大切なもの
玄徳はその日、城下に広がる景色を見ていた。 長い放浪の末にようやく手に入れた国。大切な仲間達。 「長かったな・・・」 小さく呟いて、静かに微笑んだ。 「兄者、此処にいたのか。」 ふいにかけられた声に、何時の間に現れたのかそこには、最初から共に歩み続けた義兄弟の姿。 「雲長、翼徳・・・お前達には本当に苦労をかけたな。」 笑みを浮かべたまま、労いの言葉をかける。 「なんだよ、急に。」 やや顔を赤らめて張飛が言う。隣で関羽も気恥ずかしげに笑う。そんな二人を、こちらも気恥ず かしげに見つめながら、劉備はふと気になって問い掛ける。 「そういえば・・・お前達には大切なものはあるのか?」 途端に怪訝そうな顔になる二人。劉備は苦笑いを浮かべる。 「いや、難しく考えることも無い。今まで放浪を重ねていただろう。お前達に、大切な物を作 る時間も与える事が出来なかったのでは・・・と気になってな。」 他意はないと笑う玄徳に、二人が微かに考えるそぶりをみせる。 しばし考えるそぶりを見せ先に口を開いたのは張飛だった。 「そうだな・・・」 そんな張飛を、少し期待がかった瞳で玄徳が見つめる。 もし、その瞳に彼ら二人が気付いていたのなら、こんな結果にはならなかったのだろうか・・・ そして玄徳の期待に満ちた視線に気付かぬまま張飛は言う。 「やっぱ酒だな!!」 途端に玄徳の表情がひび割れる。 しかし張飛はそんな彼の様子に気付かない。 「酒さえあれば、嫌な事を忘れられるし。何より茶は酒の代わりにはならないが、酒は茶の 代わりにもなる。こんな素晴らしいものはないだろう!!」 そう言ってガハハハと笑う張飛に何時の間に現れたのか、孔明が小さく突っ込む。 「それは大切なものではなく嗜好品というのでは・・・?」 隣で関羽が同意したように頷く。 そんな孔明を横目で見て、しかしすぐに気をとりなし玄徳は関羽に問い掛ける。 「雲長・・・お前はどうなんだ?」 「髭ですね。」 間髪いれずに言う関羽の答えに玄徳の表情が再びひび割れる。 「某は、この髭の手入れには本当に気を使っております。その甲斐あってか今では美髭公と も呼ばれるようになりました。この髭無くては、関羽雲長。この先、生きてはおれません!!」 妙に力説する関羽を少し覚めた目で見る孔明。 「・・・髪は女の命とやらなんとやら言いますが・・・それと似たようなものなんでしょう ねぇ・・・まあ、私には理解出来ませんがね・・・」 隣で今度は張飛が大きく頷いた。 しかし、そんな孔明の言葉を聞いてか聞かずか、玄徳はキッとした目で今度は、孔明に問い掛ける。 「孔明!!お主にとっての大切なものとは何だ!?」 そんな玄徳にしれっとした顔で一言。 「そんなのこの白羽扇にきまってるじゃないですか。」 次の瞬間何かがひび割れる音がしたのは、果たして気のせいだろうか。 最もその場にいる誰も気付かなかったようだが。 「諸葛孔明といえば白羽扇。この白羽扇なくてどうして私という存在が語れましょう?」 こちらも妙に力説する孔明。 「それって雲長兄者の自分の髭が大切ってのと、大して変わんねぇじゃんかよ・・・」 ぼそっと呟く張飛。途端に輝かんばかりの笑顔で 「何か言いましたか?」 と言う孔明に、思わず何も言えず首をぶんぶんと横に振る。 とその時・・・ 「お・・・こんな処に居たのか。おい、丞相さんよ。子龍が探して・・・」 そこに現れたのは馬超。 藁をもすがるかのように、現れた馬超に玄徳は詰め寄る。 鬼気迫るとはこう言う事を言うのだろうか。 余りの迫力に馬超は引きつった顔で思わず後ずさる。 顔に青筋が立って見えるのは、気のせいではないはずだ。 「お前の!!」 「はい?」 「お前の一番大切なものはなんだ、馬超!?」 「そりゃぁ・・・」 さも当然というかのように馬超が口を開こうとした寸前 「ちなみに、正義が一番とか馬が一番とか言うのは無しだ!」 先手を打たれた。 「子龍だろ」 しかし、そんな玄徳に対ししれっと答える馬超。 「なあ、兄者・・・あの二人ってやっぱり・・・」 「翼徳・・・深く考えるな。」 後でぼそぼそと小声で話す関羽と張飛の姿が次の瞬間には凍りつく。 そこには全身からどす黒いオーラをかもし出す孔明の姿があった。 「ちぃっ。やはり、あの馬を早々に何とかせねばなりませんね・・・」 恐らくは心の中で呟いたつもりであったのだろうが・・・ 『こ、声に出てるぜ・・・軍師さんよ・・・』 あくまで心の中で突っ込む張飛であった。 