幸村と趙雲(クラップ再録)




 行軍中、しばしの休憩を言い渡したとき趙雲軍はある丘を進んでいました。

それはとても天気が良く、思い思いに座ったり水を飲んだり炊き出しを始めたりと忙しく兵士達は動き出しますがみんなどこか楽しそうに見えます。

その中に趙雲もいましたが、ふと一人足りないな、と側にいた星彩に聞いてみました。

彼女は祝ユウ夫人にいろいろといじられているようです。


「ほんと、この子は張飛に全然似てないねぇ〜よっぽど奥方に恵まれたんだ。」

「・・・・。」

「黙ってるなよ星彩、褒められてるんだぞ?ところで・・幸村殿をしらないか?」

「幸村殿なら丘の端の方へ向かわれてましたよ・・・。なんだか故郷と似ていると仰ってました。」

「そうか・・ありがとう。」


こうして趙雲は星彩が教えてくれた方へと歩いていきました。



 本当に天気が良くて穏やかな日です。

行軍休憩中にここまで兵士達がくだけたことはないから、もしかしたら戦国の世から来た兵士達が賑やかしいのかもしれない。

そんなことを思いながら歩いていると、風に靡く緑の布が見えてきました。



 幸村は丘の上から下に望む棚田を見ているようでした。

風景がちょっと見慣れないので趙雲は戦国世界なのではないかと思います。

幸村は隣に立った趙雲を一瞬見上げました。



 「素晴らしい眺めですね・・・。」

「はい。・・・この辺りはどうやら私の知る世界のようです。」

「たしか・・・故郷もこちらへきているとか?」

「はい、上田の城もあります。」

「・・・・・そうですか。」


 このとき幸村は緑色の色違いの装束に身を包んでいました。

それを見るとよく似合っていて本当に蜀将のようで、弟のようで・・・。


「・・そなたを見ているとな、幸村殿、弟ができたようだ。」

「えっ?そうですか・・・?」


幸村は犬のように人なつこい嬉しそうな笑顔を初めて趙雲に向け、趙雲は隣に座りました。


「私は嬉しいぞ?で・・・深刻な顔をしてどうしたのだ?」

「あ・・・はい。・・まだ会っていない知人のことを思い出しておりました。・・・健やかだろうか、と。」

「噂などは聞いているのか?」

「はい。劉備殿のように不明というわけではないのでまだ落ち着いていられるのですが・・・呉にいるようなのです。」

「呉?・・孫家方か。」

「会って、顔を見たいものです。」

「・・どのような方なのですか?」


趙雲は別に他意があったわけではありません。

心の片隅でそういえば劉備殿のことも話してなかったな〜と思います。


「・・・それは・・・。」


幸村はちょっと頬を赤らめました。


「はい、その人は・・・とても綺麗です。長い黒髪は艶やかで、物腰も流れるように流麗。色も白くて、とても頭の回転が速いのです。いつも先を見据えています。」

「ほう・・・。」

「趙雲殿にも、いつか紹介したいです。・・・あまり口数は多くなく、無愛想かもしれませんが・・・。」


幸村は、それは嬉しそうにほわっと笑いました。

趙雲は、ほんとうに慕っているのだなぁ、と思います。


「・・・劉備殿はどのような方なのですか?」

「うん?・・・殿は、とてもお優しい方だ。全てを許容し、皆が笑って暮らせる世になるよう尽力しておられるお方だ。・・・とても優しい笑みをされる方でもある。」

「それは・・!慈愛に満ちたお方なのでしょうね。それに・・民無くして国は成り立ちません。解っていても、気にしない者は多い。」

「幸村殿の世界でもそうなのですか。・・・何時の世も、かわらないのですね・・・。」


その時、シュッと言う空間を擦るような音がしました。

その音は趙雲にとっては奇っ怪で、幸村にとっては酷く聞き慣れた音でした。

幸村が振り返り、慌てて立ち上がります。

趙雲も同じように後ろを向きましたが「ちょぉ〜っと失敬♪」という声と共に首根っこを捕まれると一瞬にして離れた木の陰へ連れて行かれました。


 「・・・・半蔵?!」


幸村はその場に立ち、眉を八の時にしてその焦がれた姿に声を掛けました。

その人は見たこともない緑色の装束姿で、一瞬人違いかと思いましたがすぐに確信します。

間違いなく、半蔵その人です。

半蔵はというとくのいちに焚きつけられたようにこっそり来たものの、確かに棚田を見下ろすその後ろ姿は寂しそうなもので来るのもやむなし、と自分に言い聞かせています。

親しき友や主から離れた今、趙雲の陣営にいるしかないと解っていても・・・やはり隠しきれないもの。

半蔵は顔を隠しているものを全て外しました。

雰囲気が一気に変わり、希薄な気配がとても濃厚になります。


「・・・息災のようだな、幸村。」

「そなたも・・・。」


迷子が親を見つけたかのように、堰を切ったように幸村の目からは泪がこぼれます。

泣いているというわけではなく、ただ泪が零れている。

幸村は他人事のように思いましたが拭おうとはしません。

変わりに半蔵がそっと、親指の腹で幸村の頬を拭いました。

その表情は、「この程度で泣いてどーする。」と言わんばかりの仏頂面でしたが幸村にとっては常の親の顔同様。

彼はえへへ、と笑みを浮かべます。

落ち着いたのを見計らうと半蔵は幸村の耳元にそっと口を寄せ、幸村も腰を少しかがめました。


「・・・・もう暫く待つがよい。しかし、悔いのないようにしておけ・・・。」


はっ!としたとき半蔵はもうおらず、少し離れた木の陰にいた趙雲も出てきました。


「幸村殿、大事なないか?」

「は・・・大事、とは?」

「何かされたわけではないのだな?」


趙雲は真剣な目で幸村を気遣います。


「ご心配には及びません。・・・先ほどのが、私の会いたかった人です。」

「では、呉にいるという・・・?あれは噂に聞く忍ではないか!」

「はい、忍なのです。」

「・・・そうか。」


趙雲はやっと眼光を弱めると、表情がどこか明るくなった舎弟の頭をぽんぽん、と叩きました。

この趙雲という人の側もまた、半蔵とは違うけれど居心地が良い。

それはどこか兄信之に似ているからかもしれません。

(兄もこんな風に私を慰めてくれたな・・。)

そう思うことが出来たから。


「・・さぁ、皆の所へもどろう、幸村殿。」

「はい、趙雲殿!」


趙雲は元気になった舎弟を連れ、本体の居る方へと歩き始めました。