All my dreams fulfill
「そうだよ、ヨザ」
幾度も幾度もあの声が脳裏に蘇る。
いつもの優しい声ではなかった。
祈りの言葉のように、厳粛で真剣で迷いのない声。
だが、その底には甘い香りがふわりとただよう。
そんな、今まで聞いたこともない、不思議な声。
その声は、俺の頭の中で、繰り返し同じ言葉を告げる。
「俺は、ユーリを愛してる」
その声が耳について離れない。
どうしても、離れてくれないんだ。
先日、コンラッドのもとへと血盟城の廊下駆けていた俺は、角の向こうから突然聞こえてきた諍いに思わず足を止めた。
キャッチボールに誘おうと訪ねた詰め所で、彼の部下たちに告げられた行き先はなぜか人気の少ない迎賓館の方面。
迎賓館は普段はほとんど人がいない。
それゆえ必然的にそこへの廊下も人気がほとんどなく、方位の関係だろう、時折差し込む陽光にもかかわらず迎賓館に
続く廊下は影に沈んでいる。
声を潜めてはいるが、穏やかとはいえない調子のやりとりが、コンラッドとヨザックのものだというのはすぐに分かった。
それを止めにも入らず、逆に息を潜めて体を壁に貼り付けたのは間違っても盗み聞きをしようと思ったわけではない。
その激しいやりとりの最中に何度も「陛下」や「ユーリ」という言葉が飛び出していたからだ。
「ってなわけでさ、俺、あんたの気持ち、聞いちゃったんだけど」
淡々と、執務室でさっきまでしていた仕事の会話の続きのようにさらりとそういえば、コンラッドは笑顔のまま固まって、「は?」と
間の抜けた声をもらした。
「だから、こないだのヨザックとの話、わざとじゃないけど聞いちゃったんだよね」
書類を捲り、サインを綴る手も休めずに、ユーリはそう繰り返した。
コンラッドは珍しくどう答えていいか逡巡しているらしく、二人きりの執務室にはめったにない重い沈黙が落ちた。
顔をあげなくても、今のコンラッドがとっくに笑顔をやめていることくらい、ユーリには分かる。
困ったような、すまないような、そんな顔で、きっと謝罪の言葉を探している。
「それは・・・・、すみませんでした、陛下」
ほら謝った。とユーリは胸中で毒づく。
「なんで謝るんだよ」
相変わらず手も休めずに、つっけんどんに言い放つ。
「なぜって、ご不快だったでしょう?」
コンラッドの言葉には迷いがなかった。
それを心底信じているのだろう。
「だから、なんでそれを直接ぼっちゃんに言ってやらないだよ!」
「陛下が、いや、ユーリが俺を大切に思ってくれてることぐらい俺だって知ってる。だが、ユーリの想いは俺の想いとは違う
ものだ。そんなの、見ていてわかるだろう?」
『愛している』と、その言葉に動揺していたユーリは、それを聞いて更に混乱してしまった。
ただでさえ頭がぐるぐるしているのだ。
あのコンラッドが、まさか自分をそんな風に思ってくれてただけでも一大事なのに、それに続く言葉は想いの成就を否定
しているではないか。
「地球では同性愛はマイノリティだよ。その地球で育ったユーリが、男に想いを告げられても困るだけだ」
「だからって、言う前からあきらめんのかよ!」
ヨザックが強い調子で言い募っても、コンラッドはいっそゆるぎないといえる口調ではっきりと言った。
「この想いはきっと、いや、必ずユーリを苦しめるよ。普通に女性と結婚して当たり前の家庭を持つのが、彼にとって一番
幸せなことだ」
それは月が地球の周りを回るとか、林檎の実はいつか木から落ちるのだと、そういう絶対的な真実を述べる時のように、
確信に満ちていた。
何度もなんども考えて、とうとう真理を見つけた人のように、穏やかだが迷いがなかった。
「そんなのお前が勝手に決め付けてるだけだろうが、この過保護め!」
だがさすがにヨザックはそんなことでひるんだりはしなかった。
ひときわ大きな声でヨザックは言う。
「なんでぼっちゃんの幸せをお前が勝手にきめつけてんだよ。ぼっちゃんだってお前を憎からずは思ってる。言ってやりゃいい。
