かげととらのはなし







 呉軍と徳川軍が入り乱れたとある城。

戦国の城が融合してよくわからない城でしたが、おのおの、慣れ親しんだ城に滞在しています。

そんな城の渡り廊下を姫様である孫尚香が小走りに、時折屋根の方を見上げながら城内をウロウロしていました。

そして通りすがる人たちに「ねぇ半蔵知らない?」と尋ねていきます。

「・・・・もー、忍って探しづらいのねぇ!」

城の外側を囲む廊下へ出てくると、欄干に寄りかかって少し休憩することにしました。

こうしてみると不思議な物で、兵士達も双方の鎧姿が入り交じっている状態ではありますがそれぞれが気の合う者を見つけて仲良くしているようです。

現に今も廊下の向こうからは魯粛と本多正信が歩いて来るではありませんか。

二人は尚香に気づくと頭を下げました。

「これは姫様、いかがされました?」

「丁度良かったわ、魯粛に本多さん。あのね、半蔵を捜しているんだけどしらない?」

二人は顔を見合わせます。

「半蔵ですか?・・・いや今は特に外へ出ているわけでもないはずだが・・・・・。」

「服部殿なら先ほど徳川様と一緒に中庭にいたのを見ましたぞ?」

「ほんとう?!わかったわ、中庭にいってみるわね。ありがとう!」


こうして姫様は二人に手を振って、中庭へと向かいました。


 「・・・遅かったかしらねぇ。」

日本庭園が広がるそこには誰もいませんでした。

けれども尚香が歩いていると、スパァン!というキレのいい音が聞こえたのでそちらへ行ってみることにしました。

 「あ、稲〜。」

そこでは稲姫が弓の手入れがてら、試し打ちをしているところで。

「尚香、おはよう。」

「おはよう稲。ね、半蔵を見なかった?」

「半蔵様ですか・・・?さぁ、今日はまだお会いしてないけれど・・・探してるの?」

「うん。魯粛がここで家康殿と話してるのを見たって言うから来たんだけど・・。」

「ふふふ、忍を探すのは忍じゃないと難しいの。くのいちを探しましょう。」


こうして二人は場内の中にはいると女官や下男達にくのいちがいたら「お茶にすると尚香が探してる」と伝えて貰うことにしました。


10分後。

「み〜つけたぁんっ!お呼ばれにきたよぉ〜♪・・・・・あり?」

独特の空を切る音と共に現れたくのいちですが、そこには酷く驚いた顔で自分を見ている尚香と孫策、驚いて簡を零した呂蒙がいました。

「・・・やっぱり忍って特別よね。」

「稲ちんは流石に驚かないか〜。」

「側に忍がいるからかな。」

「う〜む・・・。我らも斥候や隠密を使うがここまで完全な移動はしないぞ・・・。恐るべし、忍・・・。」

「あんま難しく考えるなよな呂蒙、剥げちまうずぇ?!でよ、どーしたんだお前ら。」

孫策は笑いながら妹をみやりました。


 「・・・・いませんねぇ、半蔵様。」

「ほんと、どこにいったのかしらねぇ。」

「あたしも今日は見ていないよ〜。」

「忍探しってのも面白いずえっ!瓶ん中探したり天井裏さがしたりよぉっ!」

「そこまで忍は完全に気配を消せるものなのか・・・。」


 五人はゾロゾロと家康を捜していました。

とにかく主である彼なら半蔵を簡単に呼ぶ方法を知っているのかも、と思ったからです。

くのいちも時折屋根に上がってみたりしますが、気配すらなしで。


 「・・・半蔵殿ですか?先ほど孫堅様と歩いて居られましたよ?」

通りすがった蘭丸に言われて行ってみてもすでに誰もおらず、孫権を探している周泰に出会いました。


 「・・半蔵は・・・・鍛錬場に・・・・。」

五人と、一緒について来た周泰が鍛錬場にやってきたときにはすでに誰もいませんでした。

変わりに孫権が爽やかにかいた汗を拭っているところで・・・・。


 「うん?半蔵なら今し方城内へ戻ったぞ?会わなんだのか?」

と不思議そうに返しました。

「ここから城までは一本道・・・・会わないとは・・・・。」

呂蒙は首をかしげます。

尚香は場外へ出て城へと続く道をみやりますが、一人見慣れない武将が歩いているだけ。

「忍って普通の道を通らないのかしらねぇ。」

彼女は小首をかしげると、ひとまず部屋へ戻って作戦を立てることにしました。


 女の子三人は尚香の自室まで戻ってきていました。

