報正寺通信
2010/6/3

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2010年2月
 
釈尊涅槃会 益害平等一切有情追悼法座のご案内 19日(金)朝・夜  20日(土)朝・夜        日中9時半 夜7時半はじめ 前席・講話 後席・話し合い 「お釈迦様の一生から学ぶもの」 住職自修
 
池上絹代さんの「伝えたい」       
 
池上さんの、命の願いの叫びのような、訴えに感動しました。
これは、報正寺に度々おいでくださる、福山の光明寺住職・吉岡隆義さんの通信『願生浄土』に載せられていたものです。
ご住職にも、池上さんにも了解を得て転載させてもらいました。
 
伝えたい
 
「戦争 この二字で私は取り返しのできない人生と成りました。
それは心の傷と成りました。
広島県安芸郡江田島町江南が私の故郷です。
私は両親の慈愛に包まれて仏神を尊くご先祖様を大切に育ちました。
兄弟姉妹仲良く、楽しいほどでした。
小学校入学、兄のプレゼントで、私の大好きな撫子の花模様の鞄を買ってくれました。
赤の革鞄の一番高級と聞きました。
楽しい入学一年生、当時は尋常小学校一年生でした。
秋の運動会には、皆で手をつなぎ、日本と支那と満州は、お手を組んで何時いつまでも仲良くしませう。
しかし二年生になると同時、国民学校二年生と成りました。
子供心に別に心配はありませんでした。
しかし両親の様子が変わって、金物を全部供出、仏具までもといっていました。
悲しむ父母、釜、鍋、鉄、あらゆる金物が全部無くなり、次に学用品、ノート、本、鉛筆、クレヨン、画用紙、大切な鞄も、いつの間にか二度と見ることはありませんでした。食料品もなくなり、いよいよ不景気になり、(中略)食料割当供出。
父が嘆いて、政府の者は机の上の計算で、この台風の被害を一度も見に来ず、足りない分買って出せとひどいことを言う。
戦争に絶対平和は無い。
子供成長に楽しみに掛けた債券ももらえず、お金も全部使えなく、若者は戦争に次々と召集されて出て行きました。家でも防空壕掘り。学校でも防空壕掘り。
勉強は一つもさせてもらえません。
勉強をかくれてしていたら、父に見つけられ、ひどく叱られて泣きました。
辛いつらい学校時代、よくわかります。
明日の生命もわからぬ日々。
のんきに勉強とは。
防空壕掘りが済むと、山の木を切り丸太を背負い、その重く、辛く、痛いこと。
今の人に言わせると、馬鹿らしいと笑うでしょうネ。
だんだん開墾も出来、南瓜、さつま芋を植えて自給自足、学校で食べておりました。
今で言う給食、山に行きドングリや芋の葉、芋の茎、食べられる花まで山に取りに行きました。
有る物が無く、石鹸まで無く、米糠で我慢、マッチは人から聞き、中村町まで硫黄の粉を薄板に塗ったのを買って来て使い、傘は竹の皮で作ったものを買い、靴の代用、草履だけ、下駄もなく、雨降りは素足で、足を洗って校舎に入って先生から話を聞いておりました。
戦争は恐ろしい、何もかも無くなり、江田島湾では大切な十八歳以上の若い人が、軍艦が爆弾の攻撃に遭い、血の叫び声と共に海に落ちて死んでゆかれました。
あの叫び声を今なお忘れることは出来ません。
中学校や高校生、大学生、人生で一番美しい時代の若子が『助けて』と生命の叫び声を上げていた。
今の時代、又戦争を応援している政府の方々、生命の尊さを知らないのですか。(中略)
私の子供時代、我が家の前に飛戸様と言われるとても優しいおばあちゃんが住んで居られました。
その方は、八人の子供のお母さん。
主人を早く病気で亡くされ、苦しい生活の中で八人の子供中、病気で五人の子供まで失いました。
死なれたのは上から五人まででした。
残った三人は姉・弟・妹でした。
その後必死で育て上げ、上の子は下関に嫁ぎ、弟の正人さんは高等科卒業と共に赤紙召集で出てゆかれました。
その後、末娘も嫁ぎ、一人暮らしとなり、終戦を迎え、缶詰の配給。
それをもらう度、棚に上げて、正人が帰ったら食べさす。それだけを楽しみに毎日待って居りました。
しかし誰が知らせたのか、悲しい報せでした。
息子さんはフィリッピンの沖で敵の兵隊に撃たれて、死なれたと言って来た。   
その夜から寝込んで食事も食べず。
何日も起きてきませんでした。
末娘の節子さんが姉に知らせ、姉が家をたたみ、つれ帰り必死の介護の末、一口も食物は口にせず死なれ、それを聞いてものすごいショックの私でした。
何も無い時代、お姉さんが遠い所まで歩いて饅頭をお母さんに食べてもらいたいので、買ってお母さんに渡したら、正人にやるといくら渡しても敷布団の下に入れて、押しつぶして一口も口に入れなかったと、お姉さん。
後で沢山下敷きになった饅頭のつぶれたのが腐って出てきたそうです。
缶詰も正人に正人にと、一口も食べず、待ち続けた母。我が家に餅搗きや風呂入りによく来られていた。
佛様のような良い人でした。
あの人のことを思うと戦争がどんなに悪いか、人の生命は二度と取り返しが出来ない。
私は今は生きています。
末代の世に戦争が無い様な時代が来ることを願うばかりです。
もう年です。
いつまでも生きられるとは思いません。
皆様にお願いします。(後略)
世界中の人類の皆様
幸福になれ 戦争はするな
戦争に絶対平和はない
テロは自分がテロで
蒔いた種ではないか  合掌」
 
池上さんの少女時代を破壊し、戦死の飛戸正人さんだけでなく、お母さんを絶望させ、死に追いやった、聖戦といい、国内外二千万人以上の命と生活を破壊した、あの侵略戦争と一体化した当時の国家と教団の罪責を考えます。
 
今年も、ダーナ募金をよろしくお願いします
ダーナとは布施(ほどこし)というインドのことばで、ほどこしは、共に分かち合うという、仏教の生活実践です。
 
在韓被爆・渡日治療者、キムアンヨンさんの証言
 
原爆前年、舟入で生まれました。
原爆のこと、母や祖母から聞きました。
父は屋根職人で、その日は仕事がなく、私を庭で遊ばせていたとき被爆し、父と私は背中をやけどしました。
広島生まれの母は、自転車の練習中に被爆し家が倒れて下敷きになりました。
その後帰国しました。
朝鮮戦争時、中国軍に家畜を取り上げられ何回も山に逃げました。
国軍は家や工場を爆撃して焼きました。
父母はいつも体がイタイイタイと言っていました。
父は大腸がん、母は胃がんで亡くなりました。
一八歳で結婚しましたが、被爆は内緒にしていました。一九八六年の病院でのカード作りのとき家族が知りました。
子供が病気になった時『これもお母さんの原爆のせい?』と冗談っぽくいわれ、言葉が返せませんでした。
でも今は広島で治療を受けることを理解していて励ましてくれたのでうれしかったです。
三十歳ぐらいから、脊髄が悪くなり、手足がしびれ痛みで夜寝られないことがあります。
心臓が動悸を打って胸が苦しいです。
またすぐに疲れます。
母の一族と一緒に早くから原爆被害者協会に入っていました。
それで一九九二年ごろから日本の支援金をもらいました。今年は韓国でも治療費を出してもらうのでうれしいです。
 
昨年度、報正寺ダーナ募金総額は
          36,500円でした。
布原、2,000円・大井、2,000円・
小原、3,000円・萩原、2,000円・
数舟、2,100円・本一、3,600円・
本二、6,500円・本三、8,200円・
本四、7,100円
配分
山県太田組ダーナ募金会計・・・13,000円
在韓被爆者渡日治療委員会・・・10,000円
モンゴルの砂漠植林基金へ・・・13,500円
前年度山県太田組ダーナ募金総額は
           456,570円でした。
内訳
山県太田組内医療機関へ仏教誌施本
          ・・・ 205,920円
社会福祉法人芸北福祉会・・・150,000円
安芸教区連盟委託金等 ・・・100,650円
(厚く御礼申し上げます。 報正寺)
 
2010年1月
 
過年・色々ありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。
 
 親鸞聖人御命日法座のご案内 15日(木)日中・夜 16日(金)日中・夜 日中9時半・夜7時半始め 前席講話・後席話し合い 「親鸞様の御一生から学ぶもの」 住職自修
 
義父への語り
 
連れ合いである坊守の90才の父は、2008年11月25日に脳梗塞で竹原の病院に入院し、寝たきりで、胃に直接栄養を注入する重い病人になりました。
85歳の義母も高齢で病弱でもあり、とうとう、去る6月9日、両親とも筒賀の私方に来てもらいました。
義父は、肺炎で8月10日から今にいたるまで、加計町立病院に入院中です。
竹原での入院の時からほとんど語ることが出来ない状態です。
今は全く言葉らしい言葉を聞いたことがありません。ただ、私らが病院に行ってお会いしますと、目ははっきりと開かれているので、誰が来ているのかはわかっていてくださっているだろうと想像しているだけです。
ウンもスンもハイもイイエも意思表示が無いのです。
こんな状態ですが、竹原の入院以来、わかってもらえなくても、いつも話しかけることにしています。
全く反応は無いのですが、語っているのです。
私の語りは、僧侶としての実践法話でもあり、私自身の人生観なり、死生観の表明でもあります。
語りながら、自分に言い聞かせていることでもあります。
『お父さん、私らは、お父さんやお母さんや、先祖や、仏様の願いの中に包まれていますね。
同じように、天地自然の願いの中に包まれていますね。
お父さん、私らを生み出した、天地自然は、どう願っているでしょうね。
それは、多分、与えられた命を精一杯生きてゆけよと願っているのじゃあないでしょうかね。
お父さん、窓の外の山には枯葉が散っていますよ。
多分、葉っぱは、木に『いままでおつとめご苦労だったね、もう大地に還っていいよ』と言われて、木枯らしと共に母なる命の大地に舞い散っているのでしょうね。
お父さん、大地の方も、『ご苦労だったね、今度は来年の木の芽の肥やしになってやるんよ』と言ってちゃんとみんな受け止めてくれるんですね。
散ってゆく、枯葉も病み葉も、破れ葉も、あんたは駄目よといって決して拒むことなく、一切を受容してくれる、母なる大地があればこそ、安心しきって大地に舞い散っているんですね。
私らも、私らを生みだし、そして育み、そして最後はすべて受容してくれるこの母なる大自然に任せておきましょう。
この大自然にまかせるほかはありませんね。
お父さん、それから、私たちは、お父さんお母さん、先祖、みほとけ様の願いの中に包まれていますね。
お父さんのお父さんは徳造さん、お母さんはタヅノさん。
お父さんお母さん、先祖、みほとけ様はどう願っていてくださるでしょうね。
多分、真実にめざめよ、真実を願えよ、真実に生きよと願っておられるのじゃないですかね。等』と
そんなことをいつもかつも、一年以上、最近は毎日語り続けています。
連れ合いは、たいてい、『お父さんありがとう。お父さんありがとね。』と父の耳元で語っています。
私は、気分がのったりのらなかったりしますが、相変わらず以上のようなことを自分に言い聞かせるように語っています。
連れ合いは、『又か』とうんざり気味で『アー、坊さんの業ね』と思っていることでしょう。
夕方には、『お父さん、今日もお父さん、お母さん、先祖、みほとけ様の願いの中で終わりますね。 又明日が来れば、お父さん、お母さん先祖、みほとけ様の願いの中で一日が始まりますね。 お父さんはこうしてベッドで寝ておられて、いろんな事を思い出されることでしょうね。 子供の時のこと、若い青年時代のこと、兄弟のこと、いろんなことを思い出されることと思います。 そして、善かったことはありがたいと感謝されるんでしょう。 又悪かったことはすまんかったのおと反省されることでしょうね。 そうして心を耕しておられることと思います。 そうですね。お父さん、お母さん、先祖、みほとけ様は、そのように、80になっても、90になっても心を耕して生きてゆけよと願っておられるでしょうね。 じゃあおやすみなさい。 又明日来ます。 いい昔の夢を見てください。』等といって病室を去ります。
連れ合いは、部屋を出る私達をじっと見つめる父を残しがたく、何度も何度も側に行っては『じゃあね。じゃあね』などといって去りがたい思いを振り切って、やっと病室を出ます。
父の視線が天井などよそを向いている時はほっとして姿を見られないようにしてそっと病室を出ています。
あー義理の父の私、実の父の連れ合いの違い。
 
 
2009年11月 
 
秋法座のご案内   12月2日(水)夜〜4日(金)日中        報恩講おとき日・・・3日(木)日中 日中9時半・夜7時半始     講師 福山市・照専寺・佐々木至成殿
 
