暗愚と、満天の空の下 <子世代の話・1>





 いつから星のない空を一人で見上げるようになたのだろう

 母は亡く父はいるが遠い存在で
 少し前までいたのは幼なじみであり従兄妹達
 彼らの父は戦場(いくさば)に名高い武将
 彼らはその血統をしかと受け継ぎ
 見つめる先には戦場があるだけ

 気が付けば私は一人で星のない空を見上げていた

 私には戦場に立つ才がない
 君主の長子として歳を重ねるに連れ城の奥深くに連れて行かれたこと
 武将としての鍛錬を殆ど受けなかったこと
 理由など沢山あるが公子だからなのだろう
 しかし彼らはただ父親の背を追いかけ
 戦場へと駆けていった

 どれほど共に肩を並べたかったか
 それは誰も知らない秘め事
 彼らが父親と共に並んでいる姿を見て
 どれだけ羨ましかっただろう
 それは誰にも知られてはならない渇望
 
 父を恨んではいない
 父は国主だ
 
 『父上、私も戦場へ、父上と共にありたいのです!』

 永遠に言うことなど出来ないだろう

 その代わり私は人の涙に耐えられなくなった
 いつからだろう
 成長と共に私は人が泣くことに耐えられなくなったのだ
 涙が止まらない
 思考が止まる
 意識がなくなる
 なぜだろう
 子どもが転んで泣いているのを見ただけで
 手を差し伸べずにはいられない
 
 だから叔父と従兄弟が戦死した報に耐えられそうになかった
 
 欠けた片割れ
 私にもう少し彼のような勇気と武があったら助けられただろうか?
 否
 答えなどないのだ

 残った片割れは涙を流さなかった
 ただ毎夜星のない空を見上げ
 目を伏せていた

 彼女は父親譲りの武を持っていた
 あまり感情を表に出さず
 強い子だ
 冷静だ
 人はそう形容する
 しかし私は知っていた
 彼女は表情には出さないが
 人一倍に哀しんでいることを
 だから一人で星のない空を見上げている

 声をかけなくとも彼女は私の気配など分かっているだろう
 背後に立っても何もしてこないと解っているだろう
 だから私は彼女をそっと抱きしめた
 彼女は抵抗しなかった
 ただ己の腰に回された私の手を強く握った
 その思いの外小さく細い手は微かに震えていた
 
 「・・・後嗣様は・・・私がお守りします・・・。」

 「ならば・・私はそなたを助けよう。そなたが哀しまぬよう、泣かないように・・・。」

 「     」

 「・・・星彩・・・。」

 一人で星のない空を見上げることは無くなった
 傍らに立つ星があるからだ
 彼女の輝きを守るためなら
 どんな手でも使って見せよう

 「私がそなたの代わりに泣こう、いつまでも・・・星彩。」

 抱きしめる私の手にしずくが一つ零れた
 しかしそれが最初で最後だった

 大丈夫だ
 私がそなたの代わりに泣くから
 ただ前を見ていてほしい
 私と共に歩もう



−終−