けれどもなかなか忍をさがすにいい案はありません。

「・・・探すのやめて、見つかったときにでも言おうかなぁ〜。」

「見つからないわねぇ。」

「ねぇくの、同じ忍でも半蔵の居場所、わからない?」

「う〜ん・・・半蔵はね、伊賀忍っていうでっかい忍者軍団の頭領なのん。だから普通に歩いていても気配あんまりしないしぃ、

変装の名人だから案外すれ違ってるのかもしれないかにゃ・・・。」


 くのいちは一人上から探すと行ったので、稲姫と尚香は再び城内を歩き始めました。

途中で興味を持った孫堅が加わります。


 「半蔵殿?・・・先ほど鍛冶部屋でお会いしましたが・・・・。」

「鍛冶部屋だと?」

「はい、刃こぼれが気になったとか・・・。」

太史慈に言われて3人は鍛冶部屋へやってきました。

しかしそこにいたのは同じ忍でも風魔小太郎。

大きくて青白い肌、赤い髪に顔の文様とかなり奇異なみてくれですが怯む孫呉ではありません。


 「あ、小太郎様!」

稲が真っ先に駆け寄り、「おはようございます。」と笑顔で声を掛けました。

彼は稲を見て軽く頷き、後から孫家一行がやってくると言いました。

「・・・・虎がゾロゾロ犬を探すか・・・。狩りか?」

「お前が鍛冶部屋にいることのほうが奇異だぞ。半蔵を知らぬか?」

「・・・・。」

この孫堅様の一言で小太郎が泣きそうになったとは、きっと半蔵じゃないと解らないでしょう。

彼はムッとした顔をするとプイッとそっぽ向いてしまいました。

こうなってはなにも教えてくれません。

「・・我だって、鍛冶屋にくらいくる・・・・・。」

そんな囁き声を稲姫は聞いた気がしましたが、ちょっとだけ迷って、ともかく前を歩く孫親子を追い掛けていきました。


 「おや、皆さんおそろいでどうかしたんですかい?」

島左近は一部屋一部屋あけて回る不思議な孫親子と稲姫に声を掛けました。

「半蔵を探しているの。左近知らない?」

尚香は尋ねました。

すると左近は顎を撫でながら「・・・もしかして、もうすれ違っているんじゃ・・ないんですか?」と含みを込めていい、去っていきました。


 途中で孫策と孫権、周泰が再び加わった一行はともかく家康のところへ行ってみようということになりました。



 家康は自分の城の天守は最上階で書き物をしていました。

途端に騒がしくなったかなと思ったところで酒井忠次がやってきて来客を告げます。

快く承諾するとなにがあったのか、孫家と周泰、それに稲姫が一緒に入ってきました。

「おや?・・皆さん、おそろいでいかがしましたかな?」

家康は座るように彼らを促し、お茶を頼むよ、と誰もいないのに声を掛けました。

「あのね、半蔵を捜してるの。もうずっと探しているのにどこにもいないんだからっ!」

尚香は言いました。ちょっとだけ悔しそうにも見えます。

「なるほど・・・・姫が探していて稲も共に、ということかな?」

「はい。殿、ご存じないです?」

八の字眉で自分を見上げる稲姫に家康は暖かく微笑み、こういいました。

「半蔵なら呼べばすぐ参ろうぞ?・・・稲、忘れたのかの?確かに、こちらの世へ来てからその顔を見せてはいなかったかもしれないが・・・。」

最初稲姫は家康の言ったことがよくわかりませんでした。

けれどもよくよく考えれば、それは当たり前のこと。

今は戦場から離れています。

彼が守るべき主である家康今はも沢山の従者に囲まれていますからその心配もありませんし、配下の忍は常に護衛をしているわけなので・・・・。

と、お茶がやってきました。

人好きのする好印象な顔を持つ、お付きの者にしては体が偉く立派な男です。

彼はお茶を配りながら言いました。

「頭領ならいつもどおりですよ。稲様、皆様をお連れして大丈夫です。くのいちは、もういますよ?」

「そう・・・そうですよねっ!ありがとうございます、青山殿。貴方が仰るのでしたら大丈夫ですね!」


こうして孫家ファミリーの頭を?で一杯にした稲姫は、お茶を頂いた後彼らを先だっていきました。


 稲姫は城内の在る一角へやってきました。

そして孫家ファミリーを少し離れさせて、戸を開けます。

「稲です、石見守様にお取り次ぎを。」

すると扉が開いて、下男が顔を出しました。