ちっちゃな芋
 
今年の5月ごろか、20本ばかり、芋の苗を植えました。
ところが水遣り不足で、葉が茂るほどに生き残ったのは一本だけでした。
この芋苗も収穫時期になり、最近葉が枯れ出したので掘ることにしました。
掘ってみると一つは、大きすぎるほどの芋がついていました。
中には、ずんぐりしたひょうたんのようで、しかもあちこちにひどい裂け目があり、ネズミか何かにかじられたような、全く見ても食べたくないようなのもありました。
この芋にしてみれば『これがわしじゃあ、ほっといてくれ』でしょうね。
そして、周りを見渡すと、短い、ひょろひょろの茎に小さな葉っぱが一枚しかついていない芋蔓が生き残っていました。
さすがに芋は無いだろうと引き抜きますとそれでもなんと、か細い芋蔓に、長さ2センチばかり、太さ1センチばかりのちっちゃな芋がついていました。
アハハと笑うように、ポイと捨てましたが、今は、何かすまない思いでいます。
水不足でも精一杯、今まで何とか必死で生きてきたことを思います。
そしてやっと、けなげにも、ちっちゃな芋をつけたのでした。
そのまま地中においてやっておれば、それでも来年は芽を出していたかもしれないのです。
芋も精一杯、命を未来に存続させようとして生きているのですね。
わたしたちのいのちが残そうとしているもの
生き物はすべて、みんな、自らの命、種族を永遠に存続させようとしているのだろうと思います。
人間もそうでしょう。
しかし、何のいたずらか、性同一性しょうがいの人もあれば、両性具有の人もあります。
ご当人の苦悩は計り知れません。
結婚の縁に恵まれなかった人、又、一生独身を選んだ人、又、結婚されても子供に恵まれなかった人。様々な人があります。
当たり前ですが、残すものは、肉体的な実子だけに限ったものではありませんね。
物質的、精神的に、よりよい、物作り、学芸、技術、文化、思想、宗教、政治社会創造への業績を残そうとする願いもあります。
いや、そういうものでなくても、一生かけて、ささやかでも、よりよい自己の創造を目指し、自らの『徳』が残せたらと願う人もあると思います。
 
森田療法の教えるもの
 
神経症などの症状に対処する、この森田療法の本を読んだことがあります。
以前にも書いた事があると思いますが再度思い返してみます。
それは、ゴミ一つ拾えて、ゴミ箱に入れられたら、『はい、完治』というものでした。
不安、強迫神経症とか、ノイローゼとか、何かが異常に気にかかってしょうがないとか、そういう症状はそのあるがままに、そのままにも、人間として、自分のあるべきあり方、大事な生き方だけは忘れないように生きてゆこうとして、ささやかでも実践できるところを、『はい、完治』、『はい、人間として完治』と励まされるのだろうと感動したわけです。
 
仏教、真宗の教えるもの
 
仏教も真宗も、仏になるということが、人間最高の目的でした。
それは、究極の、無我、慈悲、利他、布施の人格になるということでした。
この仏は、実体的実在ではなく、究極の、無我、慈悲、利他、布施の人格的象徴表現です。
この究極の、無我、慈悲、利他、布施の人格になるということは、親鸞様も申される、雑毒の善、虚仮の行、我執、煩悩の不純な凡夫の私達には、現実には不可能です。
この私達が、仏をよりどころとして生きるということ、それは、究極の、無我、慈悲、利他、布施の人格的象徴表現の仏に、真実を見出し、自己の虚仮を慙愧し、虚仮のままにも命や、人間の尊厳が侵されない、よりよき、自己と社会の創造に生きてゆこうとすることでした。
 
   
 
 
2009年10月                              聖典学習会のご案内
23日(金)日中・夜 日中9時半・夜7時半始              学習聖典・「浄土三部経」 住職自修 参加費無用            どうぞ誘って来て下さい
 
秋らしくなってきました。
皆さんいかがお過ごしですか。
 
前回、7月の聖典学習会
 
前回は、一気に観無量寿経を読み終わりました。
感慨深かったところは、人間を、その行いにおいて、上、中、下の三段に分け、その三段を更に三段に分けて9通りの人間の有様を現しますが、特に、下の下といわれる、両親を殺すような極悪人でも、すくわれることになっているというところです。
それは、どんな極悪人で、臨終であっても、よい先輩から、仏法を聞くということがあり、そして悟り「究極の真実」を求める心が起きているということです。
ということは、仏教の救いとは、どんな極悪人であっても、とにかく、まず、仏法が聞こえてくるということ、そして、その上で、悟り『究極の真実』を求める心が起きているということです。
今回は、皆さんにご法事などでなじみ深い、『阿弥陀経』を学びます。
どう、解読できるか楽しみです。
まことに、経典は暗号解読のような面白みがあります。
お経は、本願寺の出した、【現代語版】浄土三部経を使います。
皆さんの中には、すでに持っておられる方もあるはずです。
これは、わかりやすく現代風に訳されたものです。それをもとに、ご一緒に学んでみたいと思います。
お経を持っておられない方には、1260円でお分けします。     
ですが別にお経はなくてもかまいません。
聞くだけでも学びになりますから。
どうぞ気軽に誘い合ってきてみてください。
よりよい国・社会とは
 
民主党連立政権になり、ニュースでは、政治がずいぶん変わってきそうな感じですが、本当に、社会がよくなるのか期待と心配もあります。
確かに、無駄をはぶくようにはなっているようですね。ということは、今までずいぶん自民党政権の時代、官僚と癒着して無駄が多かったということでしょうか。
民主党も数におごらず、もっとも弱い立場におかれている人たちや、少数者を大事にする政治を続けて欲しいものです。
というのは、家庭でも、悪い家庭というのは、弱い立場に置かれている人を、冷たくあしらっている家庭ではないかと思い、よい家庭とは、反対に、弱い立場に置かれている人をみんなで大事にしようとしている家庭であろうと思うからです。
そのように、政治でも、弱い立場に置かれている人々、少数者を大事にする政治であってこそ、いい国、いい社会と思います。
 
人間らしい生き方とは
 
そのような、弱い立場に置かれている人々や、少数者をこそ大事にしょうとする考え方を象徴的に示されたのが阿弥陀様の大慈悲というものだろうと思います。
ご承知のように、阿弥陀様の大慈悲は、信仰の有る無しなどを超えて、すべてのものをいつくしまれるだけでなく、殊に、罪悪にからめとられて、非道を行っている人をこそ、誰よりも心を痛めて、そのものを救うことができなければ私は決して悟りを開かない、というような心ですからね。
ですから、私たちが、仏教徒として生きるということ、そして、浄土真宗門徒として生きるということ、もっといえば、仏教徒であろうと、無かろうと、真宗であろうと無かろうと、とにかく、人間として、人間らしく生きようとするということは、このように、弱い立場に置かれた人々、少数者を大事にしょうとすることでしょうし、更には、罪業のために非道を行っている人こそ、本当の自分を見失っている人であるから、なんとしても本当の自分を取り戻して更生して欲しいと願い続けるということであろうと思われます。
 
鳩山首相の友愛
 
鳩山首相の、連れ合いさんも『友愛』ということを言っています。
この友愛というのは、フランス革命の時の三つの言葉、で『自由』『平等』『友愛』から来ているといいます。
フランス、ルイ王朝支配、解放の柱でした。
どなたかこのことについて興味深いことを論じておられました。
というのは、『自由』であれ、『平等』であれ、その根底に、『友愛』が無いと真実の『自由』『平等』にならないというのです。
『自由』の根底に『友愛』が無いと、勝手放題になるというのです。
そして、『平等』の根底に『友愛』が無いと押し付けになるというのです。
実に面白いと思いました。
鳩山首相には、次に掲げる『慈悲』と言う文言にある、他者の苦悩にうめくというこの『うめき』を『友愛』に込めていて欲しいものと思いました。
 
友愛と慈悲
 
仏教では『友愛』と言う文言はありません。
それとよく似た文言に『慈悲』という言葉があります。
この『慈悲』という言葉を、フリー百科事典『ウィキペディアから引用してみます。
楽をあたえることを「慈」といい、苦を抜くことを「悲」というといわれる。
これを抜苦与楽 (ばっくよらく)という。
また仏・菩薩の無辺の慈悲心を大悲という。
サンスクリット語 の「マイトリー(maitrii)」は、「ミトラ」(mitra)から造られた抽象名詞で、本来は「友情」「同志」の意味である。
しかも、ある特定の人に対し友情をもつのではなく、あらゆる人々に平等に友情をもち、友誼を示すことをいう。
したがって慈とは、このようないっさいの人々に対する平等の友情をいう。
次に、サンスクリット語の「カルナ(karuNaa)」は「優しい」「哀れむべき」というのであるが、その原意は「呻き」(うめき)にあるという。
「悲」とは、まず人生の苦に対する人間の呻きを意味する。
その呻きがなぜ「悲」かというと、自らが呻く悲しい存在であることを知ることによって、ほんとうに他者の苦がわかる。
そこで、はじめて他者と同感してゆく同苦の思いが生じる。
その自分の中にある同苦の思いが、他の苦を癒さずにおれないという救済の思いとなって働く、それが悲であるという。
昔の人が俗世間的に慈悲の字を「茲心非心」と割って「この心、心に非ず」といい、自分の心を中心とするのでなく、相手の心を心として生きる。いっさいの人々と同体であるという自覚に生きることが慈悲であると説明するのは、このことである。
 
各政党への要望
 
以下は、今の全政党に送ったものです。
* 国づくりは人づくりで、為政者も、官僚も、財界も、国民市民も、人間性に基かないと、いい国家社会にはならないでしょうから、教育を最重要とし、やさしさ、思いやり、あたたかさなど、人間性を高める教育に重点をおきましょう。
 
* そして、弱肉強食の獣の顔をした闘争社会ではなく、人間の顔をした、格差なき共生社会を目指しましょう。
 
* 天皇制は、基本的人権が制限され、国税で特権的に保護されている皇族のためにも、男女平等、民主主義に反しているので、憲法1条廃止の方向で検討しましょう。
 
* 憲法9条は、尊重しましょう。
 
* 憲法20条は、国家と宗教、殊に神道との関与をきちんと排除したものですから、守りましょう。
 
* 日米安保条約は廃止して、日米友好条約にし、米軍基地は解消しましょう。
 
* 自衛隊は軍備を解除し、国内外救援隊にでも編成替えをし、世界各国との信頼互恵外交をもって国防としましょう。
 
* 国歌、国旗の強制はしないようにしましょう。
 
* 死刑制度は廃止して、終身刑の導入を検討しましょう。
 
* 原発は危険で、廃棄物の永久課題もあり、廃止、クリーンエネルギーに変換する方向を検討しましょう。
 
* 不安、不満、犯罪の元凶である、生活格差を縮小するため、富裕者・大企業等、応分の税負担の税制改革を。
 
* 基本的人権として、生活保障、就職保障を充実させましょう。
 
* アイヌの人々への謝罪と支援を進めましょう。
 
* 在日外国人にも一定以上の滞在期間を過ぎたら国民同等の責任と権利を保障しましょう。
 
* 日本のかつての戦争をきちんと国内外に謝罪し、誠実に償う、声明を内外に示しましょう。
 
* ハンセン病の人々、家族への謝罪と支援・偏見打破を進めましょう。
 
* 被差別部落の人々、在日韓国、朝鮮、外国人、しょうがい者、女性、他被差別の立場に置かれている人々、マイノリティ―に対する人権尊重の社会作りを
 
* 食料自給率を高めましょう。
 
* 粗製乱造のない社会を
 
* 蓄財でなく、寄付を評価する社会意識作りを高めましょう。
 
2009年9月
秋彼岸法座のご案内          27日(日)日中・夜、 日中 9時半・夜、7時半始    『仏法と人生と社会』       住職自修   お誘いあわせておいでくださいませ
 
