心 得 帖
  
平成17年9月
  
 序 言
 心得帖は、「標語」、「訓言」、「法諺」、「参考資料」からなっている。
 標語(古今東西の聖人、偉人、英雄達の名言、箴言、伝承された格言、諺及び俚諺を含む幅広いものとする。)、訓言、法諺は、人生を豊かにするものとして拳拳服膺してもらいたい。
 標語、訓諺、法諺は人生を生きる上で不思議な力を持っている。ある時は人を導き、ある時は人を励まし慰める。それは、標語、訓諺、法諺が幾千年にわたり、幾千億人を教え導き、あるいは励まし慰めたという実証の力が、我々の心に意識され、信念となり生きる上での道標となるからである。
 標語、訓諺、法諺は短くて意義が長い。短いが故に覚えやすく、長いが故にその応用は自在である。
 心得帖は、人間として身を処していく上で、信念の土台に、行動の指針に、また、日々の反省の糧として、役立つものである。 

目 次
 
1 標 語 
 
2 訓 言 
 
3 法 諺 
 
4 兵科次室士官心得
   
1 標 語
 
 1 五 省              FIVE POINTS OF SELF-DISPLINE
  一 至誠に悖るなかりしか  1 Have I been sincere?
  一 言行に恥づるなかりしか 1 Have I been fair in my words and behavior?
  一 気力に缺くるなかりしか  1 Have I been enthusiastic?
  一 努力に憾みなかりしか  1 Have I been energetic?
  一 不精に亘るなかりしか   1 Have I been industrious?
 2 正しく、生きる原則
  ・ セルフ・デフェンスの原則
  ・ 自己責任の原則
   を確立し、自分の人生は自分の努力で開拓する気概が必要である。
    堅実な生活を送ることの大切さを自覚し、平和を愛する国民の一員として、国の護りに愛と青春をかけ、誠実に   生き、生活を楽しむ。
 3 人生訓
   六  然  自処超然 処人藹然 有事斬然 無事澄然 得意澹然 失意泰然
   六中観   忙中有閑 苦中有楽 死中有活 壺中有天 意中有人 腹中有書
 4 志立ちて人生初めて意義在り(言志録)
 5 立志に三要あり、一に曰く「高く」
              二に曰く「大きく」 
              三に曰く「堅く」(白川楽翁)
 6 一筋に思ひ定めよ浜千鳥 何処の浦か波風のなき(道歌)
 7 天剣漫録(秋山真之)
 (1)細心焦慮は計画の要能にして虚心平気は実施の原力なり。
 (2)敗けぬ気と油断せざる人は無識なりとも用兵家たるを得。
 (3)大抵の人は妻子を持つと共に片足を棺桶に衝込みて半死し進取の気象衰   へ退歩を始めむ。
 (4)金の経済を知る人は多し時の経済を知る人は稀なり。、
 (5)手は上手なりとも力足りぬときは敗る戦術巧妙なりとも兵力少なければ勝つ能(あた)わず。
 (6)一身一家一郷を愛する者は悟道足らず世界宇宙を愛する者は悟道すぎたり軍人は満腔の愛情を君国に捧げ   上下過不及なきを要す。
 (7)本年の海軍年鑑を見るに吾国海軍も幕の中に入れり精励息まざれば大関にも横綱にもなるならん勉強せざれ  ば又三段目に下がるざるべからず。
 (8)「ネルソン」は戦術より愛国心に富みたるを知るべし。
 (9)人生の万事虚々実々臨機応変たるを要す虚実機変に適当して始めて其の事成る。
 (10)吾人の一生は帝国と比すれば万分の一にも足らずと雖吾(いえども)人一生の安を偸(ぬす)めば帝国の一生危    し。
 (11)成敗は天に在りと雖人事を盡さずして天、天と云ふこと勿(なか)れ。
 (12)敗くるも目的を達することあり勝つも目的を達せざることあり真正の勝利は目的の達不達に存す。
 (13)平時常に智を磨きて天藏を発き置くにあらざれば事に臨みて成敗を天に委せざるべからず。
 (14)苦きときの神頼みは元来無理なる注文なり。
 (15)教官の善悪書籍の良否等を口にする者は到底啓発の見込無し。
 (16)自啓自発せざるものは教えたりとも実施すること能わず。
 (17)岡目は八目の強みあり責任を持つと大抵の人は八目の弱みを生ず宜く責任の有無に拘はらず岡目なるを要    す唯是れ虚心平気なるのみ。
 (18)虚心平気ならんと欲せば静界動界に修練工夫して人欲の心雲を払い無我の妙域に達せざるべからず兵術の   研究は心気鍛錬に伴ふて要す。
 (19)天上天下唯我国独尊は軍人の心剣なり。
 (20)進級速かなれば速かなる程吾人は早足にて勉強せざるべからず何となれば一定の距離を行くに少き時間を    与へられたればなり。
 (21)吾人の今後三十年其の内十五年は寝て暮らすと思えば何事を為すいとまもなし。
 (22)治にいて乱を忘るべからず天下将に乱れんとす覚悟せよ。
 (23)世界の地図を眺めて日本の小なるを知れ。
 (24)世界を統一するものは大日本帝国なり。
 (25)家康は三河武士の赤誠と忠勤とに依りて天下を得たり小大此理を服膺すべし。
 (26)元亀天正の小天地は目下世界の全面なり。
 (27)人智の発達と機械の進歩は江戸長崎の行軍時間を東京倫敦(ロンドン)の行軍時間と同一にしたることを忘る   べからず。
 (28)三月になると早や冬の寒さを忘れて陽気に浮かるる様の事にては次の冬の防寒は覚束(おぼつか)なし。
 (29)喉下過ぐれば熱さ忘るるは凡俗の劣情なり。
 (30)観じて来れば吾人は緊褌一番せざるべからず。
 8 防衛の意識
   防衛は国家、国民の生存のため、生き残るためにあるのであります。この観念に徹しないと防衛の意識というも  のが腹の底から湧き上っては来ません。(『高木少将講話集』339頁)
 9 海軍の伝統精神(元兵学校校長井上成美海軍中将)
   第一は、常に当面の職務に、「全力を尽くす」ことであり、精神を込めて行うこと。 
   第二は、上下左右の「相互信頼」。海軍はこれで動いている。
   第三は、「率先して難事に赴く」こと。
   (文集七五会『錨のしずく』(阪急電鉄株式会社、2002年)17頁) 10 伝統は創造の連続(高木少将)
10 伝統とは伝承ではなく、常に先人を乗り越えて創造することの連続でなければなりません。新しい創造は過去の  すぐれた魂が中核でなければなりません。(『高木少将講話集』)
11 海軍の体験(第9期海軍短期現役主計科士官の記録)
 (1)少数精鋭主義。海軍の人材育成活用の重視。
 (2)適材適所。人は誰でも、適切な配置が与えられなければ、能力が十分に発揮されない。
 (3)指揮官先頭。戦闘においては、そのつどがdecision-making であり、それが連続する。瞬時の決定の善し悪し   が結果を大きく左右する。指揮官は超人的総合能力が要求される。
 (4)必勝の信念。絶対に勝たねばならない、死してもなお勝つ。
 (5)海軍を通じて国家のために役に立つ。
 (6)立派な海軍士官となれ。海軍士官としての自覚。
 (7)海軍の伝統としての行動の心構えについては、「静粛」、「正確」、「迅速」。
 (8)重要な号令の意味。5分前の精神。
 (9)命令と服従。
 (10)体得せよ。
 (11)信念の確立。軍人として与えられた任務にベストを尽くすことで、人間として、一歩ずつでも自己完成に向かっ   て進みたい。
 (12)有事のときに信頼できる人物は、平常時において目立たず、与えられた仕事をコツコツと実施する泰然たる人   物である。
 (13)海軍の国際的感覚と柔軟な思考。
 (14)海軍の力。日夜を分かたぬ鍛錬の中に培われた海軍魂、海軍精神が身を挺して困難に赴かせる力となり、永   い伝統と誉れ高い海軍の力となる。
   (『第9期海軍短期現役主計科士官の記録−5分前の青春』)
12 海軍精神
 (1)海軍の礼儀と科学精神とヒューマニズム。
 (2)海軍の伝統 指揮官先頭、先制集中。
 (3)海軍精神とは、
    某月某日、予備学生が山本連合艦隊司令長官に挨拶に訪れた。すると、山本長官が「海軍で最も大切なのは  海軍精神である」と言われた。そこで、予備学生は、「海軍精神とは何ですか」と娑婆気の抜けないまま質問した。
   山本長官は、「曰く言い難し、体験を通じて会得したまえ」と答えた。
    後に予備学生は、「何となく今までの生活常識の殻を破り、己を捨てて海軍に身を捧げる覚悟を促された」、ス   マートとは「訓練を尽くし準備完了したときの余裕のあるすがすがしい姿勢である」、そして海軍精神の独特のイ   メージは「訓練の結果生まれる余裕、負けじ魂、先の見通し、戦友愛など…」であると独白した。
   (『第二期二年現役海軍主計科士官四十周年記念論文集−波濤(なみ)と流雲(くも)と青春と』)
13 憶い出の訓育
   使命観、指揮官先頭、軍紀、剛健な性格、闘魂、廉恥心、協同心、指揮官の責任、シーマンシップ、積極的任務  遂行の精神
   (山本啓志郎『航跡』)
14 海軍兵学校75期指導官中川学海軍中佐モットー
   「附仰天地に恥じぬ人」(孟子)
   (文集七五会『錨のしずく』(阪急電鉄株式会社、2002年)49頁)
15 切磋琢磨
   一時の勝利に油断−慢心と怠慢−などしていたら、あっという間に追い越される。勝負を行うものに「これでよい  」ということはない、常に切磋琢磨して、さらなる高みへと自らを進めて行かなければ、いつか相手に打ち負かされ てしまう。日本海軍の零式艦上戦闘機、「零戦」が、まさにそれだった。
   (坂井三郎『零戦の運命』(講談社、1994年))
16 日本海軍の主な標語
   「制機先」「至誠奉公」「連綿不断の戦闘」(東郷平八郎)
   「軍隊の要は戦闘にあり、諸事万事戦闘を以て基準とすべし」
   「常在戦場」「実践躬行」「垂範実行」「即時即決」「教え、かつ戦う」
   「文句を言わずとにかく実行せよ。しかして実行には最善を尽くせ」
   「目的、方針、計画、準備」「着手は完成の第一歩なり」「積極進取」
   「骨身を惜しまず、率先難事に当たる」「転瞬の判断」「機敏の処置」
   「不撓不屈」「発憤奮励」「深慮熟考」「職務精励」「奮励努力」
   「迅速確実」「確固不抜の信念」「自啓自発」「周到綿密」「用意周到」
   「誠心誠意」「几帳面」「信賞必罰」「目先が利く」「身軽に動くこと」
   「物ごとを先手先手と打つこと」「至誠貫天」「和衷協同」「文章練達」
   「一面のみを見る者 坦板漢(たんばんかん)」「慎独」(ひとりつつしむ)「沈着」「果断」「熱誠努力」
   「左警戒、右見張り」
17 生活一般
 (1)熱と意気を持ち純心であれ。常に若々しくあれ。
 (2)修養に努め、日常座臥研鑚に励み、何事によらず一事に通暁し、第一人者となれ。
 (3)礼儀正しくあれ。服装容疑は端正に、至誠は厳正に、敬礼は正しく行え。                        (4)旺盛なる責任観念を持て。信じるところを断行せよ。自分で問題を解決せよ。
 (5)進んで難事に当り常に縁の下の力持ちとなれ。骨惜しみするな。
 (6)報告−何か起こったら必ず上司に報告せよ。無くても報告せよ。
 (7)命令に忠実であり、その実施は迅速確実であれ。
 (8)物事は入念に責任をもってやれ。現在に最善を尽せ。
 (9)回覧書類は熟読せよ。提出書類は早目に明日あるを頼むな。
 (10)小言をいわれるうちが花である。
 (11)常に整理整頓せよ。
 (12)自分の俸給内で堅実に生活する。
 (13)仕事第一。仕事を片付けてから上陸せよ。上陸するときは上司に届け出てからにせよ。
 (14)酒色に注意せよ。
   @ 一人で飲むな。
   A 空腹の時は飲むな。
   B 勤務中及びその前には決して飲むな。
   C 毎日飲む癖を付けるな。
   D 急いで飲むな。特に一気飲みはするな。急性アルコール中毒の因となる。
   E 疲労している時、過飲するな。
   F 飲み過ぎたときは、早く家に帰れ、遅くまでグズグズしていると事故の因となる。酒は飲んでも呑まれるな。
 (15)一寸待て、やって良いこと、悪いこと。
 18 運 用
 (1)だろうの作業を行うな。作業は、安全、確実、迅速の順。
    まあよかろうが事故・けがのもと。
 (2)責任のない者は作業に口を出すな。
 (3)運用の巧者とは、ただ操艦のみについて言うに非ず、船体は勿論要具を整備し、目的遂行に対し、万遺憾なき   を言う。
 (4)運用の妙は注意と果断にあり。
 (5)運用の妙は一誠にあり。
 (6)運用は数理6分に勘4分。
 (7)過去の記録は今後に生かせ。
 (8)無理は禁物。安全第一。しけよりも無理と油断が事故のもと。
 (9)保安に遠慮は無用。当直は常に厳格であれ。
 (10)事前の研究と平静な心が事故を防ぐ。
 (11)しくじったら第2、第3の手段を迅速にやれ。「しまった」と思う暇あれば策をとれ。
 (12)面倒なことも事後の心配に比べればその手続は簡単である。
 (13)作業を手際よく進められるよう計画を立てよ。
 (14)緊急時に必要な物件は、いつも整備してその所在場所を確認しておけ。                        (15)細心綿密な整備と大胆な運用を。
 (16)舷門の清潔整頓は艦の士気規律の尺度である。
 (17)無駄にするな人も時間も物品も。
 (18)外舷に手を出すな。上甲板構造物に腰を掛けるな。重いものは下に積め。
 19 行 船
 (1)頭より速く艦を走らすな。
 (2)安全は確実な見張りと報告から。左警戒右見張り。
    腕よりも経験よりも先ず見張り。   
 (3)海の上には「待った」なし。
 (4)カームに衝突、月夜に座礁。
 (5)聞くよりもよく見よ。
 (6)危険と思えば先ず停止。艦位は確実に入れて置け。
 (7)古い海図でよくたたり。
 (8)操艦の要訣は確信と断行にあり。
 (9)出船の精神を忘れるな。
 20 機 関
 (1)回転する機械には油を忘れるな。
 (2)立直中は常に五感を働かせよ。
 21 注意力
 (1)注意にまさる技量なし。
 (2)人の代わったとき用心せよ。
 (3)自分の周囲の状況に絶えず五感を働かせ。常にチェックを怠るな。
    信ずるよりは確かめよ。
 (4)任務終らんとするとき心許すな。気の緩む時失策多し。
    楽と思う時油断あり。
 (5)念には念を入れ、油断と無理が事故のもと。
    何事も、鵜呑みするな、後で困る。
 (6)用意(準備)は慎重に、かつ十分なれ。用心はむしろ臆病なれ。
    何事も余裕をもて。
 (7)抜け駆けの功名を求めて急ぐなかれ。
 (8)慣れるとしくじる。よく泳ぐ者は溺れ、よく驕る者は落つ。
 (9)船乗りに無精は禁物。宵越しの作業を残すな。
    なすべき仕事はその日のうちにやれ。
(10)先手先手の判断はいかなる善後処置にもまさる。
(11)避くべからずと知らずば速やかに手段を取れ。急に処するに拙速なし。                         (12)へたな処置でもやらぬよりはまし。
(13)NO GUTS NO GLORY.  勇気なければ栄光なし。
(14)明日へ仕事を延ばすな。海の上では明日何があるかわからない。
22 生き残る
  大兵力をもって少数にあたる。生きることをGive Upしない。最後まで生き残るという決意を失わない。男が死ぬ 時は国家の将来に絶望したときのみ。我々が生き残ることが戦力である。一人でも多く生き残らせることが指揮官  の使命である。
   (元きくづき艦長松本一1等海佐:1970年世界一週遠洋航海講話)
23 一源三流
   ある人は、一つの源は、誠の心である。この誠の心から、三つの流れがほとばしり、一つは国のために血を流し  、一つは家のために汗を流し、一つは友のために涙を流すと解釈している。
   (上村嵐『海軍は生きている』新人物往来社、2000年、385頁)
24 躾教育の諸精神
 (1)「5分前にはスタンバイ」の精神。「5分前の精神」
 (2)いつでも「出船」「宜候(よぅそろ)」の精神。
 (3)公私の別とケジメの精神。
 (4)旗艦先頭・率先垂範の精神。
 (5)若々しさと熱と意気の精神。
 (6)清廉潔白の精神。
 (7)謙虚と礼儀の精神。
 (8)自啓自発の精神。
 (9)旺盛なる責任観念の精神。
(10)すすんで難事にあたる精神。
(11)縁の下の力持ちと犠牲の精神。
(12)熟慮と決断の精神。
(13)整理整頓の精神。
(14)テーブルマナーと一流店の精神
(15)「言い訳せず」の精神。
   (上村嵐『海軍は生きている』新人物往来社、2000年、386〜387頁)
25 スマートで目先がきいて、几帳面、負けじ魂これぞ船乗り。
26 合衆国軍隊の一員のための行動規範(Code of Conduct)
  T 私は我が国及び我々の生活を守る軍において戦うアメリカ人である。
    私はそれらを防衛するためには命を捧げる覚悟がある。
  U 私は決して自ら降伏しない。
    私が指揮官である場合には、部下がなお抵抗する手段を有する限り、決して降伏しない。
  V 私が捕われた場合には、利用できるあらゆる手段でもって抵抗を続ける。
    私は逃走に全力を尽くし、戦友の逃亡を援助する。
    私は宣誓解放や敵からの特別待遇を受けない。
  W 私が捕虜となった場合には、同僚捕虜に対し信義を守る。
    私は情報を提供したり、又は戦友の害となるような行動をとらない。
    私が先任者であれば、私は指揮をとり。そうでなければ、私は上級者の合法的な命令に従い、そしてあらゆる   方法で上級者を支援する。
  X 私が捕虜となり、尋問を受けた場合には氏名、階級、認識番号及び生年月日を答える必要がある。
    私はそれ以上に尋問に答えることは死力を尽くして回避する。
    私は我が国及び同盟国に忠誠を欠き又はその利益に反する口頭若しくは書面上の申告をしない。
  Y 私は自由のために戦い、私の行動に責任を負い、我が国の自由を形づくる原則に身を捧げているアメリカ人    であることを決して忘れない。
    私は神とアメリカ合衆国を信じる。
27 米国海軍の伝統精神
   「戦いはまだこれからだ」(ジョン・ポール・ジョーンズ)
   I have not yet began to fight.
   「艦を捨てるな」(ジェームス・ローレンス)
   Don't give up the ship.
   「機雷などクソくらえ!全速前進!」(ファラガット)
   Damn the torpedo! Full steam ahead!