「これは稲姫様。ご足労駆けまして。少々お待ちになってくださいませ。」

下男は一度引っ込みましたがすぐに戻ってきました。

しかし、下男ではありません。

綺麗な白と薄紅の小袖に薄紫の打ち掛けを羽織った少女です。

猫を思わせる大きな目が印象的でした。

彼女は楚々とした動作で襖を開けると、稲達を一瞥、中へいれました。


 「正成様、孫家のお客方が来ましたよ。」

「・・・うむ。」

正成と呼ばれた男は戸棚の前で何かしら探しているようでした。

ガサガサ、ガタガタと音がして何かを退かす音もします。

「ったく・・・・、ないではないか。」

「ないの?」

少女が尋ねます。

「あとで青山にでも探させるわ・・・・・うん?」

正成が後ろを向くと稲姫、周泰、孫家ファミリーが一堂に会していてちょっと後ずさりしてしまいました。

「・・・これは・・おそろいで。」

彼は意図せず胸に当てていた手をおろし、「まぁお座りください」といいました。

「あのね、半蔵を捜しているの。あなたしってるんでしょ?」

尚香は立ったまま言いました。

探しても探してもどこにもいないので、ちょっとムキになっているようです。

正成はまぁまぁ、と手で彼女の肩を制します。

「お待ちくだされ・・。半蔵めが、なにかやらかしましたか?」

男は低い声で言いました。

あまり背は高くないですが長い髪の毛は綺麗に後ろで結われ、面立ちも男にしては小綺麗です。

ぼかした鈍い色の上下と、顔にある傷跡。

その隣に立っている少女も、外跳ねの横髪と後ろで一本に結った長い後ろ髪。

大きな猫そっくりの目で自分をみています。

どこかで見た顔です。

キリッとした顔がパッと変わりました。

「んもうっ!あたし我慢できなぁ〜い!!」

少女がそう言ったかと思うとボフン!という音がして、くのいちが姿を現しケタケタ笑い出しました。

「うはははははは〜ん!そぉんなに気づかないものなのかにゃぁん♪」

「「くのいちぃっ?!」」

「うふふ〜、さすがの稲ちんでも気づかなかったかしらぁん!」

彼女はクルクル回り出すと彼女たちの方へやって来ました。

「だあってぇ、忍たるもの、まずは周りの目をだませなくっちゃいけないんですものおん☆」

尚香と稲の後ろでは孫策兄弟が二人ではなして色々言ってきました。

しかし、なぜか堅パパは何も言いません。

少し顔を俯かせていましたが、スックと立ち上がると娘達を脇へやって、くのいちの手を取ったのです!

「俺の嫁に来ないか?俺は顔もいいし、大殿という身分も在るような無いような状態だ。しかし腕も立つ、退屈はさせない。どうだ?」


一同、真っ白になった瞬間です。


真っ先に我に返ったのは正成と呼ばれた男。

バッとくのいちを後ろに隠すと「何をお考えかっ!」と声を荒げました。

「おや?・・・・そうか、これは失礼した!」

堅パパはちょっと考えたそぶりを見せると正成の肩を叩きました。

「そうか、嫁御か!そんな無体、俺はしないからな!すまんすまん!」

「拙者とくのいちはそんな関係にあらず!」

「そーよそーよぉ〜。確かに目指すべき師匠みたいな感じだけどぉ〜、半蔵にはもう決まった人がいるんだからぁっ!」

「何を言う。」

「「「「「半蔵っ?!」」」」」

「・・・ん?」

一同がぐわっと正成を囲みます。

「やだ半蔵ってそんな顔してたのっ?!」

「決まった方がいるなんて・・稲は初耳です!」

「ほほう・・・。これはなかなか美人ではないか。」

「ほんとうに・・半蔵?変化してるだけなのではないのか?なぁ周泰。」

「御意。」

「ずぇ〜。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

早口でいっきに捲し立てられた半蔵は最初我慢していた物の、だんだん自分をそっちのけて話をふくらませる彼らに苛ついてきました。

というかくのいちはすでに離脱していません。

「うわっ!稲ぁ、半蔵って肌きれいね〜。」

ぐっと尚香の青みがかった目が近づいてきます。

しかも手で頬を触れて。

髪を弄るわ物珍しがるわ色々聞いてくるわ、かといって邪険に出来るはずもなし。

(くのいちめっ!いらぬことを言いおって・・・。)

