曹丕は一瞬目を疑った。

今目の前で槍を振るい戦う人物。

出会ってから十年近く、ただの一度も忘れた事の無い人。

圧倒的な数の魏兵のなかで、たった一人で駆け抜けるその姿。

初めて出会ったときは、彼がまさか武将であるなどとは思いもしなかった。

何処か線が細く、穏やかな表情をしていた。

数年後に彼が父の敵である劉備の配下であると知った時は心底驚いたものだった。

あの細い腕で一体どのように闘っているのか、不思議で仕方が無かった。

しかし今の目前で敵を蹴散らす彼。

あの頃と比べて容姿は余り変わっていない気がする。

むしろ時を経た分だけ、その清廉な美しさは増している気がする。

にもかかわらず、名だたる武将達に一歩も引けを取らないその強さ。

槍を振るうその姿すら、まるで舞っているかのようで、曹丕は目を奪わずに入られなかった。

―その姿龍の如く―

かつての父の言葉を思い出す。

まさしくその通りだと曹丕は思う。

「なるほど・・・父が一目見るなりお前を欲した訳が・・・解る気がするな。子龍よ。」

壇上で自分を見つめる曹丕に気付いているのか、趙雲はただ一心に槍を振るい続けている。

見事なものだ、と曹丕は思わざるを得ない。

先ほどから魏兵の誰一人として、彼に傷一つつける事すら出来ていないのだ。

「武器を持て・・・」

曹丕の言葉に、傍に控えていた司馬懿が怪訝な顔をする。

「しかし・・・」

「我が目の前であれだけの力を見せ付けてくれたのだ。敬意は表さねばなるまい。」

不遜に笑む曹丕に、司馬懿は眉をひそめた。

「一介の武将の為に、わざわざ貴方が出る必要も無いでしょう。」

あえて感情を現さずに言う司馬懿に、曹丕はニヤリと笑う。

「我がもしもここで死ねば・・・お前にとっても良い事ではないのか?」

そんな曹丕の言葉に、司馬懿は微かに反応を見せる。

「何をおっしゃっておられるのか、解りかねます・・・」

(この男は・・・暗愚ではない・・・)

口では何の事か解らぬと惚けながらも、司馬懿は思わずにはいられない。

「帝位が欲しければくれてやる。だが、我の邪魔はするな。」

司馬懿は思わず目を見開き、しかしそれ以上は何も言わず下官に「曹丕様の武器をお持ちしろ」と命じた。

程なくして下官が運んできた武器を曹丕は手にとる。

心から面白げに笑い、背後に控える司馬懿に声だけをかける。

「貴様もまだまだだな。どうせなら最期までその姿勢を崩さずに置いてみろ。そうすれば騙されておいてやる。」

それだけ言うと、己の愛剣を携え一気に走り出した。

残された司馬懿は、忌々しげに曹丕が去った方向を睨みつけるだけだった。

 

 

 

 

 

 

趙雲はただ一心に槍を振るい続けた。

ここで討ち取られる気持ちなど毛頭無い。

少なくとも、これだけの敵兵を目の前にしてもそれだけの自身があった。

「随分と・・・派手に暴れたものだな・・・これだけの兵を目の前にして一歩も引けを取らぬとは、

さすがと言うべきか。」

顔を見ずともその声の主はわかっていた。

「お久しぶりです・・・子桓殿。お元気そうでなによりです。」

今の状況にはそぐわない、どこか落ち着いた口調で趙雲は曹丕を見る。

「お前もな・・・」

そんな趙雲に、曹丕はかすかに苦笑いを浮かべた。

回りの兵達といえば、突然現れた主君の姿に、目を白黒させている。

まさか、ここで斬りかかるわけにもいかず、どうしていいのか解らないままに、己が主君の姿と、

敵将を交互に見つめ続けた。

「貴様らは下がれ。」

唐突な命に兵達はにわかにざわめいた。

「しかし・・・」

その中の一人が戸惑ったように言うのを、曹丕は一括する。

「下がれと言ったのが聞こえなかったのか!」

その怒声に怯えたように、一人また一人とその場を離れていく。

かといって退却する訳にも行かず、少しはなれた場所に待機しただけであったが。

しかし曹丕はそれに満足したように笑い、そして己の得物を構えた。

趙雲もまたそれを見越したように己の槍を構えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「一度・・・お前と剣を交えてみたかった。」

曹丕の言葉に、趙雲は静かに微笑んだ。

次の瞬間、曹丕は趙雲に斬りかかる。

それをあっさりと受け止めるが、余りの攻撃の重さに趙雲は微かに顔をしかめた。

一歩後退すると、再びその槍を握りなおす。

回りのものたちはその様子を固唾を飲んで見守ることしか出来ない。

曹丕も趙雲も最初の一撃以降、全くといって動かなかった。

ただ御互いにじっと相手を見据えたまま、ピクリともしない。

 

そんな二人の姿を、司馬懿は壇上からじっと見据えていた。

「面白くない・・・」

口ではそう呟くも、決して目を逸らす事の出来ない自分に歯噛みする。

だからと言って、このままにらみ合いばかりが続いていては埒があかない。

司馬懿は思いついたように、口を覆っていた羽扇を手放す。

彼の手から離れた羽扇はゆっくり落下し、やがて地に落ちた。

その瞬間、曹丕と趙雲は一気に御互いに向かって駈ける。

 

ギンッ

 

目もとまらぬ程の攻撃に、誰もが息を飲んだ。

勝負は互角に見えた。

だが、圧倒的に不利なのは趙雲の方だ、と司馬懿は思う。

互いの力量が同等であっても、彼の周りには敵しかいないのだ。

いざとなれば、回りの兵達は主君を守る為に、彼に一斉攻撃をしかけるはずである。

と、その時・・・

「司馬懿殿・・・」

慌てたような下官の姿に、何事だとそちらを見る。

「蜀軍が後方より迫ってきております。」

その瞬間、司馬懿は理解する。

「なるほど、あの男は目くらましか・・・」

この軍勢の中をただ一人で突撃してくれば、注意はその人物へといくであろう。

それが、かつて百万の兵の中を単騎で駆け抜け、今もまた圧倒的な敵の中をただ一人駆け抜ける

ことが出来るほどの人物であればなおさらだ。

実際、無謀な事と思いながらも、誰一人として彼に傷一つつける事は敵わなかったのだ。

「おのれ・・・諸葛亮・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


二ヶ月ぶりか・・・一応年末にはupしようと仕上げていたのに・・・
すいません、最近サボりまくりです(涙)
とりあえず、丕趙で前回の続きのつもり。
んでもって、念願の無双4OPネタ〜♪♪(え?遅い?)
ちなみに続いています・・・ちょっと懿丕が
入っているのは多分誰かさんのせいです・・・