28 米国海兵隊の伝統精神
   誇り(pride)
   挑戦(challenge)
   自制(self-discipline)
   奉仕と犠牲(service and sacrifice)
   真っ先に戦う(First to fight)
   海兵隊を送れ(Send in the Marines)
   海兵隊に告げよ(Tell it to the Marines)
29 英国海軍の伝統精神
   見敵必戦
30 外交指針(ケ小平)
   冷静観察 沈着応対   冷静に観察し、沈着に応対し、
   隠住陣脚 韜光養晦   足場を固め、才能を外に出さず、
   善干守拙 結不当頭   守りを強め、先頭に立たない。
31 自衛隊の体質
   陸上自衛隊 「用意周到、動脈硬化」
   海上自衛隊 「伝統墨守、唯我独尊」
   航空自衛隊 「勇猛果敢、支離滅裂」
   内 局   「優柔不断、本末転倒」
   記者クラブ 「浅学非才、馬鹿丸出し」
   (「斜めからみた自衛隊」(『防衛アンテナ』昭和50年3月)、
   (『記者の目』昭和52年)207頁)
32 川 柳
   たまに撃つ弾がないのが玉にキズ
   シーレーンオイルを守るオイルなし
   油なく訓練不足で脂汗
   弾欠を団結で補う団結心
   大演習想定立てても場所はなし
   油よりも先ずマスコミが気にかかり
   (伊藤宗一郎『男子の本懐363日』)
33 三猿主義(海上自衛隊幹部候補生学校)
  ・ 泣き言を言わない。
  ・ 言い訳を言わない。
  ・ 不平不満を言わない。
34 制服の力
   1993年8月6日鹿児島県は大雨に見舞われ、JR九州竜ヶ崎駅付近は  土石流に囲まれ、列車が立往生した 。車掌福田雅人は乗客を安全な場所に誘導したとき、たまたま県警のパトカーがいた。福田は、警察官有村新市と 前田広茂がいるのを見てホッとした。
  「警察官の方を見て安心しました。制服というのはすごいなと思いました。僕らはJRの制服で、警察の方は警察官 の制服で…、制服の普通の人が旗を振っても、何してるんだろうとなるところを、それなりの制服で誘導をしたらお  客さんが従ってくれた。そして警察官の方を見ただけで安心する。だから、制服ってすごいなっていうのをあのとき  に実感しました」
   (NHKプロジェクトX制作班『プロジェクトX挑戦者たち 11 新たなる伝説、世界へ』(日本放送協会、2002年) 118、119、130頁)
  このようにいざというときには、制服は頼られる。海上自衛隊でも災害派遣等に際して、住民の方々は自衛艦旗を 見ただけで安心されたということを聞くのである。
  井上竜昇呉地方総監は、在任中の1974年7月台風第8号によって被害を蒙った小豆島に麾下の海上部隊をも  って災害派遣を行った。諸事一段落した後、香川県総務部長(副知事職の代行者)、現地町長等が、遠路、呉地方 総監部まで来訪され、謝礼かたがた次のように述懐された。
   「この度の災害派遣、誠に有難うございました。この間、最も感銘しましたことは、肉親を失い、家屋が流され、田 畑が荒廃に帰して、いわゆるパニックの状況下、一夜明けて沖を見れば、軍艦旗が翻っていたことであります」と。
  これを聞いて井上総監は、海上自衛隊は、その自衛艦旗として、旧海軍の軍艦旗そのままのデザインを継承して おり、教訓として、次の二つを折りにふれ強調されていた。
  一つには、「海上自衛隊は、平穏無事の日々においては、その存在を軽視され、無用視されることもあろうが、有 事に際しては、少くとも海上のことに関する限り、海上自衛隊の活躍に期待するということになるであろう。われわれ は、平素から物心の体制整備に励み、事に処しては、国民各位の負託に応えなければならない」と。
  二つには、「海上自衛隊は、十数万トン、4万余人と、旧海軍に比肩すべくもない規模にあるが、心ある国民は、  良い意味で、旧海軍のイメージに重ねてわれわれを見守っておられるものと察せられる。このように、艦旗の象徴  する一面の重要な存在意義を再思して、いやしくも、質においては旧海軍に恥じない精強な海上自衛隊づくりに邁  進しようではないか」と。
   (井上竜昇『海の防衛』(産経新聞社、1979年)159〜160頁)
   国民の信頼に応え、自衛艦旗、制服を堂々と示せるよう日頃から精進努力  する必要がある。
35 事故の三拍子
  ・ 事前にボンヤリしていること。
  ・ 危機に臨みアワを食うこと。
  ・ 事の起こるや、狼狽してどうすればよいか分からないこと。
   事故を避けるためには、作業前に研究準備、作業は確実、静粛、迅速に、作業後は研究、反省、記録を行い、   次の作業に備える。
36 2年周期
  航空機の事故を調べてみると。人間の側の原因として、正式な勤務についてから2年経つと非常に小さな思いが けないミスによる事故が増えることが分かった。(航空自衛隊 黒田勲博士)
  初任者に過失少なく、慣れて怠るようになると事故が生じるという。                              旺盛な責任感に事故はなし。
37 30年周期
  大きな事故は30年ごとに起きるという法則があります。事故すなわち失敗には不思議なことに周期性があるよう なのです。…(略)…巨大な橋が落ちる事故も30年周期で発生しています。ある構造の橋が建設されると、同じ構  造が各地で採用され、巨大なものが造られるようになる。そして崩落する。するとまた新たな構造の橋が登場し、巨 大化して崩落する。これが30年周期で繰り返す。一つの方法でうまくいったという成功例を重ねるうちに、技術者が ごう慢になり、一方で注意深さを失う。それが原因でしょう。
   (畑村洋太郎「明るい失敗学8 30年周期の事故防げ」(『読売新聞』2003年1月7日))
38 回らず、上がらず、漏れる
   「回らず、上がらず、漏れる」とは、ある政府高官が、日本の情報機関の実態を自己批判して、「重要な情報が『  関係機関に回らず』『政府中枢に上がらず』『外部に漏れる』という三重の欠点を指す」と言ったことから言われるよ うになった。
   (内田明憲「『三重苦』是正英にヒント」(『読売新聞』2003年7月13日))
                                                                        2 訓 言
 1 仕事をする心構え
 (1)仕事に責任を持つ(待ちの仕事をしない、積極的に動く)
 (2)常に計画を持つ(常にビジョンを練り、実行し、plan-do-seeの 管理サイクルで行動する)
 (3)椅子で仕事をしない(こまめに動いて、自分の目で確認する)
 (4)他人の意見を聞く(自分の意見を言う前に、他人の意見を聞く)
 (5)人生を楽しむ(生活を楽しみ、よい人間関係を築く)
 2 積極的であるための心構え
 (1)常に先頭に立つ。
 (2)失敗をおそれない。
 (3)命じられたことは即時実行。
 (4)仕事は先手、先手と働きかけて実行する。用意周到。事に応じて機敏。                         (5)前動続行でなく、常に原点に立って考える。
 (6)小さなことに対しても最大限の努力をする。
 (7)積極的な意見具申。
 (8)グチ、泣き言、言い訳をしない。
 (9)同じ注意を二度受けない。
(10)やって見せ、教えてやって、させてみて、ほめてやらねば部下は動かぬ。
 3 海軍式マネジメント
 (1)迅速。今日の仕事は明日まで残すな。
 (2)正確。ダロウで仕事するな。
 (3)アタマに書くな。こまめにメモをとれ。
 (4)自分の意見を持て。意見具申せよ。
 (5)秘密を守れ。
 (6)後悔するな。先悔せよ。
    用意周到な事前準備を行え。仕事は段取りが大切である。
 (7)けじめをつけよ。ダラダラと仕事をするな。やるときは猛烈果敢にやれ。
 (8)一枚の紙でも粗末にするな。資源は有限である。
 (9)同じミスを二度おかすことを馬鹿という。
(10)いくら飲んでもよいが酔態をさらすな。
(11)課業中、私事をするな。
(12)人の名前を早く覚えよ。
   (「海軍式マネジメントの研究」『プレジデント』)                                         4 命令下達法
 (1)命令事項は自己の職権内なることを要す。
 (2)命令の内容は受令者の識量に適応することを要す。
 (3)命令には発令者の意図するところを明確に指示するを要す。
 (4)命令には達成すべき任務を明瞭に指示すべし。
 (5)任務遂行の手段に関しては一般に之を受令者の裁量に委せ、唯受令者の処断に委せ得ざる必要事項のみを  指示するを可とす。
 (6)命令には憶測を加え又将来を希望する等のことあるべからず。
 (7)命令には此れを命じたる理由を示すことなし。指揮官の意図及び受令者の任務は明瞭に指示すべきも受令者  に命じたる理由は一切示すべき非ず。
 (8)命令は同一受令者に対しては同時に多数を下令することなく一時期一命令を可とす。
 (9)命令下達法は形式的要件に関しては作戦要務令に準拠し、突嗟の場合にもその形式を誤らない様演練を要す   。
(10)受令者の遂行したる結果に関しては発令者は全責任を負う覚悟なかるべからず。
(11)命令は一度下令せば必ず遂行を要求すべし。
(12)一般に命令事項に関しては受令者に相談せざるを可とす。
(13)命令の下達するときは森厳なるを要す特に号令においてしかり。
(14)下令せる命令の誤りを発見したときはこれが訂正に遅疑すべからず。
(15)命令下達に際し部下の服従を疑い或は威嚇又は皮肉を交えるべからず。                       (16)命令下達の時機は適当なるを要す。
(17)命令は短絡を戒む。
  (大西海軍少将『統率学』)
 5 受令者の心掛け
 (1)上司から任務を与えられ、又命令を受領することは自分に対する信頼の表れであると感じて欣然として応ずる。
 (2)発令者の目的意図を適確に掴む。
 (3)達成すべき目標を確認する。
 (4)命令は忠実に実行すべきもの。
 (5)命令の速刻実行は原則である。
 (6)中間報告は上司に安心感を与え信頼を増し、又新しい判断の資料を提供することになる。
 (7)自分の判断した実行方法は自分の責任。
 (8)独断専行は服従のうち、専恣は禁物。
 (9)兵力の経済的使用、被害の局限は受令者の責任。
(10)事後の報告と次の命令を待つ心構えを忘れてはならない。
   (板谷隆一『命令と服従について』)
 6 独断専行の条件
 (1)情勢が、命令を受領した時と、全く違っていること。
 (2)新らしくこの情勢を連絡して新命令を受ける方法がないか、又は余裕がないこと。
 (3)既命令を実行したら明らかに命令者の意図に合致しないと思われること。                        (4)自分の判断した行為が命令者の意図に合致すること。
 (5)進んで名を求めず退いて罪を避けざる良心的行為であること。
 (6)自ら責任を負う覚悟ができていること。
 (7)できる限り速やかに上司に報告して了解を得ること。
   (大西海軍少将『統率学』)
   この統率では、米国流の統率である「部下の面倒を見る」(例えば、ウェストポイント式仕事の法則第6項)という 観点が当然のこととして、つまり自明の理として明示されていない。かって名将といわれる人達は、ここに意を用い、 部下の信望を勝ち得たのである。この点は、極めて重要であるので事例で説明する。
  1962年ニキータ・S・フルシチョフソ連邦首相は、弾道ミサイル、中距離爆撃機、機甲歩兵連隊を秘密裏にキュー バに配備するアナディル作戦を軍に命じた。作戦の一環としてソ連海軍は、ハバナ西にあるマリエル港にG級弾道 ミサイル潜水艦7隻、F級通常型潜水艦4隻、支援艦艇を含む第20特別戦隊(指揮官レオニード・F・リバルコ海軍  少将)を配備するカーマ作戦を発動した。先ず、事前偵察のためF級通常型潜水艦4隻が10月1日ムルマンスク西 方サイダ湾から出港し、キューバに向かった。海軍参謀本部は、総司令官ゴルシコフ海軍元帥からの命令で、通常 の情報以上のことを潜水艦の定期放送系で流すことを禁止した。理由は、米国に極秘の作戦を悟られないためで  あった。潜水艦4隻は、指定された海域を哨戒し、戦術上何が起き、また、全体的な状況下での基本的な事実を知 らなかった。10月24日米海  軍は、航路情報45−62特別警報32「キューバ付近での封鎖部隊によって探知さ れたときの潜水艦の浮上と識別の手順」を告示した。
  指揮官リバルコ海軍少将は、海軍参謀本部で「不安を感じた。4隻の潜水艦にいる部下に、はるか遠く敵の眼前  の、全体的な情報のまったくないところで軍事行動を続行させることはできない。あまりに多くのもの−彼らの命と  任務が危険にさらされていた。このまま手を打たずに彼らにつづけさせることは、30年以上も軍服を着て持ちつづけ てきた信条に反する」、更に「この前の戦争でひとつ学んだことがある。それは、戦場では自分の指揮下の者たちに は絶対に忠誠を尽くさなければならないということだ。彼らが命令に盲目的なまでに従い、忠実であるようにな」と通 信室に行き、航路情報メッセージを渡した。通信当直士官は、許可されていないのではと言ったが、リバルコは、「  わたしがこれを送れと命令している、若いの。やるんだ。すべての責任はわたしが取る。さあ」とメッセージの余白に 署名と時間と日付を書いて渡した。これは、リバルコの将来を台無しにするという忠告に対し、リバルコは、「自分の していることはわかっている。しかし、わたしみたいな老兵が何を心配することがある?こうすることが絶対に正しい 。きみだったら送らないか?送らないとすれば、きみには自分の新型潜水艦で部下を指揮する資格などない」と答  えた。
  このメッセージは、封鎖下、米海軍水上艦艇に制圧された潜水艦が、過剰な反応、つまり核魚雷を使用しないで、 手順に従って安全に浮上することに繋がった。結果的に潜水艦4隻中、3隻が浮上させられた。
  後にリバルコは、辞任に追い込まれた。
   (ピーター・ハクソーゼン『対潜海域 キューバ危機 幻の核戦争』秋山信雄、神保雅博訳(原書房、2003年)   14、214、223〜226及  び382頁)
7 後藤田五訓の教え
   「総理府一階の大会議室で催された内閣五室制度発足の式典における後藤田正晴官房長官の初訓示は、圧  巻だった。
   『…以後、諸君は大蔵省出身だろうが、外務、警察出身だろうが出身官庁の省益を図るなかれ、『省益ヲ忘レ、 国益ヲ想エ』。省益を図ったものは即刻更迭する。
  次に、私が聞きたくもないような、『悪イ、本当ノ事実ヲ報告セヨ』。
  第三に『勇気ヲ以テ意見具申セヨ』。『こういうことが起きました、総理、官房長官、どうしましょう』などというな。そ  んなこと、いわれても神様ではない我々、何していいかわからん。そんな時は『私が総理なら、官房長官ならこうし  ます』と対策を進言せよ。そのために君ら三十年選手を補佐官にしたのだ。地獄の底までついてくる覚悟で意見具  申せよ。
  第四に『自分ノ仕事デナイトイウ勿レ』。オレの仕事だ オレの仕事だといって争え(積極的権限争議)、領空侵犯 をし合え、(テキサスヒットを打たれないよう)お互いにカバーし合え。
  第五に、『決定ガ下ッタラ従イ、命令ハ実行セヨ』。大いに意見はいえ、しかし一旦決定が下ったらとやかくいうな。 そしてワシがやれというたら来週やれということやないぞ、いますぐやれというとるんじゃ、ええか』」
   (佐々淳行『わが上司 後藤田正晴 決断するペシミスト』(文藝春秋、2000年)117〜118頁)
 8 叱られ方
 (1)上司が叱ったり注意するのは、コミュニケーションと考えよ。
 (2)叱られることは、相手の期待に沿わないからだと考えよ。
 (3)叱ることは、「叱ることによっていけないところを直させ自信をもたせる」ことで、「ほめて自信をもたせる」ことと同  じだと考えよ。
 (4)叱られたとき、ふくれ面をしたり、反抗的になったりしない。
 (5)叱られたときは、終りまでよく聞き、途中で弁解がましいことは言わない。
 (6)話が終わったなら「よく分かりました、今後気をつけます」と謝ること。
 (7)釈明したいことがあれば、いいわけにならないように事実を述べること。                         (8)上司が誤解しているようであったら、いきさつを穏やかに説明すること。                         (9)過失や手落ちについて、自分に責任がない場合は、自分に責任がないことを証明すること。
 (10)注意された理由が分からないときは、穏やかにたずねること。
 (11)注意された事柄について、どうすればよいか分からないときは、遠慮なく納得いくまで教えを乞うこと。
 (12)叱られたことを悪意にとらないで、善意に解釈すること。
 (13)どこがいけなかったのか、なぜ間違いを起こしたのか、今後どうすればよいかを考え、二度と同じ間違いを起こ   さないようにすること。
   (伊藤喜四郎『やる気を引き出す部下指導』)
 9 説得力
   一人前の何かを持っている人間は、説得しなければ動かない。これからは、説得能力、言語能力のない中間管  理職は、決して大成しないと思う。
   説得能力とは、簡単にいえば、自分の欲していること、あるいは自分がやってきた経験とか自分の能力とかを言  語で再構成して、相手のわかる論理で伝える技術である。
   相手のわかる論理とは、結局、相手の言葉で語るということだ。その場合、まず初めに、相手のいうことを慎重に  聞くことが大切である。
   (山本七平『「あたりまえ」の研究』)
10 人を動かす
 (1)人を動かす3原則
   @ 盗人にも五分の理を認める。A 重要感を持たせる。B 人の立場に身を置く。
 (2)人に好かれる6原則
   @ 誠実な関心を寄せる。A 笑顔を忘れない。B 名前を覚える。
   C 聞き手にまわる。  D 関心のありかを見抜く。E 心から褒める。
 (3)人を説得する12原則
   @ 議論を避ける。A 誤りを指摘しない。B 誤りを認める。
   C 穏やかに話す。D 「イエス」と答えられる問題を選ぶ。
   E しゃべらせる。F 思いつかせる。  G 人の身になる。
   H 同情を持つ。 I 美しい心情に呼び掛ける。
   J 演出を考える。K 対抗意識を刺激する。
 (4) 人を変える9原則
   @ まずほめる。A 遠まわしに注意を与える。B 自分の誤ちを話す。C 命令をしない。D 顔をつぶさない。
   E わずかなことでもほめる。F 期待をかける。G 激励する。H 喜んで協力させる。
 (5) 幸福な家庭をつくる7原則
   @ 口やかましく言わない。A長所を認める。Bあら探しをしない。Cほめる。Dささやかな心づくしを怠らない。
   E 礼儀を守る。     F正しい性の知識を持つ。
   (D.カーネギー『人を動かす』(創元社、1999年))
11  人を矯正する法
   @ 先ず褒める。 A 遠回しに注意を与える。B 自分の過ちを話す。
   C 命令をしない。D 面子を失わせない。E 僅かなことでも褒める。
   F 期待を掛ける。G 激励する。H 喜んで協力させる。
12 リーダーの条件  
 (1)リーダーは明確な意志を持たなければならない。
 (2)リーダーには時代の理念が乗り移らなければならない。
 (3)リーダーは孤独に耐えなければならない。
 (4)リーダーは人間を知り、人間を愛さなければならない。
 (5)リーダーは神になってはいけない。
 (6)リーダーは怨霊をつくってはならない。
 (7)リーダーは修羅場に強く危機を予感しなければならない。
 (8)リーダーは意志を自分の表現で伝えなければならない。
 (9)リーダーは自利利他の精神を持たなければならない。
 (10)リーダーは退き際を潔くしなければならない。
   (梅原猛『将たる所以』(光文社、1994年))
13 サラリーマンの生き残り戦略