衆議院選挙が終わりました
 
政権が交代しました。
暮らしはどうなるでしょうね。
善くなるか?悪くなるか?
私たちは、任せっぱなしにせず、よく、ニュースを分析したいものです。
そして、善いことはよい、悪いことは悪いと声を結集して政権に訴えたいものです。
この選挙、仏教からどう見たらいいのでしょうね。
エーッ、政治と仏教、関係あるの?と言う声が聞こえてきそうです。
無理もありません。
仏教といえば、死後のことというようなイメージが広がっていますからね。
それはひとえに、僧侶の責任と反省します。
仏教と政治、実は関係ありますね。
そのわけを考えて見ましょう。
仏教の思想は、無我、慈悲、利他、布施といったものでした。
この無我、慈悲、利他、布施といったものは、人間個人の生き方だけのものではありません。
家どうし、村どうし、町どうし、国どうし、民族どうし、会社、グループなど人間の集団、組織どうしの間のことでもあるわけです。
ですから、政治も仏教の課題なのです。
結論から言えば、この、無我、慈悲、利他、布施といったことが、政治家も市民も踏まえられねば、よりよい政治・社会にはならないということになります。
この無我、慈悲、利他、布施といったものから、この度の衆議院選挙を考えてみたいと思います。
この度、民主党が圧倒的多数で政権を担うことになりました。
これは、民主党の政策に国民がいいと判断して票が入ったということよりも、自民党、公明党政権が担ってきた政治そして、社会、暮らしへの不満を民主党に預けてみたというような気がします。
確かに、自・公政権では、小泉首相の規制緩和、構造改革といったことによる、首切り、非正規雇用、サービス残業、過労死、うつ病、貧富の格差、勝ち組対、負け組みといったような不満が吹き出ました。
この度のアメリカの金融破綻から、ヨーロッパはじめ世界中に影響を与えた、世界同時不況による、労働者の首切り、ことに、非正規雇用の労働者の首切り、そして、会社寮からの追い出し、それによる、ホームレスというようなニュースもありました。
生活苦からのストレス、家庭内暴力、青少年の非行、詐欺、放火、麻薬、誰でもよかった殺人、自殺の増大、企業の偽装、ということもニュースにありました。
やはり、ことに企業に、無我、慈悲、利他、布施といった精神が乏しかったといえると思います。
弱肉強食の企業に、もとからそんなもん、あるわけ無いといわれそうです。
そうかもしれません。
でも、最近ちょくちょく聞かれるのは、今までの獣の顔をした経済から、人間の顔をした経済に移行しなければならないという意見です。
これは何も、社会主義にしなければということでもなさそうです。
ことこの、人間の顔をした云々というものは、資本主義だろうと、社会主義だろうと、どこの社会であろうと、どこの集団であろうと、どこの組織であろうと、どんな人間関係であろうと、一番大事なことではないかと思えます。
企業も組織もそれを運営しているのは、機械でもロボットでもなく、まさしく、生身の人間ですからね。
企業でも、どこの集団でも、そこの構成メンバー、ことにリーダー的な立場にある人が、冷酷無残な振る舞いをすれば、その集団は修羅場となることでしょう。
逆に、優しさや思いやりのあふれるメンバーやリーダーが多いと温情あふれる場となることでしょう。
でもそれは実に言うは安く、行いは難しということではあります。
私も慙愧します。
又、官僚による、官製談合とか、次々に不正が発覚しての大臣交代劇、居酒屋タクシーとか言って、残業を引き伸ばして、タクシーで帰り、タクシー運転手から酒、つまみをサービスされるということも発覚しました。
タクシー代は税金です。
又、法人をいっぱい作って、官僚の天下り先とし、次々に渡り歩いて、高額な報酬、退職金を懐にするということも聞きました。
又、企業に天下っては、政府の内部情報を有利に取得するということもありました。
又、公用車の過剰といった無駄も指摘されていました。
これなども、人間の欲望、煩悩といった、やはり、人間の誠実性なり人間性が問われ、結局、無我、慈悲、利他、布施といったものが問われてくるようです。
でもこの煩悩は、しつこく、人間の弱さを私自身も恥じるところです。
だからといって、この煩悩に居直っては、退廃で、この煩悩を恥じながら、なお、この煩悩から、少しでも解放されようと苦闘精進する人間主体が成立するところに、救いがあり、仏道というものがあろうと思います。
まさしくここに、親鸞様の悲しみと願いの念仏のうめき、つぶやき、が聞こえてくるように思います。
話、元に戻ります。
評論家もよく言いますが、大衆の溜まった、政治社会不満が爆発して、政権交代ということになったのだろうと思います。
民主党は、決しておごらず、これから、生活格差、不安の無い政治に取り組んでもらいたいものです。
今、公の借金は約800兆円だといいます。
あちこちの市町で、財政のやりくりのために、首長、議員が、自ら、報酬を削減して、市民の信頼を得ているということも耳にします。
国会議員もこのような姿勢は示されぬものかと思います。
税制は、よく、金持ち優遇ということを聞いていました。
今後、裕福な人には、応分の税負担をしてもらえればと思います。
裕福な人にかかわらず、蓄財より、寄付・布施をする風潮が社会に高まって欲しいものです。
法人税も、収益の大きい企業には、さらなる応分の税負担をしてもらいたいものです。
欧米では、企業は、その利益を社会に還元するということが、広まっているということを聞いています。
企業が、博物館や図書館などを建設し、寄付するということのようです。
日本では、まだ風潮にまでなっていないように思います。
世間の風潮として、資産をたくさん持っていて自分だけが贅沢をするということは、恥ずかしいことだというようなものが世間の良識になるような、国民市民の意識を高める教育の重要性もあわせて考えます。
ここで、江の川での川漁に『モミ』という制度があることを思い出します。
このモミ制度は、インターネット上の福山市・人権平和資料館だよりによりますと
…共同操業と相互扶助…
川幅の大きな江の川でアユの「タタキ漁」を行うには,どうしても五,六艘の共同でないと成り立ちません。
舟には,熟練者もいれば初心者もいます。『中略』
漁師の技術や経験によって,アユのとれ高に大きな差が出ます。
「自分の舟が捕った分が,自分たちのとり分」とすると,いくら共同でも不満が生まれます。
そこで仲間が共に生きる知恵として,「とれ高をすべて合わせて,均等割にして配分する」という「モミ制度」を作りました。
モミは,単にとれ高を均等割にするだけではなく,タタキ漁を行う川漁師の共同体を維持し,技術を継承して若い後継者を育てる仕組みとしての役割も果たしているのです。とあります。
この『モミ』制度こそ、弱肉強食のただ、動物的な奪い合いでなく、人間性に基いた、あたたかい、分かち合いの精神と思われます。
これは、仏教の精神から言うと、「世の中に、誰か不遇な人がある限り私の幸せはない。」という考え方と通じていると思います。
これは、浄土真宗では、阿弥陀様の大慈悲として表現されています。
ご承知のように、「一切の生きとし生けるものを救うことができなければ、私は、仏とはならない」という誓願に表されています。
この『モミ』制度は、やはり、仏教の原理原則である、無我、慈悲、利他、布施といった考え方に通じます。
諸外国ともそのような関係であって欲しいものです。
諸外国と互恵の関係で信頼される国づくりをしてもらいたいものです。
軍事力によらず、信頼関係によって相互の国防とするという精神です。
憲法9条の精神が厳密にそうだと思います。
憲法9条
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権 の発動たる戦争 と、武力による威嚇 又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力 は、これを保持しない。
国の交戦権 は、これを認めない。」
ですからね。
しかし、残念ながら、民主党、鳩山代表は、憲法9条を変えようとする国会議員同盟の顧問をしています。
この会の名は、新憲法制定議員同盟という組織です。この同盟は、憲法9条を護ろうとする草の根の運動に対し、憲法9条を変えようとする草の根運動をということを訴えています。
「本年9月2日 」の名簿に【会長】 中曽根康弘のもとに、顧問として自民党、安倍晋三などに交じって民主党、鳩山由紀夫の名前があり、【副会長】に、自民党、古賀誠などにまじって、民主党、前原誠司の名前があります。
他にも民主党議員の名前があります。
これでは、民主党は、憲法9条改憲に向かう懸念が大です。
憲法9条の護憲を訴える、社会民主党が、連立政権となるようですが、どこまで護憲を訴えることが出来るか試されるところです。
真宗宗歌の3番に、「海の内外の隔てなく、み親の徳の尊さを、わがはらからに伝えつつ、み国の旅を共にせん。」とあります。
これは、世界中の人々に、阿弥陀仏の徳、すなわち、無我、慈悲、利他、布施の真実を伝えて、浄土、すなわち清浄・平等・平和な世界に向かって共に生きてゆこうという心です。
今後の政権も、国民、世界人民も、仏教徒である無しを越えて、この真実を踏まえてもらいたいものです。
 
2009年8月
 
盆会法座のご案内   17日(月)日中・夜、18日(火)日中・夜   初盆物故者・全戦没者追弔法要・・18日々中              日中 9時半・夜、7時半始 『仏法と人生と社会』         住職自修   本郷親和会共催
 
あらためて、お釈迦様の戦争反対・出家感動物語を
 
先月号に、インドで今から53年前、仏教を大きく復興された、元、法務大臣、故、アンベードカル博士独創のお釈迦様出家物語を紹介しました。
私の記憶で書いたものですから、間違いがありました。
探していて、アンベードカル博士著「ブッダとそのダンマ」の訳書が出てきて、間違いにきづきました。
お釈迦様は、戦争反対の処罰で、殺されるのは受容できないというのは間違いでした。
事実は、「戦争に行かないから、絞首刑も、国外追放も受容します。」と申されたのでした。
このおしゃか様の戦争反対の出家物語は感動的なので、詳しくご紹介します。
原文とは表現方法を変えているところがあります。
お釈迦様の国はたくさんな釈迦族の支配家族がいて、順番に国を統括していた共和国であって、お釈迦様が生まれたとき、たまたまお父さんが順番で王であったといいます。
釈迦族の若者は20歳になると「集会」の一員にならねばなりませんでした。
入会は、全員一致で異議無く認められました。
会員の義務に、肉体、精神、財産を持って釈迦族の利益を守らねばならぬなどというのがあります。
又、殺人、盗みなどを犯すと除名されます。
28歳の時、重大な事件が起きました。
隣のコーリヤ国と、水争いとなりました。
両国共に武力決着しかないと感じました。
釈迦国の司令官は集会を召集し、宣戦布告を検討し、提案しました。
司令官 「異議あるものは発言せよ」
釈迦様 「戦争はいかなる問題も解決しないし、報復合戦になるから反対。わが方も攻撃したということを聞いているから、慎重に調査しましょう。」
それは両国から代表を出して調査・協議しょうという提案でした。
お釈迦様の提案は支持されましたが、司令官は、隣国を一度ひどい目に合わせないと、隣国の脅威はなくならないだろうといいました。
投票の結果、お釈迦様の意見は圧倒的多数で否決されました。
司令官は、お釈迦様に戦争決議を迫りました。
釈迦様 「皆さんにお願いします。この戦争に賛成しないでくれたまえ。隣国とは親密な間柄だ。殺し合いは賢明なことでは無い。」
司令官 「儀礼は、バラモン階級の勤め、あなたの属する、クシャトリヤ階級は戦いの勤め、バイシャ階級は商いの勤め、シュードラ階級は奉仕の勤めと決まっており、これが聖典の教えである。」
釈迦様 「真実というものは、(悪意は悪意によって消すことは出来ぬ、ということを認識してこそ成り立つのだ。悪意は愛情によってのみ消すことが出来る。)
司令官 「哲学問答は無用。あなたがわしの意見に反対しているということだ。投票で決着だ。」
投票の結果、戦争することが圧倒的多数で可決されました。
司令官は、早速、翌日の集会で、釈迦族男子に戦争準備を申し出ました。
多数の戦争賛成派と少数の反対派がいました。
戦争反対派は、戦争賛成に屈しまいと決心してきたのですが、いざとなると、勇気を出して、戦争反対というものは一人もいませんでした。
戦争に反対した結果を恐れたようです。
お釈迦様はすっくと立って、
釈迦様 「多数派は好きなようにしたまえ、しかし残念ながら私は反対である。 諸君の軍隊にも入らなければ、戦争にも加担しない」
司令官 「集会の誓いを破れば世間に恥をさらすことになるのですぞ。」
釈迦様 「しかし、戦争が釈迦国のためになるとはどうしても思えません。釈迦族のためなら、恥など何でもありません。
かつて、隣国との争いが元で、釈迦族が、大強国のコーサラ国に従属させられたことがありましたね。今度戦争すれば、コーサラ国に釈迦族がさらに不自由にさせられる口実を与えることになるのでは。」
司令官は腹を立て、
司令官 「そんな言い方はあなたのためにならない。たぶん、あなたは、コーサラ国王の許可無く、あなたを死刑にも追放にも出来ないのをあてにして言うのだろうが、コーサラ国王の承諾無くてもこの集会は、あなたの一族を交際遮断にし、土地を没収することが出来るのですぞ。」
さすがのお釈迦様も重大さに気づきました。
三つの選択がありました。
一つ目は、軍隊に参加し、戦争に行く。
二つ目は、絞首刑か追放か。  
三つ目は一族の交際遮断と財産没収。
釈迦様 「よろしい。私の家族は罰しないでください。
何の罪咎はありません。私だけに罪があるのです。私を死刑にするなり、追放するなり、好きなようにしてください。そのことは決してコーサラ国王に訴えないと誓います。」
司令官 「いやそうはいかん。いかに自発的に処罰を受けてもやがてコーサラ国王に知れ、そして、わが集会に対して、何らかの行動に出るに違いない。」
釈迦様 「それも難しいなら、一、解決法として、私が出家して国を去ることです。それなら一種の追放になるではありませんか。」
司令官 「両親、夫人の承諾なしに出家するつもりかな王子。」
釈迦様 「両親や妻の承諾があろうとなかろうとただちに国を去ることを約束します。」
父王 「戦争の罪深さはよく知っている。しかし、そなたがこんなことをするとは夢にも・・・」
釈迦様 「将軍たちが人々を戦争に駆り立ててしまい、説得は無効でした。だが、信念に従い、災いは私一人にとどめ、最悪状況は避けられました。」     
父王 「だが、そなた、我らのことを考えなかったのか?」
釈迦様 「考えたから出家したのです。すべての土地を没収されたらどうなります?」
父王 「そなたなしに土地が残ったとて何になろう。いっそ、家族もろとも国から追放されたほうがましなくらいだ。」
母 「私たちを残してどうして一人出て行けるのです。」
釈迦様 「日ごろの武家の母はどうなったのですか?今こそ、勇気を奮ってくださらなければ母らしくありません。戦場で死んだらどうなさるのです。そのときもこんな風に嘆かれるのですか?」
母 「いいえ違います。戦場なら諦めもつきます。だけど、遠く離れた森に入り、獣と暮すのではありませんか。どうして安らかで居れるでしょう。さあ、私たちも一緒に連れて行っておくれ。」
釈迦様 「どうしてそんなことが、弟はまだ幼児、子供はまだ生まれたばかりなのに、この子らを置いてこられますか?」
母 「それなら、コーサラ国王に助けてもらいに、みんなで行きましょう。」
釈迦様 「でもそんなことしたら、釈迦族みんなが裏切り者といいます。何より、私の出家の理由をコーサラ国王に決して気づかれないようすると誓ったのです。森で孤独に生きていきますが、森で暮らすのと、人殺しの仲間になるのとどちらがいいと思いますか?」
父王 「どうして急ぐ。集会は宣戦布告の時期を延ばしたというのに。おそらく戦争は始まらないだろう。お前の出家も延期してもいいではないか。集会からお前の滞在許可を取ることも出来ようというものだ。
釈迦様 「いいえ、父上、宣戦布告の延期は、私が出家を約束したからです。私の出家後、集会に宣戦布告を撤回させるのはいいでしょう。どちらにせよすべては私が最初に出家するということにかかっているのです。約束はまもらねばなりません。母上、お願いですから、私の邪魔をこれ以上しないで、あなたの許しと祝福を与えてください。これより他道はありません。」
釈迦様 「妻よ、そなたはどう思う?」
 妻が泣き崩れることを覚悟していましたが、妻は耐え、叫びたい心を懸命に抑え言いました。
妻 「もし私があなたの立場だったら、他に何が出来たでしょう。私も戦争には反対です。あなたの決心は正しいと思います。私はあなたの見方です。乳飲み子さえいなければ一緒に私も出家しとうございます。こんなことになるなど思ってもおりませんでした。 でもこうなった以上、気を強く持って、事に立ち向かう他ございませんわね。ご両親と子供のことはご心配なさらなくとも、私の命ある限りお守りいたします。
大事な人を残して出家なさるからには、もっとたくさんの人のためになる新しい道を拓かれるのを、それだけをお祈りいたします。」
お釈迦様は、妻のけなげな言葉に深い感動を覚えました。
妻が、これほどまで気丈で気高い心の持ち主であったとはこれまで思っても見ませんでした。
このような妻を持てたことの喜びと、それから引き裂かれてゆく運命の厳しさを同時にかみ締め、わが子を連れてこさせ、顔をしばらく見つめてからお釈迦様は立ち去って行きました。
やがてお釈迦様は出家の儀式をします。町の人はお釈迦様の出家の事情が事情だけに一目お釈迦様を見ようと大勢の群衆が集まります。
お釈迦様は、約束どおり、儀式後、すぐに町を出ました。
ところが、川に向かったところで振り返るとまだ群衆がついて来ました。
そこでお釈迦様は「皆さんこれ以上私についてきても何の益にもなりません。私は戦争を解決することが出来ませんでした。しかし、皆さんが和解の方向に世論を持ってゆけばあるいは和平が成立するかもしれません。どうかそのために戻ってください。」と言います。
そして修行が始まり、月日が流れました。
5人の修行者との出会いの中で、祖国のその後のニュースをお釈迦様ははじめて知ります。
それによると、お釈迦様の出家後、戦争反対の示威運動が起こり、大勢の人々が旗を掲げ、隣国は兄弟だ、兄弟同士が争うのは間違っている。 お釈迦様追放を反省せよと町を行進したといいます。
その結果、集会が開かれ、討議せざるを得なくなり、今度は、和平派が多数を占めました。
集会で、和平交渉人を選出しますと、隣国も大喜びし、恒久的仲裁会議を設置し戦争しなくてよくなりました。そこで五人比丘は、もう国に帰ったらどうかと進めます。
お釈迦様は、「戦争は元々対立だ、王や国同士、階級身分、家族間、仲間同士、階層間の対立は恒常で絶え間が無い。これこそ世の苦しみの根源だ。
戦争は終わって喜ばしいが、私は、国に帰らない。
この社会的対立という解決問題はいっそう深まった。」と求道の決意を固めました。
 
