忘れられない物
その日、妙に機嫌のいい父の姿を見て、曹丕は思わず顔をしかめる ほんの数日前、圧倒的な戦力を持つにもかかわらず、そんな曹操軍の追撃をくぐりぬけ、劉備を逃 がしたばかりだと言うのに・・・ 「・・・父よ・・・ついに狂ったか・・・」 軽蔑をこめて呟いたが、どうやら曹操は気付いていないようだ。 気付いていないどころか、小躍りせんばかりに嬉しげな表情で歩いている。 鼻歌まで歌う始末だ。 「なんなのだ、あれは・・・」 微かに引きつりながら、そんな曹操を何処か遠い目で見つめていた夏候惇に問いかける。 「心配するな・・・いつもの病気だ。」 「・・・なるほどな・・・」 夏候惇の言葉に、曹丕は大げさにため息を付く。 「で、今度は何処の誰だ?」 「ああ・・・劉備の所の武将で・・・」 「例の美髭公だのなんだの呼ばれている奴か。そういえば一度父のもとに身を寄せていたが・・・」 曹丕の言葉に、夏候惇は小さくため息を付く。 「今度は別の奴だ。もちろん、関羽の奴も諦めてはいないようだがな。」 「ほう・・・」 夏候惇の言葉に、曹丕は面白そうに笑う。 「何せ、百万の兵の中を単騎で駆け抜けた男だ。見るなり一言・・・」 『討つな。矢を射掛けるな。奴を生かしたまま捕らえよ。』 何となく想像がどのような表情で言ったのか想像できるだけに、曹丕は頭を抱えて再び大きなため 息を付く。 「で・・・捕らえられず逃がしたにも関わらずあの機嫌のよさは何だ?」 「拒まれれば拒まれるほど燃えるそうだ。」 ゴスッ 「どうした、壁に頭をぶつけて・・・」 「この国は・・・人材不足ではないと思ったが・・・」 額に青筋をたて言う曹丕に再び夏候惇がしれっと言う。 「顔が好みだそうだ」 ゴスッ 「どうした、また壁に頭をぶつけているぞ・・・」 夏候惇といえば、そんな曹操に慣れているらしく、なんてことは無いといった表情だ。 「どうした、気分でも悪いのか?」 壁に寄りかかり頭を抱える曹丕の姿を、夏候惇は心配そうに見た。 「で・・・そいつの名前は?」 壁に手をつけたまま(まだよろけ気味の為)、額に皺を寄せながらも曹丕はかろうじて夏候惇に尋ねる。 「趙雲だ。」 「・・・どこかで聞いた名前だな。」 「そりゃそうだろう。劉備の配下の中ではかなり有名な方だ。」 何を今更と言った感じで言ってくる夏候惇の言葉に、ムッとなりながらも曹丕は考える。 「いや、もっと昔に・・・」 その瞬間、一人の顔が脳裏に過ぎる。 数年前に出会い、ただの一度も忘れた事の無い人物。 自分を救ってくれた人・・・ 「子龍か・・・」 「よく知っているな。あいつの字は子龍だ。」 夏候惇の言葉は半分も耳には入ってこなかった。 「なるほど・・・お前の探していた人物とは劉玄徳か・・・」 * 「お前、趙雲を知っているのか?」 曹丕の微妙な表情の変化に気付いたのか、夏候惇が尋ねる。 思わずまずったと思う。 幼い頃から自分を見ていたせいか、この男は妙に曹丕の感情に鋭い所がある。 曹丕は観念したようにため息をつく。 「昔・・・一度会った事がある。」 「ほう・・・」 曹丕の意外な告白に、夏候惇は目を丸くする。 「戦でか?」 「まあ・・・似た様なものだ。」 どこか要領を得ない曹丕の答えに、怪訝な顔をする。 しかし夏候惇は曹丕の表情に驚きを隠す事が出来なかった。 曹操の息子という立場であるためか、曹丕は幼い頃から、どこか冷めたところがあった。 特に異母兄である曹昂の死後は、同世代の子供に比べれば、明らかに感情に乏しかった。 回りの期待にこたえるためか、あるいは父の期待に答える為か・・・見返す為か、自分の心を殺 している節があった。 そんな曹丕を、夏候惇は何度痛々しく見た事か。 その曹丕が今見せた表情は、何処か穏やかで・・・ まるで大切な者をいとおしむかの様の優しい表情で・・・ (こんな顔もできるのだな・・・) そんな事を言われるのを嫌っている彼だと解っているからこそ、夏候惇はあえて心の中でだけ思う。 そして曹丕にこんな表情をさせた趙雲とどのような出会いがあったのか、聞きたいと思うが、こん な時に彼が素直に言ったりするような人物でない事をよく知る夏候惇は、あえてそれ以上を追及し なかった。 * 「父も相変わらず無茶な事ばかりを言う。関羽で懲りていなかったのか・・・」 夏候惇と別れ、曹丕は自室へと戻り窓際に腰掛ける。 そしてそっと外の景色を見渡す。 今も尚忘れ得ぬ彼の人の優しい笑み。 しかしその瞳から確かに感じた強い想い。 「残念だが、アレは決して貴方になど降らないだろう。そう言う奴だ。」 呟きながらも、曹丕はそっと自分の耳に触れる。 否、正確には耳にある飾に。 数年前のあの日から、片方しかないその飾の片割れを持っているのは、まさに今父が求める人物 に他ならなかった。 あの頃に比べれば、自分は驚くほど変わったと曹丕は思う。 少なくとも、あの頃に比べれば大人になった。 父や兄を憎む事も無くなった。 だが、あの頃よりも感情を表に出す事も無くなった。 この変化が果たして良かったのか悪かったのか・・・ しかし彼のことを思い出す時だけは、自分は幼い子供のように穏やかな気持ちになれる。 だが、もしも今趙雲に出会ったとして、彼に笑いかける自信が曹丕には無い。 実を言えば、あの後曹丕は何度も趙雲を探そうと考えた。 だが、いざとなると足踏みしてしまい、結局行動にはうつす事は無かった。 また会えるという確信はあったが、会いたく無いという思いもあった。 しかし思えば思うほど胸を過ぎるのは、切ないまでの恋慕。 「あの時・・・無理にでも連れ帰ればよかったのか・・・」 恐らくはそんな事をしても無駄だと言う事は良くわかる。 それでも、もし彼を連れ帰っていれば、今もずっと自分の傍らに在ってくれたのかもしれないと、 微かな期待を抱かずにはいられない。 例えそれが過ぎ去った過去で、今更そう思ったところでどうにもならないことだと解ってはいても。 「子龍・・・」 曹丕はいとおしむ様に、その名前をそっと呟いた。 あれから永い時を経た今も、彼への想いは色あせる事は無い。
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相変わらずヘタレぴー様。っつか操様→子龍?
一応前回の面影の続きです。子龍出てないけど。
無双4では長坂において、操様の「生かして捕らえよ」
が無かったのが非常に残念でなりません。
っていうか、op意外で子龍は非常に出番とかが少なかった気がするのは気のせい?
ぴーとのからみが少しで良いから欲しかった・・・
これは今度発売の猛将伝に期待ですね。