「兄者・・・どうかしたんですか?」 その時になってようやく玄徳の様子に気付いたのか、関羽が問い掛ける。 しかし玄徳はあさっての方向を見つめたまま何も答えない。 他の三人もそんな様子に気付き心配げな顔を見せる。 しかし、そんな四人の気遣いにも答えず何処か遠くを見つめ る玄徳に、これはただ事ではない・・・と思い始めた時、 「皆さん、こちらにいらしたのですね」 と入ってきたのは趙雲。 あたりに漂う気まずさに気付いているのか、いないのか・・・ 「探しましたよ」と爽やかな顔で笑う。 と、次の瞬間・・・ 「子龍!!!!!」 「はいっっっ!!」 唐突にかけられた声に、思わず背筋をピンと伸ばす趙雲。 恐ろしいまでの形相でつかみかかってくるかの如き玄徳に、思わず逃げ腰になりながらも、 持ち前の忠誠心でなんとかそれに耐える辺りが先ほどの馬超との違いであろう。 『忠義に厚い子龍ならば・・・必ずや!!!』 などと玄徳が思っているとは思いもせず、それでも血走った目で自分を見つめる主に、やや 引きつりながらもその言葉を待つ。 「お前の!!!一番大切なものはなんだ!!!!!」 「・・・はい?」 かけられた意外な問いかけに、一瞬真っ白になる。しかし、玄徳のあまりにも必至な形相 に何かを答えねばと思い、しかし考えるまでも無くあっさりと言う。 「私は、この国につかえている身なのですよ。そんなのは聞くまでも無いでしょう?」 そんな趙雲の言葉に、玄徳の顔が輝いた。 「私の大切なものは・・・」 「大切なものは・・・?」 後の三人も思わず期待がかった瞳で趙雲を見つめている。 「阿斗様に決まってるじゃないですか!!!」 その拳を握り締め、声高らかに趙雲が言う。 「ちょっと待て、俺じゃないのか!?」 と抗議の声を上げる馬超に対し、それでも笑顔で再び言う。 「阿斗様です。」 その瞬間、玄徳の中で何かがぷっつりと切れた。 「やっぱりなぁ」とか「趙雲らしいなぁ」などと言うギャラリーの言葉を背後に聞きな がら、玄徳の中で何かがガラガラと音をたてて崩れていった。 そして・・・ 「実家に帰ってやるぅぅぅぅ!!!!」 と大声で泣きながら走り去る主の姿。 残された五人はそれをただ呆然と見送る。 「あ・・・」 その時になってようやく趙雲が気付いたように声を上げた。 「殿はもしかして、ご自分が一番大切だと言って欲しかったのでしょうか?」 ポツリと呟かれたその言葉に、ようやく他の者達も気付く。 「「「「しまったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」 しかしとき既に遅し、そこ玄徳の姿は陰も形も無かった。 「ちなみに・・・実家に帰るって、どこに帰られるつもりなんでしょうねぇ」 「そう言う問題か?」 どこか惚けた趙雲に、思わず馬超はため息をついた。 その後・・・ 他の部下達にも同じ様に質問して、望む答えを得る事が出来ず、家族ならば!と、妻 にも同じ質問をして、 「そんなの私の美貌に決まってるじゃない」 とあっさり言われ、息子には 「子龍が一番!!!」 と言われた玄徳は、精魂共に尽き果てるのだった。 ―探さないで下さい― と言う書置きを残し玄徳失踪の噂が蜀を飛び交ったのはそれから間もなくの話。 その後玄徳失踪の噂が、にわかに魏と呉を飛び交った。国中が真っ青になって探したらし いというが、彼らが真偽を確かめるまでも無く連れ戻されようだ。 余談だが、玄徳が見つかった後、玄徳直筆で ―主を一番大切に思ってくれる兵士大募集。 高待遇!希望者は来られたし― などと言う御触書が、蜀中に出されたらしいが、それを見て本当に兵士が志願してきたか どうかは定かではない。 劉備玄徳、三国中最も人望厚いとされている主。 だが実は三国中最も部下達に一番大切には思われていない主。
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玄徳ファンには殺されそうな気がします。
実は玄徳にはいい思いでが無いんですよね。
あと少しで私が苦手な甘寧を倒せる!
と思った瞬間、後から玄徳に馬で蹴飛ばされてそのまま甘寧にとどめをさされたのは
今思い出しても泣ける・・・(笑)
いや、結構好きなんですけどね、彼。