2009年7月
聖典学習会のご案内        19日(日)日中・夜         日中9時半・夜7時半始 学習聖典・「浄土三部経」 住職自修    参加費無用    どうぞ誘って来て下さい
 
梅雨のさなかですが、体調はいかがですか。
降りすぎても困りますが、水の少ないところは、大量の雨が欲しいところでしょう。
自然現象ですから、どうにもなりませんが、でも人間のエネルギー消費が大で炭酸ガスの過剰・酸素を供給してくれるアマゾンなどの熱帯雨林、ジャングルの減少もあるといい、異常気象というのは、これら人災でもあるのでしょう。
いろんな便利なものを作り出すのも自然な欲求でしょうが、そのために、自然を壊してゆくというのは、私たちの命の母体を蝕むようなものですから、これは、いわれるように、だんだん自分の命をも汚染し、生存を危機に追いやっているということかもしれません。
やはり、人智を結集して、自然破壊、自然汚染に歯止めをかけなければならないように思います。
「文明とは電気のつくことではない。
人を殺さんことである。」
という言葉を思い出します。
もちろん電気がつくことも便利でありがたいことで、電気も文明ですが、でも、それと共に、人間どうし、お互いに大事にし合って、分かち合って、助け合って、うらやましがったり、うらやましがられるようなことなく、生活にひどい格差が無い、人を殺さない社会こそ、本当の文明社会といえるでしょうね。
そんな文明社会はいつ到来するのでしょうか。
それは永遠の幻想でしょうか。
政治家も、実業家も、市民みんながこういう本当の文明社会を心底から願い求めるようになってこそでしょう。
こういう、思いやりとかやさしさとかあたたかさのある生き方、生活、社会を目指す考え方を指し示しているのが、わたしは仏教というものだろうと思っています。こういう考え方を指し示そうとしたのが経典というものと受け止めます。
ですから、経典は、いうまでも無く、亡くなった人のために書かれたものではありません。
又、亡くなった人のために読んであげる呪文でもありません。
今、色々、苦悩しながら、ともすると、自分のことばかりにとらわれて、他人のことを配慮せず、思いやりの心を失っている私たちが、思いやりの心を取り戻させてもらうのが仏教・経典の本質と言っていいのではないかと思います。
経典をどうぞご一緒に学んで見ましょう。
 前回は、無量寿経が終わって、観無量寿経に入りました。
これは、自分の夫である王をわが息子に殺され、自分もその息子に一室に幽閉された悲劇の王妃『イダイケ』がお釈迦様の説法から救われてゆく内容です。
イダイケは、お釈迦様に対面して、愚痴をぶち投げます。
『わたしはこれまで何の罪があってこんな悪い子を生んだんでしょうか。
お釈迦様もどういう因縁で、あんな自分の息子をたぶらかした『ダイバダッタ』と親族なんですか。
どうかわたしのために憂いも悩みも無い世界を教えてください。
わたしはそのような世界に生まれたいと思います。
このにごりきった悪い世界にはもう居たいとは思いません。
この世界は、地獄や、餓鬼や畜生のものが満ち溢れ、よくないものたちが多すぎます。
わたしはもう二度とこんな悪人の言葉を聞いたり、その姿を見たりしたくありません。
今、あなたの前にこのように身を投げ出して礼拝し、哀れみを求めてざんげいたします。
どうか世の光であるお釈迦様、このわたしに清らかな世界をお見せください。』と実に人生がいやになって、絶望的な中から、清らかな世界、救いを必死で求めている姿が表されています。
これはイダイケのみならず、私達、現代の大なり小なり、みんなの願いと思います。
次々に読み進めて行きます。
まことに、経典は暗号解読のような面白みがあります。
お経は、本願寺の出した、【現代語版】浄土三部経を使います。
皆さんの中には、すでに持っておられる方もあるはずです。
これは、わかりやすく現代風に訳されたものです。それをもとに、ご一緒に学んでみたいと思います。
お経を持っておられない方には、1260円でお分けします。     
ですが別にお経はなくてもかまいません。
聞くだけでも学びになりますから。
どうぞ気軽に誘い合ってきてみてください。
 
                
 
佐々井秀嶺さんの話を聴いて
 
 この人は、インドに40年以上住んで、ことに、インドで最も最下層として、身分を決められて、虐げられている人々に、「人を差別しない、人を殺さないのが仏教だ」と、人間解放、反戦、反差別の仏教伝道に命をささげている73才の僧です。
今、インドの仏教徒一億人とも3億人とも言われる人々の頂点に立っておられる人です。
この4月、44年ぶりにインドから一時帰国されました。
広島のお寺で講演されました。
一番心に残っているのは、仏教とは「差別するな、殺すな」ということで、この精神、思想をインドだけでなく、世界中に広げること、そして、日本の仏教もそのように、実践的で、時の政治、社会に提言する実行ある仏教になって欲しい。
ことに、今の若い青年たちにそういう、反戦、反差別を掲げて立ち上がる、実践的な仏教徒になって欲しい。
というようなことでした。
それは実に、口のほとりに泡をいっぱいためての熱弁でした。
もう二度と日本に帰ることの無い、インドに骨をうずめる覚悟での、日本の聴衆に遺言のような思いの、いのちの底からの叫びのようでした。
そのときの対談者の、部落解放同盟、広島県連合会の顧問、小森龍邦さんもその熱弁に感動の意を表しておられました。
又更にアーソウダと心の中で、手を打ったのは、仏教は、過去の輪廻も、来世も一切言わないものであるということ。
そして、仏教は、今生きている間のことであり、その人生を如何に、生きることが真実に生きることなのか。
それは、差別しない、殺さないということなのであり、だから、殺し、差別する政治や社会を黙認できず、その殺し、差別する体制や価値観ときちんと対峙することであるというものでした。
中国新聞でも佐々井さんのことを、『仏教は人間解放のためにありますと断言し、輪廻転生は語らない。
日本では想像できない、命がけの『戦いの仏教』
核実験があれば、首都ニューデリーに乗り込み、『首相よ、仏陀が嗤っているぞ』と舌鋒鋭い演説をしてはばからない』と記事にしています。
この佐々井さんが影響を受けた人は、もうすでに亡くなりましたが、アンベードカル博士という人でした。
このアンベードカル博士は、インドの最下層の身分の出身で、縁あってイギリス等に留学し、ネール首相の時に法務大臣を勤め憲法草案にも尽力した人でした。
彼は、最下層の身分でインドで差別されるものですから、あらゆる宗教思想を学びその中に差別を克服する宗教思想はないかと研究しました。
そこで、彼が受け止めたのが仏教だったのです。
彼はインドの大多数の信仰であるヒンズー教を捨てて仏教に改宗いたしました。
 
彼は、非暴力、不服従で有名なガンジー首相とも激しく対立したそうです。
ガンジーはヒンズー教徒でした。
ヒンズー教の教えでは、神様によって作られた人間に階層があるという、差別を当然とする教えでした。
ですから、最下層の人たちは、多くのヒンズー教徒などから、ハリジャンという言い方で差別されました。
このハリジャンは、『神の子』という意味です。
佐々井さんの講演後の対談で、小森さんが佐々井さんに質問されました。
それは、ハリジャンというのは、神の子という意味で差別するのではなく、尊ぶ気持ちがあるように思っていましたがという問いでした。
佐々井さんは、いやそうではなく、神の子ならみんなどの身分のものも神の子でなければならないのに、この最下層のものだけを特別に神の子というのは、そのことによって、かえって差別、選別しているのです。
それは、ちょうど、明治の身分解放令のときに、かつての被差別身分の人が、みんな平民身分になったけれども、でも『新平民』という言葉で差別したのと同じことですと話されました。
そして更に、最下層身分の婦女子が、身分の高いバラモンという階層の人たちの男性から、子供をはらまされて、その子供が生まれると、その子は最下層の身分の人たちの血が混じっているということで、バラモンの子ということにはせず、ハリジャン「神の子」という呼び名にしているというのです。
ですから、インドの最下層の人たちは、自分らを決してハリジャンとは呼ばないと説明されました。
アンベードカル博士は、独創的な釈迦伝を創作しています。
それによると、隣のコーリ国と、お釈迦様のカピラ国との間で、水争いが起きました。
カピラ国の長老たち始めリーダーたちが招集されこの紛争をどう解決するかと協議がなされました。
その協議では、お釈迦様以外はみんな戦争だということになりました。
お釈迦様は、『隣のコーリ国とわがカピラ国とは昔から、深い縁のある国柄である。
それなのに、武力でことを解決し、お互いに殺傷し合うということはいいことではない。
戦争で解決するのではなく、どんなに困難でも、話合いで解決すべきであるとたった一人で抵抗されます。
しかし、若造の意見ということで無視され、結局カピラ国あげて戦争ということになりました。
戦わなければならない身分のお釈迦様は苦悩します。
戦争に行くのは、良心が許しませんから行きませんが、しかし行かないのなら、3つの選択がありました。
一つは、しばり首、これは、妻子や両親を悲しめることで受け入れられません。
もう一つが親族の財産没収、これもしのびません。
もう一つが、国外追放、結局、この国外追放を引き受けることとして、お釈迦様自ら国外に出て行ったのです。
 
 
 