  基本的には、自分に「今勤めている会社から離れても生きていけるような条件を作ること」だ。そこで、何としてで も「他社でも通用する知識を」身に付けることが重要になるが、自社での栄達の方向も捨てるわけにいかないから  両方の知識を身に付ける。つまり通常の倍の努力が必要になる。しかし、それは、決して損にはならない。
  「社内で一般に敬遠されている仕事」を探して、そのなかで将来性のありそうなものに自分をかけてみよ、と提案  したい。
  日本語のによるコミュニケーション能力を身に付けることの重要性を強調しておきたい。
  言語的コミュニケーション能力とは、
  @ 正確な日本語の読み書き(日本語の文法や用字用語)
  A 言語の正しい使い方(同義語、反語、類語などの使い分け方)
  B 論理的能力
  C コンセプト創造能力
  D (文書であれ、口頭であれ)言語的発表能力などだ。
   言葉によるコミュニケーション能力は、鍛えることができる。正確な日本語を話して相手に意思を伝えることや、  正確な日本語を書いて複雑な事態を能率よく伝達することなどを訓練すべきだ。
   (安土敏「会社人間はもういらない」『THIS IS 読売』)
14 仕事を面白く、楽しく、心豊かにする方法                                              昔から「初めが大事」と言います。最初の上司や先輩に対しては、素直さが一番です。
  @ 他人の話を良く聞くことです。話を良く聞くということは、相手の言うことに同調、賛成することと同じではありま   せん。
  A わからないことは、質問することです。理解できるまで質問することが大切で、わかった振りをするのが一番よ   くないことですし、上司・先輩の信頼を失います。
  B 何でも進んですることです。そうすると「面白さ」を発見するとが多々あります。
  C 何を言われても「ふくれない」ことです。勘違いでふくれっ面をしてしまいますと後の収拾が大変ですし、大きな   仕事は任せられないと思われます。
  D 呼ばれたら、必ず相手に聞こえる声で返事をすることです。
  E 何事にも真面目に取り組むことが大切です。
  F よく勉強することです。読書だけでなく、よく自分頭で考えることです。                            (久保田浩也「元気の出るコツ」(『読売新聞』1996年3月24日))
15 平成社員教育
  バブル景気のころに大量採用された「平成社員」の特徴は、
  @ 言われたことしかしない、
  A 教えてもらわないと動けない、
  B 他者への依存が強い、
  C 変化への対応ができない、
  D 基本の徹底ができていないといわれる。
  これらの問題点は彼等だけの責任ではない。中高年は、彼等が育った時代背景を理解しながら、基本を徹底して 教え込むことである。
  まず約束の時間や期限を守り、時間に対するシビアな感覚を持ち、顧客が何かを頼んだときの反応のスピード、  返事、挨拶、お礼…を速くし、クイックレスポンスの重要性を体で理解させることである。
   (『プレジデント』1995年11月号、56〜57頁)
16 早坂語録
 (1)権力の座は、天の時、地の利、人の和で落ち着くところに落ち着く。ツキも無視できない。要は、その時を感知    し、用意万端怠りなく、いざ鎌倉の戦いができるかどうか、その一点にかかっている。
 (2)話は簡潔、明快、かつ具体的であれ。                                              (3)どうでもいいようなことを丁寧にキチンと片付けることだ。天下の一大事なぞ、お互いの一生でザラにはない。人  生は些細なことの連続である。そして、ひそかに一剣を磨く。何でもいい。何かエキスパートになる。
 (4)心せよ惻隠の情。これをなくすな、なければ、すぐにも用意せよ。
 (5)四の五の言わずにやれ。
   (早坂茂三「オヤジ、吼える」『セキュリタリアン』)
17 話をする7段階
 (1)題目を選ぶ。
 (2)話の目的をはっきりさせる。
 (3)聞き手と場合の分析。
 (4)材料集め。
 (5)話のまとめ。
 (6)言語化。
 (7)実際の言い表し。
 18 話の組立
 (1)前段 聞き手の注意を集める。                                                         聞き手に話し手の伝える事柄を知らなければならない理由を分からせる。
 (2)本論 主張とその裏付け。
 (3)しめくくり
   要は、AIDMAである。
      Attention    注意
      Interest    興味
      Desire     ヤル気
      Memory     記憶
      Action     行動
 19 起承転結
   起 京の三条の糸屋の娘
   承 妹十六、姉二十
   転 諸国大名は弓矢でころす
   結 糸屋の娘は目でころす    
   これは、頼山陽の戯れ歌といわれる文章の書き方(起承転結)である。
   「起」は、相手の興味を引く、度肝を抜くような一言を持ってくる。「京の三条の糸屋の娘」とは、老舗のどんな器  量よしの娘かな、と思わず生唾を呑み込む。「承」は、「起」の後を「承」ける語である。その娘は、「妹十六、姉二十」 、いかにもおいしそうな年頃である。「転」は、「起」、「承」とともに全然、関係のないショッキングで新鮮な文句「諸国 大名は弓矢でころす」をもってくる。人間の心理として、最初に驚き、次に一つの緩衝地帯を設け、更にもう一度、驚 きを繰返すと、後の驚きは前の驚きより、一層強烈になる。そして「結」は、「起」、「承」、「転」の三つを総合した台  詞「糸屋の娘は目でころす」をもってきて、ポンと落とす。
   (伊藤肇『リーダーの帝王学』(竹井出版、1980年)119〜120   頁)
20 プロとアマの差
  プロとアマの差は、物事を具体的に示すことができるかどうかである。かってマーメイド号の設計に当って堀江青  年が自己の設計図をある設計者に見せた時、すかさずその設計者はマストの高さを15センチ切りなさいと言った。 事実マストを15センチ切った方が性能が良くなったという。アマは少しとか、チョットとか、あいまいな言い方をする  が、プロは15センチと具体的な数値を言える。これがプロである。
21 伸びる人間
  「貴様は、できる、きっとできるぞ」と機会を捉えて発奮させる。
  できる人間は、教える者が育てるのである。
  人を使う身になるには、使われる立場を体験せよ。
  報酬以上の仕事をせよ−これが伸びる秘訣である。
22 キリスト
  求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。叩けよ、さらば開かれん。                       汝ら感謝の心を抱け、常に喜べ、絶えず祈れ、すべてのことに感謝せよ。                           妄なる者を訓戒し、落胆せし者を励まし、弱き者を助け、すべての人に対して寛容なれ。
23 孔子                                                                    過って改めざる。これを過ちという。
  道に志す。士は以て弘毅ならざるべからず。任重くして道遠し。
  死して後にやむ。匹夫も志を奪うべからざるなり。
  事を先にして得る事を後にす。之に先んじ之れに労す。
  民、信なければ立たず。
24 孟子
  誠は天の道なり、誠にせんと思ふは人の道なり、至誠にして未だ動かざる者之有らざるなり、誠ならずして未だ能 く動かす者有らざるなり。
  志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず。勇士は其の元を(こうべ)喪うを忘れず。
25 管子
   一年の計は、穀を樹うるに如くは莫し。
   十年の計は、木を樹うるに如くは莫し。
   終身の計は、人を樹うるに如くは莫し。
26 ゲーテ
   国民は各々自己の天職に全力を尽すべし、これ即ち祖国に奉公するの道な  り。
   行儀は、各人がその肖像を映す鏡なり。
   勇者は幸運の寵児なり。
27 孫子
   兵は国の大事なり。兵は詭道なり。
   善く兵を用いる者は、道を修めて法を保つ。
28 クラウゼヴィッツ
   戦争は政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならな  い。
29 ナポレオン
   強敵をして我に服従せしめんと欲せば兵士の行為を端正にするより良きはなし。
   人間の最高の道徳は何か。愛国心である。戦いは最後の5分間にある。
   避けられない戦争は常に正戦である。
   兵隊たる者の第一の特質は疲労に耐えて常に動じないことである。
   祖国を救う者はいかなる法律を犯しても、法律を犯したことにはならない。
30 東郷平八郎
   皇国の興廃この一戦に在り各員一層奮励努力せよ。
31 ネルソン
   何事をも袖手傍観して手をつかねている事ほど恥づべき事はない、試みのない所に成功のあったためしは決し  て無いのだ、困難や危険に対してこそ一層決意と勇気とを奮い起こすべきだ。
32 デーニッツ
  戦闘中でない時は、リスクを避けよ。最大の注意を払い、かつ最大の疑心  をもって入港、出港し、かつ海上で  行動せよ。ただし、戦闘中は一切を賭し、その戦闘を容赦なく貫徹せよ。戦闘において、このように行動すれば、多 くの場合、優勢な敵を迅速に、激しく、かつ間断なき打撃によって打ち負かすことができるであろう。
   (デーニッツ『ドイツ海軍魂』山中静三訳(原書房、1981年))
33 モルトケ
   初めに計画せよ。然る後に実行せよ。
34 徳川家康
   人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。
35 メーテルリンク
   最も勇ましい行為とは、最も困難な事に当たる行為に外ならない。
36 熊沢蕃山
   昇天の龍は池中に潜む、大勇はかへって静なり。
37 貝原益軒
   思案せざるは、過ちのもと。
38 ウェリントン
   恐れを知ってしかも之を恐れざる者こそ真の勇者である。
39 山本常朝『葉隠』
  山本常朝『葉隠』は、「武士道といふことは死ぬ事と見附けたり」という言葉で有名である。武士道は、すぐその場 で死ねばいいというものではない、むしろ一朝有事の際の心得であり、人間としての生き方であり、生き方の美学で ある。つまり、死を覚悟することが、そのまま生につながるということであり、死を生に転化する方法としての死の覚  悟である。死を覚悟し、その覚悟の下、日々の生活をよりよく充実させ、生を意識して充実させることにある。
  『葉隠』は、次のように語る。
  「武士道とは、死ぬことである。生か死かいずれか一つを選ぶとき、まず死をとるべきである。覚悟してただ突き進 むのみである。人誰しも生を望む。生きる方に理屈をつける。この時、もしも当てが外れて、生き長らえるならばその 侍は腰抜けだ。その境目が難しい。また、当てが外れて死ねば犬死であり気違いざたである。しかしこれは恥にな  らない。これが武士道においてもっとも大切なことだ。毎朝毎夕、心を正しては、死を思い死を決し、いつも死身にな っているときは、武士道と我が身は一つになり、一生失敗を犯すことなく職務を遂行することができるのだ。ともかく 人間は死ぬのだ。一生懸命、早めに準備をしておくことだ。いつ死んでもよい覚悟を決め、身だしなみをよくした。い ざというときは特別にくるのではなくて、いまのいまがそれだと、平素からよく考え、心の中にたたみこんでおかなけ ればならないはずのものなのだ。武士道というものは本来、毎朝毎朝いかに死ぬべきかということのみを考えて、  あのときに死ねば、このときに死ねば、と死の晴れ姿だけを想定して生に対する執着心を切り捨てておくことである 。言葉の勢いというものが武士の立会いなどには大事なことだ。いまのいまがいざというときだ。すべて平素の心掛 けがいざというときに働いているのだ。」
  「いまがというときがいざというときである。いざというときはいまである。そのいまと、いざというときとを二つに分け て考えているから、いざというときの間に合わない。」
  「覚の士というのは、事に出会ってそれを経験によって体得したというばかりではない。事に先立って、それぞれ  対処の仕方を検討しておいて、遭遇したときにうまくしとげることである。されば、万事あらかじめ用意しておくのが覚 の士である。」
  「事に先立って考えておき、大事のときにはすぐにそれを思い出して、簡単に判断を下そうとしても不可能で、適切 な行動をとることはできない。そこで平素から固い基盤をつくっておくのが『大事なことの思案は軽くすべし』と仰せら れた条文の根本と思われる。」
  「春岳和尚の話に、『そこを動くな、と出鼻をくじけば、それだけで二人力』という言葉が草紙に出てくる、これはた  いへんおもしろい言葉だ。その場ですぐに解決できないことは、一生かかってもらちがあかないが、そのとき一人力 では出来ないものを、二人力となるとはじめて解決できるのである。後からでもよいと思うと、一生おこたってしまう、 また、『左足を踏み出し、鉄壁も貫け』という」言葉もおもしろい。すぐに飛び込んで、ただちに踏み破る働きは、まず 左足の一歩からである。」
 
40 山鹿素行
  治内知外応変。
41 吉田松陰
  士の行は、質素にして欺かざるを以て要となす、功詐にして過をいろどるを以て恥となす。公明正大は、皆これより 出づ。
  かくすればかくなるものと知りつつもやむにやまれぬ大和魂。
  治己知彼応変。
42 司馬遷『史記』
   士は己を知る者の為に死す。
43 『十八士略』
   士別れて三日即ちまさに刮目して相待つべし。
44 『古文真宝』
   十年一剣を磨く。
45 プルターク
   敢勇は勝利の基なり。
46 シェークスピア
  人の生涯に流潮あらい、好潮に乗ずれば幸運を得、時機を逸すれば人生の航海は、我を浅瀬あるいは不幸に導 かん。好潮に乗ぜよ。しからざれば時機を逸す。非常なる機会を待つを要せず。機会なしとは意思弱行の徒の口実 に過ぎず。
47 ホーレス
   今日を捉えよ、他日ありと信じることなかれ。
48 ベーコン
  人は機会を発見するとともに、また自らこれを作らざるべからず。
49 デフォー
  私は経験によって、この世の中にあるどんないいものでも、我々がそれを使える範囲でしか価値がないことを知っ た。
50 ショー
  人間が賢くなるのは、経験によるのではなく、経験に対処する能力に応じてである。
51 ニュートン
   今日為し得るだけの事に全力を尽くせ。しからば明日は一段の進歩があろう。
52 ジード
   平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、すなわち非凡なのである。
53 フランクリン
   明日為すべき事は今日これを為せ。
54 グレシャムの法則
   悪貨は良貨を駆逐する。
55 マキアヴェッリ語録
   自らの安全を自らの力によって守る意志をもたない場合、いかなる国家といえども、独立と平和を期待すること  はできない。
   軍隊の指揮官でさえ、話す能力に長じた者が、良い指揮官になれる。
   人の運の良し悪しは、時代に合わせて行動できるか否かにかかっているのである。
   なにかを為したいと思う者は、まずなによりも先に、準備に専念することが必要だ。
   好機というものは、すぐさま捕えないと、逃げ去ってしまうものである。
   人の為す事業は、動機ではなく、結果から評価されるべきである。
   (塩野七生『マキアヴェッリ語録』(新潮社、1992年))
56 大工
   段取り八分に仕上げ二分。
57 大山康晴の座右の銘「七転八起」
   いつも私は「忍」をモットーとし、「七転八起」を座右の銘として戦ってきた。その結果が、優勝百十回という記録を 作ることとなった。記録は意識して作るものではなく、一つ一つの積み重ねが、結果として大記録となったのだと私  は思っている。
  勝負は、日常心にあると私は思う。ふだんのトレーニングを怠って、いざ勝負の場に臨んで力を出そうとしても成功 するものではない。小さなことの積み重ねが、その人の実力となってあらわれる。長い勝負の生活の体験から、私  はそう信じている。
   (大山康晴『勝負のこころ』(PHP研究所、1992年)4〜5頁)
58 金持ち父さんの六つの教え
   第一の教え 金持ちはお金のために働かない。
           自分のためにお金を働かせる=頭を使ってお金を生み出す。
   第二の教え お金の流れの読み方を学ぶ
           資産と負債の違いを知る。 
           資産は私のポケットにお金を入れてくれる。
           負債は私のポケットからお金をとっていく。
   第三の教え 自分のビジネスを持つ
           本当の資産=自分がその場にいなくても収入を生み出すビジネス
           株、債権、投資信託、不動産、手形、著作権、市場価値物品
   第四の教え 会社を作って節税する
           ファイナンシャル・インテリジェンス
          ・会計力=ファイナンシャル・リテラシー
            (お金に関する読み書き数字能力)
          ・投資力=投資(お金がお金を作り出す科学)を理解し、戦略立案能力
          ・市場の理解力=需要と供給の関係を理解し、チャンスを掴む力
          ・法律力=会計や会社に関する法律等に精通していること
   第五の教え 金持ちはお金を作り出す
   第六の教え お金のためではなく学ぶために働く
   実践その一 まず五つの障害を乗り越えよう
          1 お金を失うことに対する恐怖心 失敗をバネに
          2 悪いほうばかり考えて臆病になる。
          3 忙しいことを理由に怠ける。 
          4 自分への支払いを後回しにする悪い習慣
          5 無知を隠すために傲慢になる。
   実践その二 スタートを切るための十のステップ
          1 強い目的意識を持つ−精神の力
          2 毎日自分で道を選ぶ−選択する力
          3 友人を慎重に選ぶ−協力の力
          4 新しいやり方を次々と仕入れる−速習の力
          5 自分に対する支払いをまずすませる−自制の力
          6 ブローカーにたっぷり払う−忠告力
          7 もとはかならず取り戻す−ただでなにかを手に入れる力
          8 ぜいたく品は資産に買わせる−焦点を絞ることの力
          9 ヒーローを持つ−神話の力
          10 教えることで得る−与えることの力
   (ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター『金持ち父さん貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学』  白根美保子訳(筑摩書房、2000年))
59 原点の商法
  組織の中で自分の役割を自覚し、自分の一生の仕事として責任を持って行うという決心、つまり信念を持って初心 を貫く。
  出世する方法は、二つしかない。
(1)重宝な便利な人になる。
(2)是非居なくてはならぬ必要な人になる。
  この二つしかないのである。                                                      便利な人からその人でなければならない人になる。                                        平凡に黙々と働く「縁の下の力持ち」的人物が、組織の「一隅を照らす人」となり、磨けば組織全体を照らす人とな る。
   変化はチャンス、組織は10年毎に見直し・立て直し、1年先を目標に計画を立て、1歩先を読む。
   (国頭義正『原点の商法』(ごま書房、1978年))
60 お金もうけのルール
