隻影 前 

 

 

 

「貴方が好きだ!」

突然の告白に、趙雲は目を丸くする。

目の前には顔を真っ赤にした馬超がいる。

趙雲はそんな馬超を見つめながら、考え込む。

そしてようやく思いついたようににっこりと微笑んだ。

「私も馬超殿が好きですよ。」

「本当か!?」

趙雲の答えに、馬超は満面の笑みを浮かべる。

と、その時・・・

 

「ちなみに、趙雲殿の言われる好きは、恐らく仲間としての好きだと思いますよ。」

背後にどす黒いオーラを背負い、何時の間に現れたのか孔明が言った。

「手前ぇ、立ち聞きしてやがったのか!」

爽やかな笑みを絶やさない孔明を、馬超はねめつける。

「おや、馬将軍ともあろうお方が、武将でもない私如きの気配すら感じる事が出来ないとは。

・・・貴方武将に向いていないのではないですか?さっさと引退して故郷にでも帰ったらど

うです。」

しれっと答える孔明に、思わず槍を突きつける。

「おや、言葉が足りないからといって、すぐに暴力ですか。これだから野蛮人は嫌ですね・・・」

見るに耐えないといった風に、孔明が白羽扇で顔を覆った。

「この腹黒軍師が・・・」

「第一、この場にいるのは私だけではありませんよ。」

「へ?」

孔明の言葉に、馬超はようやく周りにいる人物達に気付いた。

そこには孔明をはじめ、従弟の馬岱やこの国の主君である劉備。

そしてその義弟である関羽と張飛までいる。

「馬超殿、気付いていなかったのですか?」

意外だというように趙雲が言う。

「大方、目の前の趙雲殿しか見えていなかったのでしょう。これでよく五虎将軍などと

言えるものです。」

「てめぇ〜!!」

「無駄ですよ従兄上。口で勝てるはず無いでしょう。」

「岱・・・」

「せっかく一大決心をしての告白だったのに、残念だったなぁ」

ガハハハといつもの如く豪快に笑う張飛の言葉に、馬超は思い出したように趙雲につめよった。

「趙雲どの、先ほどの答えは・・・」

「はい。ですから私も馬超殿のことが好きです。大切な仲間ですから。」

輝かんばかりの笑みであっさりと言った趙雲の言葉に、馬超は燃え尽きたようにその場に崩れ落

ちた。

 

 

 

 

 

 

「で・・・結局の所、お前は好きな奴っているのか。」

燃え尽きたまま、真っ白の馬超は放っておき、張飛が尋ねた。

「私は皆さんの事とても好きですよ。」

相変わらず笑顔のままで趙雲が答える。

「そうじゃねぇだろ・・・子龍・・・」

呆れたように言う張飛に、趙雲は不思議そうに首をかしげた。

「無駄だ翼徳。あきらめろ。」

やや遠い目で諦めたように関羽が言う。

「聞き方が悪いのだな。」

ニコニコと笑みを浮かべながら、玄徳は趙雲のほうを向いた。

「子龍よ。そなた愛しいと思える人物はいるのか?」

「・・・そ、それは・・・い、いません・・・」

玄徳の言葉に顔を赤らめて否定する趙雲に、その場にいた者は思う。

 

((((絶対いるな・・・))))

 