それで悩んで苦しんで決めるのはぼっちゃんの権利だ。ぼっちゃんなら自分の力でちゃんと答えを見つけられるさ」
「さぞ、困惑なさったでしょう。・・・・陛下の気分を害してしまって本当に申し訳ありません。消えろというのならどことなりへ
今すぐ消えます」
あの時の口調だなとユーリは思った。
ヨザックと口論してた時の、絶対的真実を語ってるような声だ。
「うん、めちゃくちゃ混乱したよ。俺ってあんま頭が良くないから全然あんたがそんな風に想ってくれてることに気付かなかったし」
「・・・・・」
「まぁヴォルフの例があるけどさ、確かに地球じゃ男に告られたことなんかなかったしさ。つっても女の子に告られたこともないん
だけど。困ったつーか驚いたね。天地がひっくりかえったかってくらいびびった」
ユーリは呆然としてただただ二人のやり取りを聞いていた。
その後も二人はまだ言い争いを続けていたけれど、ユーリは途中からそれどころではなくなっていた。
コンラッドの「愛してる」はたった16年の人生では聞いたこともない、本当の愛の言葉だった。
その真剣さがユーリを困惑させたし、驚愕させたし、コンラッドの言う通り困らせられもした。
だが、本当に不思議だが、同性に告白されれば抱くだろうはずの嫌悪感は抱かなかった。
「・・・・ったく!勝手にしろ!!」
ヨザックは怒り心頭、といった具合に言い捨てると、コンラッドを置き去りに足音荒く歩き出した。
足音の向かう先は、まさにユーリが息を潜めている廊下ではないか。
ユーリは焦りと、いまださめない混乱とで、どうすることもできずにただただその場で冷や汗をかいて固まった。
逃げることも隠れることも出来ないままのユーリを見つけたヨザックは、驚いて声をあげ、たりはしなかった。
それどころか少しも慌てずに口の前に人差し指をあてて「静かに」という動作をすると、目を丸くしているユーリをひょいと
担ぎ上げてすたこらさっさとその場から逃げ去った。
本館まで帰り着くと、ヨザックはユーリを下ろしてにやりとしてみせる。
「坊ちゃん、盗み聞きはいけませんぜ」
その笑みに、ユーリはあることを悟った。
「ヨザックは、俺があそこにいたの気付いてたんだな・・・」
「そりゃお庭番ですもの☆ 隊長はね、俺が坊ちゃんが来る前に散々怒らせちゃって頭に血が上ってたから情けないことに
気付いてないと思いますよ」
「・・・・わざと聞かせたのか?」
ユーリの低く沈んだ声に、ヨザックは表情を改めた。
いつものおちゃらけをやめたヨザックは、歴戦の猛者というにふさわしい、引き締まった強さを感じさせる。
「わざとじゃありません。ぼっちゃんがあそこに来るのなんて、俺には予想できませんでしたからね。ただ、状況を利用しはしました」
お庭番は冷静に、冷酷にさえ聞こえるほど冷静にそう答えた。
「俺に、聞かせるために、コンラッドを煽ったんだな」
「はい」
簡潔な返事の後、しばらくその場を支配するのは沈黙だった。
ユーリはうつむいたまま、拳を強く握り締めたまま、身動き一つせず、じっと自らの足先を睨んでいた。
ヨザックもまた、自分からは何も言う資格がないとでも言うように、神妙に押し黙っている。
だが、ユーリの手があまりの力に震え始めると、ヨザックはその手に触れた。
「そんなに強く握り締めると爪がくいこんで血がでます。そんなことになったら俺はあいつに殺されちまいますよ」
幼い、頑是無い子をなだめるような優しい声をかけられても、ユーリは猶手から力を抜くことができない。
ヨザックに怒っているわけではない。
それはユーリの混乱の証だった。
ユーリはコンラッドの想いに戸惑っていて、思考の迷宮に迷い込んでいた。
だが、それ以上に強い感情がユーリに胸にはわきあがっていて、それがユーリの混乱に拍車をかけていた。
今までコンラッドに抱いたことにない感情。
コンラッドの言葉に促されるように激しく生まれる感情だ。
なお沈黙を守るユーリに、ヨザックは小さく息をついてあきらめたように笑った。
