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※私がいつか書きたいな、と思っている少年少女の話が根底にあります。
  とても長寿の竜の男の子と、人の女の子のお話です。





     いい人

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週末の大通りなんて、物より人を見に来てるみたいだ。

並ぶ露天に目をやろうにも、行き交う大量の人でろくに見えないし、反対側の店先なんて、何万里も先に感じる。

あぁ、全く嫌になる。

一体どこからこんなに人がわいて出たのだろうか。

最も、かくいう自分もその中の一人なのだけど。

なんてことを考えてたら、ふっと影が差した。

「あの、大丈夫ですか?具合でも悪いの?」

人ごみに酔って気分が悪くなり、路地の隙間というひどく暗くて目立たない場所に蒼い顔をしてうずくまっていた私に、そう声をかけてくれたのは、ぼさぼさ頭の青年だった。

黒い目黒い髪黒い眼鏡に黒い長衣。

これでもかと言うほど黒一辺倒でお世辞にもしゃれているとは言えないし、体つきも華奢に見えるが、清潔感はきちんとあるし、そもそも顔の造作も悪くはない。

年の頃は20代後半ってとこだろうか。

心配そうなのに、どこかのん気そう、というある意味賞賛に値する表情で、彼は私に手を差し伸べた。

「…ありがとう。良ければ腕をかしてくれる?」

彼は優しく笑って、快くそれに頷いてくれた。

遠慮なく差し伸べられた手を取って、やっとのことで起き上がる。

相変わらず頭はくらくらするし、足元はおぼつかないし、件の彼には腕を借りるというよりも肩を借りてしまうこととなった。

彼は気を悪くした様子もなく、気遣うように私を支えてくれた。

もしその手が少しでも嫌らしい動きをしたなら、思いきり払いのけてやろうと警戒していたのだが、その心配はまったくの杞憂に終わった。

16才という花の乙女にこれだけ密着していながら、彼は少しも動じるそぶりも見せなかった。

それはそれで腹がたつけど。

しばらくすると馬鹿らしくなって、私は安心しきってその身を彼に委ねた。

あぁ、気が抜けたらますます気分が悪くなってきてしまう。

そもそもこの人ごみを抜けるために、人ごみに突入せねばならないとはなんたる矛盾。

そうしている間にもどんどん血液が下がって行くのが分かる。

すーっと視界が色を失っていって、私は自分の意識が薄れて行くのを感じた。

あぁ、ごめんなさい、親切な人。

腕を借りるどころか、とんでもない迷惑をかけてしまうことになりそうです。




「あ、気がついた?」

目を開けたら、見知らぬ天井が広がっていた。

「ここは大通り近くの診療所。君が通りで気を失ったから連れてきたんだ。先生はただの貧血だから大丈夫って言ってたよ。起きられるかい?」

聞いてもいないのに、聞きたいことを全部答えられてしまった。

頭をまわせば、そこには先ほど知ったばかりの人の良い笑顔。

「おき・・られます」

そっと体を起こす。

彼は手を出しかけたが、見知らぬ少女の体に触れるということに気を使ってか、結局そのまま手を下ろした。

「あの、ありがとうございます」

謝辞を述べると、彼はのん気に首を振った。

「別に大した事はしてないよ。僕より診療所の先生にお礼を言っておいてね。もう診療時間は過ぎたんだけど、君が気がつくまでベットを使って良いって鍵を置いて行ってくれたんだよ」

その言葉に私はばっと窓の外を見、次いで壁にかかっている時計を確認した。

そこには、真っ赤な夕焼け空と、6時27分を指す盤面が確かにあった。

「も、もう夕方?!」

市へと行ったのは午前中である。

一体何時間気を失っていたのか。

それになにより・・

「今までついててくれたんですか?!半日もの間?!」

この人は一体何時間そこにいたのか!

