2、日常




 「さて・・・いかがしたものか・・・。」

微妙に曇り空のある昼下がり。

魏将張文遠はベランダ(中国名忘れた)で肘を突いてため息をつきました。

なにって。

今日も今日とて生きず待って一人引きこもっている主曹丕のことです。

いままででしたらけしかける司馬仲達がいたのに目付役が不在で誰が何を言ってもウンともスンとも言わないとくれば・・・。

そこへ向こうから金色の角を生やした赤毛の御仁が歩いて来るではありませんか。

独特な冷たい雰囲気は硬質な美形によく似合っています。

が、張文遠はジェントルメンです。



 「これは石田殿、ごきげんよう。」

先に声をかけます。

さすがの三成も立ち止まると「ああ、そちらも。」と無愛想なれど返事をします。

「曹丕殿のところへ参られるのか?」

「急ぎの仕事があるのだが一向に来ない故、軍師共に泣きつかれたのだ・・・どうなっている。」

ちょっとイラッとしてるのか、彼は舌打ちをします。

「それが我らもどうしようかと思ってましてな・・・いやお恥ずかしい。」

「そう言う性分なのか?」

「いやそう言うわけではござらんのだ、希に執務に飽いて逃げ出されることはあったが甄姫殿や仲達殿がいたが・・・。」

「・・・・。」

三成は腕を組むと片手だけ顎にかけて何か思案顔になりましたがまもなく腕を解くと、「失礼する。」と言って曹丕の執務室へと入っていきました。

「なるほどな、無愛想ではなくそう言う性分なだけなのだ、石田殿は。」

ジェントルメン張遼は後ろ姿を見送ると、もう曹丕のことは気にしないことにしました。




 三成が部屋にはいると曹丕は居ませんでした。

今の今ままで座っていたのだろう椅子には“オラン”と書いてあります。

三成は視線を横に滑らせ、扉の変わりに重厚な布が下ろしてある入り口を見やるとそちらへ向かいました。




 曹丕の私室は昔ながらの城なのでとても大きくて豪華な作りになっています。

落ち着いた暖色系で統一され、彫刻や螺鈿の美しい大きな寝台とテーブル、椅子が4脚が離れたところに置いてあり中庭へと出られる両開きの扉があります。

しかし曹丕の姿はありません。

とすれば寝台にいるか、庭に出ているか。

しかし帳をあけても白い布団の中にはいません。

触ってみても冷たく、ここでふて寝をしていたわけでもなさそうです。


「とすると・・・庭か。」


三成は庭への扉を開けました。


天気は晴れているのにどこかどんよりしています。

まるで黄砂が舞っているかのようにぼんやりしているわけですが、どこか禍々しい雰囲気がするのはここが現実世界からはないからか。

中庭は本当に中にあるので外から見ればそこに庭があることすら解らない。

ただ広さだけはあり、小川があり、小さな橋まであり、緑豊かで庭を覗こうものなら忍のように屋根へ上がらないと無理だろうそんなところでした。


広大な敷地内を暫く歩き、小高い丘に曹丕は寝そべっていました。

もちろん周りは木々で隠れていて、うまく盲点になっているようです。

三成は隣に座ると、思いの外周りの景色が気にならないのがよくわかりました。


「・・・三成か。」

「軍師共が騒いでいるぞ。」

「ふん。・・・父上がいれば見向きもしなかったものを・・・。」


三成に背中を向けるように曹丕はごろりと横向きになりました。


「・・・ほうっておけ。張遼殿がおそらくは行っているだろう。」

「会ったのか?」

「部屋の前でどうしようかと悩んでいたぞ。以前は司馬殿が役目だったそうではないか。」

「仲達か・・・あやつはねちっこくって好かん。」


 その司馬仲達がゆくゆくは曹魏を己の物としたなど曹丕は想像がつくだろうか、三成は思います。

ずっと先の世界から来た故にこの先起きるだろう史実を思い出し、三成は眉を顰めました。


「曹丕、」

「なんだ。」

「お前は司馬殿を信用しているのか?」

「・・お前が言うと警告に聞こえるな、三成。」


曹丕は体を起こすと三成に向き直りました。


「お前はどこから来たと行ったか・・・。仲達らを古の軍師と呼ぶほど先から来たのだろう?」


灰色の瞳がギラリと閃き、三成を覗きます。

けれども三成は表情を変えることなくその瞳を見返し、暫くそうしていましたが先に目を閉じ、空へと向いたのは三成でした。


「しかし我らは出会った。俺の知る歴史は使えなくなった。」

「作り上げるのは私たちだ、三成。」

「・・・・・・・それでも俺は、」


三成は曹丕を押し倒すとその首に手を掛けました。

もちろん力はほとんどはいっていません。

そしてそっと耳元で囁きます。


「それでも俺は、いい気がしない。・・・・・・解るか?解るまい。お前の死を知る、俺の気持ちなど。覇道の果てを知る、俺を。」


曹丕は三成かける言葉が見つかりませんでした。

ただ赤毛の男は己を見下ろし、首にあった手は顔の横に置かれています。


「俺は俺の覇道を作り上げるのが役目だ。父の後を継ぎ、曹魏の名を広める義務がある。その為に死のうが、それは俺がそこまでだったというだけだ。」

「・・・・・「なら聞くが、曹孟徳が居ない今軍師共がお前に縋り付いてくるのは認められている証拠ではないのか?」

「実力ではない、不可抗力だ。・・・それに今私に取り入っておかなくてどうやってこの世で生きていくのだ。

それに父の生死は不明だ。・・もし父の死が確定したら・・・・どうなる?曹魏は私の物となろうな。」


それでふてていたというのか、この男は。

三成は再び自分に背を向けてしまった男の背中を見やります。


「・・・・軍師共の相手は俺がしよう。」

「好きにするが良い。・・・やがて妲己が来よう。」


それから曹丕は口を開かず、三成は暫く隣で風に当たっていましたがやがて立ち上がると中庭を出ていきました。







三、→