 (1)お金があったらやりたいこと、買いたいものを箇条書きにしてみる。
    自分にとってのお金の意味をはっきりさせる。一番重要な目標をはっきりさせる。
 (2)願い事をできるだけ具体的にイメージにするために、写真や絵を集める。
 (3)目的別に貯金する。夢貯金箱を用意する。
 (4)「〜してみる」ではなく「〜する」
 (5)うまくいったことだけを日記に書く。サクセスダイアリーを毎日つける。
 (6)自分にできること、自分が知っていること、自分にそなわっていることだけを考えて行動する。一番好きな趣味   を職業にする。
 (7)世の中の人が今なにに困っているか考えることが、うまみのあるビジネスにつながる。
 (8)自分の好きなことの周りにチャンスは転がっている。
 (9)うまくいっているときに、いざというときの準備をしておく。
(10)3日以内にできないことは永久にできない。72時間ルール。
(11)10分間の日課(サクセスダイアリーを書き、イメージを描いて視覚化する。)で未来は変わる。
(12)借金はすこしずつ返していくのがコツ。返せるお金でも半分は貯金る。
(13)借金で物を買わない。
(14)財布に「ほんとうに必要なの?」と書いた紙をはる。
(15)入ってくるお金は目標に応じてバランスよく貯金する。
(16)金融機関に気の合う知り合いをつくる。
(17)お金を汚いものだと思っている人はお金持ちになれない。
(18)お金の半分は実際の仕事に、残りはそのアイデアに支払われる。
(19)準備と努力をおこたっていると幸運は逃げていく。
(20)お金自体は人を幸福にも不幸にもしない。
(21)不安で胸がいっぱいになるような仕事は成果も大きい。
(22)過去のうまくいった体験を思い出せば不安は消える。
(23)株式市場とは、誰もが自分の株を今より高い値段で売ろうと思っている場所。
(24)投資の3原則は、安全性、利益、わかりやすさ。
(25)72割る利率で、もとのお金が2倍になるまでの年数がわかる。
(26)投資信託とは、フアンドマネージャーが材料(株)を選んでくれる大きな鍋のようなもの。
(27)投資信託のリスクは長期的にみるととても小さい。
(28)72割るインフレ率で、お金の価値が半分になってしまうまでの年数がわかる。
(29)銀行にお金をあずけるだけでは、絶対にお金持ちにはなれない。
   (ボード・シェーファー『イヌが教えるお金持ちになるための知恵』瀬野文教訳(草思社、2001年))
61 成功のための15の教訓
 (1)起業における5つの教訓
   ・ 大企業がいつも勝つとは限らない。
   ・ 大企業に頼るな。
     大企業には大企業の都合があり、小さな会社のことなどかまっていられない。
     大企業の立場に立って考えること、そして相手にとって自分たちは本当に小さな存在なのだと理解し肝に銘    じることが不可欠だ。
   ・ 素晴らしい製品を作ること。
   ・ 一般通念に挑戦せよ。
   ・ 次期の資金を集めること。現金は女王だ。
 (2)ビジネスにおける5つの教訓
   ・ 有能なチームを結成すること。
     ビジョンを示し、ビジョンを実行に移すチームを組織する。
   ・ 戦略を実行に移す。 
     ビジネスを立ち上げるのは、10%の戦略と90%の実行力だ。
   ・ 賢明かつ幸運であれ。
   ・ 対人関係は敬意を持って。
     誰に対しても公平な態度をとること。
   ・ ある程度の損失は無視せよ。
     私の時間と金を投じて、これを続けることが最良だろうか?と自問すること。
 (3)人生における5つの教訓
   ・ 貯金せよ。
     生活費を支払うための十分な蓄えを用意しておく。
     そうすれば、会社のやり方が自分と合わないときに、退職金をもらって辞められる。
   ・ 出会うすべての人に敬意を払うこと。
   ・ 自分の人生を生きること。
   ・ 富を分配せよ。
     自分にとって意味のある目的を見つけ、それにお金を使うこと。
   ・ 誠実さが何よりも大事。
     いつも品位と誠実さを持って行動することが重要だ。
     誰かと意見が合わないときは、正直に伝えること。
     失敗しても、元気を出して前進すること。
    (ドナ・ドビンスキー「成功のための15の教訓」(http://www.hotwired.co.jp/news/print/20011114103.html))
62 ドトールコーヒー成功の原理・原則
  「よく人は『私は本気でやっている』『真剣に取り組んでいるのに理解してもらえない』という言葉を口にする。だが 、結果のでない本気や真剣さは本気でやっているとは言えない。」
  「私にとって俗に言うサラリーマンとは、どこか薄っぺらで無責任なイメージがついてまわり、何か惰性で生きてい るような感じがしてならない。常に受け身の姿勢で、上から言われたこと、与えられた仕事だけしかせず、自ら率先 して目標や改善テーマを設定したり、仕事を探してやろとしたりしない。向上心、探求心などなく、『あと一歩、いや、 もうあと一歩』と仕事の精度を高めていこうとする努力を怠り、体裁を整えるだけで仕事の質を追求しない、朝九時  から夕方五時まで漠然と机に座っているだけで、生まれてきたついでに生きているような感じで仕事や人生を送っ ているという、非常に安易な生き方をしているイメージがある。
  会社員がよく使う愚痴のひとつに、『俺はしょせんサラリーマンだから』という言葉がある。『サラリーマンだから言  われたことをやっていればいい』とか『サラリーマンなんだから何も無理してそこまでややることはない』とか、自嘲的 にそんな言葉を使っているのだろうが、サラリーマンという名称を自嘲表現のひとつとして使うことは絶対的に避け  なければならないし、現実の行動としてもそうした受け身の姿勢は絶対に避けなければならない。企業でも今後は 、なんでも『はいはい』と言って、与えられたこと、言われたことしかできない“イエスマン”はもはや必要とされないだ ろう。
  一方、ビジネスマンというと、まず、仕事に対する責任感が強いということが挙げられる。また、会社の利害・得失  をきちんと捉えていて、適度な危機意識を持って、現状・将来を見据えている。常に自分が成長しつづけることを眼 目において、いま何をしなければいけないのかを認識している。さらには、顧客第一主義の意味、その重要さを十分 に理解し、お客様を大事にできる。それが私のイメージするビジネスマンなのである。」
  「私が座右の銘にしている言葉に、『因果倶仁(いんがぐじ)』というものがある。『原因と結果とうものは必ず一致す るもの』と釈迦が説いた言葉だ。現在の『果』を知らんと欲すれば、つまり、現在の自分がどういう位置にあるかを知 りたいと思うなら、過去の原因を見てごらんなさいということだ。原因を積み重ねてきた結果として今日がある。原因 と結果は一致している。そして、未来の『果』を知らんと欲すれば、つまり、将来自分はどうなるだろうかと知りたいの であれば、今日一日積んでいる原因を見れば分かる。自分自身が毎日、未来の結果に対する原因を積んでいると いうことだ。」
   (鳥羽博道『想うことが思うようになる努力』(プレジデント社、1999年)127、184〜185、203〜204頁)
63 EQ〜こころの知能指数
 (1)こころの知能指数EQ
    「こころの知能指数とは、自分自身を動機づけ、挫折してもしぶとくがんばれる能力のことだ。衝動をコントロー  ルし、快楽をがまんできる能力のことだ。自分の気分をうまく整え、感情の乱れに思考力を阻害されない能力のこ  とだ。他人に共感でき、希望を 維持できる能力のことだ。」
 (2)こころの知能指数に関する基本定義
   @ 自分自身の情動を知る。情動の自己認識。自分の中にある感状をつねにモニターする。
   A 感情を制御する。感情を適切な状態に制御し、はやく立ち直る。
   B 自分を動機づける。目標達成に向かって自分の気持ちを奮い立たせる。何かを達成するためセルフ・コント     ロールでフロー状態(才能が自然にほとばしる状態)にまで自分を高める。
   C 他人の感情を認識する。他人の欲求表わす社会的信号を敏感に受け取めることができる。
   D 人間関係をうまく処理する。大部分が他人の感情をうまく受け止める技術である。
 (3)衝動のコントロール
   赤信号 1:ストップ!こころを静めて、行動する前に考えよう。
   黄信号 2:何をどう感じるか、言葉で言ってみよう。
         3:前向きのゴールを設定しよう。
         4:解決策をいろいろ考えよう。
         5:結果も先に考えておこう。
   青信号 6:さあ、ベストプランを試してみよう。
   (ダニエル・ゴールマン『EQ〜こころの知能指数』土屋京子訳(講談社、1996年)61、74〜75頁)
64 7つの習慣
   第1の習慣 主体性を発揮する     自己責任の原則
   第2の習慣 目的を持って始める    自己リーダーシップの原則
   第3の習慣 重要事項を優先する   自己管理の原則
   第4の習慣 WinWinを考える     人間関係におけるリーダーシップの原則
   第5の習慣 理解してから理解される 感情移入のコミュニケーションの原則
   第6の習慣 相乗効果を発揮する   創造的な協力の原則
   第7の習慣 刃を研ぐ           バランスのとれた自己再新再生の原則 
   (スティーブン・R・コヴィー『7つの習慣』、ジェームス・J・スキナー、川西茂訳(キングベアー出版、1996年))
65 コリン・パウエル(米軍統合参謀本部議長、湾岸戦争を指揮)のルール                           (1)何事も思っているほど悪くない。朝になれば状況はよくなっている。
 (2)まず怒れ、そしてその怒りを乗り越えよ。
 (3)自分の地位とエゴを同化させてはいけない。さもないと、立場が悪くなったとき、自分も一緒に落ちてしまう。
 (4)やればできるはずだ!
 (5)選択には細心の注意を払え。それが現実になるかもしれない。
 (6)良い判断をしたら、それをくじくような事実にもくじけてはいけない。
 (7)誰かのかわりに選択することはできない。誰かに自分の選択をさせるべきではない。
 (8)小さいことをチェックせよ。
 (9)手柄を一人占めするな。
(10)つねに冷静に、かつ親切であれ。
(11)ビジョンをもち、自分にたいしてより多くを求めよ。
(12)恐怖心にかられて悲観論者の言うことに耳を傾けてはいけない。
(13)つねに楽観的であれば、力は何倍にもなる。
   (コリン・パウエル/ジョゼフ・E・パーシコ『マイ・アメリカン・ジャーニー−コリン・パウエル自伝−』鈴木主税訳(   角川書店、1995年)726〜727頁)
66 ウエストポイント式仕事の法則
   リーダーシップに関する八つの普遍法則
 (1)清廉潔白であるべし。
 (2)仕事に精通すべし。
 (3)見通しを知らしむべし。
 (4)並み外れた献身ぶりを発揮すべし。
 (5)前向きの見通しを持つべし。
 (6)部下の面倒を見るべし。
 (7)己を捨てて義務を果たすべし。
 (8)先頭に立つべし。
   (ウィリアム・A・コーヘン『ウエストポイント式仕事の法則』渕脇耕一訳(日経BP社、2002年))
67 クライシス・コミュニケーション
   「人は起こしたことで批難されるのではなく、起こしたことにどう対応したかによって批難されるのである」
   クライシス・コミュニケーション どう対応したかの問題
   基 本  情報開示(デイスクロージャー) 迅速、適切なコミュニケーション活動
        説明責任(アカウンタビリティー)
        リーガル・チェック(遵法精神) 法令遵守(コンプライアンス)
        謝 罪 社会的責任
        弁 済 被害救済
   (東京商工会議所編『企業を危機から守る クライシス・コミュニケーションが見る見るわかる』(サンマーク出版、   2001年)
   企業や組織に緊急事態が発生したときに、いかに世の中に対するか。その対応次第では非難の集中砲火を浴  びて、致命的な信頼の失墜を招く。こうした事態を避けるために欠かせないのがクライシス・コミュニケーションだと  言われる。
   数少ない成功例の一つが2003年2月1日に生じたスペースシャトル・コロンビア事故後の米宇宙航空局(NAS A)の対応である。
  事故直後から記者会見を一手に引き受けたロン・ディットモア・シャトル計画部長は、手持ちの情報を誠実に公表 し、記者達の深い信頼を得た。複雑なシステムで起きた事故では、初期に理路整然とした説明を行うことは不可能 である。情報も断片的で、解釈にも迷う。こうした際に当事者は、ある程度情報がまとまり、説明もつく段階になって から発表したいという誘惑に駆られがちになる。だが、ディットモアは、説明のつかないものも含め、時々刻々の情  報を公表し、NASAもそれを許した。とうぜん、これを受けて報道される推定原因は二転三転する。調査活動自体  が右往左往しているような印象を与えかねない。しかし、情報の操作や誘導、隠蔽を疑われることに比べ、この戦  略がいかに優れていたかは結果が示している。
  NASAも過去の過酷な経験から、誠意、公開、スピードといった、クライシス・コミュニケーションの要諦を体得した のである。
   (北村行孝「NASAの惨事対応」(『読売新聞』2003年2月20日))
68 医療事故の教訓(名前を言わせる、責めを負う覚悟)
  患者さんの名前を確認するとき、患者さんの名前を呼んではいけない。例えば「サイトウさん」と呼んで「はい」と言 って患者が入ってきたときに「サイトウ・タカシさんですね」と言って確認してはいけない。患者さんは実は本当はサト ウという名字でも、サイトウさん、と呼ばれると「はい」と答えるものだ。試しにサイトウさんに向かって「サイキさんで すね」と聞いてご覧。「はい」と答えるから。
  一昨年、横浜市大病院が患者を取り違えて手術して、大きな社会問題になったが、あのときも、それぞれ患者の 名前を看護婦が呼んで確認したのだが、患者は自分の名前を間違って呼ばれているのに「はい」と答えている。
  病院の中では患者は医師や看護婦を頼っているというか、任せきっている。だから病院の中で患者は「ノー」と言 わないことが多い。
  だから患者の名前を確認するときには、絶対に患者の名前を呼んではいけないのだ。私は講義で、こう話してき  た。
  患者が入ってきたら「お名前は」と聞かないといけません。患者にしてみれば「今、そっちが名前を呼んだから入っ てきたんだ。名前なんて分かっているのに何で聞くんだ」と思うかもしれないが、それはそれでいい。名前は患者自 身に言わせなくてはいけない。それによって事故はかなり防げる。
  だが。それでも事故を完全になくすことは難しい。
  私が、知っているケースでは、看護学生の時に、私の講義を聞いていた看護婦が異型輸血をしてしまったことが  ある。手術を終えた患者をその看護婦が病室に戻し、整形外科医が一パックを分の輸血の処置をした。
  外科医は「これが終わったら、この患者用の血液が処置室の冷蔵庫に入れてあるから、引き続き輸血をやってく れ」と看護婦に言って帰宅した。看護 婦は一パック分が終わったので、処置室に行き、冷蔵庫を開けた。見ると、  よく似た名前の札のついている血液が置いてあったので、それを持って行って輸血をしてしまった。
  病室には家族がいた、家族がけ怪訝な顔で看護婦に聞いた。
  「あのう、うちのは血液型がO型なんです。どうしてA型を輸血しているのですか」
  パックには血液型が書き込まれていて、確かにA型と記されていた。
  看護婦はパニックを起こしてしまった。
  「キャー、間違えた」と叫んで「ドクター!」と大声で呼んだが、外科医は帰ってしまった後。婦長もいない。
  やがて異変に気付いた他の看護婦が病室に来て輸血を止めたが、処置が遅れて患者は助からなかった。病院で は、すぐに警察に届けている。
  その患者は他の大学で司法解剖を受け、異型輸血が原因で死んだことが確認された。看護婦は刑事裁判で有罪 になり罰金刑を受け、病院側も、民事責任として遺族に数千万円支払った記憶している。
  この事故は私にとって一つの教訓になった。それ以降、私の講義内容は、それまでと変わった。
  「事故を起こさないように気をつけろと言っているだけではだめだ。事故はいつか起こる可能性がある。しかし大事 なのは、事故が起こったときにパニックを起こさないことだ。事故が起きても最善の処置をすれば、患者も自分も病 院も、みんなが助かる、交通事故の轢き逃げのように、決して逃げ出してはいけない」
  「事故が起きたときは、次の三つのことをしなさい。一番は救命の努力だ。患者をなんとか助けるように努力をする 。呼吸が止まっていれば人工呼吸をし、異型輸血だったらすぐ輸血を止めて、食塩水に切り換えるなどの処置を取  るように。
  二番目は助けを呼びなさい。何とか一人で処置しようと思うのが自然だけれども。もう自分だって冷静ではないの だから、だれかを呼ぶべきだ。だれかがそばにいたら『ドクター呼んでください』とか『看護婦呼んでください』と頼む  ことだ。もし、だれもいなかったら大声を出して『助けて!』と叫んで助けを呼ばなければならない。
  三番目は、すぐ責任者に連絡しなさい。この病棟だけで処理して、院長には心配かけないようにしたいという気持 ちが働くかもしれないが、それはやってはいけない。損害賠償を支払うのは院長なんだから、事故のことを知らずに 損害賠償だけ払わされたら可哀想だろう。事故を隠そうなんてことは決して考えてはいけない」
  実際、事故を隠そうとしても、できることではない。
   (支倉逸人『検死秘録 法医学者の「司法解剖ファイル」から』(光文社、2002年))
69 パニック対処
  広瀬弘忠著『人はなぜ逃げおくれるのか−災害の心理学』によればパニックが起こる必要4条件があるという。
  @ 緊迫した状況に置かれているという意識が、人々の間に共有されていて、多くの人々が差し迫った脅威を感じ   ていることである。
    治承4年(1180年)10月源頼朝が駆り出した坂東の大軍と平維盛(清盛の孫23歳)率いる平家の大軍が富   士川で対陣した。夜間に源氏の一部隊が、平氏の背後に回り込もうとして移動したところ、富士川の河口で羽を   休めていた水鳥の大群が一斉に飛び立ち、その羽音を、源氏の総攻撃と錯覚した平家の全軍は、総崩れとなっ   て潰走した。水鳥の飛び立ちを総攻撃と早合点してパニックに陥った事例である。
  A 危険を逃れる方法があると信じられることである。
    もし、絶対に助からない、助かる見込みはない、と確信すれば、逃走行動を放棄して、諦めと受容の姿勢でそ    の危険を迎え入れるか、討ち死に覚悟の捨て鉢な行動をとるのかのどちらかであろう。このような時には、パニ   ックは起こらない。航空機事故等で脱出路がなければ脱出を諦めパニックは起こらない。
  B 脱出は、可能だという思いはあるが、安全は、保証されていないという強い不安感があることである。安全な    脱出は、現実には困難かもしれないという危惧を多くの人々が共有していることである。つまり、競争原理が働    いて、早い者勝ち、要領のいい者や力の強い者が有利だと考え、競争に後れを取ることが破滅を意味するという   状況の認識がパニックを誘発するのである。
  C 人々の間で相互のコミュニケーションが、正常には成り立たなくなることである。
    災害や事故でパニックが発生する頻度は、実際には、多くないという。
    「パニック神話」に囚われることなく、事実を冷静に見ることが大切である。
    しかし、まれにではあっても、パニックは起こる。だからパニックを防止しなければならない。そのためには、前   記4条件の幾つかが、成り立たないようにしなければならない。
    実際以上に危険の切迫度を強調しすぎれば、過剰反応としてのパニックを生み出す素因となる。逆に、パニッ   クの発生を恐れる余り、危険を過小に伝えたり、正しい状況把握のための情報を出さなかったり、避難のためのタ  イムリーな指示を出さなかったりするとパニックの足場を築くことになる。パニックを防ぐためには、きちんとした判   断力をもって、微妙な匙加減が大事なのである。
