず、手話を学ぶ過程でそうした手話を育んだろう者に対して感嘆や尊敬の念を何度か覚えたはずであり、その思いは忘れてはならないものである。手話通訳論が、歴史は歴史で語られ、専門性は専門性で分けて語られることのないように、ろう者が手話通訳というものをどのように必要とし、求めてきたのか、歴史的な視点をもちつつ、手話通訳者の専門性を高めていきたいと考える。

注記
(1)「言語権」については、全国ろう児をもつ親の会が日本弁護士会に出した「ろう児の人権救済申立書」(2003年5月)による。ここでは「4(二)『「言語権』の法的性質、憲法上の位置付け 言語による差別の否定は憲法第14条によってすでに保障されているといえる。そして、言語による差別の否定以外の、固有の「言語権」については、憲法第26条及び憲法第13条後段によって保障されるというべきであろう。」という記述がなされている。

参考文献


1)聴覚障害者自立支援法対策広島県本部編・発行 『手話・要約筆記競争入札問題(報告集)』 2007年

2)日本手話通訳士協会編・発行 『手話通訳士倫理綱領をみんなのものに』 1999年

3)財団法人全日本ろうあ連盟事務局 『50年のあゆみ』財団法人全日本ろうあ連盟出版局  1996年

4)手話通訳士育成指導者養成委員会 『手話通訳の理論と実践』財団法人全日本ろうあ連盟出版局 1998年

5)社会福祉法人聴力障害者情報文化センター編・発行 『聴覚障害者の精神保健サポートハンドブック』 2005年

6)伊東雋祐「手話通訳制度をめぐって」『リハビリテーション研究1985年11月』財団法人日本リハビリテーション協会 1985年

7)広島県手話通訳養成・認定委員会編・発行『ひろしま手話学習のてびきU』 2002年

8)木村晴美・市田泰弘著『はじめての手話』日本文芸社  1995年

9)全国ろう児をもつ親の会編『ぼくたちの言葉を奪わないで』 明石書店 2003年

10)聴覚障害者のコミュニケーション支援の現状把握及び再構築検討委員会編『手話通訳事業の発展を願って』平成17年度報告書 財団法人全日本ろうあ連盟 2006年