2009年6月
 
 
目に青葉、山、ホトトギス、初鰹
みなさん、初夏ですね。
ホッチョンカケタカ  ホッチョンカケタカ
ホトトギスの鳴く声を聞く時節を迎えましたがいかがお過ごしですか。
最近のニュースでは、自殺者が年間又3万人を連続して突破したとか、北朝鮮の核実験、又、今は終息しているようですが、新型インフルエンザの流行、アメリカのGMという大きな会社がつぶれたことなどがありました。
たいていの人が、みんなどう生きるかということに思い煩い、また、どう死を納得したらいいのかと考えるのではないかと思います。
私もづーっとそうでした。
これから死ぬるまで、そうでしょう。
私には、最近、「アー、仏法はコレだな」と自分でかなり確かに納得していることがあります。
というのは、結局、仏法とは
「できるだけ、誰にでも、思いやりや、優しさや、あたたかい心が注げるように生きてゆけたらなあ。
それを、他の生き物、草木にも。」
というようなことなんです。
多分、読者の皆さんは、「ナーンジャ、ソレ、あたり前のことじゃないか、そんなこと、今頃やっとわかったんか」と思われるかもしれません。
でもそうなんです。
とはいえ、実際、家庭でも、どこでも何ほどのことも出来てはいません。
しょっちゅう、身近な家族からなじられていますから。
へいぜいは、たいてい自分のわがままな思いや感情につかりきっています。
じゃあ、わかっていないじゃないかといわれそうです。そういわれればそうです。
わかっていません。
これは実に、最近、つくづく思った次第ですが、仏教を、いくらかは、知ってはいる。
しかし、知ってはいるだけで、わかってはいない。
わかるということと、知っているだけというのは違いますよね。
知っていても実践していなければ本当にわかったとはいえませんね。
わかったということは、知ったことが頭だけでなく、身で知って、実践できているということですよね。
そういうことで、私は、知っているだけの仏教徒、ボンさんで、仏教をわかったといえるボンさんではなかったと思いました。
今まで、わかったつもりになっていただけのことであったと思います。
じゃあ今、わかったのかといいますと、さっき、恥を申したように、とてもわかっているとは申せませんが、何か、最近、今のところ、「アーそうだ、そうだ、大事なのは、思いやりの心だ、優しい心遣いだ」」と心に感じているのです。
話を戻します。
「出来るだけ」というところです。
そう、出来るだけでいいんですね。
出来るだけしかできませんからね。
出来るだけといっても、じゃあどこまでやったらいいんかと思いますが、線は引けませんね。
人にも、大雑把な人、きめ細かい人があるように、私も、物と、状況によって、大雑把になったり、きめ細かくなったりします。
たいてい、他人事は大雑把で、自分のことになるときめ細かいですね。
又、その時々の気分や、精神的な調子にもよって、出来たり、出来なかったりのまさしく凡夫です。
それはしょうがないことで、それはそれで仕方ないことと思っています。
出来るときにはできる。
出来ないときにはできないということですね。
当たり前のことですが。
そして、自分の生活は、何とかしのげればいいんじゃないかと思います。
かといって、貯金を全部はたくことは出来ません。
本当は、もっともっと、苦難のところに置かれている人々のところへ体も、心も、お金も施さねばならないのだがとよく思いますが、思うだけです。
幸せとは、与えること、一に与え、二に与え、三に与えるというように、ギブアンドギブアンドギブということを言っている人があります。
その人は、与える実践から幸せを感じられた、実体験から言っているのでしょう。
でもそれは本当だろうなとは思います。
仏教の実践は施し、ダーナですからね。
出来るだけ、みんなと分かち合って生きるようにし、出来るところで、カンパ、奉仕、布施をさせてもらおうとは思うことです。
皆さん、余裕のある財産があったら、残さずに、社会に布施したいものですね。
残しても、子孫が、自分の欲望のためだけに使ってしまうぐらいならと思いますから・・・。
私は、本当の人とか、本当の宗教家とか本当の宗教というものは、決して、自分の贅沢や蓄財でなく、いくら収入があっても、それを大きく社会に施すものであるには違いないと思いますね。
そしてさらに、思いやりや、やさしさは、身近な人間関係だけにとどまるものでなく、広く、国際社会においても、反戦、反差別、反貧困、反格差、又、自然環境を大事にしょうとすることでもあろうと思うことです。
そういうようなことをあらためて思うようになったわけを以下書いてみます。
私は、物心付いてから、仏様というのは本当に居られるのだろうかということを疑問に思っていました。
というのは、お説教されるご講師が、さも、仏様がどこかに居られることが信じられて、その仏様にお任せできて安心できるようなことをいつも申しておられたからです。
そして、疑問を持ちながら、いろんな仏教のことを学ぶうちに、仏さんというのは、どこかに本当に居られるというのではなく、仏様ということで、自分中心でない、無我の心、冷たくない、慈悲の心、利己主義でない、利他の心、奪い取るということの無い、布施の心、殺すということの無い、平和な心、差別するということの無い、平等な心といった、きれいな心を表してあると受け止められるようになりました。
一般に、お説教では、仏様が、私たちの醜い煩悩の心を悲しまれて、こんな私たちを救うためにお浄土をおつくり下さり、そしてそこへ必ず迎え、仏にし、そして、今度は迷いや罪のこの世に帰ってきて、迷えるみんなをいつまでもどこまでも救い導きつづける働きをさせてくださるように、今働き呼びかけ、包みはぐくんでいてくださる等と説かれています。
そのことは、実は、そういう仏様が事実実際にいらっしゃるというのではなく、そういう表現をとうして、実は、真実というもの、真実の心というものはこういうものだということを示してあるのだとうけとめるようになりました。
ですから、仏様がいらっしゃると信じて、その仏様にお任せして、安心するというような受け止めではなくて、仏様の心として表されたものに真実があるとうなずいて、逆に、真実の無い、自分と社会を痛み、真実なる自分と社会の実現に生きてゆこうという受け止め方に納得するようになったわけです。
そういう真実の心というものに、成れたら言うことはありませんが、私らは、根っこのところで、自己中心的な、欲望、煩悩といったものに、生物である限りとらわれていますから、私らはとても真実の心に成れません。
仏様というのは、私たちの心の底にある、自分中心であるよりは、他者のことを考えたい、奪い殺すことよりも与え支えたい、冷たい心よりは、あたたかい思いやりの心でありたいというような真実を願う心を純粋に突き詰めて、完全な清浄無垢な心として表されたものというべきと思えます。
そういう意味では、仏様とは、わたしたちの願いの極限の心といってもよいと思います。
ですから、仏教とは、真実というものの追求といってもよいと思います。
又それは、逆に、真実でないものを同時に明らかにしているということでもあると思うのです。
仏様の真実の心が明らかになるということは、その反対の、自己中心で、冷たくて、利己的で、奪い殺し、差別しょうとしている心が同時に明らかになるということなんですね。
当たり前といえば当たり前のことでしょう。
ですから、仏教徒とは、仏の真実の心を鏡にして、自分の真実でない心を見つめて、少しでも仏の真実の心に沿うように生きて行かれたらいいなあと思いながら、生きてゆこうとするものということになると思います。
仏とは、そういう真実そのものの象徴的な表現で、実際にどこかに居られる実体ではありませんから、お願いしたり、頼ったり、お任せしたりするような受け止め方は出てこなくなります。
ですから、仏様におまいりしても、仏様に手を合わせながら、仏は真実、私は虚仮、仏は思いやり、私は冷たい、仏は平和、私は戦争、仏は平等、私は差別、などと心で思いながらおまいりしています。
ですから、今までかつて一度も仏様に、何かをお願いしたことは一つもありません。
そんなことを、いつもづーっと思い続けていたのですが、最近、ことにアーそうだそうだ、仏教は、真実と虚仮不実が同時に明らかになることであったんだと思い当たりました。
それからは、どんなにたくさんなお経があろうとも、その本質は、結局、真実と虚仮不実の究明であると思うようになりました。
それは決して、知っているだけのことでなく、生きて実践できてこそと思っています。
仏教は、仏教を知っていることだけではなく、仏教を生きているということなんですね。
ですから、結局は、仏教とは、生まれながらに身体や、家庭が不遇であっても、病気であっても、又人生途上で不遇な出来事にあっても、若き時も老いたる時もとにかく、世間で言う幸、不幸というようなどんな状況であれ、やさしさや思いやりということを何より大事なこととして自分を反省しながら生きてゆくということに尽きるように思います。
そして、死ぬるときには、私たち一切の命を生み出してくれて、命終わるときには、又一切を受け入れてくれる、母なるいのちの大宇宙、大自然に任せて、この母なる大宇宙、大自然に受け止められて帰ってゆこうと思います。
そして、実際この身に起こる事実ということではありませんが、味わいとして、みんなやさしさや思いやりの満ち溢れる世界を命の底に願っているからこそ、究極のやさしさや思いやりの願いの故郷ともいえる真実そのもののお浄土に帰ってゆくのだとうけとめています。
 
2009年5月
降誕会法座のご案内                          15日(金)夕〜17日(日)日中 夕8時・日中9時半始め 初参式・・・16日(土)午後2時 降誕会・・・17日(日)日中 (小豆むすび、くじ引き)         講 師・・・真宗学寮教授・岡本法治殿           筒賀五ヶ寺連合主催                                                 降誕会によせて
降誕会は、親鸞様のご誕生(1173年5月21日)をありがたくいただく仏事です。
今年は親鸞様ご誕生836年目になります。
何故「誕生」と言わずに「降誕」などと言うのかと思われるでしょうね。
「降誕」は親鸞聖人が仏様の世界(浄土)からこの世に降りて生まれて来られたという意味です。
「えっ」それ何?と思われるでしょうね。
さて、浄土というところはどういうところでしょう?
浄土について説かれている、無量寿経をみてみます。
その前に、無量寿経は、お釈迦様が直に説かれたものと、読者の皆様も聞いておられることと思います。
確かに、親鸞様もその当時はそのように信じられていました。
親鸞様も、お手紙に、「この三部経は、釈迦如来の自説にてましますと知るべしとなり。」と書いておられますから。
ところが、近年お経がいつごろ作られたのかというような歴史的な実証的な学問がすすんできました。
そして、今は、お釈迦様が亡くなられて、約500年後、無名の作者が、創作されたものというのが現代の仏教学の通説です。
でも創作とはいえ、そこに真実は表現されています。
無量寿経には次のように表現されています。
お釈迦様が、大衆に「浄土には、須弥山という山や海も無い」と説かれます。
すると、弟子の阿難が、不審に思って、「浄土に須弥山がなければ、その山の中腹や頂上に住む帝釈天などの神々や、その世界は何によってその存在や居住が保たれたりするのでしょうか」と問います。
それに対して、逆にお釈迦様が、阿難に対して「では、須弥山の上方空中にある世界や淨妙な物で出来た、欲を離れた清らかな最上位の世界などは何によって保たれそこに住むことができると思うか」と問われます。
すると、阿難は「それらの天の世界は、住んでいるものの行いを原因としてもたらされた不可思議な働きとしてそうあるのです。」というように答えます。
そこで、お釈迦様は、阿難に「それらの天界がそこに住むものの行いを原因としてもたらされた不可思議な働きの世界というなら、仏がたの世界もそうであり、浄土の住人も皆、功徳の力による行いを原因とするところに住んでいるから、須弥山というような実体が無くてもいいのだ」というように説かれます。
最後に、阿難がお釈迦様に「お釈迦様、私もそのことは疑いませんが、ただ将来の人々のためにこのような疑いを除きたいと思ってお尋ねしたのです。」と答えて問答は一段落します。
つまり、経典作者は、このような問答を創作して、浄土や清らかな天界などは、物理的な実体の世界ではなくて、清らかな行いによって心の中に開かれてくる清浄な精神世界つまり、境地なのだということを伝えたいものと受け止められます。
ここは大事なところと思います。
あの世とか来世などと、何か実体的にいかにも実在するかのように取りざたする宗教もありますから、浄土真宗はそれとは全く違うんだということを明確にしておきたいものです。
というところで、「浄土」とは、自己中心性から完全に解放された、究極の慈悲の世界といえるでしょう。
つまり「浄土」はそういった真実そのものの場所的、象徴表現と言えます。
「仏」も同じく、物理的な実在ではなく、真実そのものの人格的象徴と言えます。
今、本山では、現代人や現代社会の諸課題に即応するための、宗祖親鸞聖人750年、宗門長期振興事業も、種々進められているところです。
親鸞様は、真実とは何かを求められる人生に於いて、阿弥陀如来の建てられた本願(第十八願) としてあらわされた内容に真実を見いだされました。
その本願とは「もし、私が究極の、無我、慈悲、利他、布施といったものの体現者である仏(真実の人格主体)となるとき、すべてのものが真心から真実に目覚め、喜び、わが国である真実清浄なる、浄土に生まれたいと欲し、念仏を称えることであろう。
もしわが浄土に生まれないものがあるなら、私は仏にはならない」と誓われた願いです。 
そして、念仏を南無阿弥陀仏と称えるということは、決して、仏に何か自分の願望をかなえてもらうようにお願いすることではありません。
念仏を称えるということは、仏や浄土の真実を賛嘆し、又逆に、虚仮不実の自己と社会を慙愧し、それゆえにこそ、真実の自己と社会の創造に向かわんする思いの発露ということが出来ます。
阿弥陀如来とは、万人および一切の生きとし生けるものを、もれなく包摂慈育し、しかも最悪のものにこそ、深く注がれ、救済されようとされる、無限、無底の、広さと深さを持つ大慈悲心の仏として表現してあります。
そして、親鸞様は、この阿弥陀如来から真実を自覚されることによって、逆に自我にとらわれた虚仮不実の、自分と世の中を痛み、それゆえにこそ、より真実なる自己と社会の解放、創造に向かって歩もうとする人生への自覚が、どんなに過酷不遇であろうとも、ゆるぎなく確かに成立していくところに、万人の救いというものがあることを一生かけて伝道し続けたお方でありました。
ですから、「降誕」ということは、実際に、親鸞様が浄土というところから、この世に降りてきて人間として生まれられたというようなことではありません。
そうではなしに、浄土や仏として表現されたものから、究極の無我、慈悲、利他、布施といった崇高な真実を受け止められ、そして、その真実を自己中心的で低落な世界で迷う私たちに伝えられたお方であったということと受け止めるのが妥当と思われます。
 
