「蜀軍が後方より迫っております。すぐに本陣へとお戻りください!」

突然の報告に、曹丕は思わず構えを解いた。

それがどれほど危険な事とは解っていても、少なくとも今目の前にいる彼は自分に斬りかかって

は来ないだろうと言う事が解っていた。

「なるほどな・・・そう言うことか。」

どこか面白そうに笑う曹丕に、趙雲もまた構えを解いた。

「てっきり俺に会いに来たのだと思っていたぞ。」

不遜な笑みで言う曹丕に、趙雲もまた笑う。

「貴方に会いに来たんです。」

笑みを浮かべたままに言う趙雲の言葉に、曹丕は微かに目を見張った。

「貴方に・・・ずっと会いたかったから・・・」

思いもかけぬ趙雲の言葉に、曹丕はただじっと彼を見つめる事しか出来なかった。

「曹丕様!!」

気付けば、魏兵ばかりであったはずの周りには、蜀兵の姿が増え始めている。

兵士の一人は、何時までもその場から離れようとはしない曹丕にじれた様に声をかける。

だが、そんな声すら耳に入らぬように、曹丕はただじっと趙雲の姿を見つめた。

「俺もだ・・・ずっとお前に会いたかった・・・」

そんな曹丕の言葉に、趙雲は微かに微笑んだ。

 

「無事か、趙雲殿!」

息を切らせて走ってくる馬超の姿を、趙雲は横目で微かに見ると、それには答えず再び曹丕を見つめる。

馬超に続き、蜀の名だたる武将が次々と姿を現す。

それでもその場から動こうとはしない曹丕に兵士が悲痛な顔になる。

「お願いです、曹丕様。どうか本陣へとお戻りを・・・」

しかしそれでも尚、曹丕は動こうとはしなかった。

 

 

「司馬懿殿!」

悲痛な声で駆け寄ってくる兵士に、司馬懿はこの忙しい時に声をかけるなとばかりに、そちらを見る。

「曹丕様が!!」

兵士の言葉に、思わず眉をひそめる。

「曹丕様がいかがなされた?」

「それが・・・」

 

 

 

 

 

 

兵士よりの報告を受け、司馬懿は急いで再び元の場所へと戻る。

その視線の先には、その場所からピクリとも動こうとしない曹丕の姿。回りには、趙雲だけでは

なく、名だたる蜀の名将達の姿も見える。

司馬懿は歯噛みする。

「死にたいのか、あの男は・・・」

今奴に死なれては困るのだ、とばかりに回に控えていた者に、すぐさま救援に向かえと命じた。

(果たして彼に死なれては困るから・・・それだけなのだろうか?)

司馬懿はふと思う。

曹操は彼の存在を決して心から信用することはしなかった。

司馬懿自身、その心に野心があっただけに、反論する事は無かった。

だが、息子の曹丕が後を次いで自分を抜擢した時は、思わずほくそえんだものだ。この男は、父

の曹操ほどの器ではないと。

だが彼は自分の野心に気付いていた。

気付いていながらもあえて自分を傍に置き続けた。

その瞬間、司馬懿の心に今までに無い感情が沸き起こる。

そしてその直後に意を決したように走り出した。

 

一方見つめあったまま決して動こうとはしない曹丕と趙雲を、周りの者たちはただどうして良いか

解らぬままに見守っている。

「おい、趙雲!」

じれた様に馬超が叫ぶが、趙雲は答えない。

 

「探し人は・・・見付かったようだな。」

回りを漂う緊張感など関係ないかのように、曹丕は優しく囁いた。

「はい・・・」

その笑みを絶やさぬまま、趙雲はそれに答える。

「今は・・・幸せなのだな?」

「はい・・・」

「そうか・・・ならば良い。」

そう言って穏やかに笑う曹丕を、趙雲は少し寂しげに見つめた。

 

「曹丕さま!!」

何度目か解らない兵の声に、曹丕はようやく兵を見た。

「・・・!」

そこにいたのは意外にも司馬懿。

「意外だな・・・我を心配した訳でもあるまい・・・」

皮肉をこめて言う曹丕に、司馬懿は「お戻りを・・・」と小さく頭を下げる。

しかし、そんな司馬懿の意に反して曹丕は再び趙雲の方に向きなおり、手を差し伸べる。

「子龍・・・」

呼ばれて思わず、趙雲はハッとしたように曹丕を見返す。

「俺と来い・・・」

静かな、しかし有無を言わせぬ物言いであった。

趙雲は微かに目を見張り、しかし小さく笑う。

「行きません」

迷いの欠片すら見せぬ、趙雲の言葉だった。

 

 

 

 

 

 

「行きません・・・私のいるべき所は・・・ここでは無い・・・」

はっきりとした拒絶の言葉に、曹丕は思わず苦笑いする。

そう、解りきっていた答えだった。

それでも言わずにはいられなかった。

「そう言うと思っていた・・・」

そして趙雲は決意したように零す。

「貴方にずっと会いたかった・・・貴方と出会ってから、私は一度として貴方を忘れた事はあり

ません。」

「それは俺も同じだ。」

どこか穏やかな二人の雰囲気に、周りのものはただどうしていいのか解らずに途方に暮れている

ばかりだった。

ただ一人、魏延のみが少し寂しげに趙雲を見つめている。

「本当は・・・全てを捨てても、貴方と共に生きる事が出来れば・・・そう思っていました。

でも・・・ここに来る前に決めてきました。」

そんな趙雲を曹丕はただ黙って見つめる。

「貴方を・・・愛していました。」

「・・・過去形なのだな。」

「はい。過去形です。」

そう言って趙雲は微笑む。

「今日ここで貴方に会って、貴方のことを思うのはこれで最期にしようと決めてきました。」

そしてそっと耳につけたままの飾を外すと、曹丕に差し出す。

「これをお返ししたかったんです。」

曹丕はその飾をただじっと見つめた。

それを受け取るべきか否か、迷っているようでもあった。

しかしフッと笑うと、差し出された手をつき返す。

「これは救ってもらった礼としてお前にやったものだ。必要ないならば売るなり捨てるなりする

がいい。」

そして、そのまま踵を返す。

「行くぞ・・・」

「しかし・・・」

曹丕の言葉に、司馬懿は思わず目を見張る。

今この場にいるのは蜀の重鎮ばかりである。

それを見過ごしていくというのか・・・

「構わん・・・行くぞ。」

再び先ほどよりもやや強めに言われた曹丕の言葉に、司馬懿は諦めたように息をつくと、そのま

ま歩き出した彼の後に続いた。

趙雲はそんな曹丕を見つめると、小さく頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


今更なネタですが、ぴー様は絶対に司馬懿の思惑とかって気付いてそうですよね。
気付いた上で、あえて何も言わないって感じで。
どうでもいい話ですが遥かなる時空の中で3十六夜記と言う作品(KOEI)に藤原泰衡という人物がいるんだけど
なんか、雰囲気とか姿とか・・・ぴー様に似てて私的にかなり萌えてます。
にしても、ぴー様と子龍はなんとなく、お互い思いあっていても結局くっつかないってイメージが強いです。
なんとなくなんとなくですが・・・
もっとラブラブ(笑)な二人も書いてみたいものですが。