隻影 後 

 

 

 

「魏延殿・・・」

黒いオーラを身に纏っての軍師スマイルで、孔明は魏延に話し掛けた。

後には不機嫌そうな馬超の姿もある。

「何ダ・・・?」

「貴方は・・・趙雲殿のことをどう思っておられますか?」

にっこりと笑みを浮かべたまま問ってくる孔明に、魏延は思わず首をかしげる。

「仲間ダ・・・」

「それ以外の感情は?」

そう問ったのは馬超である。

「ヨク・・・解ラナイ・・・何故ソンナ事・・・聞ク??」

仮面に覆われている為その表情は窺い知れないが、突然の孔明と馬超の問いに魏延は戸惑いを隠せ

ないようだ。

まあ当然と言えば当然なのだろうが。

「では、もし趙雲殿があなたに想いを伝えたとしたら、貴方はそれにどう答えますか?」

「何ヲ言ッテイル?」

「それくらいにしておいたらどうだ?」

苦笑いを浮かべながら近づいてくる玄徳に、二人はようやく詰め寄っていた魏延から離れた。

「何ダ・・・?」

「趙雲殿に想い人がおられるようで、それを誰かと聞いたんです。」

先ほどよりもやや落ち着いた風に孔明が口を開く。

「名前こそ言われませんでしたが・・・」

「ダッタラ俺違ウ・・・」

「この世の何処を探したら仮面で顔を隠して片言で話す、体格のいい男がいるっていうんだ!!」

思わず声を荒げる馬超に玄徳は諭すようにたしなめる。

「止めなさい。別に魏延が悪い訳ではないだろう。というか、別に誰が誰を思っても良いではない

か。」

呆れ気味の主を、孔明も馬超も恨みがましい目で見る。

そんな二人に対し玄徳は思わずため息をつく。

「魏延よ、余り気にすることは無い。すまなかったな、行くがいい。」

「・・・・・・」

まだ何かを言いたげな孔明と馬超であったが、主君にそういわれれば仕方が無い。

訳が解らないといった感のままその場を後にする魏延の後姿を、ただ恨みがましい目で見つめる

だけだった。

 

 

 

 

 

 

「どう言う事だ・・・?」

凄まじい形相で自分をにらみつけてくるその視線に、趙雲は心底申し訳なさそうに肩をすくめた。

「すみません・・・つい・・・他に誰も思いつかなかったもので・・・」

「だからって俺を引き合いに出すか?」

「本当にすいません・・・」

そう言って頭を下げる趙雲を見て、魏延は大きなため息を付いた。

「で、結局の所お前の想い人とは誰だ?」

「それは・・・」

思わず口ごもる趙雲を魏延はギロリと一瞥する。

「ただでさえ俺は軍師に嫌われているんだ。お前があんな事を言えば、更に風当たりが強くなるん

だぞ。聞く権利はある筈だ。」

「だって文長しか思いつかなかったから・・・」

「だから俺を引き合いに出すな!」

「すみません・・・」

「で・・・誰だ?」

「ちなみに文長は何故顔を隠して、片言でしか話せないフリをしているんですか?」

「はぐらかすな」

「うぅ・・・・」

尚も怒りに満ちた表情で言ってくる魏延に趙雲はついに観念したようだった。

「誰にも・・・言いませんか?」

「別に俺が言った所で、聞く耳を持つ奴はいないだろう。」

「ダメです。約束してください。」

「・・・解った。約束する。」

魏延の言葉に、趙雲はそっと耳打ちする。

そしてその名を聞いた途端、ようやく理解する。

「・・・それは・・・確かに言えんな・・・」

小さくため息を付く魏延に、趙雲は少し悲しげな顔をした。

「私も後から知ったんです。彼が・・・」

微かに苦笑いをうかべながら、小さくため息をつく趙雲を見つめる魏延の瞳からは、先ほどの怒り

は消えうせていた。

「まさか彼が曹操殿の嫡子であるとは思いもしませんでしたので・・・」

 

 

 

 

 

 

 