    生き延びるためには、沈着で冷静な判断が生存率を高め、果断でタイムリナーな意思決定と行動力が大切で  、生存への意志が命を救うのである。
   重要なのは、事態の危険性を客観的に評価できる知性と、危険度の評価から導かれた結論を果断に実行する  ための勇気である。
   1994年9月大型フェリー「エストニア号」が、大時化のためバルト海中央で沈没した。この海難事故で852人が  死亡した。スウェーデン人ケント・ハールステットは、沈没している甲板で、両足に怪我をし、動けない中年の女性  から、じっと見つめられ、指を差されて、「貴方が私を助けるのよ」と言われた。このとき、ケントは、そのまなざしと   指名は、自分の命をかけて、この人を守るか否かの、究極の決定を迫る迫力ある効果を持っていたという。ケント  は、苦労して救命胴衣を手に入れ、女性に付けさせたのである。ケントは、指名されたことによって愛他的な救援  行動を行い、女性は、指名を行うことで見ず知らずのケントから愛他行動を受けて生還できたのである。
   指揮官は、自らがパニックに陥らないように、部下にパニックを生じさせないように任務に基づく冷静な情勢判断  とそれに基づくタイムリーな意志決定、つまり適時適切に任務付与、部下に任務を割当てなければならない。指揮  官にとって事に臨んで迅速かつ的確に任務を付与し、部下を指名して任務を付与しなければならない。これがパ   ニックに陥らないために必要なことである。
70 危機管理の技術
 (1)危機を予防する。
   1 危機転換の原則−備えあれば憂いなし。
   (1)物事を始めるときは、最低三つの案を考えておくこと。
   (2)最良の解決策を常に望まないこと。
   (3)方法の質を変えてみること。
   (4)諦めてみること。
   (5)特殊な手段で計画を立てないこと。
   (6)危機に直面したとのときを、スタート時点として考え直してみること。
   2 危機回避の原則−急いてはことを仕損じる。
   (7)準備に時間をかけること。
   (8)準備不足だと感じたら行動を起こさないこと。
   (9)速効性を狙った解決策をとらないこと。
   (10)回り道を厭わないこと。
   (11)じっと事態を待つこと。
   3 予防保全の原則−転ばぬ先の杖
   (12)常に“非常口”を探しておくこと。
   (13)最悪の事態を予想して計画を立てること。
   (14)計画は余裕をもたせて立てること。
   (15)危なくなると、自動的に“安全弁”が働くようなシステムを作っておくこと。
   (16)正しい方法以外では作業が進まないようなシステムを作ること。
   (17)危機克服の“費用”を最初から想定して対策を考えること。
   (18)ここぞと思うときには“費用”を出し惜しみしないこと。
 (2)危機の正体を知る。
   4 危機発見の原則−蟻の穴から堤の崩れ。
   (19)正常な状態を知っておくこと。
   (20)今までの経過を振り返ってみること。
   (21)危機を起こす可能性のあるものは、定期的に見直すシステムを作っておくこと。 
   (22)慣れ、単調さを排除すること。
   (23)日常の小さな変化を見逃さないこと。
   (24)社会的ルールを守ること。
   5 危機分析の原則−幽霊の正体見たり枯尾花
   (25)大きな危機の前兆か、小さな危機の全体かを見分けること。
   (26)危機情報と危機的状況を混同しないこと。
   (27)過去の危機のケースと比べてみること。
   (28)危機的状態かどうか、小規模なテストをしてみること。
   (29)危機に対する恐怖を防ぐには、危機そのものをよく知ること。
   6 危機把握の原則−木を見て森を見ず。
   (30)部分的危機を全体的危機と錯覚しないこと。
   (31)高い見地から見ること。
   (32)演繹的思考と帰納的思考を組み合わせて考えること。
   (33)危機を回避するためといって、目標をレベル・ダウンしすぎないこと。
   7 危機体験の原則−習うより慣れろ。
   (34)一見種類の異なる危機でも進んで体験しておくこと。
   (35)程度の小さな危機を体験しておくこと。
   (36)定期的に模擬的危機を作り出して体験しておくこと。
   (37)ときには危機を想定して対処法を考える訓練を積んでおくこと。
   (38)危機がもっとも表れやすい場所・部署を体験しておくこと。
   (39)他人の危機体験から学ぶこと。
 (3)危機を軽減する。
   8 危機認識の原則−石橋を叩いて渡る。
   (40)複数の目で見ること。
   (41)調べる順序を変えて見ること。
   (42)異なる確認手段を併用すること。
   (43)大きな部分から小さな部分へと目を向けること。
   (44)全部調べることが不可能なときは、一部から類推すること。
   (45)看板と中身の一致を確認すること。
   (46)安全の確認ができないと、次に進めないシステムを作っておくこと。
   (47)一部に異常が発生したら、全体が活動を停止するシステムを作ること。
   9 軌道修正の原則−急がば回れ。
   (48)目的から現状を評価すること。
   (49)目的に即して、進度をチェックすること。
   (50)出発点に戻って出直してみること。
   (51)やりなおしをする勇気を持つこと。
   10 危機序列の原則−二兎を追う者は一兎も得ず。
   (52)ふだんから優先順位をつける習慣をつけておくこと。
   (53)余計な危機を避けるには、目的を絞ってみること。
   (54)目的の一部を切り捨てること。
   (55)ときには優先順位を変えてみること。
   (56)退却の時期を知ること。
   11 危機分散の原則−三人寄れば文殊の知恵。
   (57)全体に同時に危機が及ばないようにしておくこと。
   (58)危機に対して異なった機能を持つものを組み合わせておくこと。
   (59)ダミーを作っておくこと。
   (60)責任を複数の部分に分担させること。
   (61)二つ以上のものが揃わないと、機能が働かないシステムを作っておくこと。
 (4)情報を生かす。
   12 情報選択の原則−良薬口に苦し。
   (62)自分にとって都合の悪い情報にこそ注意を払うこと。
   (63)こうあって欲しいという目で情報を見ないこと。
   (64)問題意識・目的意識をはっきりさせて情報を見ること。
   (65)「…と思う」「…らしい」という情報は警戒すること。
   (66)問題処理の最前線からの情報を重視すること。
   13 情報確認の原則−聞いて極楽見て地獄。
   (67)情報の出所を確認すること。
   (68)平均値・一般論には、特殊な場合も内在していることに留意すること。
   (69)楽観的データは5割引、悲観的データは3割引してみること。
   (片方善治『危機管理の技術』(ごま書房、1978年))
71 開運法
   笑う門には福来る
   笑顔でいるように心がける。
   虎のように堂々とゆったり歩く癖をつける。
   私は〜必ずできる。
   謙虚
72 指導力
   自主的に物事を分析し、組織的プランニングを求める能動的な人間が指導力を発揮する。
73 求められる人材−自己啓発意識
   「日本企業は『人は育てて使う』思想が根底に流れていた。無垢の新人を自社に合った人材に育て上げるという  もので、落ちこぼれを防ぎ、人心の和を第一義に考えていた。新人研修から退職まで教育訓練制度で手厚く保護  された人材戦略が日本企業の売り物でもあった。
   しかし、常におぜん立てしてもらうぬるま湯的研修制度では自ら意欲的に物事に取り組む姿勢は育たない。金   融ビッグバンという激震がはからずも日本人的人材戦略のアキレス腱にメスを入れることとなった。
   産業界は、社内に大きな断層ができることを覚悟で、自発的に問題提起をし、解決していこうとする意欲的な人  材を支援する発想転換を行った。『人は育てて使う』時代から『自ら育とうとする人材を支援する』時代へと激変し   た。最低限の新人研修は実施しているものの、それから先は本人の自覚にゆだねるというものだ。『自己啓発』こ  そ、いま一番熱い人材戦略のテーマになった。」
  (キャリアコンサルタント・黒住皓彦「“自己啓発”の意識が大切」(『読売新聞』ぴーぷる2004年8月30日))
74 実行力
   明日ありと思ふ心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは
75 挨拶は生活の基本
  言葉は生きものです。気持ちを言葉にすることによって行動が生まれ、行動は新たな気持ちを生み出し、それは  その人の生活そのものにつながります。挨拶とは、その基本であり、出発点です。
   (佐治晴夫「夢見る科学 挨拶は生活の基本」(『読売新聞』2002年12月1日日曜版))
  
3 法 諺  
 1 司直の任にあたる者の心得るべき指針
 (1)我が国の古くからの箴言(しんげん) 「罪を憎んで人を憎まず」
 (2)刑罰権の発動は常に最小必要限度に 「司法謙抑の原則」
   捜査権の発動は、常に密行性、弾力性に富み、しかも最小必要限度に止めながら最大の効果を発揮することを  めざしています。
   (岡村治信『裁判官の仕事』(光人社、2001年)32及び161頁)
 2 取調べで容疑者、参考人から、言葉を引き出す力は、人間と向かい合うということにある。
 3 捜査会議の欠点
   捜査会議の欠点は、強気の意見に引きずられがちになることである。慎重な意見は無視されがちとなり、捜査に 無理が出ることもある。「会議において、トップの者は、原則として消極意見を述べて吟味をさせるべしというのが検 事の社会の常識なのだが。」
   (伊藤栄樹(しげき)『秋霜烈日−検事総長の回想』(朝日新聞社、1988年)37頁)
 4 秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)のバッジ
   秋におりる霜と夏の激しい日差しのことで、刑罰や志操の厳しさにたとえられる。検事のバッジの形は昭和25年 の法務総裁訓令で「紅色の旭日の周囲に白色の菊花弁12弁及び金色の菊葉4葉を配する」とされている。しかし、 霜と日差しを組み合わせた形に似ていることと、厳正さを求められる検事の理想像とが重なり合い、「秋霜烈日のバ ッジ」といわれるようになった。
   (伊藤栄樹(しげき)『秋霜烈日−検事総長の回想』(朝日新聞社、1988年)12頁)
 5 自白する人しない人
   「被疑者はなぜ自白するのでだろう。よく聞かれることである。殺人、強盗といった強力犯(ごうりきはん)について  は、ほとんど経験がないので、何ともいえない(が、多分知能犯と同じだろうと思う)。知能犯についていうと、検事  と被疑者との間に醸(かも)し出される信頼感情、これこそが自白の最大の原因と思う。そのためには、検事と被疑  者がお互いに胸襟(きょうきん) を開いて、身の上話をし、同じ社会的関心事について語るといった経過をたどるこ  とも多い。相互の信頼感情なしには、ほんとうの自白は出て来ない。
   その基盤に立った上で、さらに、自白しやすい人と自白しにくい人とがある。
   理屈のわかる人は、自白しやすい。そのような人の例としては、公務員や会社のサラリーマン重役などを挙げる  ことができる。これらの人は、理屈がわかるだけに、検事の合理的な説得に動かされやすく、きわめてしばしば、   良心から出た完全な自白をして、ホッとした明るい顔になる。
   これに対して理屈のわからない人、というよりも、いつも理屈を解しないようにして世渡りをしてきている人や、感  情が先に立って理屈が頭に届かない人は、自白に至りにくい。前者の例は、代議士など公選による公務員の中に  往々にして見受けられる。しかし、そのような人は、客観的に明らかなボロを出しつつ否認を続けるので、そのボロ  を証拠化することによって、自白に代わる証拠とすることができる。
   後者の例は、一部の中年以上のご婦人に見ることができる。そのような人を調べる時は、事前にその人が自慢  の種にしている係累を把握するなどし、例えば、よくできる一人息子を褒めるところからその胸に飛び込むなどして  、おだやかな心でゆっくり話を聞いてもらい、自白に漕ぎつけることができよう。いずれにせよ、検事と被疑者がの  ちに街角で再会したとき、笑って手を握れるような調べによって得た自白だけが、信頼できる自白である。検事の  良心に照らし、このことだけは忘れてはならない。」
   (伊藤栄樹(しげき)『秋霜烈日−検事総長の回想』(朝日新聞社、1988年)154〜156頁)
 6 犯罪の統一的・普遍的な説明仮説「サザーランドの差異的接触理論」
 (1)犯罪行為は他の社会行動と同じに学習される。
 (2)その学習は他の人たちとの相互作用として、言語以外の動作等も含むコミュニケーション過程を通じてなされる   。学習の主要部分は私的集団(家族、仲間)の中で行われ、映画、新聞等はそれほど重要な媒体ではない。
 (3)学習内容には、犯行の技術、動機、合理化などが含まれる。
 (4)動機と犯行への方向づけは、法規範を否定あるいは無視する態度の強い人との接触を通じて学習される。
 (5)人は本来、法規範に対して肯定的態度のほうが強いのであるが、それに反対の態度や行動型を有する人たち  と接することで、態度に変化が生じる。
 (6)この接触の仕方は多様であり差異的であって、その頻度・期間・強弱・順序が問題となる。
 (7)接触による犯行の学習過程は特異なものではなく、一般社会行動の学習に含まれるすべての機制を含んでい  る。それは模倣学習だけでなく言語学習や訓練学習なども含む。
 (8)犯罪行動を快楽追求、権勢欲求、金銭欲求あるいは欲求不満などの一般的欲求や価値の表出として説明する  だけでは不十分である。なぜならば、それらの欲求や価値は犯罪に縁の遠い人びとにも共有されていて、ときに   は社会的に有意義な行動の源泉ともなるからである。
   (新田健一『組織とエリートたちの犯罪』(朝日新聞社、2001年)28〜29頁)
 7 クレッシーの横領犯人の合理化のパターン
 (1)ちょっと借りるだけ、返せば誰も傷つけるわけではない(便法化)。
 (2)周りの誰もがしていること、自分だけではない(一般化)。
 (3)給料が安いし、この程度の上乗せは自分の仕事量に見合って許されるはず(補償化)。
 (4)自分独りならこんなことはしない、家族のためやむを得ない(愛情転嫁)。
 (5)自分のためではない、会社の生き残りをかけてピンチから救うのだ(献身)。
 (6)恩と義理のある上司の指示だから、従わざるを得ない(帰服)。
 (7)他の会社でもやっていることだし、やらなければ損だし、生き残れない(一般化)。
 (8)誰の責任でもない、現在の業界や公的組織に問題があるのだからだ(必要悪)。
 (9)違法なことはわかっている、法律が実情にあっていないのだ(法の不適正)。
   (新田健一『組織とエリートたちの犯罪』(朝日新聞社、2001年)71頁)
 8 我が国における組織的犯罪者の合理化パターン
 (1)違法性の認識がなかった(犯意不存在)。
 (2)事務処理上のうっかりしたミスだった(過誤)。
 (3)私自身は関知していなかった、部下が勝手にしたことだ(無関係化)。
 (4)前任者の業務を引き継いだだけだ(転嫁)。
 (5)上司の命令・指示には逆らえなかった(帰服)。
 (6)私にはやめさせる権限がなかった(無力)。
 (7)以前からの慣行を踏襲したまでだ(慣行)。
 (8)私どもは商人でありボラティア活動をしているわけではない(開き直り)。
 (9)法律解釈上の見解の相違だ(正当化)。
 (10)検事に自白を強要されたもので身に覚えはない(冤罪)。
 (11)あのような事態で他に手段がなかった(緊急避難)。
 (12)自分はむしろ騙された側だ(被害者化)。
 (13)記憶にない(偽装的恍惚)。
   (新田健一『組織とエリートたちの犯罪』(朝日新聞社、2001年)72頁)
 9 一般公務員・官僚の犯罪−職務権限逸脱の4類型
 (1)職務不履行=怠慢行為−業務目的の実現努力を怠ったために公益に重大な損害を与えた場合に発生する。
                    職権としての部下の監督・指導を怠たったために環境汚染等の被害をもたらした場                    合、検査をゆるがせにしたために不正経理を見逃し、国庫に重大な損失を与えた場合                    、部下又は下部組織の不正行為を放置していた場合などである。
 (2)職権濫用=過剰行為−業務に関して法規に定められた範囲を著しく超えて権限を行使した場合に発生する。
                   警察職員が違法捜査、暴行凌虐行為を行った場合、法規の適用解釈の範囲を著しく                  逸脱した行政措置などである。
 (3)不正職権行使=利他行為−職権を歪曲して行使することによって他者に不当な利益を供与した場合に発生す                    る。
                      外部者からの圧力・依頼・勧誘によって不正利益を与えた場合、納入業者の談                     合行為に利するために入札予定価格を漏洩した場合、脱法行為を見逃した場合など                    である。
 (4)不正職権行使=利己行為−自己に利益を導入する目的で職権利用した場合に発生する。
                      守秘情報を提供して見返りに利益を得た場合、関係業者に圧力をかけ自己資産                    の運用を図った場合などである。
    これらの逸脱行為のすべてが犯罪行為にはならない。大部分は発覚しても行政処分のみで処理されることが   多い。
   (新田健一『組織とエリートたちの犯罪』(朝日新聞社、2001年)180〜181頁)
10 変わりゆく罪悪感
  「罪悪感を『自己の行動が法的または道徳的にマイナスであると認知することによって、自己が自我に対して抱く 否定的感情』を意味すると定義する。…(略)…良くも悪くも日本人の道徳心を支えてきた『恥の文化』の喪失、『羞  恥心』『破廉恥』の死語化であり、人格の深層に達する変容である。…(略)…この傾向は犯罪現象にどんな変化を もたらしつつあるだろうか。自己を統制すべき主体的自我を、共生する身内集団の検閲に委ねてきた者が、依存す る集団から離れて、しかも未だ自立した主体的自我を確立するに至らないとき、残るのは自己中心的で罪悪感も伴 わない、客体的自我の意のままに振る舞う無統制な行動であろう。…(略)…この共生の薄弱化による日本人の自 我構造の変容が、職場組職人においては終身雇用制の崩壊事情も加わって、旧来の過度ともいえる職場への忠  誠心を喪失させ、ホワイトカラーの犯罪態様にもかなりの変化をもたらすに違いない。身内をかばい仲間の恥を晒す ことを好まない行動規準、まして自己を犠牲にしてまで組織を防衛する『美徳』の価値はいまや時代遅れのものとな って、取り調べや裁判過程でも保身を第一と心得る反応が優位となるであろうし、わが国特有の上層部をかばった 容疑者の自殺事例も珍しいものになっていくだろう。表面化することなく長年続いてきたと思われる組織内の慣習  的逸脱行為が、内部告発あるいは積極的自供によって次々と暴露され事件化している最近の傾向が、この変化を 物語っている。」
   (新田健一『組織とエリートたちの犯罪』(朝日新聞社、2001年)280、290〜291頁)
11 合意は法を作る。
12 条約は第三国に害も与えず、利益も与えない。
13 力は法なり。
14 必要は必要上やむことをえざるに出でたる行為を正当化する。
15 必要は法則を持たず。
16 衡平を求むる者は、自ら衡平たるを要す。
17 海賊は人類の敵である。