「こんな状況を作った当事者として、身勝手な言い分だというのは重々承知してますがね、ぼっちゃん、混乱するのもわかりま
すけど、少しだけでいいからあいつの言葉について考えてやってください」
「・・・・・・・・・よ」
「へ?」
ぼそりと、小さくユーリは何かを呟いた。
その音がよく聞き取れなかったらしく、ヨザックは下をむいたままのユーリの顔を覗き込もうとした。
「確かに混乱したけどさ、俺さ、すぐにあることだけは分かったよ。それだけはすぐにわかった」
「・・・・・」
コンラッドは、大人しくユーリの次の言葉を待っている。
その悲壮な程の真剣さは、「すぐに消える」という言葉も嘘ではないのだということをたやすく感じさせるものだ。
「そいでさ、なんかそのことばっかり、日本でずーーーーーーーっと考えてた」
ユーリはコンラッドの思いのたけを聞いてヨザックとの会話が一段落した後、眞王のお導きか大賢者のいじわるか、
いきなりスタツアってしまったのである。
おかげで事態はなんの進展もないまま、ユーリは幸か不幸か執行猶予をあたえられてしまったのだ。
おかげで考える時間だけは死ぬほどあった。
知恵熱を出すほど考えて、家人に「あのゆーちゃんが風邪だなんて?!」という釈然としない驚かれ方をしたのである。
「それで」
ユーリはそこで初めて、顔を上げてコンラッドを見た。
強い決意を秘めて、逃がすまいとするように、目前に立つコンラッドを視線で捉えた。
「それでひとつだけ、どうしてもあんたにいわなきゃいけないことがあるって、わかったんだ」
ユーリはペンを置き、机に手をつくと、おもむろに席を立ってコンラッドに歩みよった。
コンラッドは覚悟を決めた顔をして、近づいてくるユーリを黙ってみている。
一歩、二歩、三歩、静かに彼に近づくと、おおきく息を吸い込んだ。
俯いたままのユーリは、おおきく息を吸い込んで。
コンラッドの肩に手を置くと、耳元にそっと口を近づけて。
「ふ ざ け ん な ――――――――― っ!!!!」
と、大音量でのたまった。
コンラッドは思わず耳を押さえてユーリから慌てて離れた。
さすが日ごろの運動で鍛えた肺活量、ユーリの声量はなかなかのもので、コンラッドの耳はびりびりと痛んだ。
「な、ユーリ、何するんですか?!」
「何するかってのはこっちの台詞だっての!!最初は頭ぐちゃぐちゃで全然考えがもとまんなかったけどさ、黙って聞いてりゃ
何が『ユーリが困る』だよ!何が『ユーリの幸せ』だよ!!そんなこと誰が決めるとおもってんだ?あんたか?神様か?違う
だろ?!俺だよ!渋谷ユーリだろ!!」
「で、でもあなたは俺の気持ちを聞いて、気持ち悪いと思ったでしょう?」
実力は証明済みの高性能の肺機能によって途切れることなく続くマシンガントークを、コンラッドは慌てて遮った。
さっきユーリ自身も驚いたし困った、と言ったばかりである。
「あぁそりゃ驚いたさ!驚いた後には怖くなったさ!」
ユーリのためらいのない言葉に、コンラッドは一瞬だけつらそうに眉をよせた。
「だってありえないだろ?!あんたはともかく俺は不純異性間交遊を夢見る一男子高校生だっつーのに!!まさかと
思うだろ!だって!!」
ユーリはそこで一瞬、迷うように、そしてその迷いを振り払うように、言葉を切った。
「だって、俺はあんたの気持ちを聞いても、嫌じゃなかったんだ!!」
「・・・・・え?」
コンラッドの呆けた声が聞こえたけれど、その時にはユーリは先ほどとは別の意味で顔をあげられなくなっていた。
顔が火を噴くほど熱いのである。
きっと林檎も蛸もはだしで逃げ出す程真っ赤になっているに違いない。
「そ、それどころか、何度も何度もあんたの言葉を反芻して、何度も何度も考えに考えたけど、明日は槍が降るかなと
思うほど驚いたし、人の幸せを勝手に決めて絶対一度きつく言ってやらなきゃと思ったけど!けど!」
それは、死ぬほど恥ずかしいし、地球基準の倫理を持つユーリにとっては正直頭を抱えるしかない結論だった。