親鸞聖人の生き方
 
親鸞聖人の言葉に、
「悪性さらにやめがたし、心は蛇蠍の如くなり、修善も雑毒なるゆえに虚仮の行とぞなづけたる」と有ります。
「蠍」はサソリで、これは、「悪い性根にいつもからまれて、心に、マムシやサソリの毒を持ち、善を為してもうぬぼれなどの毒が混じっているから、私は、空っぽで嘘です」というような、実にすごい告白です。
なんという「真実」の光に照破された言葉かと、ジーンとします。
この親鸞聖人の「告白」に少しでも共感できるところに、「真宗門徒」の証しがあるのではないでしょうか。
又、親鸞聖人の手紙に
「この世のならいにて念仏をさまたげんひとは、そのところの領家・地頭・名主のやうあることにてこそ候はめ。 とかく申すべきにあらず。
念仏せんひとびとは、かのさまたげをなさんひとをばあはれみをなし、不便におもうて、念仏をもねんごろに申して、さまたげなさんを、たすけさせたまふべしとこそ、ふるきひとは申され候ひしか。
よくよく御たづねあるべきことなり。」
とあります。
これも実にすごい言葉で、これを解釈しますと、
「この世のよくあることで、「念仏」を妨害する者は、「領家」(荘園の領有者)つまり今で言えば「財界」「地頭」(幕府任命の荘園管理者)今で言えば「政界」・「名主」(名田を経営管理し、年貢・公事の徴収に当たった者)今で言えば官僚などのようあることでございましょう。
それはいつものことでとやかく言うべきほどのことでもありません。
私達、念仏者は、あの妨害者を哀れみ、ふびんに思うて念仏をこそ、大事に申して、妨害者をたすけてあげることですと、先輩は申されていたようでしたが。
よくよくこのことをお考えなさるべきです。」
と解釈します。
これは、仏教徒としての在り方、生き方の手本として実に考えさせられます。
仏教徒は、「仏」や「浄土」から「無我」「慈悲」「利他」「布施」といった真実のものの見方を自覚し、慚愧と共に真実に向かって生きようとするものでしょう。
ところが、現実は、真実への自覚も慚愧も乏しく、それが故に、弱肉強食の欲望の渦の中で、権力、財力、武力の闘争で、人間の尊厳や平等が侵され、戦争や差別が容認されます。
そうした権力、財力、武力に安住しょうとしている人々にとっては、それとは、全く考え方が違って、「無我」「慈悲」「利他」「布施」といったものを自己と社会に実現しょうとし、平等で平和な御同朋の社会を求めようとする「念仏者」は邪魔になるのですね。
以下親鸞聖人御一生の念仏弾圧を歴史年表から紹介します。
35才、朝廷による念仏停止(死罪4人流罪8人)
39才、後鳥羽上皇、四天王寺へ念仏停止
47才、朝廷、嵯峨清涼寺へ念仏取り締まり
50才、專修念仏停止
52才、比叡山、朝廷に專修念仏弾劾文を送る。
55才、專修念仏停止(親鸞聖人親友隆寛他3人流罪)62才、鎌倉幕府、專修念仏禁止
63才、鎌倉幕府、專修念仏禁圧
67才、念仏停止令
68才、念仏停止令
その後ずっと念仏弾圧は続き、やっと84才頃念仏弾圧は止みました。
この年表見ても、親鸞聖人の一生はほとんど念仏弾圧の一生でした。
それほどに、念仏の精神の拡大を権力者や、権力者に守られている既成仏教は危機感を覚えたのですね。
たとえ、朝廷や、幕府や、比叡山、奈良等既成仏教から、どんなに迫害されても、ゆるがない念仏の精神を確認します。
又、重要なのは、念仏者は、弾圧者に対して敵対するというのではなく、その弾圧者に対して、どんなに弾圧されても、その弾圧者こそ、真の眼の開かれない、悲しむべき人として、むしろ哀れみの心を持って、ふびんに思って、彼らを助けてあげようという精神があるということです。
残念ながら、親鸞聖人滅後は、この精神を失って、死後未来のみに重点を置き、この世は蓮如さんに見られるように、「世間通途」つまり、世間どおりに生きて行くようになってしまいました。
明治になると、「明如」という門主は「後の世は彌陀の教えにまかせつつ、命は安く君に捧げよ」というように、戦争と一体化するほどに変質しました。
今、親鸞聖人の実質が回復されるとするなら、憲法や、教育基本法を変えて、国際競争にうち勝ち、戦争の出来る国をめざす、国家主義をきちっと悲嘆できる眼が開かれ、実践の手足が動かされることだと思えます。
来る、26日(火)、広島別院で憲法9条を守る、「安芸門徒9条の会」が発会します。
又ご案内しますから、予定しておいてください。
 


                                       2009年4月                                 永代経法座のご案内 12日(日)夜席〜14日(火)日中席             おとき日・・・13日      夜、7時半・日中、9時半はじめ               講師 三次市 西善寺住職 小武正教殿
 
本願寺派の中の二つの学派
 
阿弥陀様はどこに?
阿弥陀さんて、べつにー、と思っておられる方もあるでしょう。
ところで、阿弥陀様はたいてい、私たちの外に在って、私たちの救いを引き受け、働きかけてくださっていると受け止められている方が多いと思います。
たいていそのように説かれていますから。
そのように、阿弥陀様は、私たちのどこか外に実在するものとしてとらえる考え方を空華学派といいます。
それに対して、阿弥陀様を私たちの心の内にとらえる考え方を石泉学派といいます。
この空華学派と、石泉学派について、インターネットのウィキペディアでは、次のように紹介されています。
石泉学派(せきせんがくは)とは、浄土真宗本願寺派 の学派のひとつである。
江戸時代に長浜(現、広島県 呉市 長浜)の地で「石泉塾」を開いた、同派の学僧の石泉僧叡 (せきせんそうえい)の流れをくむ。
本願寺派の教学理解では、空華学派 (くうげがくは)と二大学派をなす。
今日では、同派の公式な教学に空華学派の説が用いられているため、異端の扱いを受けている。
学説
空華学派の学説との根本的な差異は、浄土真宗 の重要な教義のひとつである「信」についてみられる。
石泉学派
「信」を「心が清浄になること」と定義し、あくまで主体的・一元的な「信」を説く。
このことは、阿弥陀仏を自己の心の内に想定するものである。
空華学派
阿弥陀仏 を、現実の外界に実在するものとして想定し、これに「頼る」あるいは「すがる」ことを「信」であると定義し、対象をとる二元的な「信」を説く。
とあります。
この石泉学派の石泉さんというのは、江戸時代の僧侶で、(1762年〜1826年)戸河内、真教寺の出身ですが、筒賀村史編纂にお世話になった今田三哲先生によると、大瀛和上とは従兄弟であり、同じく筒賀生まれと推定されています。
石泉さんは、生前、異端視され、勧学という教団最高の学位が贈られたのは、なんと、没後85年の1911(明治44)年であったようです。
没後、85年たったが、最高学位が贈られたということは、教団から、名誉回復させられたということでしょう。
空華学派では、阿弥陀様がどこか私たちの外界に実在していて、私たちの救いを引き受け、働きかけていてくださっているというとらえ方です。
科学的な時代、そういう実体として阿弥陀様をとらえる考え方は、現代にそぐわないだろうと思います。
いつも申しますように、阿弥陀様とは、無我、慈悲、利他、布施といった、真実なるものを人格的に象徴されたものととらえています。
その点、石泉学派が、阿弥陀様を自己の心の内に想定しているということを考えますと、阿弥陀様の本質は、無我、慈悲、利他、布施といった、心の中でうけとめる内面の真実といったものと受け止める考え方が理解できます。
又、空華学派は、阿弥陀様に頼り、すがり、お任せして安心するという信仰ですが、そこでは、ともすると、阿弥陀様という大きな働きにお任せして安心するあまり、自分の生き方、世間のあり方への批判や積極的な実践性が薄れ、世間どおりに生き、世間に追従して生きてゆくというようなことになりがちと思います。
その点、石泉学派では、心が清浄になるということで、今までにごって、自分の偽善、虚仮不実が見えなかったのが見えてきて、慙愧の心が生まれてくるようになり、又、今まで、世間に従順に生きてきたことに慙愧が生まれ、世間の矛盾や、あやまちが見えてきて、世間の問題を憂い、何らかのよりよい社会創造に向けての実践がうまれるようになってくるというようなところを主張され、そこに、石泉学派の重要な意義を感じます。
石泉さんの書物に
「この信と云うも、自性の物柄を云うと、心を掃除して清からしむるなり。
心は心王なり。
清からしむとは、心が澄んできれいになる。
それが信というものがらなり。
業用を云えば、不信を対治して善を楽ふを業とす。
不信と云えば疑惑なり。
その疑惑の反対が信なり。
と在るそうです。
石泉さんの信とは、仏が真実・まこと、私は虚仮・うそということが、疑う余地無く、惑うことなく、目覚めさせられ、心が澄んできれいになり、不信を退治して善をねがうというものなのでしょうね。  
 
2009年3月
 
ドゥホボール教徒の話5  (私の感動記録)
 