18 法の不識は免(ゆる)さず。
19 悪弊は慣習に非ず。
20 法律を破るは法律を要す。
21 正直者に法なし。
22 最厳正の法は最不正の法なり。
23 法は悪人のために作られたるものなり。
24 理に非ざるものは法に非ず。
25 行われざる法あるは法なきに如かず。
26 法多ければ賊多し。
27 法の終るところ、虐政の始まるところ。
28 法は自ら助くる者を助く。
29 一方を聴いて双方を裁判するな。
30 善い裁判は善い審問による。
31 占有は九分の勝味あり。
32 一人の冤罪者あらんよりは十人の逃罪者あらしめよ。
33 小盗は鉄鎖、大盗は金鎖。
34 成功せる犯罪は徳義と称せられる。
35 機会は盗を作る。
  見沢知廉『囚人狂時代』によれば、監獄に入る運勢があるのだろうかと入獄者を占ったところ、はっきりしたことは 分からなかったが、囚人には面白い共通項があることを発見したという。
  それは犯罪を犯す直前、いずれの人間も似通った心理状態を経験していたことである。それはドストエフスキーの 『罪と罰』で描かれた“ラスコーリニコフの斧”である。つまり、主人公ラスコーリニコフが、自分の超人思想の論理を 立証し、金を盗むため金貸しの老婆のところに行き、いざ現実に老婆と対面すると心に迷いが生じたが、そのとき、  そこに、目の前に、斧があるのを見て、これを「神のサイン」(実は悪魔のささやき)だと勘違いし、老婆殺しを実行し たのである。このように犯罪を決行しようと最初は興奮しているが、そのうち冷静になり、あれこれと言い訳を考え、 逡巡し、迷っているが、止めようとしたところ、その日に限って、そのとき、そこに、目の前に、犯罪の決行を促すよう な事柄が生じ、それを「神のサイン」と誤解して犯罪の実行に走ることを“ラスコーリニコフの斧”というそうである。こ れは、俗によく言われる「魔が差す」ことである。心の迷いに、悪魔が来たりてささやき、偶然の出来事を神の啓示と 誤解させ、犯行に走らせるのである。
  犯罪者には、犯行の直前、“ラスコーリニコフの斧”が現われ、「魔が差し」て犯行に及ぶのである。これが、機会  は盗を作るということである。
  財布を偶々机上に放置していたところ、金銭に困った人が、神の助けとばかり盗むことである。机上に金銭等を無 頓着に放置することも犯罪者を作る罪深い行為となるのである。
  なお、著者は、暴走族を経て新左翼から新右翼に転向し、火炎瓶ゲリラやスパイ粛正事件で逮捕され、懲役12年 の判決を受け、千葉刑務所に送られ、獄中で書いた小説が新日本文学賞を受賞、1994年満期で出所、作家、思 想家、暴走族評論家などとして活躍していたが、2005年9月マンションから飛び降り自殺をした異色の人物である 。
  (見沢知廉『囚人狂時代』(ザ・マサダ、1996年))
36 賊を捕うるに賊をもってす。
37 嘘つきを出せ、泥棒をみせてやろう。嘘つきは泥棒の始まり。
  最初は小さな事でも結果は大事に至るということ、悪の芽を小さな内に摘んでおけば巨悪にならないということ。   小さな嘘をつけば、それを許していると、本人が嘘をついても許されると誤解し、遵法精神を失い、その結果、人の  ものに手を出す泥棒になるというのである。
   こうした考えを現代的に理論化したものに破れ窓理論(Broken Windows Theory)がある。
   破れ窓理論は、窓が割れたままになっていると建物全体が荒廃し、皆がこれくらいはいいだろうと軽微な違反行  為を続けていくうちに、やがて凶悪事件が横行するようになるので、こうした事態を防ぐために初期段階の軽微な  違法行為を徹底して取り締まる必要があるという理論である。
   ジュリアーニ・ニューヨーク市長が、1994年破れ窓理論を採用し、警察は麻薬密売人、無賃乗車、置き引き、落  書きの取締を徹底して実施した。その結果、殺人は19%、強盗は15%減少し、2003年までに凶悪犯罪を6割も  減少させた。
   同時に警察は、取締とともにコンピューターによる犯罪分析法コムスタットを導入して効果を上げたという。コムス  タット(comstat) は、どの地域でどんな犯罪が増え、多発時間帯はいつか−これらのデータが、画面の地図で一   目でアクセスでき、これを見て警察官が状況に迅速に対応するというのである。
   コムスタットは、コンピューター比較統計手法の略で、コンピューターを駆使した科学技術と統計を基にした成績   第一主義、下部組織への権解委譲などによる民間企業の経営管理手法をミックスした警察管理プログラムである  。
   破れ窓理論の提唱者ジョージ・ケリング博士は、ニューヨークでは、現場が創意工夫して取り組んだから成功し   たと語っている。
   破れ窓理論は、これまで「嘘つきは泥棒の始まり」「三つ子の魂百まで」「小さなことを大事に」「服装の乱れは心  の乱れ」といった言葉に表されてきたことである。同理論によれば、敬礼、服装、挙措態度といった乱れが服務事  故につながるので、この乱れを徹底的に指導注意することが事件・事故の撲滅につながることになる。これは、こ  れまで何度となく言われてきたことである。それをニューヨーク警察が管理手法を含む組織改革をして徹底的に実  行し、現場警察官の創意工夫で成功した。
  (大久保義人「犯罪捜査に民間の経営管理手法を導入」(『世界週報』1996年12月3日)及び「治安再生」取材  班「破れ窓理論日本も注目」(『読売新聞』2003年2月22日)) 
38 盗む者は隠すことができる。隠すことを知らずして盗む者は愚人なり。
39 善き法律家は悪しき隣人なり。
40 法律なければ犯罪なし、法律なければ刑罰なし。
41 有罪率99%の影
   「日本の検察には、世界に冠たる数字がある。刑事裁判の第一審(地裁)における被告の有罪率の高さだ。    司法統計年報によると、少なくとも昭和40年(1965年)以来40年間、有罪率は99%を超えている。最近では99  .93%で、限りなく100%に近づく。
   日本の刑事司法は「精密司法」を呼ばれる。
   被疑者を拘置して精緻な調書をとり、関係者の証言、物証と整合させて、事件を細部に至るまで、調書を中心に  組み立てる。その丹念な作業の結果が、検察の誇る有罪率といっていい。
   この有罪率には、あまり語られない裏面がある。
   被疑者の拘置期間が延長される率が、右肩上がりで上昇し、60%に接近している。
   余りに綿密な調書をとるために、拘置期間が必要以上に延びている、と指摘する司法関係者も多い。
   公判には、大量の調書が提出され、”調書の山”に追われ、格闘するのが刑事裁判官の仕事となる。現在の法  廷は独自の真相究明の場というよりも、調書の信用性などが判定される場に近い。「調書裁判」と言われるゆえん  だ。
   この有罪率を維持するため検察は調書作成にエネルギーを集中させる。だが、検察の人的能力にも限界があり  、起訴する事件を絞らざるを得ないようだ。
   有罪率の高さを掲げるなかで、検察の事件摘発は十分行われているのだろうか。
   脱税、贈収賄などのホワイトカラー犯罪で、米国の連邦検察官は4年前、約8,700人を起訴した。同じ年に日本  では約570人だった。この彼我の差は大きい。
   ほぼ完璧の「有罪率」の影の部分は看過できない。」
  (桝井成夫『読売新聞』2004年8月19日) 
  
4 参考資料 兵科次室士官心得
  部内限 
  昭和十九年度                                   一、不用に帰したるときは焼却すべし。
                                              二、本人死亡の際は遺族より返却すべし。
  兵 科 次 室 士 官 心 得
              海 軍 兵 学 校
 
 第一 艦内生活一般心得
一 次室士官は一艦軍紀風紀の根元、元気の源泉たる青年将校たることを自覚し 軍人精神を堅持し熱と意気、純  心さと素直さとを以て勤務せよ。
  青年らしい所とは何か。前記の如く熱と意気であり、素直さ純心さであり、 是等に基く旺盛なる実行力である。所  が近時是等の特性を曲解して居る者が非 常に多い。二、三の実例を挙げるならば
(イ)酒の問題
   若い人のくせに酒も飲めぬと言う人があるが之は云う人の誤りであり、酒を飲み暴れることを以て元気ある青年  なりとするは昔の事である。流行語で云うならば旧体制人の云うことである。前日深酒を飲み翌日は軍艦旗掲揚  にも出ずに寝て居る事等は言語道断である。如何に酒を飲むも翌日の勤務に差支えるが如き所謂痛飲は少くと   も兵科将校として採らざる所であると同時に又如何に痛飲するもやらるだけの公務は絶対にやらねばならぬ。
(ロ)上官に楯突くことを以て元気と考えることは誤も甚だしきものである。下級者は上官に対し意見を具申することは  法規上に於て明確に認められておる所であるが、上官に於て一旦決定せられたる事項を何時迄も反対し自説を   主張し以て元気ありとするは軍紀違反である。例えば夕食後日没前に短艇を揚収して了ふ計画で居た所急に当  直将校より直に短艇を揚収せよと云う命令を受け当直将校の意中を深く考えることなく色々な事を云う者がある。  総て上に立つ人は凡ゆる点より物事を考えているのであって吾々の観察は皮相に流れ易いことに注意せねばな  らぬ。
(ハ)別科時の青年将校の態度
   別科時乗員は汗を流し乍ら剣道なり柔道なり銃剣術、相撲等を実施しているのに腕組して見物して居る青年将  校を見ると「貴様の年は何歳か」と尋ねたくなる位不愉快なものである。之に反し元気溌剌たる青年将校が黒帯   柔道着に身を固め或は防具を着け乗員を指導して居る姿は見て居ても晴々しいのである。自分に指導能力なくて  も又部下に非常に強い者が居ても、又部下の見て居る前で分隊士が部下に投げられ様とも部下に上官軽侮の念  を生ぜしめる所か反対に実に良く分隊士に心服して来るものである。分隊士が分隊員に負けると部下は非常に喜  ぶが其の喜びは軽侮の意味では決してないことを銘記すべきである。人に依っては下士官兵と練習したり練習試  合をすることを禁止ずる人があるが士官の品位を考え下士官兵に負けた場合のことを深く考え過ぎる結果であっ  て寧ろ反対の結果になると確信するものである。
(ニ)上官より叱られると直ぐ河豚の如くに膨れる人があるが自ら自己の存在範囲を狭めているものである。上官の   御注意を素直に純心に受け入れることは極めて重要なことである。注意すると云うことは上官に其の者に対する   指導の熱意があってのことで兵学校の如く生徒を指導することを本職とする分隊監事の如き人は艦船には一人も  居ない、従って注意してくれる人は余程親切な人であって感謝せねばならぬ筈である。上官より注意を受けなくな  ったことは進歩した為に非ずして上官より見離されたと見るべきである。年月の進むに従い叱られた事以外は全   部忘却して了うものであらう。一般に初級将校は考えが単純であるが上官は幾多の経験を有し凡ゆる角度より情  況を観察するので吾々青年将校のやることは上官から見れば危険なのである。机上では絶対自信のあることで   も海上に於ては四囲、情況と云うことに非常に左右される。従って経験の少い吾々には正当なる判断は非常に難  しいものであることに注意せねばならぬ。
二 士官として品位を常に保ち高潔なる自己の修養は勿論厳正なる態度動作に心懸け功利打算を脱却し清廉潔白 なる気品を養うことは武人の最も大切なる修養である。所謂権利義務の観念を断々固として排斥せねばならぬ。  近時青年の心 理が功利的自己的に流れ所謂権利だから義務だからと云う言葉を耳にするのは不愉快の極みで ある。例えば今日は非番だから短艇指揮には行かぬとか、当地に於ては散歩上陸を司令長官より許可せられたか ら上陸するとか其の心情が誠に汚い。抑も士官には当直非番等の区別はなく、当直でなくとも指揮には率先 行く べく上陸等もやり掛けの仕事が完成せる後暇あらば上陸させて戴くと云う心掛けが必要である。権利であるからと か義務であるとか云う事は将校の天職を冒涜するものである。このことが進展すると軍人特に将校と雖も月給取り であり官吏であり何等普通の官吏と異る所なしと云う暴論を立つるに至る。
三 宏量大度精神爽快なるべし。狭量は軍隊の一致を破り陰鬱は士気を阻喪せしむ。忙しい艦務の中に伸び伸びし た気分を決して忘れるな、細心なるは勿論必要なるも「こせこせ」する事は禁物である。
四 礼儀正しく敬礼は厳格にせよ
  次室士官は「自分は海軍士官の最下位で何も知らぬ」と心得譲る心懸けが大切だ。親しき中にも礼儀を守り上の 人の顔を立てよ、良かれ悪しかれ兎に角  「ケプガン」を立てよ。
  近時青年将校が礼儀を知らぬと云うことを耳にする、之は原因が色々あるが 直接原因の一つは海上勤務の経  験極めて浅いくせに言うことだけは或は所見等書かせると一人前或は其れ以上のことを主張し度々海上の非常識 とも云うべきことを平気でやり注意を受けても恥としない所にあると思考せられる。海上の非常識とは例を挙げれば 沢山あるが其の二、三礼儀に関する事項を挙げれば
(イ)短艇指揮が出発直前に一般乗艇者より後から乗艇し挨拶もせずに出発したり、上陸の時に上級者より遅れて定  期に乗艇して挨拶もしなかったりする者がある。是等短艇指揮は乗艇者よりも先に乗艇し便乗者を自ら迎え離す  べく上陸の時等上級者が先に乗艇して居られたならば「失礼しました」と挨拶すべきである(上陸に関して別項に  詳述す)。
(ロ)上級者との対談特に分隊長との対談の如き場合に於ては所謂生徒と教官と云う様な固苦しい所は必要ないが  親しき中にも礼儀ありで腕組をした儘話したり、態度姿勢言葉遣に失礼なる場合がある。又用談中には極めて親  密なる態度になっていても其の前後には厳正なる敬礼を忘れてはならぬ。態度で「ポケットハンド」は禁物であり  、特に左手を「ポケットハンド」し乍ら上官に敬礼したり、或は下級者の敬礼に答礼したりする如き以ての外である  。又敬礼或は答礼をするときには必ず不動の姿勢を執り活発にやれ。
(ハ)背広で上陸し明かに上級者と判って居り乍ら敬礼しなかったり、水交社等で同様なことを見受ける、甚だしきは  兵学校時代に上級生であった人でも自分が私服であったり対手が私服であったりすると明かに知っている人であ  り乍ら敬礼しない者がある。抑も水交社は士官の行く所で吾々初級士官より下の者は少い筈である。又私服の場  合に上級者に敬礼しなくてもよいと云う法規は何処にもない筈であり、上官なれば時と場所服装の如何を問わず  礼を失せざる如く努むべきである。
(ニ)上官に提出する書類は必ず自分で直接差出すべきである。上官の机の上に放置し甚だしいのは従兵をして持   参させる如きは最も不心得な事である。之は上官に対し失礼であるばかりでなく場合に依っては質問されるかも   知れず訂正されるかも知れぬ、此の点疎かにしてはならない。
(ホ)煙草盆の折、椅子に腰を卸し上官が傍を通っても敬礼もせず、又機動艇は勿論汽車電車の中講話場等に於て  上級者が来られても知らぬ振りして居る等は失礼も甚だしい。次室士官が自らこの椅子に甘じなければ艦内の秩  序は維持出来なくなる。
(ヘ)舷門は一艦の玄関口である。其の出入に当り雨天でない時雨衣や引回しを着た儘出入したり、暑いからとて上  衣を脱した儘出入したりするは非常識であり、番兵の職権を侮辱せるものである。
五 旺盛なる責任観念の中に常に生きよ。之は士官としての最大要素の一つである。命令を下し若くは之を伝達する 場合には必ず其の遂行を見届けた後に始めて其の責任を果したるものと心得よ。例えば当直将校より「あの作業  は如何か」と問われ「甲板士官に頼んであります」とか「命じてあります」とか答えるは無責任である。一般に号令の 掛け放しは禁物なり。
六 滅私奉公の精神を発揮せよ。大いに縁の下の力持ちとなれ。
七 次室士官時代は之からが本当の勉強時代。一人前になり吾事なれりと思うは大なる間違いだ。公私を誤りたる  糞勉強は吾等の欲せざる処であるが、学術方面に技術方面に修得せねばならぬ点が多い。忙しい艦務に追われ  之を蔑にする時は悔を来す時あり、忙しい時にこそ緊張裡に修行は出来るものである。又見方を変えて見れば忙し い艦務其のものが吾々の勉強である。寸暇の利用に努めよ。
  常に研究問題を持て。
  平素に於て常に一個の研究問題を自分に定め之に対し成果の捕捉に努め一纏となった時之を記し置き一つ一つ 種々の問題に対して此の様にして置き後になって再び之に就き研究し気付きたる事を追加訂正し保存し置く習慣を 作れば物事に対する思考力の養成となるのみならず思わざる参考資料を作り得るものである。要するに自己の戦  闘配置に関しては天下第一等の人物たるの覚悟を以て研究せよ。
八 少し艦務に習熟し己が力量に自信を持つ頃となると先輩の思慮円熟なのが却て愚に見える時が来ることがある 。是れ即ち慢心の生じたる証拠で此の慢心を断絶せず増長に任せ人を侮り自ら軽んずる時は技術学芸共に退歩し 終には陋劣の小人となり無為不用の亡者となる。
九 おずおずして居ては何も出来ず、図々しいのも不可なるもさりとておずおずするは尚見苦しい。
  信ずる処ははきはき行くのは吾々に取り最も必要である。
一○ 何事にも骨惜みをしてはならない。乗艦当時は左程でもないが少し馴れて来ると兎角骨惜みをする様になる。   当直にも分隊事務にも骨惜みをしてはならぬ。 如何なる時でも進んでやる心懸けが必要だ、身体を汚すことを   忌避する様では もうおしまいである。
一一 青年士官は「バネ」仕掛けの様に働かなくてはいけない。上官に呼ばれた時直ぐ駆足で近づき敬礼、命を受け   終らば一礼して直に其の実行に着手せよ。
一二 上官の命は気持ちよく笑顔を以て受けよ即刻実行せよ。如何なる困難があろうとまた折角の上陸が出来なか   ろうと命を果し「や御苦労」と言われた時の愉快さは何とも云えぬ。又上官より「余り急がぬ」と云って命ぜられた   事でも出来るだけ早く片づけて提出せよ。「分隊長それは無理ですよ」は止め兎も角やって見よ、やれば案外出   来るものである。
一三 不関旗を揚げるな一生懸命にやった事に就いて手酷しく叱られたり、平常からわだかまりがあったりして不関    旗を揚げると云う様な事が間々あり勝ちだが之は慎むべき事だ。自惚れが余り強過ぎるからである。不平を云う   前に己を省みよ。
    抑も初級士官は各科長、各分隊長の補佐官であることを忘れてはならぬ。往々にして副直将校等に立ち一切   任せてくれぬ故に不関旗を揚げるものがあるが心得違いも甚だしきものである。副直勤務にせよ分隊事務にせ   よ全部士官室士官即ち各科長、各分隊長、当直将校の責任である。故に作業当直其の他各種の事を実施前に   上官の意図を打診し其の方針に基き立案提出し直して貰い然る後其の案に依り実施するのである。自分の計    画も何もなく只任せてくれぬからと云って不関旗を揚げるべきではない。
一四 昼間は諸作業の監督巡視、事務は夜間に行う位にせよ。事務の忙しい時でも午前午後必ず一回は受持ちの   部は巡視せよ。次室士官時代の兵科将校は事務室のない艦では他科の者が一日の仕事を終って寛いでいる    時に「ガンルーム」で分隊事務其の他の「テーブルワーク」をするものである。故に他科の者と一緒になって何時   でも遊び呆けると仕事は何も出来ない。
一五 「事件即決」の「モットー」を以て物事の処理に心懸くべし。「明日やろう」と思っていると結局何もやらずに沢山   の仕事を残し仕事に追われる様になる。要するに仕事を「リード」せよ。先制は只に戦闘の場合に必要なのでは   ない、日常万事先手々々と行かねば間に合わず。
一六 成すべき仕事を沢山背負いながら忙しいと言わず片付ければ案外容易に出来るものである。
一七 物事は入念にやれ、委任されたる仕事を「ラフ」にやるのは其の人を侮辱するものである。遂には信用を失い    人が仕事を任せぬ様になる。又青年士官の仕事が難しくて出来ぬと云う様なものはない。努力してやれば大抵   の事は出来る、要はやろうと云う熱意である。兵学校にて修得せる基礎に此の熱意を以て事に当るならば出来   ぬと云う仕事は一つとして存在しない。