だけど、生まれて初めて知恵熱が出るほど考え抜いて、からかわれるのも大きな借りを作るのも覚悟で大ケンジャーに
相談までして、そうして出た答えだ。
いくら嘘だと否定してみても、結局思考はそこに落ち着いてしまった。
だからユーリはありったけの勇気をふりしぼって、その一言をコンラッドに伝えた。
「けど、俺はあんたの気持ちが嬉しかった!」
「俺は、あんたが・・・・・!!」
残りの二文字は、コンラッドが急にユーリを抱きしめたことによって、ただその腕の主の耳にだけ届いた。
あんまり強く抱きしめられて、息をするのに苦労しながら、ユーリは顔どころか全身が真っ赤に染まっているだろう事を
自覚した。
抱きしめられているせいで、頭上のコンラッドの声が変にくぐもって聞こえる。
ユーリには見えなかったけれど、コンラッドは泣きそうな顔で、あきらめていた夢を必死で抱きしめていたのだ。
「どうしましょう、夢がかなってしまいました」
コンラッドの泣き笑いで言っているらしい声が聞こえて、ユーリは恥ずかしさに固まる体を叱咤して、おずおずと彼の背中
に手を回した。
ヨザックはユーリの予想外かつ素晴らしい怒声と、その後に続く怒涛の怒りの言葉に未だに痛む耳をさすり、爆笑しすぎて
痛む見事な腹筋をおさえながら、息も絶え絶えに言った。
「や、さ、さすがぼっちゃん!!おみそれしました!!ぜ、是非その破壊力絶大の怒りの叫びをあの馬鹿にぶつけて
やって〜ん!!」
言葉が幾度かこぼれる笑いに中断されてしまうのはご愛嬌というやつである。
あんまり大爆笑されてさすがに少し恥ずかしく、ユーリは「ちぇ」とすねて見せたが、それをとりなすようにヨザックは「すみません」と
笑いをこらえて謝った。
「いや、ぼっちゃん、お礼にいいこと教えてあげますよ」
「いいこと?」
「俺とあいつが、いきなり喧嘩をおっぱじめた理由です」
『そうだな、もしも、もしも万が一、ユーリが俺の気持ちを受け入れてくれたのなら、それだけで俺の全ての望みは叶うよ』
掌に、引き締まった広い背中を感じながら、ユーリはヨザックの教えてくれた言葉を思い出していた。
『あいつ、それをほんとに本心から幸せそうに言いやがるから、だからもしもだなんだ言ってないで、ぼっちゃんに想いを伝え
ろっつったんですよ。そしたらそれから言えだ言わないだの押し問答で。それが高じてあの状態に』
ヨザックが笑いながら教えてくれたその言葉が、胸に痛いほどだった。
ユーリはそれを聞いて、慌ててこみ上げてくる涙を抑えなくてはいけなかったのだ。
ユーリはぽんぽんとコンラッドの背を手で叩きながら、囁くように言った。
「馬鹿だなあんた」
「それくらい、叶わないわけないだろう?」
恥ずかしさからややぶっきらぼうにユーリはそう言った。
「いくらだって叶うさ。これからだって、ずっと、ずっと叶う。俺が叶えてやるよ」
その言葉に何を感じたのか、コンラッドは目を丸くして、自らの腕に抱きこんだ黒い頭を見つめた。
それから、幸せそうにくすりと笑ってユーリの頭をそって撫でた。
「では、頼りにしてますよ、魔王陛下]
わざとふざけていったそのコンラッドの言葉に、ユーリの顔も綻んだ。
「まかしておきたまえ、ウェラー卿」
その後、城下の酒場には珍しく幼馴染に逆らわず、言われるままに酒を奢る、不機嫌そうな顔のウェラー卿コンラートの
姿が見られたというが、それはまぁ余談である。
2006、2、23
2000番のきりばんを踏んでくださったAsikaの希さまにさしあげるお話です〜。
リクエストの内容は「コンユで、ユーリとコンラッドがくっついた時のお話」ということでした。
私の中でそれをするには3年くらいかかる超スペクタクル長編になるので、ヨザックさんにご登場いただきました。
その結果、コンラッドさんの出番が減り、とてもへたれさんになりました。
しかもよく考えたらムラケン狂希閣下にはムラケンを出して差し上げればよかったのだと書いてから気付きました。
ぎゃふん!
こんなんでよければお納めくださいませ〜!