長い沈黙の後、趙雲はようやく曹丕との出会いから今までの事をポツリともらし始めた。

もちろん全てを語った訳ではないが。

ようやく語り終えた趙雲に魏延は問いかける。

「だったら何故魏に行かなかった?」

「私は殿を・・・裏切る事は出来ません。」

解りきった答えではあった。

「言い直そう。その時、曹丕と一緒に行けば劉備を裏切った事にはなら無かったのではないか?」

魏延の言葉に、趙雲は思わずハッとなる。

そう、あの時確かに彼は「共に来ないか」と言ってくれたのだ。

何故あの時彼と共に行かなかったのだろうか。

劉備に焦がれ探していたというのは単なる言い訳だ。

ただ余りにも彼が似すぎていたから、怖くなったのだ。

彼と亡き人を重ねてしまう自分が。

答えない趙雲に魏延は何度目か解らないため息を付いた。

「お前、魏に行け。」

魏延の言葉に趙雲は目を見開く。

「魏の曹操はお前を欲していると聞く。もろ手を上げて歓迎してくれると思うぞ。」

趙雲は小さく頭をふった。

「私は・・・殿を裏切る事は出来ません。」

「模範解答だな。ではお前自身の心はどうなる?これほど長い間、ただ一人を想い続けた

お前の心は・・・」

彼がそれを出来ない人間だと言う事は魏延自身もよくわかっていた。

「全く、真直ぐすぎる気性の持ち主と言うのは・・・損なものだ。」

魏延は小さく微笑む。

「解っている。お前がそんな事を出来る人間で無い事は・・・詮無い事を言った。」

俯いたままの趙雲に、魏延は素直に詫びる。

「まあ・・・」

ふいに趙雲が呟いた。

「どうした?」

「まあ、彼が敵国の方だとわかった時点で、まあ仕方ないか〜と思ったんですけどね。」

妙にあっけらかんとした趙雲の言葉に、魏延は思わずこけそうになる。

「別に彼のことが嫌いになったとか、そう言うわけではないっていうか・・・むしろ今も彼の

ことを思っているのには変わりは無いのですけどね。」

何時までも悩んでいるのも性に合わないですからね。とにっこりと微笑む趙雲に魏延は思わず

頭を抱える。

「戦場で見える事があるとは思わないのか・・・」

「そうなったらそうなったで・・・その時になれば何とかなるかな〜なんて・・・」

何処までも前向きな趙雲に、魏延は小さく笑う。

「まあお前のそう言う所、嫌いではないがな。」

魏延の言葉に、趙雲は嬉しそうに微笑んだ。

 

「所で先ほども聞きましたが、文長は何故顔を隠して片言しか離せないフリをするんですか?」

思い出したように問ってくる趙雲に、今度は魏延が言葉に詰まった。

「・・・こっちの方が楽だからだ。ありとあらゆる意味でな。」

魏延のそっけない答えに、趙雲は楽しそうに笑い声をあげた。

 

 

 

魏延の部屋を後にして、趙雲はふと外を見つめた。

本当の所何とかなるなんて思ってはいなかった。

もしも戦場で彼に会ってしまったとき、自分がどうなってしまうのか、想像もつかない。

ただ、趙雲は今この時間を大切にしたいと思う。

大切な人たちに包まれ、穏やかに生きる事の出来るこの時間を。

「子桓殿・・・」

いとおしむようにそっと彼に貰った耳飾に触れ彼の人の名を呟く。

永い時を経た今も、その思いは色あせる事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


別人魏延・・・三国志にはまった当初の魏延のイメージがこんなだったもので
初めて無双の魏延を見たときは、なんじゃこりゃぁ〜!
と大爆笑したものです・・・
私のイメージでは魏延はどうも、可愛そうな人ってイメージがあるんですよね。
昔はそうでもなかったけど、無双の頃になって特に思うようになりました。
馬超と張飛もそうですが、私は魏延と子龍は良いお友達だと思っています。
にしても、丕趙といいながら、どうも丕趙っぽくない気がする・・・