一八 「シーマンライク」の修養を必要とす。動作は「スマート」なれ、一分一秒の差が結果に大影響を与えることが多   い。踵を引きずって歩いたり昇降口をのそのそ歩いて昇降したり作業の指揮振りが拙劣で作業員の割当が悪か   ったり命ぜられたる仕事の完成が遅かったり「スマート」でないことは沢山ある。上陸時に貴公子の如き背広で    上陸して以て「スマート」な士官と自任する如き大いなる誤である。
   「スマート」で目先がきいて几帳面敗けじ魂是ぞ船乗
一九 海軍は頭の鋭敏な人を要すると共に忠実にして努力精励の人を望む。一般海軍常識に通ずることが肝要であ   る。斯ることは一朝一夕に出来ぬ常々から心懸けて居れ。
二○  要領が良いと云う言葉は余り良い言葉ではない。人前で働き陰でずべる類の人に対する「尊称」である。吾    人は絶対に表裏があってはならぬ。正々堂々とせねばならぬ。
二一 書類を熟読し諸作業の事前研究は必ず実施せよ。
    戦隊作業、艦隊作業、分隊事務関係等総て作業は其の命令方案実施要領等書類で出される。即ちGF日令    命令法令告示、戦隊命令法令日令、艦内通達副長通達海軍公報鎮守府公報等熟読すべき書類は多い。是等   は全部「板挟み」として各室を回覧するもので此の「板挟み」を熟読することは作業実施並に勤務上最重要なる   ことの一つである。艦隊演習の公正訓練研究項目等知らずに演習に参加する等は士官たるの資格に乏しいも    のと云わねばならぬ。必要なることは手帳に書抜き事前に研究して置くことが必要である。之を良く見て居ぬ為   に当直 勤務に間違ったり大切な書類の提出期日を誤ったりすることがある。「板挟み」は其の回覧時間が各艦   に依り多少異なるが普通の艦では巡検後より翌朝迄は一次室に在る故此の書類を見終わった後仕事なり座談   なりに掛るべきである。
二二 手帳「パイプ」は常に以て居れ、之を最も便利に使える様に工夫するとよい。「パイプ」の如き日常作業に上手    に使用すれば作業が極めて円滑に実施出来る。
二三 提出書類は早目に完成し原稿として提出せよ。提出用として直ちに出し得る場合もあるが普通は原稿のまま    分隊長なり科長なりに二、三日前に提出し訂正して貰い然る後に清書して捺印を乞うべきである。分隊長にいき   なり提出用と して清書したものを持って行けば分隊長は筆を入れることが出来ぬ。原稿は裏紙で結構である。   又海軍罫紙等を使用諸方案立案の際は一行置きに記入し上官の加除訂正の余白を残すの心掛必要なり。艦    長、副長、分隊長の捺印を乞う時無断で捺印してはならぬ。又捺印を乞う事項に関し質問されても返答し得る様   準備をして行くことが必要である。捺印を乞うべき場所を開いて差出すか又は紙を挟むかして分り易く準備して「   艦長何々に御印を戴きます」と申告し若し艦長から「捺印して行け」と云われた時は自分で捺して「御印戴きまし   た」と届け引下れ。印箱の蓋を開け放しにして出る様なことのない様にせよ。小さい事の様だが注意せねばなら   ぬ。
二四 軍艦旗の掲揚降下には必ず上甲板に出て拝せよ。朝軍艦旗掲揚時間迄寝て居る等は士官たるの資格全然    なしと云うべきである。
二五 「である、らしかれ」主義で行け「自分は次室士官である、然らば次室士官らしくやれ」又「自分は候補生である   、然らば候補生らしくやれ」何につけても分相応と云うことを忘れるな。
二六 出入港の際は必ず受持の場所に居る様にせよ。出港用意の号音に驚いて飛出す様では心掛けが悪い。
二七 諸整列が予め分っている時次室士官は下士官兵より先に其の場所に在る如くせよ。
二八 何か変った事が起った時或は何となく変ったことが起るらしいと思われる時は昼夜を問わず第一番に飛出して   見よ。
二九 艦内で種々の競技が行われたり又は演芸会など催される際士官はなるべく出て見ること、下士官兵が一生懸   命にやって居る時に士官は勝手に遊んで居ると云う様なことでは面白くない。
三○ 作業に失敗することを恐れる勿れ。
    進級するに従い覚えて居る事は初級士官時代に失敗したことばかりである。作業に失敗すると副長に叱られ    るとか部下に笑われるとか女々しい考えは捨てねばならぬ。初級士官が物事を知らぬこと、特に候補生が物事   を知らぬと云う事は万人認めて居るので初めから完全に作業が出来るならば兵学校も練習艦隊も或は又候補    生と云う階級も不用である。失敗を恐れることは遂には消極的となる。青年将校が積極性を失うに至らば青年将   校たるの真価を失ったと云うべきである。此の所に留意すべきは失敗後其の原因状況其の他充分研究し此の    事に関しては以後再び繰返す事なく完全なる自己の知識とすることは更に肝要なことである。
三一 知識を根拠あるものたらしめよ。
    一次室時代は事々物々全部新らしきことばかりである。従て今日迄の慣例とか前任者の申継ぎとか上官より   の教示とかに頼ることなく其の根本に当り法規を調査し確実なる知識として置くことが必要である。例えば舷門    に於ける礼式に於ても取次は舷梯に出て居れば甲板上には列ぶ必要なく当直将校が送迎される時は無理をし   て副直将校は送迎しなくても差支えない等のことは礼式令に明かに規定せられて居る総て根本法規を調査する   ことを面倒臭く思ってはならぬ。又此の法規に関しても兵学校で印刷した礼式令とか服務規程とか各士官勤務    参考書と云う様なものは何処迄も参考書である。「兵学校の教科書に書いてあります」とか「プリント」に書いて    あるとか言って自説を固守する人があるが兵学校の教科書は勿論立派なものに違いないが適用する情況の異   なる場合もあり、又法規の改廃訂正もある、要は諸例則、内令提要、諸法令等の根本法規に就き根拠ある権威   ある知識とすることが必要である。
三二 兵科将校は暇あらば甲板に出て居れ。 
    昔から兵科将校は碇泊中は上甲板に航海中は艦橋に居れと云う意味で上甲板に出て居れば何か得る所が    ある。艦橋に居れば艦長、司令官等上官の指揮操艦振り等を見学することが出来る。同様の意味のことである   が昔から「青年士官は青天井」と云われている。味わうべき言葉である。
三三 初めての港に入港せば必ず水路見学に行け、初めての初級士官の多い場合は普通第一便を水路見学用とし   て出される(公私用使便乗)。之には必ず参加し後日短艇指揮となった時不安のない様にせねばならぬ(短艇    指揮勤務参考書参照)。
三四 雨衣には頭巾を掛けるな視界を妨げ作業指揮が出来ぬ。
 第二 次室の生活に就て
一 我を張るな自分の主張が間違っていると気付けば片意地を張らずあっさりと改めよ。我を張る人が一人でも居る と次室の空気は破壊される。
二 朝起きたならば直に挨拶せよ。固苦しくやる必要はない、朗かに「お早う御座います」とやれ。之が室内に明るき 空気を漂わす第一誘因だ、又次室士官は「総員起し」で起床する様にせよ。
三 次室には夫々特有の気風がある良きも悪きもある。悪い点のみ見て憤慨してのみいてはならない。時には悪い 点があることもあるであるが斯る時は確固たる信念と決心を以て自己を修め自然に同僚を善化せよ。
四 上下の区別を判然たらしめよ。親しき仲にも礼儀を守れ。
   自分の事ばかり考え他人の事を省みない様な精神は団体生活には禁物。自分の仕事をよくやると同時に他人 の仕事にも理解を持ち便宜を与えよ。特に他科の先任者は尊敬し之を立てよ。
五 何事によらず「ケプガン」を立てよ。
   人には各々特徴がある。非常に敏腕の人「スローモーション」の人等々如何に「ケプガン」の処理が気に入らずと も「ケプガン」を立てねばならぬ「ケプガン」が「こうやる」と言えば多少異論があっても全員一致して之を支持し盛り 立て行け。例えば「いつから「ボート」を漕げ」とか又は「別科時総員武道をやる」とか言われたならば多少忙しくとも 全員参加して愉快にやれ。仕事は終ってから徹夜してでもやる位の意気がほしい。
六 同じ分隊士で同列の仕事をやっていても上級者を立てよ。分隊事務等も最初は先任の人に伺うとよい。
七 同じ「クラス」のものが三人も四人も同じ艦に乗組んだならば其の中の先任者を立てよ。「クラス」のものが次室内 で党を作るのはよろしくない、全員の和衷協力は最も肝要なり。利己主義は唾棄すべし。
八 上陸の事に関しては後述するが「ガンルーム」の上陸は上陸する者の先任者が運動一旒を掲げて残り全部は順 番号単縦陣で団体行動をとるのが普通だ。一人こそこそ上陸して何時帰って来たか何処に行ったのやらわからぬ 等と云う上陸の仕方は好ましくない。
九 健康には特に留意せよ。若気にまかせて不摂生は禁物なり。土曜日とか或は戦技作業の如き大作業の終了せ る時期等に総員で酒を汲み大に談笑次室の空気を明朗にすることは必要であるが斯る事を毎日の日課とし大酒を 喰い放歌高吟するに至っては只に士官としての品位を落すのみならず健康上より見るも慎むべき事だ、健全なる身 体なくして充分なる御奉公は出来ぬ。尚前記の如く次室総員で酒でも飲んで気分を転換せんとする時自分は酒を  飲まぬ主義に合わぬとて一人だけ欠席する等と云うことは次室の空気を不明朗にする、如何に酒を飲めなくとも相 共に愉快に談笑するだけの雅量を持て。
一○ 当直割の事で文句を云うな。定められた通りどしどしやれ。当直割は当直に立つ人の先任一次室士官が定め   るのが普通である。病気等で困って居る人の為に進んで当直を代ってやるべきだ。又母港出港前日或は母港    入港の日等の当直は一次室士官が全部代ってやるのが普通である。准士官、特務士官には母港に家族があ    るので母港へ入港し上陸を許可せらるれば真先に家族に会い度きは人情である。
一一 食事に関して文句を云うな。人に不愉快な感を抱かしむる如き言語を慎め、例えば人が黙って食事をして居る   のに調理が不味いと云って割烹を呼付けて責めるが如きは遠慮せよ。又食事の時会話等には精錬された話題   を選べ、議論は禁物、人を笑わせる様な朗らかな話題が良い。之が次室を明るくする近道である、尚各室には    食卓長と云う役があり(各室士官輪番之に当る)此の者は割烹等と良く連絡をとり総員に歓迎される如き食事を   作らせる様腕を振るわねばな らぬ。此の者が食事に関し割烹に注意するのは良いが此の場合でも食事中は    成るべく避けよ。
一二 次室内に一人しかめ面をして膨れて居る者があると次室全体に暗い影が出来る、一人愉快な朗らかな人が居   ると次室内が明るくなる。
一三 病気に罹った時は直ぐ「ケプガン」に知らして置け。休業になったら「ケプガン」に届けると共に分隊長に届け副   長に御願いして職務に関することは他の次室士官(同じ「クラス」の者がよい)に頼んで置け。艦隊作業では相当   無理な事が重なるので身体的には無理をする機会があり、又無理をせねば仕事が出来ないのであるが自分の   体の調子は自分が最も良く承知している筈であるから相当の所迄は気力で頑張らねばならぬが「これはいかぬ   」と思ったらあっさり診察を受けて休むことが必要である。
一四 上官の批評をするな。
    少し勤務時間が経つと好んで上官の批評をする者が出る。士官室の誰は偉いとか誰は「ビーシー」だとか言う   凡そ批評は其の対象となる者より一段も二段も上の人の為すべきもので下級者が上級者を批評する等は不遜   である。次室内で斯くの如き話が従兵を通じて兵員に伝わることは実に早い、例えば誰は偉いと云って褒めるこ   ともやらぬが良い一人が褒めれば他の者は誰かは馬鹿だとか云い出し結局話は上官を悪く云う方に転換して了   うものである。
一五 次室は寝室ではない釣床を面倒臭がって仮寝の儘翌朝迄寝込んだりする様な無精であってはならぬ。又寝    台のある者が朝寝をして朝の食事に間に合わず食卓が何時迄も片付かぬ如きは其の艦其の士官次室のだらし   ない気分を映したものと心得よ。次室士官は総員起床で起きて毎朝乗員の体操を指導する意気でやれ。
     「ガンルーム」は分隊士の居る所であるから部下の出入は最も多い所である。前記の如き状態を部下に見せ   て居たのでは部下指導等は出来る筈がない。
一六 課業時間中は次室内は空にして置くべきで次室内にごろごろしているが如き暇は無い筈である。大艦に在る    兵科将校事務室の如きも同様で分隊事務等は夜間作業終了後に始めるべきものである。
一七 次室内の如く多数の人がいる所ではどうしても乱雑になり勝である。重要な書類が見えなくなったとか帽子が   ないとか言ってわめきたてる様なことのないように常に心掛けなければならぬ。自分がやり放しにして従兵を怒   鳴ったり他人に不愉快の思いをさせることは慎むべきである。
一八 暑い時公室内で仕事をするのに上衣をとる位は差支えないが「シャツ」まで脱いで裸になる如きは甚だしき不   作法である。
一九 食事の時は必ず軍装を着すべし。事業服のまま食卓に付いてはならぬ。急かしい時には上衣だけえも軍装に   着換えて食事に就くことになって居る。
二○ 次室士官は忙しいので一律には行かないが原則としては一同が食卓に就いて次室長が始めて箸をとるべきも   のである。食卓に着いて従兵が自分のところへ先に給仕しても先任の人から給仕せしめる如く命ずべきだ。古    参の人が待って居るのに自分から始めるのは礼儀でない。
二一 入浴も原則として先任順を守ること。水泳とか武技等に行った時は別だが他の場合は遠慮すべきものだ。
二二 古参の人が「ソファー」に寝転んで居るのを見て真似をしてはいけない。休む時でも腰を掛けたまま居眠りをす   る位の程度にするがよい。
二三 次室内に於ける言語に於ても気品を失うな。他の人に不快な念を生ぜしむべ き行為風態をなさず又下士官    兵考課表等に関することを軽々しく口にするな、不仕鱈なことも人秘に属することも従兵を介して兵員室に伝わり   勝のものである。士官の威信もなにもあったものでない。
二四 趣味として碁や将棋は悪くはないが之に熱中すると兎角尻が重くなり易い、趣味と公務ははっきり区別をつけ   て決して公務を疎かにする様なことがあって はならぬ。
二五 お互に他の立場を考えてやれ。自分の忙しい最中に仕事のない人が寝て居るのを見ると非難したい様な感情   が起るものだが度量を宏く持って夫々の人の立場に理解と同情を持つこと肝要。
二六 従兵は従僕に非ず。当直其の他の教練作業にも出て其の上に士官の食事給仕や身辺の世話までするのであ   るからと云うことをよく承知して居らねばならぬ。あまり無理な用事は言付けない様にせよ。自分の身辺のことは   なるべく自分で処理せよ。従兵が手助けをして呉れたら其の分だけ公務に精励すべきである。釣床を釣って呉    れ食事の給仕をして呉れるを有難い思うのは束の間生徒候補生時代のことを忘れてしまって傲然と従兵を呼ん   で一寸新聞を取るにも自分のものを探すのにも之を使う如きは我自らの品位を下げて行く所以である。又従兵    を「ボーイ」と呼ぶな。一般に午後十時以後は当直の者一名乃至二名残し他は就寝せしめよ。病気になる率は    従兵に比較的多い。
二七 士官「クリュー」の練習の際短艇は早くから舷梯に着いているのに何度呼びに行っても整備しない等と云うこと   は士官の恥と心得早くより総員揃って準備運動をやり乗艇せば直に漕ぎ出せる様にせよ。
二八 課業時の外に必ず出て行くべきものに銃器手入、武器手入に受持短艇の揚げ卸しがある。
二九 夜遅くまで酒を飲んで騒いだり大声で従兵を怒鳴ったりすることは慎め、又あくどい事は通用せぬ。酒を飲み良   い気持になっても時間関はず他人の持場を考えず自分一人の気分にて深酒を人に強いたり相手を求めたり、品   の悪い唄を得意になって何度も何度も唄ったりするのは海軍士官に非ず、適当の時に良い気持ちで引上げる「   たしなみ」が大切なり。
 第三 転勤より着任迄
一 転勤命令より退艦迄
(一)転勤命令に接せば先ず仕事を全部片付けよ「立つ鳥は後を濁さず」
 (イ)申継の案を作製し仮令新着任者に申継をなし退艦する時と雖も申継を子細に書き口述実施申継と共に書類を   手渡する様にせよ。
    兎角履歴表、図書、保管書類等の整理を疎かに仕勝なり。
 (ロ)申継ぐべき後任者が来ずに至急赴任する時は特に明細丁寧に申継を記し置くこと。
 (ハ)申継は一部直属上官の許に提出しおくを可とす。
    (例えば 分隊士−分隊長 砲術士−分隊長、砲術長へ)
 (ニ)航海士より借用して居る秘密図書は一応確実に返却し置くを可とす。航海士は此の際整理し新着任者に一括   貸与する如くせよ。
(二)職務上の整理が終ったならば自分の荷物を整理し新着任者の着任日時が判明したならば送るべき荷物一、二  日位早目に送る方がよい(「チッキ」にす、乗車券、通用期間を考えよ)
   又時局の変化に応じ規則が色々と変るので良く注意せよ。
   荷物を整理する際(通常礼装)軍装一着、事業服一着及び送った荷物が先方に着いていなくとも着任して直に   仕事が出来る手回品は自身で持運び手荷物には出さない。
   荷物は停車場等で盗まれないことに注意、士官の荷物に目を付けて居る悪者が居る。
(三)後任者に申継終らば直ちに退艦赴任するものとす。従って後任者の日時が判ったならば分隊長(科長)を経て   副長に退艦日時の希望を申出でよ(退艦日時は艦長が決められる自分で決めると思ってはならぬ)。支那方面等  遠方から赴任する時は艦長より艦長へ退艦者を電報して貰う。陸上電報或は海底電線を利用し得る所では自己  より新所轄長え赴任日時を電報す。
   (例)「十五日 一000 着任の予定 桜少尉」
      「十五日 0八00 青島着の○○丸にて着任の予定 星少尉」
(四)至急赴任を要する場合及後任者長時日来着しない時は分隊長(科長)を経て副長にお願し退艦日時を決定して  貰い在艦者の指定者に申継ぎ赴任せよ。
  特に至急赴任を要する場合は新所轄長より「至急赴任せしめられたし」との  電報あるが普通なり。
(五)新に着任すべき艦の役務、所在、主要職員の名は前以て研究し「ノート」し置け。
(六)支那其の他に赴任する時赴任に関する注意、道順等に関しては先輩に能く聞け、艦船(特に戦地)の所在は鎮  守府副官に訊ぬれば判り旅行方法も指示を受くるが良い。又「ツーリストビューロー」を利用せば旅行容易なり、   斯る場合は便船のあるなしに依り退艦日が制限される故先づ第一に便船の船室を得ることに留意せよ。
   最近の如く旅客輻輳する時は船室は相当長時日前に予約せざれば無いのが普通であるが汽船会社に直接交  渉し事情を話せば海軍士官なれば何とか都合してくれる。
(七)新着任者着任せば確実綿密に申継、申継終らば直属上官に新旧共申継終了の旨報告する
   例 分隊士ならば 分隊長−副長
      航海士ならば 航海長−副長
(八)申継終らば直ちに退艦
   退艦前艦長、副長、直属科長及各室を回り挨拶する。
   「本日午食後退艦します在艦中は色々と有難うございました」
   高等官退艦麾下を離るる際は退艦前適宜の時直属司令官に伺候す。
(九)退艦前分隊員を集め「別れの挨拶」をなすも可。
(一0)退艦着任は通常礼装なり、但し戦時事変中は軍装なり。
(一一)退艦時見送らるる時は先任順序に再び挨拶せよ。
二 申継事項
(一)人 事
  1 分隊長、分隊士及分隊に関係せる准士官以上の官職氏名
  2 分隊員数、等級別員数、有特技章者数、受刑罰者
  3 定員、現員、定員外及欠員の有無
  4 特に注意を要する人物及之に対する指導方針
  5 特に勤勉なるもの、特に怠慢なるもの、特技を有するもの
  6 出来得れば下士官は一人一人に就き申継すること先任士官の氏名
  7 現在艦に居らざるもの
  8 最近叙勲発生資格者及現に具申中のもの之は特に確実に申継げ
  9 善行章及再現役の望否、満期等人事一般に就き
  10 特種事情を有するもの
    家庭の事情其の他に依り某所へ転勤を希望する者
    長年一艦に務むる者、病気の家族の有する者
    軍事扶助の者、練習生の試験を度々受けるも合格せぬ者等
  11 分隊衛生状況及現在の間者及居住室の衛生状況
  12 分隊員の気質及気風他分隊との折合の良否
  13 艦長、科長、分隊長の指導方針特に分隊長、科長気質指導方針
  14 上に基き自己の今日迄採り来れる指導法
  15 履歴表及考課調査表、其の他分隊士保管書類(実際に数を調査)士官の転勤前後に下士官兵の履歴表及    考課調査表紛失すること多し。
(二)受持兵器に関する事項