「誰なんだ!!!」

噛み付かんばかりの勢いで問い詰める馬超にやや後ずさりしながら、趙雲は思わず口ごもる。

「いえ・・・あの・・・」

どうやらその人物の名を言うのを躊躇っているらしく、趙雲は顔を真っ赤にしながらも俯いた。

「安心してください。無理に聞き出そうとは思っておりませんよ。」

爽やかな、しかし見るものが見れば凍りつきそうな笑顔での孔明の言葉に、趙雲は明らかにホッ

とした様子を見せた。

「ただ、せめてどのような容貌なのかぐらい、お聞かせ願えませんか?」

「え・・・しかし・・・」

尚も言う事を躊躇う趙雲に、孔明は悲しげにため息を付く。

「私は、貴方が心配なのですよ。貴方は常日頃からどこかの誰かと違ってほとんど休む暇も無く

公務に励んでおられます。せめて貴方のそのお心を癒してくれる方がいれば・・・と思い、しか

しそんな方がおられるような素振りは全く無い。そんな貴方に思う方がおられるのであれば、及

ばずながらも何か出来たらと・・・・」

「軍師殿・・・」

「もしもその方の容貌を言われるのも躊躇われるのであれば、どのような方なのかだけでもお聞

かせ願えれば・・・」

「それくらいでしたら・・・」

(フッ・・・他愛も無い。どのような人物かさえわかれば、私の智略を持ってすればすぐに相手

を突き止めて見せます。趙雲殿には残念ですがその人物には消えてもらわなければなりませんね

・・・フフフフ・・・)

表面上は穏やかに、しかし心の中では凶悪な笑みを浮かべ孔明は考える。

 

「孔明のやろう、絶対何かたくらんでやがるな。」

「アイツの腹黒さに気付いていないのは、兄者と子龍ぐらいなもんだぜ。」

孔明に聞こえないようにぼそぼそと話す馬超と張飛は、次の瞬間凍りつく。

「何かおっしゃいましたか。」

思わず真っ青になって首をブンブンと振る二人であった。

 

 

 

 

 

 

「で、どのような方なのですか。」

「えっと・・・」

しばし考える素振りを見せて、趙雲は決意したように口を開く。

「あ、ちなみにお優しい方です、だのお強い方ですだのという、性格の一部のみを言うのは止

めにしましょうね。」

「・・・はい・・・」

考えていた事を、ものの見事に見透かされ趙雲は観念したように肩を落とした。

「えっと・・・とても寂しい方です。いつも誰かに救いを求めているようで・・・けれどそれを

決して口に出す事は出来ない、不器用な方です。けれどとても誇り高く・・・強い方です。」

趙雲の瞳は何処までも穏やかだ。孔明も馬超も思わず見とれる。

「それから?」

孔明の問いに(まだ言わなければいけないのか・・・)と思い、趙雲は微かに考える。

「背は高い方ですね。体格もしっかりしていらっしゃいます。武力もかなりのものを持っていら

っしゃいます。」

「ほう・・・それから?」

「え・・・まだ言わなければいけませんか。」

「当然です。」

孔明の言葉に趙雲はどうしようかと考え込む。

「あの・・・少し変わった格好をされておられます。」

「ほう?」

「いつも片言で話されて・・・」

「ん?」

「容姿は・・・あまりこだわらないので・・・というか見えませんし。」

「・・・」

「常に仮面をつけられていますので・・・」

 

その場にいた者の脳裏に一人の人物像が過ぎる。

というか、そんな奴は三国探しても一人しかいない。

「あ・・・私はそろそろ・・・・」

額に冷や汗を浮かべて、趙雲は放心したような孔明・・・というか孔明達を置いて、こっそりと

その場を逃げ出す。

 

趙雲が部屋を抜け出すのを見送りながら、張飛が意外だと言うようにポツリと言う。

「へぇ・・・意外な趣味だな、アイツ・・・」

「というか・・・妙に具体的に話したな・・・」

「そうか子龍はあのような者が好みであったか・・・」

などと話している桃園三兄弟の姿を尻目に、孔明と馬超は燃え尽きたように放心したままピクリと

も動かない。

「お〜い。お二人さん、大丈夫か〜?」

面白そうに声をかける張飛の表情が、次の瞬間には引きつった。

 

「「おのれ、魏延めぇぇぇぇぇ!!!」」

 

綺麗に揃った二人の声が城中に響き渡ったのは、よく晴れた昼下がりの事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


丕趙のつもりだったが・・・あれ?
言うまでも無いですが、子龍さんの想い人は魏延・・・ではなくぴー様です。
一応、面影、忘れられない・・・の続きになります。
思った以上に話が進まなかったので分ける・・・
次で完結・・・のはず。