ドゥホボール教徒とは、ロシアのコーカサスの山奥に発生した土俗宗教で、多い時でも信徒2、3万を超えぬ小さな信仰集団だそうです。
聖書の中の
『汝、殺すなかれ』
『汝の隣人を愛せよ』
『悪「暴力」に抵抗するに悪「暴力」をもってすることなかれ』
『貯えるな、恵まれない人に施せ』
等を中心信条としています。
更に、彼らの何より重んずるのは霊「精神」で、教会、儀式、僧侶だのといった外形的なものには一切価値を置きません。
聖像も拝まなければ礼拝にも連ならないのです。
そういう、ひたすらに平和と無抵抗主義を実行する無智で純朴な山男の集団とあります。
ロシア政府は1888年から、このドゥホボール教徒に徴兵の義務を課しました。
しかし、彼らの、暴力全面否定という宗教信条によって、ついに武器の銃を返上し、兵役拒否者も出ます。
徴兵適齢者はクジを引かされます。
このクジ引きをドゥホボール教徒たちは拒否し裁判にかけられました。
裁判官との問答です。
問 なぜクジを引かんか?
答 神の意思と良心に反対することには手を染めたくありませんから、クジは引きません。
問 服務期間はごくわずかじゃないか。
すぐ除隊になって家に帰れる。
裁判所から裁判所と引っ張りまわされ、牢屋から牢屋めぐりをするよりいいぜ。
答 自分の肉体の苦しみはなんとも思っておらんのですよ。
大切なたった一つのことは、良心を汚さぬということです。
だから神の意思にそむくような行為は絶対に出来ません。
兵隊になって、人殺しをするとなると、それは大変なことです。
神は、「汝、殺すなかれ」という戒律を、みんなの心に焼き付けておられます。
だからクリスチャンは、たとえ練兵だって、人殺しの稽古をしてはならないばかりか、隊内で常習的に行われている神の子を殴るということも許されざることです。
問 しかし、軍隊と戦争が無くてはどうにもならんぞ。
例えばお前でも、誰でもいくらか財産を持っている。中には大財産家もある。もし軍隊がおらず、誰も守らないと、悪いやつや泥棒が来てそれを盗んでゆく。
兵隊がいなかったら、防ぐことが出来んじゃないか。
答 裁判官様、あなたのご存知のとおり、聖書には「地上に宝を蓄えるな」と書いてあります。
今までそれに従ってきましたので、今後とてもそれにそむくことはないでしょう。
何物も守る必要が僕らにはないのです。
金は、仲間の兄弟同胞たちにそれをもっと切実に必要としている人がたくさんいるのに、どうして、自分だけ、金をためる気になれますか。
僕たちは隣人を助けよと言いつかっています。 他の人々が困っていれば、僕たち自分の魂にも、平和はないのです。
キリストはこの地上に居られたとき、飢えたるものには食物をあてがい、はだしのものには靴を与え、一物でも、それを持たぬものと分かち合えよと申されました。
ここで裁判官は、ドゥホボール教徒の村の事を聞きます。
コサック兵が村に来ては、むやみに老人子供を殴り、若い婦人に暴行を加えているということに、裁判官は非常に驚きます。
人民を防護すべき軍隊が、いかに容易に暴漢、盗賊、殺人者と変わるかがありのままに述べられました。
ドゥホボール教徒は、引きつづき答えます。
「軍隊は、人民防護には何の役にも立っておらんのでございます。
国民の貯蓄は武器製造のため、雪だるまの火に溶けるように空費されてゆきます。
だから軍隊は、不幸と闘争と殺人とをもたらすだけで百害あって一利も無い制度だと信じます。」
そう言って、徴兵のクジを引かず、兵役服務を拒否するという決意を述べるのをこの裁判官は珍しく耳を傾けて聞きました。
しかし法律を曲げるわけには行かないので、三ルーブルリの罰金に処すと判決して「だがそれは払うには及ばんよ」とすぐ付け加えました。
閉廷するに当たって、裁判官は更に意外にも「キリストの教えは、今後もよく守るように」と大いに激励を与えました。
釈放されたドゥホボール教徒の青年たちは食事のために旅館に入りました。
驚いたことに、さっきの裁判官が追っかけてきて、彼らが十分な食事代も持っていないだろうと二ルーブルリを恵みました。
彼らは、それを押し返し、お志だけで十分ですといって強く辞退しましたが、裁判官は、真心からの贈り物だ、君らの純真なのに感動したからだというので、「それでは同胞からのご好意としてありがたく頂戴します」といって受けました。
別れるに当たって、裁判官は、自分の家を教え、もっと、ドゥホボール教徒についていろんな話を聴きたいから、通りかかるついででもあったら、今後もぜひ立ち寄ってくれるようにといいました。
こういう、兵役拒否は、すぐに伝わり、ドゥホボール全教徒に信仰と自覚の念を生き生きと目覚めさせ奮い立たせました。
あるとき、囚人護送の役目がドゥホボール教徒の家に当たりました。
彼は、早速村長に、「たとえ囚人でも、見張りだの、強制だの、護送だのという束縛を加えるのは自分らの宗旨では暴力行為ということになって禁じられています。自分には断じて出来ない、そのことを役所に報告してください」といいます。
村長は、「君のような善人の事を役所に言いつけるに忍びない、だが、この役は割り当てじゃから、どうにも出来ん。
その囚人を庭先まで連れてゆくから、そのあとは、君の気の済むようにしたらよかろう」といいます。
彼は、囚人を一人の旅人として待遇し、炉に火を焚き、あたたかい食べ物を作り、ベッドも囚人に与えて、自分は床の上に寝ました。
翌朝、囚人が無一文と知ると、貧しい中からもお金を恵み、道を迷ってはいけないからと一緒に村はずれまで見送りました。
そして言いました。 
「もうこれ以上護送しない。
こちらの道は、君が行くべき道で、あっちの道は、逃亡して、自由になれる道だ。
どちらへ行こうと君の自由だ。」と
囚人は、逃亡しませんでした。
心のいい、ドゥホボール教徒に迷惑をかけるに忍びなかったようです。
あるとき、ドゥホボール教徒13人に山賊退治の命令があり、鉄砲を忘れるなと念を押されました。
しかし、鉄砲を持たずに素手でやってきました。
隊長は、「あれほど言ってあるのに、どうして鉄砲を持ってこなかったのか」と怒鳴りつけました。
答 「わしらは、鉄砲で撃たないのはもちろん、縄をかけたり、なぐったりもしょうとは思いません。」
問 「それでどうしょうというんだ」
答 よく話し合います。口で言うことで納得してもらいます。だから鉄砲の必要がないのです。
問 バカヤロウ、そんな生易しいことで盗賊退治できるか
そして、この13人、その場で縄をかけられ牢屋にぶち込まれました。
牢屋の、ドゥホボール教徒の共通意思は、愛と平和の尊重、権威と強制に対する不服従というものでした。
監獄では、決して、囚人服に着替えませんでした。
食物も、毎日のパンと水だけで、他の囚人の最大の楽しみの、三日置きと祭日休日のご馳走を見向きもしませんでした。
こういう、兵役拒否、非暴力というのは、ドゥホボール教徒の村、あちこちで散発的に起こっていたようです。
各地のドゥホボール教徒が一緒になって、正式に非暴力、戦争放棄の意思表示と実践を集団的、組織的にしたことはこれまでかつてありませんでした。
ところが、1895「明治28」年6月28日、29日、ドゥホボール教徒の持つ武器を全部集めて焼き捨て、それをもって、大衆的、集団的に、暴力組織に抗議し、それを否定する挙に出ました。
ドゥホボール教徒の住んでいる所では、狼、熊、猪が横行し、ダッタン人や、回教徒などとの衝突が絶えず、武器は片時も手放せぬ、自己防衛、生活必需品でした。
外出には、銃無しでは危険でした。
ドゥホボール教徒は、「暴力に対する無抵抗」の信念から、「人に暴力を振るうくらいなら、いっそ、自分らのほうで我慢しょう」と思っているので、家に武器があるということをよく考えれば、不合理で、奇怪至極と考えられだしました。
そこで、ドゥホボール教徒の住む3箇所で、武器焼却が実行されました。
ひとりの老いた、ドゥホボール教徒の証言が紹介されています。
「私たちは、この日から、神様だけに使え、真理に到達する為には、神の道を歩んでゆく以外、皇帝をはじめとし、他のどんな権威にも一切仕えまいと決心しました。
人に暴力は振るわんはもちろん、どんな生き物、小鳥やウサギさえも殺すまいと誓ったので、こうと決心すれば、武器は無用の長物です。
そこで武器を集めて焼き捨てる日を聖ペテロ祭、聖ポーロ祭の二日と決め、こっそり地方全村に知らせました。
家に残すのは、食事用のナイフだけ。
殺人武器は、「洞窟」と呼ばれるところに持ち寄ることにしました。
中には、クワやカマまで提げてくるものもあり、みんなの持ち寄った武器を薪や、石炭を積み重ねた上に載せ、一山になった上から石油を注ぎました。
集まった仲間はほぼ2千人でした。
平穏無事のうち火は付けられました。
私たちは、祈りと聖歌の合唱をして、家に帰りました。
翌夜は、武器の残骸をよく始末するため、鉄砲類の金属の部分に石炭とふいごで炎を当て、溶かしてしまいました。
夜が白み始めると祈りを始め、人の数は次第に多く集まって、女も子供も加わって、一緒に祈祷を始めました。」
私は、彼等のような神への絶対、純粋信仰者ではなく、仏教徒といっても、思想的、哲学的に捉えようとするものですから、とても、隣人愛にしても、ここまで徹底出来そうにありません。
ただ、人間の尊厳不可侵への方向性だけはゆるがせたくないと思っています。
 
2009年2月
 
釈尊涅槃会 益害平等一切有情追悼法座のご案内           17日(火)夜〜19日(木)日中 日中9時半 夜7時半はじめ      前席・講話 後席・話し合い 「お釈迦様の一生から学ぶもの」 住職自修
 
ドゥホボール教徒の話4  (私の感動記録)
 
ドゥホボール教徒とは、ロシアのコーカサスの山奥に発生した土俗宗教で、多い時でも信徒2、3万を超えぬ小さな信仰集団だそうです。
聖書の中の
『汝、殺すなかれ』
『汝の隣人を愛せよ』
『悪「暴力」に抵抗するに悪「暴力」をもってすることなかれ』
『貯えるな、恵まれない人に施せ』
等を中心信条としています。
更に、彼らの何より重んずるのは霊「精神」で、教会、儀式、僧侶だのといった外形的なものには一切価値を置きません。
聖像も拝まなければ礼拝にも連ならないのです。
そういう、ひたすらに平和と無抵抗主義を実行する無智で純朴な山男の集団とあります。
ロシア政府は1888年から、このドゥホボール教徒に徴兵の義務を課しました。
しかし、彼らの、暴力全面否定という宗教信条によって、ついに武器の銃を返上し、兵役拒否者も出ます。
そこで、軍法会議が開かれ、裁判官との問答が続きます。
問 敵が来て我々を殺そうとするとき、正当防衛上、敵を殺すことがどうして悪い?
  敵を殺さないなら自分が殺されるではないか?
答 なるほど、相手に殺人の罪を犯させず自分を守るのは別に悪くはございますまい。
しかし神様は私どもを守り助けてくださいます。それを忘れてはなりませぬ。
問 神様を信じているからといってそんな口を利く。
これから牢屋にぶち込むから、果たして神が救ってくれるものかどうかみようじゃないか。  要するに皇帝陛下に仕えるのが嫌だからそんな馬鹿なことを言い出すのだ。
馬鹿な考えを棄てさえすれば処罰されず、刑も課されることもなくて済むんだぞ。
答 平和に暮らすのは私達何よりの念願で、誰が好き好んで刑を受けたがるものがありましょう。
私たちをむごい目に合わせようとなさっているのはあなた様なのですよ。
問 バカも休み休み言え。
貴様の苦しみは自分から求めているんじゃないか。貴様の父は、ちゃんと兵役の義務を果たしているのに、貴様の代になってそれに反対とはなんと言う不忠、不孝か。
答 別に故意に不忠をつくそうなどとは思いませぬが、ただ人を殺せという命令には従えぬというだけのことでござります。
我々キリスト教徒は、どんな場合にも人殺しをしてはならんので、人類はみんなお互いに兄弟なのでござります。
問 阿呆め、貴様を殺しに来る敵を兄弟呼ばわりするやつがあるか。
答 いや、人類はみな神の子で兄弟なのでござります。善悪、正邪を審判して制裁を加えるのは神様の為さることです。
私達は、兄弟として互いに愛し合わねばなりません。それでは一つあなたにお尋ねしますが、あなたが人を敵としてごらんになりますと、その人はあなたをなんと見ます?
問 奴らも俺を敵と見るだろうさ、それがどうした。
答 私達は、誰をも敵としては見ませんので、したがって誰も私達を敵と思うものはござりません。
あなたは、人から、敵として見られるのと、神の子として、兄弟として見られるのとどちらがいいと思し召します?
もし神様に仕えて、人類は互いに兄弟であると信じて愛し合うなら、誰からも敵とは思われないで、お互いに神の子として認め合えます。
もし天子様に仕えて、その天子様の下の限られた数の国民の他はみな敵と認めるときは、あなたはたくさんの世界人類から敵とみなされなさらなきゃならなくなるでしょう。 
そのどちらがお好きでござりますかな?
なかなか、天晴れと思いました。
とっさに、こんな言葉が出るとは・・・
私は、神も、仏もその実在を信じませんが、みんな神や、仏の本質としての、愛や、慈悲や、思いやりや、優しさを平生は自覚的に求めて生きてはいなくても、命の底に願っていない人は無いというところに立って、裁判官の問いに仮に答えてみようと思います。
仮答 私達は、どんな人も、命の底に、愛や、慈悲や、思いやりや優しさを願い求めていない人はいないというところに立って、すべての人を尊重しょうとするものですから、私達は、どんなに私達に敵対する人であっても、私らの方から、その人たちを敵として否定しょうとは思いません。
いくら、戦争を肯定する考え方であったとしても、むしろそういう考え方の人たちを憂い、その人たちの非戦平和への思想の転換を願い続けたいと思っています。
為政者の皇帝はじめ、あなた方裁判官も、すべての国民が、そして世界中の全ての人々がこういう、愛や慈悲を尊重して、非戦平和を願う人々へと変革してくださることを、どんなに迫害されても、ただそのことを願い続けさせてもらいます。
とまあこのような言葉が発せられたらなあと思います。
さて、このドゥホボール教徒のような、敵意を超えた、人類は皆兄弟というような考え方、生き方に基づく、これと似た問答は、あちこちで繰り返されていたそうですが、みんな地下牢へぶち込まれました。
食べ物は、たいてい、水と塩とパンだけ。
体力の続かぬものがあるとムチ打ちの刑。
半裸にし、トゲのある細枝を5〜6本束にしたムチで左右から乱打。
トゲが刺さり、血が流れ、肉がちぎれて飛散する。
昏倒するもの、責め殺しにあうものもあった。
しかし、信仰を大事にする彼らは声をしのび、じっと耐え、改宗するものは一人もいない。
刑務官の中には肉が避けても屈するところの無い教徒の信念に感動してムチをほうり棄てるものも出た。
それは、職務の怠りということで、刑務官のほうがかえってシベリア送りになるという奇現象も生じた。
大隊長とドゥホボール教徒との問答メモが残っています。
問 国家の法律におとなしく服従するなら、すぐ許して家に帰してやる。 親や知人にも会える。
答 しかし、人間というものは、唯一人のご主人以外に従ってはなりませぬからな。
問 誰のことだ、その主人というのは。
答 天地の創造主、つまり神様のことでござります。
問 貴下達教徒は、銃を持つのを、どうしてそんなに嫌がるのかね。
答 同じ兄弟である人間を殺すことになるからでござります。
問 それでは敵でも殺してはいけないのか?
答 敵だからとて殺せば今度はこちらが敵になります。神様は一切の人間を同じ形におつくり下されましたのに、どうして仇敵どうしになれましょう。
問 そんなら貴下の馬を盗んだ奴があったらどうする?
答 そういうことはするものではないといって丁寧に頼みます。
それでも聞かなければ盗ませる以外に仕方がありません。
私らは別に何とも思いません。
実はここまで参る途中でも、オセケンという所の者に会いました。
その男が私の肩掛けを剥いで持ってゆこうとするので、頼む、戻してくれと申しましたけれど、聞いてくれないで、とうとう剥いで持っていってしまいました。
私は別に、オセケン人をにくい奴とも思いませんが、しかし今頃は、自分の方で後悔していると思うと、かえって気の毒になります。
問 そんな目に遭っても、よく腹が立たんもんだな。
答 キリストは、汝の隣人を汝自身のごとく愛せよと教えていなさるではござりませぬか。
そのくらいなことに腹を立ててどうします。
「次回に続きます。」
 今年も、ダーナ募金をよろしくお願いします
ダーナとは布施(ほどこし)というインドのことばで、ほどこしは、共に分かち合うという、仏教の生活実践です。
 