   下記各項は現場現物に就き受持部を案内し乍ら申継ぐ、此の際分隊先任下士官を同伴するを可とす。
  1 現状、簡単に機構説明を加ふ。
  2 近日中又は後日提出書類の有無及期日
  3 兵器の癖及故障個所
  4 修理改造中及今日迄の使用実績に鑑み修理改造を要すると認むる点
(三)職務に関する事項
  1 今迄の仕事のやり方
  2 一般の場合或は他所と違ふ所、殊に其の艦特有の慣習
  3 特に力を入れた所
  4 自分が初めて着手して困った事、又困りさうな事
  5 将来斯うした方がよいと思ふ事
  6 後任者が全然初めての時は充分納得行く迄説明する
(四)図書の申継
  1 航海士であるならば機密のものは受払簿、貸与簿と共に一冊一冊入念に当ること、之は非常に面倒臭いこと   であるが之を完全にやらねば後刻非常に困る(航海士勤務参考参照)
    改正追加貼付紙、軍機水路告示、測距誤差米秒換算表、経理規定外図書(各学校の分)
    艦本秘報集、機関通報、各学校巡回講習講義案は油断がならぬ。
  2 其の他特に自分の借りて居た図書を其の儘申継の図書あらば特に確実にやれ、借用者変換となり以後新任   者に保管の責任が移るわけである。
三 着任の途中
   退艦後其の途中道草を食ふな一秒も早く着任せよ。但し特別の場合の他夜の夜中の着任は非常識なり普通朝  が良い。支那方面赴任の為旅費を概算して貰った時は要した実費に対しては受取を貰ふこと。
四 着 任
(一)着任すべき艦の所在地に赴任して其の艦が居らぬ時例へば急に出動したる後に赴任した様な時は所在鎮守府  、要港部等の副官の所に出頭して其の指示を受けよ。更に又其の地より他に旅行するを要するときは証明書を貰  って行け、軍港、要港以外の土地でも地方人事部、航空隊其の他海軍関係官衛に出頭連絡をとれ。
(二)手荷物は自分で乗物或は運送屋を利用し桟橋迄運ぶべし。駅に未だ到着し居らない時は着任後従兵をして手  荷物の受取証を持たし受取らしむ(私用上陸願を忘れるな)。
(三)着任すべき艦名記入の名刺を予め五枚以上用意しおくべし。
   (ヽヽ乗組と云ふ字は印刷せずとも「インク」にて記入せば可)
(四)着任したならば当直将校に名刺を差出し「〇〇少尉只今着任致しました」と届けること。
   当(副)直将校は副長に、副長は艦長の所に案内され其の時副長より配置を申渡されるのが普通である。其れ  から「ケプガン」が案内し各室に挨拶す。「ケプガン」が「航海士〇〇少尉着任しました」と披露する故「宜敷くお願   ひします」と云って敬礼す。艦の都合のよい時乗員一同に副長より紹介さる。「ケプガン」に紹介の要領を聞け。
(五)各室一巡せば着物を着替へ申継を受くべし。
(六)配置の申継は実地にあたって納得の行く様確実綿密に行へ、一旦引継いだ以上は全責任は自己に移る。特に  人事の取扱は引継ぐ当時が一番危険一通り当って見ることが肝要だ。就中叙勲の計算は成る可く早くやって置け  。
(七)申継終らば当該分隊長に新旧共に其の旨を報告すると共に挨拶すべし。
(八)荷物の整理をせよ。
五 転勤着任に関する諸規則
  艦船部隊、官衛、学校の職員新任、転勤又は転職の場合には其の辞令を受領し又は官報、公法若しくは之に代 ふべき電信通知を受けたる日より其の職責は総て新職員に移るものとす。但し事務引継終らずして旧職員残留し  新職員未だ就職せざる間は旧職員は依然其の職責あるものとす。
  長官又は艦長は部下の職員転勤又は転職に際しては旧職員をして新職員に其の職務を引継がせしむるを例とす 。但し新職員の来着に長時日を要するときは規定に依る代理人又は特に命じたる代理者に引継がしむるもとす。
  前諸項に場合に於て旧職員は新職員又は其の代理人に職務引継ぎを了する迄職務執行者の名義を用ふべし。
  職責に関し所轄長の指定を要する職員は前諸項に依るの限にあらず、故に之等職員転免の場合は辞令通知後  尚前職務を執らしむべき必要ある時所轄長之を命ず。
  (各庁処務通則三十八条((諸例則巻一)))
  軍人新任、転勤、転職又は各地在勤、出張等の命を受けたるときは特に指定ある場合の外辞令受領又は官報等 にて承知の日より一週間以内に出発すべし。
  (各庁処務通則三十九条((諸例則巻一)))
  軍人転勤の場合病気等の為出発し能はざる時は旧所属長官を経て海軍大臣に届け出て旧所轄長より新所轄長 に之を通報し新所轄長は之を所属長官に報告すべし。事務引継ぎ等の為出発延期を要するときは旧所轄長は新  所轄長に之を通報し各所属長官に報告すべし(同上四十条抜粋)
  艦長は准士官以上の職員他に転職したるときは新任者に其の職務を引継がしめたる後速かに退艦出発せしむる を例とす。
  但し新職務の性質上急速赴任を必要とするか又は新任者の来着長時間を要する場合には艦務に支障なき限り  代理者を指定し其の職務を引継がしめ退艦せしむることを得(艦船職員服務規程第六十一条)
  乗組士官其の職を退く時は担任所掌に関する事項その他必要なることを新着任者に引継ぎ且直接保管の諸物  件を授受し終って新旧任者共に之を直属上官に報告すべし(艦船職員服務規程第四七五条) 
 第四 乗艦後直ちになすべき事項
一 直に部署内規を甲板士官より借受け熟読し速かに艦内一般に通暁せよ。
二 副長通達簿(甲板士官より)艦橋命令簿(航海士より)を借り受け熟読せよ。
三 総員起床前より上甲板に出で他の副直将校の艦務遂行振りを見学せよ。二、三日当直振りを注意して見て居れ ば其の艦の当直勤務の大要は分る。而して練習艦隊にて修得せる所を基礎とし其の艦に最も適合せる当直をなす ことが出来るよう前々からの在艦者に当直勤務遂行と特異な点につき研究せよ。
四 着任した日は勿論のこと一週間位は毎夜巡検に随行する如く心掛けよ。乗艦早々から「上陸お願いします」など は以ての外のことなり。
五 艦内旅行は成る可く速かに寸暇を利用し乗艦後直になせ、此の際分隊先任下士官を案内にし分隊の受持は特  に入念に行え。
六 人事関係は申継のみで安心せず直ちに手をつけ入念に一通り調査確むべし。特に叙勲関係は然り「具申済」と  あるものも果して具申済なりや否や庶務主任につき調査すべし。
七 分隊員を集め挨拶と指導の所信を話すも可(所信は上司の方針を実現する上のものたること)。
八 分隊員個々につき個人的に呼出して尋ね姓名と顔を覚える方法とすると共に人物調査に当るも指導の一法なり  (此の際履歴、考課調査をもととして尋ぬ)。
九 特技の者、要注意人物に関しては速やかに覚えよ。
一0 乗艦後一月経過したならば隅々迄知悉し分隊員は勿論他分隊と雖も主なる下士官の姓名は承知する如く心掛  けよ。
一一 転勤せば成る可く早く前艦の艦長、副長、直属長官、分隊長及夫々各室に乗艦中の御厚意を謝し礼状を出す  ことを忘れるな。
 第五 上陸に就て
一 上陸は控え目にせよ。吾人が艦内に在ると言うことが職責を尽し君に忠なりと云うことの大部分である、職務を捨 て置いて上陸することは以ての外である。又自分が上陸すれば其の負荷は当然在艦者に追加されるのである。状 況に依り一律に言えぬ分隊長が居られぬ時は分隊士が残る様にせよ。
二 上陸するのが恰も権利である様に「副長上陸します」と言うべきでない「副長上陸を御願いします」と言え。
三 若い時には上陸するよりも艦内の方が面白いと言う様にならねばいかぬ、又上陸する時は自分の仕事を終って さっぱりとした気分で伸び伸びと大に浩然の気を養え。
四 上陸は別科後より御願いし最終定期にて帰艦する様にせよ、少くとも出港前夜は必ず艦内にて寝る様にせよ、  是青年将校の常識である(候補生は外泊は許されず)。
五 次室士官の上陸は須らく団体的な上陸なれ、即ち誰か先任者が運動旗を掲げ他の者は皆是に従って打揃って  行動し最終定期で揃って帰艦することが望ましい、一人々々単独でこそこそ上陸して人の余り行かぬ様な所へ潜り 込む等青年将校として以ての外である。
六 上陸する時は行先を明らかにして在艦者に知らせて置け、分隊員に急病が出来たとか其の他至急帰艦を要する 様な事件が発生しても本人が何処へ行っているのやら皆目不明なのでは随分他人に迷惑を掛けるのみならず重  大事となるこ と多々あり、特に戦時下の今日留意すべきことである。
七 上陸する場合には、副長(副長不在なれば先任将校)己の従属する分隊長、各科長、分隊士ならば分隊長、分  隊士でなく砲術士又は航海士のみの場合は砲術長又は航海長の許可を得「ケプガン」又は同室者に願い当直将  校に御願いして行くのが慣例である。此の場合「上陸を御願い致します」と言うのが普通であるが同僚に対しては  単に「願います」と言うこの「願います」と言う言葉は簡にして意味深長なかなか重宝なものである。即ち此の場合  には上陸を願うこと上陸後の留守中のことを宜しく頼むと言う両様の意味を含んで居る用意のよい人は更に関係あ る准士官或は分隊先任下士官に知らせて出て行く、帰艦したならば出る時と同様「上陸有難う御座いました」又は「 只今帰艦しました」と届ければよい、但し夜遅く帰艦して上官の寝てしまった後はこの限りでない。士官室にある札  を裏返す様になって居る艦では必ず自分で之を返すことを忘れぬ如く注意せよ。
八 病気等で休んで居た時癒ったからとて直ぐ上陸する如きは分別が定らぬ、休んだ後なら仕事も溜って居よう遠慮 と云う事が大切だ。
九 陸上に於て飲食する時は必ず一流の所に入れ、何処の軍港に於ても士官の出入する所と下士官兵の出入する 所は確然たる区別がある。若し二流以下の処に出入して飲食又は酒の上で士官たるの態度を失し体面を汚す様な ことがあったら一般士官の体面に関する重大な事だ、又同じ「ガンルーム」士官ならば同一の飲食店料理屋にて飲 食する様にせよ。
一0 休暇を戴く時其の前後に日曜又は公休日をつけて規定時日以上に休暇すると言うが如きは最も青年士官らしく  ない。
一一 休暇から帰った時帰艦の旨を届けたなら第一に留守中の自分の仕事及艦内の状況に一通り目を通せ。着物  を着替えて受持ちの場所を回って見て不在中の書類を一通り目を通す心掛が必要である。
一二 職務の前には上陸も休暇もないと言うのが士官たるの態度である。
    転勤した場合前所轄から休暇の移牒があるけれども新所轄の職務の関係では戴けない事が多い、副長に移  牒休暇で帰れと言わるれば戴いてもよいけれども自分から申出る如き事は決してあってはならぬ。
一三 上陸する時には定期の5分前には各部の許可を得て舷門に出て居れ、上の人より後から定期に遅れたため   臨時便を出して貰ったりすることは論外なり。
 第六 部下指導に就て
一 軍人は常に義は山獄よりも重く死は鴻毛よりも軽く戦に臨み上下折重りて潔く戦死するの覚悟がなくてはならぬ 。此の上官は自分と共に討死せらるる人此の部下は自分と共に大君の御為に討死してくれる人斯く思い斯く考え  以て大に敬し大いに愛し親子兄弟にも増した情緒に依る一致団結之こそ軍人全職務の基礎土台でなくてはならぬ 。部下指導特に然り。
二 上の基礎又土台ともなるべきものは至誠である。至誠の根本とし熱と意気とを以て国家保護の大任を担当する  干城を築造することに心掛けよ。
三 軍隊の教育即ち吾人の受持つべき部下指導の目標は軍隊教育規則第一条に明記されある所即ち「戦闘の要求 に適当せしむる」に在り。如何なる指導振りをやろうとも終局の目的は戦闘の要求に適応せしむるに在り、万人皆此 の単一目標に向首せねばならぬ。部下指導に当りては此のことを夢にも忘れてはならぬ。
四 「功は部下に譲り部下の過は自ら負う」は西郷南洲翁教えた処である「先憂後楽」とは味うべき言であって部下  統御の機微なる心理もかかる所に在る、統御たる吾々士官は常に此の心掛けが必要である。寒い時に海水を浴び ながら作業したものには甲板士官や主計科士官と交渉して風呂や衛生酒の世話をしてやれ。
五 分隊員を指導するに当り第一になすべきことは名前を覚えることである、分隊員の名前も知らずに分隊士を勤め ることは銃の操作を知らずに小銃射撃をなさんとするに等しい、下士官兵を呼ぶに「オイ」とか「コラ」とか云うのは下 士官兵の人格を無視した呼び方である、部下を呼ぶ時には「〇〇兵曹」「〇〇」等名前を呼んでやると兵員は「分隊 士は自分の名前を覚えて居てくれる」と思い良い人物は非常な励みとなるし悪い者には「ウッカリ出来ぬ」と云う感 を抱かせることになる。名前を覚える方法は色々あるだろうが着任後早い時期に数名宛毎日呼び一人一人に就き 家庭、職業、特技等一般身上に就き詳細に訊問することも一法である。
六 極力部下に接触せよ
  分隊員の作業して居る所には必ず分隊士ありと云うことが必要である。経歴を簡単に知ることを本人に就き座談  的に尋ねてやるなど良い方法だ。例えば家族について残念だったな御父さんは何歳でなくなられたのだ、今育てて いる子供は元気か何歳になったか等尋ねてやることは必要なことである。但し部下に狎れしむるは最も不可、注意 を要す。
七 何事も「ショートサーキット」を慎め一時は便利な様だが非常な悪結果をもたらす。例えば分隊士抜きにして分隊 長が直接先任下士官に命じたとしたら分隊士たる者如何なる威を生じるか之は一例だが必ず順序を経て命を受け 又は下すと云う事が必要である。
八 「率先躬行」部下を率い次室士官は部下の模範たることが必要だ、物事をなすにも常に衆に先じ雑事と見ば真先 に之に当り決して人後におくれざる覚悟あるべし。又自分が出来ないからと云って部下に強制しないのは良くない、 部下の機嫌をとるが如き絶対禁物である。
九 兵員の悪き所あらば其の場で遠慮なく叱声せよ。温情主義は絶対禁物、然し叱責する時は場所と相手とを見て なせ。正直小心の若い兵員を厳酷な言葉で叱りつけるとか又は下士官を兵員の前で叱責する等は百害あって一利 なし。又叱正するに当り長々と説教するより一喝するをよく有効とする。
一0 信賞必罰と云うことあり、褒めることが先で罰することは後即ち褒めることが多すぎると思う位で丁度良い、罰す  ることのみ多い軍隊は不満の多い軍隊となり又部下可愛さの余り罰すべきも罰しないことは軍紀の破壊となる、   所謂「寛厳得宜」と云うことは非常に困難な事ではあるが絶対必要なことである。
一一 世の中には何でも「ワングランス」で評価してはならぬ、誰にも長所あり短所あり、長所さえ見ておればどんな   人でも悪く見えない、又之丈の雅量が必要である。
一二 部下をもってもそうである、先ず其の短所を探すに先立ち長所を見出すに努めることが肝要、賞を先にし罰を後  にするは古来の名訓なり。分隊事務は部下統御の根底である。叙勲、善行章等は特に慎重にやれ、又一身上の  こと迄立入って面倒を見てやる様に心掛けよ。分隊員の入院患者は時々見舞ってやると云 う親切が必要だ。
一三 号令は常に明確なれ。
    号令次第にて凛然勇しく起たしむる事も出来れば又山を抜く様な力を出さしむる事も出来るものである。故に    号令は気迫の籠った力ある明確なる而して時機に適したものでなくてはならぬ。員数の多寡、作業の軽重に関   せず此の気持 を忘れるな。例えば戦闘配置に就け、配置教育をなさんとする時「配置に就け」「掛れ」に気合い   を入れて部下が「それっ」とばかりに駆足にて配置に就く様に仕向けねばならぬ。
一四 後にて言わん後にて為さんは禁物なり。
    苟も言うべきを必要とすることあらば直に言うべく、苟も速かに為すべきを必要と信じたならば直に実行に移せ   。物により事により一日一時間は愚か一分たりとも機を失すれば折角の良き言も良き処置も一文の価値なきに   至るのである。例えば部下Aが勇敢なる善行をなざば時を移さず其の場にて出来れば分隊員を集合せしめ表彰   し部下Bが悪行をなしたる時は直に一室に招き懇に訓戒を加うべし。
一五 部下を色眼鏡にて見るな、着任早々の申継考課調査表に依り顔も知らぬ内から其の人の人物を断定して接す   ることは禁物なり。申継其の他資料は参考に留め斯る先入観念を出来るだけ少くして部下に接せよ。人に依っ    ては申継のみして考課調査表は当分見ない方針の人もある。
一六 部下に親看護の為に帰省を願出づるものある時は必ず能う限り最近発車の汽車に乗らしめ家庭に打電し更に  名刺にでも「御全快を祈る」と記して与えよ。
    又夜中とか其の他の時でも特別便を出す時の艇指揮には必ず分隊士が行く様にせよ。是れ長として部下に対  する当然の情緒的一片の私情のみに留らず大にしては国家の為忠勇無比の士を得る素因を作るに至るべし。
一七 課業始めには概ね何処の艦にても分隊毎に整列し所要事項を達したる後課業に掛るを普通とするも止めの時   は各配置又は作業場によりばらばらに解散するを普通とする。然し訓練の結果に鑑み今後注意すべき点其の    他は其の直後に教示し次の訓練に掛る直前に繰返し注意を呼び起させることは最も効果的な指導法である、故   に「課業止め5分前」の令にて整列し必要事項を注意する様にし別に注意すべきことがなければ精神訓話でも    良し船乗りの常識でも良し話してやることは必要なことだ。
一八 価値、才能、識量等は官等相当に買い決して官等以上に買ってはならぬ、一等水兵に下士官の仕事を命じ其   の結果が不満足だとて叱るのは無理だ。自分の考え或は才能を以て部下を同程度に見ることは禁物である、要   は一等兵には一等兵相当の仕事を二等兵には二等兵でも出来る仕事を命ぜよ。
    但し事ある場合の為の訓練に二等兵に一等兵の仕事を与え之を訓練することは大に必要なことで是とは全然   意味が異ることに注意せよ。
 第七 服装に就て
一 服装は端正なれ、汚れ作業を行う場合の外は特に清潔端正なるものを用いよ。帽子がまがって居たり「カラー」  が不揃いの儘飛出していたり靴下がだらりと下っていたり著しく皺のよった服を着けていると如何にもだらしなく見え る、 其の人の人格を疑いたくなる。
二 靴下をつけず靴を穿いたり「ズボン」の後の「ビジョウ」がつけてなかったり或はだらりとしていたり、下着をつけず 素肌に夏服、事業服をつけたりするな。
三 巡検後寝巻に着替えてからでも上官から呼ばれた場合は軍服に着替えて行くくべきものである「寝巻の儘で良  い」と予め言われた時は勿論此の限りでない。
四 平服を作るのも一概に非難すべきでないが必要な制服が充分整って居らぬのに平服等作るのは本末転倒であ る。制服其の他御奉公に必要なる服装属具等何一つ欠くる所なく揃えて尚余裕あらば平服を作ると言う程度にせ  よ。平服を作るならば落ちついた上品な上等なものを選べ無暗に派手な流行の尖端でも行きそうな服を着ている  青年士官を見ると歯の浮く様な気がする「ネクタイ」や帽子靴「ワイシャツ」「カラー」「カフス」の釦まで各人の好みに よることではあろうが先ず上品で調和を得るを以て第一とすべきである。
五 靴下も余りけばけばしいのは下品である、服と靴とに調和する色合のものを用いよ。縞靴下など成るべくはかぬ  事、事業服に縞の靴下等以ての外だ。
六 一番目に立って見えるのは「カラー」に「カフス」の汚れである注意せよ。又「カフス」の下から「シャツ」の出て居  るのも可笑しいものである。
七 甲板士官は概ね事業服を着ているが之は事業服を着用せよと云う法規はないので甲板士官と雖も軍服を着て  作業を指揮して差支ないのである。然し軍服を着けたがために作業指揮が消極的になることがあってはならぬ。消 極的になる位なら事業服を軍装に更える必要はない、又甲板士官は汚れ作業が終れば成るべく軍服に着替えて  置くべきである。
八 連合艦隊研究会等に潜水艦、駆逐艦乗組の青年将校が実に汚い服で出席して自ら駆逐艦乗り潜水艦乗りと誇 示している人があるが非常識も甚しい。
九 靴に関しては学校時代に随分注意されて居る筈であるのに卒業すると白か黒か判らぬ白靴を穿いている者が多 い、従兵を督励すると共に従兵に磨くだけの時間を与えてやらねばならぬ、又服装ではないが躾として不精髭は生 やさぬこと。
一0 要するに「辺幅を飾らず」と言うことと端正なることとは全然正反対の様に考え武人のくせに「辺幅を飾る」等以   ての外なりとし「ワイシャツ」も着けねば不精髭はぼうぼう生やしくしゃくしゃな帽子を着用し以て典型的武人なりと  心得て居て端正なる服装をしている者を非難する者すらあるに至っては全く言語道断なり 
 
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