仕置きは決定だな。

正成改め、半蔵はそんなことを心に決めるとその小綺麗な顔はそのままで一気に間合いをあけました。

早い話が囲まれている中心から外へ一瞬で出たのです。

感嘆詞があふれかえり、思わずずっこけそうになる体を叱咤し無表情を気取ります。

そして周泰と目を合わせ、半蔵は一度だけ浅く頷くとそのまま姿を消してしまいました。


 「もうっ!思わず目標を忘れてたわっ!!」

尚香は消えてしまった半蔵をまた探さなくては!と言いました。

しかし今度ばかりは逃げるかするでしょう。

周泰が尚香の隣にやってくるとこう尋ねました。

「尚香様・・・、」

「なぁに?」

「なぜ半蔵を・・・・追っていたので・・・・?」

「うむ、尚香、私もそれが知りたいぞ?」

孫権はちょっと心配そうに言いました。

尚香はキョトン、とした顔で答えます。

「何って・・・・色々よ?話してみたかったし、技も色々教えて欲しいなって。それに顔!素顔が見たかったのっ!」

「なら尚香、見られたじゃねーか。」

「まぁ・・それはそうなんだけど・・・。」


 周泰はそのまま孫権にだけちょっと離れることを言うと、持ち前の物静かさを生かして一足先に城を出て行きました。

すると、まだ後ろ姿があるではありませんか。

隣には大きな帽子を被ったくのいちも一緒です。

「半蔵、」

「・・・・周泰、すまん。」

「気にするな。」

「それでぇ、なんで尚香ちんはハンゾを探してたのかにゃ?」

くのいちはその大きな周泰を仰ぎます。

仰ぎ見て、首が疲れるので次の瞬間は彼の肩の上に座っていました。

けれども周泰は嫌がる風もなく続きを話します。

「・・・・・ふぅ〜ん・・・・。こりゃ当分顔見せられないねぃ。」

「いらぬことを・・・・。」

半蔵は大きなため息をついたときでした。

「犬は虎に追いかけ回されたと見えるな。」

声がして、空間からにじみ出るように小太郎が姿を現しました。

周泰は警戒して刀の柄に手を掛けます。

「ふん・・・。わっぱはわっぱらしう風と戯れておけ。」

「半蔵、面へでようぞ?」

小太郎はくるっと半蔵の前へ回り込むといいました。

半蔵は嫌そうな顔をして小太郎を見上げます。

けれども彼は酷く楽しそうで、なんだか無下にあしらうのもかわいそうな気がしました。

「外には蛇がうろついているようでな・・・。我はここに飽いていない。それに・・・いろいろと面倒であろう?」

同時に外へ出している配下がやってきて、小太郎と同じ事を告げました。

後二日ほどで、一戦交えるほどになろうと。

「・・・・。」

周泰はくのいちを肩から下ろすと、その大きな帽子の頭を一撫でしていいました。

「・・・行くのか?」

「行くならあたしも行くー。」

くのいちは「にひひ〜」と周泰に笑いかけてから半蔵と小太郎の間に入ります。

小太郎はため息をついて「うぬが来れば騒がしい・・・・。」と言いましたが同時に彼女の絶不知火が首に宛われてしまいました。

「ちょっとした小競り合いでもいいの、ちょっと体なまってるし。」

「・・・・。」

半蔵はどうしようか迷っているのでしょう、くのいちの顔をちらとみてさて・・・と呟きます。

「連れてゆけばいい。」

決めかねているのに助け船を出したのは周泰でした。

彼はいつの間にか最寄りの木の脇で縮こまって拗ねている小太郎をちらと一瞥します。

「我らでは・・・忍の相手などできぬ。・・・・鍛錬でも、くのいちは物足りなさそうだった。」

「・・・・・・・・わかった。」

「いいのぉ?!やったぁ!こたち〜ん!いっくよ〜!!」

影を背負いうずくまっていじけている小太郎をけしかけにくのいちが離れ、それを目で追っていた周泰が再び半蔵に向き直ったとき、

そこにはいわゆる正成と呼ばれていた男はおらず、忍装束に身を包んだ半蔵がいました。

もちろん、その腰にはいつもの鎖鎌が装備されています。

沈んだままの小太郎をずるずる引っぱって来たくのいちは「うう〜んvこの出陣前のドキドキ感っていいよねぇん♪」といい、小太郎を小突くと、

「早くどこだか案内しなっての〜!」と楽しそうに急かし、小太郎共々姿を消します。

半蔵は周泰を見上げました。

周泰は小さく頷きます。

半蔵もまた「うむ。」と声を掛けるとそのままかき消えてしまいました。

「・・・さて・・・、戻るか。」

後ろからは賑やかしい声が聞こえてきます。

案ずることはないと解っていても、できれば早く顔を見せてくれ、とこの空を駆ける忍達を思うのでした。





−終わり−