在韓被爆・渡日治療者、チョ・ムソプさんの証言
 
韓国から17歳で、広島へ来ました。
原爆の爆風で吹き飛ばされ、気を失いました。
 顔面と腹にやけどを負い、出血し膿が流れました。
秋になり、ヤミ舟で帰国しました。
 出血と膿は一年間続きました。
 若い時から病気がちで、全身がかゆく脊椎が悪かったのですが、それは原爆を受けたことが原因でした。
それで、原爆病院などへ入院し、渡日治療をしました。
その後、生活に追われ、長い間病院に行きませんでした。
25年ぐらい前から急に体調を崩しました。
心臓、肺、大腸、胃などの病気で苦しんでいます。
でも私はこうして渡日治療が出来て感謝しています。
この度の渡日治療でやっと、手当てを申請できました。
しかし私は幸せなほうです。
韓国には渡日治療はもちろん、手帳や手当てをもらうために日本に来られない気の毒な人が大勢います。
こんな人たちを早く助けてください。
昨年度、報正寺ダーナ募金総額は
          36,000円でした。
布原、2,000円・大井、2,000円・
小原、3,000円・萩原、2,500円・
数舟、2,000円・本一、3,300円・
本二、6,000円・本三、9,000円・
本四、6,200円
配分
山県太田組ダーナ募金会計・・・13,000円
在韓被爆者渡日治療委員会・・・10,000円
モンゴルの砂漠植林基金へ・・・13,000円
前年度山県太田組ダーナ募金総額は
           456,570円でした。
内訳
山県太田組内医療機関へ仏教誌施本
          ・・・ 205,920円
社会福祉法人芸北福祉会・・・150,000円
安芸教区連盟委託金等 ・・・100,650円
(厚く御礼申し上げます。 報正寺)
2009年1月
親鸞聖人御命日法座のご案内           14日(水)日中・夜 15日(木)日中・夜 日中9時半・夜7時半始め 前席講話・後席話し合い 「親鸞様の御一生から学ぶもの」     住職自修
 
生きるということの再確認
 
今年も、年末、年始に、生きるということを、あらためて再確認してみたいと思います。
へいぜいは、ただ、日常のあれこれにとらわれていて、常に、生きるということについて明確に自覚して生きているわけではありません。
ただ、一生かけて、どれほど他者の苦悩や、社会の問題に向き合えるものだろうかと思います。
もっともらしいことをしゃべっても、書いても、たとえ少しでも、身近な人、周りの人や社会の苦悩や問題にどれだけ本当にかかわれるかということを思います。
いつも、仮に、報正寺が焼け、家族がみんな死んで、私が、重傷で寝たきりになり、末期がんで、命あと一ヶ月というような状態になってもなお、周りの人に、死ぬるまで、思いやりや、やさしさが注がれ、社会の諸問題を憂いて、少しでも行動が出来る私であり続けられるであろうかと思います。
私は、今まで、仏教や雑学をしてきて
人生のありかたは、何があっても、何も無くても、とにかく、どんなに最悪、最低といわれるような状況になっても、死ぬるまで、真実の自己の実現と自由、平等、博愛、平和など、真実の社会の創造を願って生きようとするということであるということを学んだように思います。
また、この世の万物を創造したという人格的な神というものの実在は信じられていません。
ただ、天地宇宙から、様々な生命を生み出した、自然法則というものは認めたいと思います。
宇宙が出来たのも、太陽や地球が出来たのも、生命が出来たのも、格別、ある意味、目的があるとは思えません。
インターネットで調べても、いずれ、はるか先ですが、星も、太陽も、無くなって永遠に冷却し続け、冷え切った光のない空爆とした空間が残り、もう物質は永遠に生成されないといいます。
ただ、いずれ、地上の生命も絶滅するとしても、目下のところ、私たちは、人間という、猿から進化した生物として存在しているということで考えてみます。
生物全般の存在目的というのは、なにより、種族保存ということだと思います。
人間は猿より大脳が発達して、知性、理性、人間性というものが猿や他の動物と違って特質です。
ですから獣の猿としてでなく、人間として生きるということの意味・目的というものを考えますと、人類保存のため、自己中心的な本能・欲望の暴走を制御し、共生、調和の博愛、平等、平和等の創造に生きてゆくということになるのではないかと思われます。
仏教は、この理性・人間性を純化して仏や浄土と象徴的に表現したものと思います。
ですから、仏教の説く生き方は、自己中心的な欲望の増長を慙愧し、制御しながらも、いつもふれますが、仏や浄土の本質としての無我、慈悲、利他、布施といった人格と社会の創造に生きようとするということになると思います。
これは、理知的な表現ですが、これを情的な味わいで表現しますと、阿弥陀様に抱かれながらも常に煩悩に狂わされて、阿弥陀様を悲しませているわが身とわが世をいといつつ、照らし導き続けてくださるお浄土に向かって、み仏とともに全ての命、あらゆる人々を御同朋と尊重し、歩ませていただこうというようなことになろうと思います。
こういう生き方を突き詰めてゆくと、物を公平に分かち合い、差別せず、暴力で解決せず、奪い殺すということのない、戦争のない、自然環境も汚染しない社会を、慙愧と共に歩むということになろうと思います。
こういう考え方が広く全人類世界に、浸透してゆくなら、社会の諸問題はより解決に向くことと思います。
又、私たちは、この人生において、やがて、まちがいなく老・病・死します。
でも、どのようなことがおきようが、又、何があろうが、何にもなかろうが、とにかく、万物をうみだし、はぐくみ、命終われば、すべてを受容する、この母なる大宇宙、大自然のはたらきにうちまかせたいように思います。
花の咲いたのも、咲かなかったのも、実の結んだのも、結べなかったのも、破れ葉も、病み葉も、終える命のすべてを受け入れる大地のあればこそ、安心しきって、木の葉も舞い散るように思います。
そして、来春の新芽の肥やしとなってやるのですね。
私たちもよりよき未来の、肥やしとなりたいものです。
こういう、人間性に基づくものが、あらゆるものの考え方の基調となったらと思います。
どんな宗教であろうと、政治であろうと、資本主義であろうと、社会主義であろうと、ここに根ざして欲しいと思います。           
 
 
2008年12月
 
派遣社員・首切りの現実と仏教
 
不況ということで、非正規の派遣社員の首切りは、胸が痛む思いです。
朝日新聞の記事を紹介します。
40代後半のマツダのエンジン組み立ての派遣社員です。
12月5日で契約が切れ、職を失います。
突然の契約打ち切りでした。
妻と五才の子の顔が浮かび、胃がキリキリ痛みました。契約は半年更新でした。
本来、年末まで働けるはずと詰め寄っても、減産による世の中の流れということでした。
首切りの派遣社員は、約1300人。
1300人の人が同じ衝撃を受けたことでしょう。
この人は数年前、自営の焼き鳥店がつぶれ、パチンコ店や契約社員などを転々とした後、マツダの派遣社員に。働く日数により、手取りは14万〜20万。
保険外交の妻は手取り10万に届かぬときも。
将来の教育費のため、月3万5千円のアパートから半額程度の県営住宅に引越し。
真面目にやればいつかマツダの正社員にとの淡い期待は打ち砕かれました。
その後、派遣会社から、関東の大手別会社を紹介されました。
でも、家族連れて不慣れな土地への転居は考えられない。
11月末、牛丼店の深夜アルバイト、自給1200円を見つけました。
アルバイトでつなぎながら、仕事紹介所のハローワークに通うつもりです。
雇用保険も半年で切れます。
全体に景気は悪いし、年も50近いし、職探しの不安もあります。
彼の言葉は、「もう派遣はイヤだ。
派遣では家族は養えない。
業種は問わないから、安定した正社員になりたい。」でした。
この記事を読んで、他人事でしかない自分を申し訳なく、恥ずかしく思います。
派遣労働というものの問題を考えます。
これは、世界の大競争の中で、企業が、勝ち残る手段に、人件費を削るために、非正規社員を増やすということで、法制化され、職種も拡大されてきたということのようです。
賃金や手当ては正社員より低く、いつでも簡単に首が切れるというものでした。
こういう労働者が、今全労働者の三分の一といいます。
会社の中で、正社員と非正規社員とで、どうしても不満や、きしみが出るはずです。
差別やいじめもあるといいます。
東京の秋葉原で、多数の殺傷事件があった犯人もトヨタの派遣社員でした。
彼の作業服が無いのを、てっきり、首を切られたと思い込んで、動揺していた状況の中で事件は起きました。
こういう、いつ首を切られるか分からないような、不安定な制度を広げた罪深さということを思います。
これは、企業の、労働者を、家庭を持ち、生活する、幸せに生きて欲しい、同じ人間という見方を失った、単に、使い捨てられる、消耗品のように扱う見方からきたものと思います。
これを法制化した、政治の責任を思い、そういう政治にしている私たちの責任も思います。
この派遣法は、特別な専門職種のみに限定し、又、本人自身が派遣労働を自ら納得するものだけに改正しなければならないと思います。
仏教には、世界の中で一人でも不遇な人がある限り、自分は幸せとはいえないという考え方があります。
まことに仏教は、物を公平に分かち、殺さず、奪わず、差別せず、お互いに尊重しあって生きられる自己と社会の創造に向かって生きてゆこうとする教えであるということをいつも忘れずに、ここに立ち返り、立ち返り生きてゆきたいと思います。
  
ドゥホボール教徒の話3  (私の感動記録)
 
ドゥホボール教徒とは、ロシアのコーカサスの山奥に発生した土俗宗教で、多い時でも信徒2、3万を超えぬ小さな信仰集団だそうです。
聖書の中の
『汝、殺すなかれ』
『汝の隣人を愛せよ』
『悪「暴力」に抵抗するに悪「暴力」をもってすることなかれ』
『貯えるな、恵まれない人に施せ』
等を中心信条としています。
更に、彼らの何より重んずるのは霊「精神」で、教会、儀式、僧侶だのといった外形的なものには一切価値を置きません。
聖像も拝まなければ礼拝にも連ならないのです。
そういう、ひたすらに平和と無抵抗主義を実行する無智で純朴な山男の集団とあります。
ロシア政府は1888年から、このドゥホボール教徒に徴兵の義務を課しました。
ただ、彼らの、暴力全面否定という宗教信条を考慮し、
殺し合いの戦場には出さないが、ただ練兵して、軍務を覚えこめばよいという約束でした。
あるとき、ドゥホボール教徒の首謀兵士は、銃を班長に返上しました。  
班長は、「そんなもの、わしの一存じゃ受け取れん」と言います。
やがて、大隊長が、もう一度服務するように言います。
なんぼ説き聞かせても「信念が許さなくなりましたから」というばかりでした。
それで、地下牢で、9日間、パンと水だけで反省をせまられました。
その間、ドゥホボール教徒の10人の仲間は首謀の仲間が牢にぶち込まれていることを知り、彼らも銃を返しました。
軍法会議に回される前、憲兵が何度も死刑だ、銃殺だと脅しましたが決意は変えませんでした。
判決は、首謀者3年、同調者2年というものでした。
検事は、刑が軽いということで、上告しました。
この事件以後、ドゥホボール教徒の兵隊には、兵役を拒否するものがあちこち現れ始めました。
これは、国教のギリシャ正教の信者の兵士にも影響し、兵役拒否を申し出るものが出ました。
チフリス軍法会議所での裁判官とのやり取りがあります。
問  貴様のようなヤツがどうしてキリスト教徒といえるか・・・・何派の信者だ?
答  妙なことを申されます。
あなたはキリスト教徒というのが、どういうものか、ご存知ありませんか。
イエスキリストを信じ、神様の教えを守るものは、みんなキリスト教徒でござります。
問  それでもロシヤ皇帝陛下の国民でいるつもりか?
答  税金はロシヤの天子様に納めております。
しかしイエスキリストに従うものでござります。
問  どこの国に住んでいるかと聞いているんだ。
答  神様の国でござりますよ。
問  そこの統治者は誰で、誰に服従しているのだ?
答  自分たちの住む国の主人であられます神様に服従しております。
問  神の国に住み、神にのみ従うというのなら、皇帝陛下は認めぬものと察するがどうか?
答  天子様を特別にどうということは考えません。 しかし、この地球とこの地球に住んでいる一切のものを創造なされたのは神様だということを忘れてはならぬと存じております。
問  別段、皇帝陛下を承認しないのではなさそうだな。 だのになぜ兵役の義務に服さないのだ?
答  自分勝手な一存ではありません。
キリストの信者ですから、人に危害を加えることが許されぬだけのことでござります。
キリスト教徒は、生きている人みんなの自由を尊重して、人類同胞を殺すなどとは、とんでもないことでござります。
問  誰に教わったのか?
答  神様のお言葉に教えられました。
モーゼの十戒に殺すなかれとござります。
問  人殺しをせよなどと誰が要求した。
誰もそんな命令は出しはせんではないか?
答  妙なことを。  軍事教練をしておいて、人殺しを要求せんなどとどうしていえます。
人は、一人一人すべて生きた神様の殿堂だと信じておりますから、それに鉄砲を向けることは絶対に出来ないのでござります。    「次回に続きます」
 

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