彼は別に気にする風もなく、へらりと笑った。

「まぁ、のりかかった船だしね」

「ご、ごめんなさい!!」

また血の気が引くような気がする思いで、私は思いっきり頭を下げた。

「それだけ元気良く頭を下げられるなら、もう大丈夫だね」

それを見て彼はくすくすと堪えきれない笑いをこぼした。

親が子どもを見てするような、皮肉も侮蔑も混じらない、温かい笑みだった。

顔を思わず赤くしながら、私は大急ぎでベッドから降りて靴をはいた。

「あ、あの、お礼!お礼させてください!!」

彼とて何か用があってあの市場へ来ていたのだろうに、私のために半日、いや、もう夕方だから実質丸一日を無駄にさせてしまったかと思うと申し訳なさで泣けてくる。

だからせめても、と中身の残り少ない財布を握り締めてそういったのだが、彼はやんわりと横に首を振った。

「お礼なら診療所の先生にしてあげて。僕のしたことなんて半日お茶を飲んでくつろいだことだけだからね」

いたずらっぽく言ってくれるその言葉は、あまりにも控えめな評価というべきだろう。

「もちろん先生にもお礼はします。でも、直接私を助けてくれて、ずっとついていてくれたあなたにも、お礼がしたいんです」

このままだと彼は本当に何も求めずに去っていってしまいそうだったので、私は慌てて言い募る。

するとなぜか彼は困ったような顔をした。

「どうしても?」

「どうしてもです!!」

勢い込んで私は彼の問いに断言した。

すると彼は少しだけ考え込んで、「じゃぁ」と言った。

「すごく変なお願いなんだけど、少しの間だけ、窓の外を見てじっとしててくれる?」

「・・・・・は?」

本当に変なお願いだった。

今までの行いから見ても、柔らかい態度を見ても、彼は信用できる人物だろうとは思うが、あまりに理解外のお願いだったのでさすがに戸惑ってしまう。

「それって、お礼になるんですか?」

彼はなんの躊躇もなく頷いた。

「やってくれるととっても嬉しいね、僕は」

なぜなのか、という疑問は大きかったが、とりあえず恩人の言葉である、従ってみることにした。

夕日がいっぱいに差し込む窓際に立って、美しい空の情景を眺めてみる。

「こ、これでいいんですか?」

「うん、ありがとう。少しだけそのままで居てくれる?」

なぜだろう、私はその時、振りむいてはいけない気がした。

たぶんそれは、彼の「ありがとう」という言葉が、泣きそうに聞こえたからだと思う。

その声は、きっと、私にむけられたものではないのだと思う。

私の後ろ姿を通して見える、誰かに向けた声なのだろうと、そう思った。

それだけその声は、真剣だったから。

だから私は動けなかった。動かないでいたかった。

もう少しだけ、彼と誰かの時間を、守っていてあげたかった。

結局、私は夕日が完全に山の端に消えるその瞬間まで、彼の視線を背に感じながら、ずっと移り行く空を見ていた。

最後の陽光が煌いて、空から赤が消えると、後ろでそっと息をつく音が聞こえた。

「ありがとう。とても、とても素敵なお礼だったよ」

彼は無欲にもこれでお礼を終わらせる気らしい。

私は、触れて良いのか迷ったあげく、一言だけ彼に尋ねた。

「だ、誰を見てたんですか?」

彼はそれを聞くと、ちょっとだけ驚いた顔をした。

そしてすぐににこりと笑った。

それはとても慈愛に満ちた笑み。

愛おしくてたまらない、大切な何かを思い出すような優しい色。

「コートナー。僕の、愛する人だよ。」

その声のなんと甘く、なんと切ないことか。

私はこれほど愛情深い声を今まで知らなかった。

これほど強い希求のこもった声を知らなかった。

「君とよく似た髪の色をしていたんだ」

私は自分のシナモン色の髪を見た。

たっぷりとしたそれは、背に流れるままにしてある。

彼の愛する人は、私と同じ色の髪をして、どんな風に彼に笑い返していたのだろうか。

彼女と、コートナーさんと同じように、私に笑えればいいのに。

そう思ってしまうほど、彼の笑みは優しく、そして、泣きそうに見えた。



「それじゃぁね、気をつけて帰るんだよ」

彼は別れ際、のんびりと手を振りながらそう言った。

「はい、本当にありがとうございました」

私は深々と頭を下げる。

すると彼は照れたように、慌てて「そんなそんな」とか言っていた。

彼は私の家とは反対の方へ歩き出し、私も彼とは反対の方へ歩き出す。

何歩か歩いて、私は突然彼の名前も聞いてないことに気がついた。

急いで振り返っては見たものの、すでに彼の姿は雑踏に紛れてしまっている。

亡羊と彼の消えた道の先、遥かな空をしばらくみやり、私は小さく呟いた。


「ありがとう、名も知らぬいい人さん」


そしてにっこり笑ってみる。

彼の愛する彼女の笑みとは違うかもしれないけれど、私にできる精一杯で。

それきり私は踵を返した。

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2007,8,25
 たくさんある優しさの形のお話です。