*レモン色は、かわいげのない女の色*







「ああ、うちの姫様の事ですね?」

港の管理番が言う。

その視線の先には赤をまとった女が一人、数人の男達と共に歩いていった。

男のような恰好と髪のせいでパッと見なんざ、本当に少年かと思ったほどだ。

・・・・顔はしらねーけど。

「我ら孫呉の気風は男女が平等であることです、甘寧殿。気骨があれば誰でもあのような立場になれるのですよ?」

管理番は朗らかに、ただやや得意げに言う。

「もちろん男女関係もなければ賊だろうが多国だろうが関係はありません。それは、あなたもお解りのはずかと・・。」

「まぁなぁ。」

「それに、あの方は姫君です、孫家の。虎の女性ですからねぇ。」

からからと笑い俺に大きな鍵をよこした。

「これは船の鍵です。ご要望の場所にはこの鍵で開く錠を付けておきました。」

「すまねぇな、助かるぜ。」

「いえいえ。なにかありましたらまたおっしゃってくださいね、私もこの港を任されてる者ですから。」

では、といって管理番は俺の居る桟橋から去った。

「・・・管理番、ねぇ。・・・どう見てもガキにしかみえねーよなー・・・。」

年の頃はあの姫さんより年下だろう。

呉国一の巨大港を統括するのは実際15才の少年だった。

なんでも、気候の読みと船の見立てが誰よりも優れているんだそうで。

「・・・・ふーん・・・・。」

俺はなんともなし、ただ潮風に呟いた。






−檸檬色はかわいげのない女の色−






 元水賊の頭(かしら)だった俺がこの国の武将として仕えると決めたとき、その姫君は不在だった。

ただ姫君が居ると言うことは聞いていたのでおおかた、後宮にでもいて大事大事に囲われているんだろーなって思った。

「かしらー!今日は波が荒れるって港長(みなとおさ)がいってましたぜー!!」

帆の、ずっと上の方から声がする。

「おう!だったら強風対策しとけよっ!!たりねーもんあったら俺に言えー!!!」

「わっかりましたぁっ!!!」

それを聞いていた他の部下達もそれぞれの場所へと走っていったようだ、甲板に足音が響いた。



 「あなたがこの船の頭?」

降って湧いたってのが正しい表現だった。

後ろからいきなりこの場に全っ然似合わねー高い女の声がした。

「あん?」

そこには女にしちゃちょいと背の高いのがいた。

短い髪の毛、動きやすそうな赤い服、興味深そうに俺を見ていた。

不思議な色の目ぇしてて、濃い灰色かと思ったらうっすら緑色だった。

でっかくって、キラキラしている〜なんて思った。

「ね、あなたがそうなの?」

「そーだけど・・・おめー、誰だ?」

「あたしは孫尚香よ。」

気の強そうな言い回し方、ちょこっと下がった眉。

紛れもない少女だった。

「・・・甘寧だ、甘興覇・・・。」

「そう。ね、貴方強いの?」

孫尚香、と名乗った女はゆっくりと船の上を歩く。

腰に付けた2つの丸い輪が気になった。

「そりゃー、水族の頭をはってたからなー。」

「ふ〜ん。」

ジロジロと品定めするかのように見られちゃぁ、いっくら俺でも我慢ならねぇ、いらいらしてくる。

「・・・あぁん?てめー、まさか俺に喧嘩売ろうってのかよ?」

「喧嘩っていうか・・手合わせ?」

くるりと振り向いて彼女はニッと笑いやがった。

「だって、弱かったら意味ないじゃない。あなたが水族の頭領をやっていたことは聞き知っているわ。

でも、言っちゃ悪いけどだからといって強いとは限らないものね。」

「んだとー?」

「だって、御前試合、まだでしょう?国のお偉方だって貴方の実力を知らないんだから。」

高く、軽快な口調。

よくもまぁ、しゃべるもんだ。

と、さっきの部下が俺の方へ走ってきた。

「あ、かしらー、作業終わりましたー。手伝いが多かったのではやかったですよーって・・・・・頭?」

「・・・・・・・・おう。てめーら、もう帰っていいぜ?ここは荒れるだろーからよ。嵐が去った後の点検忘れるなよな・・・。」

「ああ・・・・。じゃあそうさせていただきますねー・・・。」

部下が去った後、女はいった。

「あらあら、あれじゃあ八つ当たりじゃない、かわいそうに。相当口調荒かったわよ?」

「うっせえな。不機嫌にさせてんのはてめーだろ?」

「女性に向かっててめーはないんじゃないかしら?」

ふふふ、と舐めたように笑ってくれるぜ。

明らかに挑発してやがる。

「あたし、貴方を捜していたの。夏口を荒らした江賊さんv貴方にとても興味があるの!」

「興味だと?んな軽いもんじゃこの先いきていけねーよ。」

「あらぁ?じゃあ・・・・何がお好みかしら?」

彼女は腰に付けた円剣を外し、片手に持つ。

外を向いてる方は全てが刃となっているあれを投てき以外に扱うんだ、並の運動神経じゃねーだろう。

「拳で語るのが一番じゃねーのか?」

「あら奇遇vあたしも丁度思っていたところよ☆」

「け、言ってくれるぜ・・・・。後悔するなよな。」

俺は覇海を抜いた。

彼女も両手に持ち、構える。

丸い円に、縁取るかのような刃が付いている。

ただ、間合いが異様に狭いので迫られなければ大丈夫だろう。

峰打ち程度で伸してやれば・・・。



暫く取っ組み合いが続いていた。

彼女は俺の剣を良く受けている。

死角を狙っているが、結構そつなく避ける。

反射神経も、身の軽さも一級品だ。

油断してるとケリが顔を狙って向かってくるんだからな。



 「なかなか・・・やるわねっ!!」

鍔迫り合ってるときに、彼女はニヤリと笑ってきた。

「ああ・・・おめーもな!」

正直言って、彼女は強い。

会ってきた中男達と比べても上位に入る。



港長が荒れるといっていたのは、恐らく嵐になるからだったのだろう。

大分風が強い。

帆のきしむ音が響いて気色が悪りぃ。

波も高くて時々船の上まで上がってきやがった。

だから俺たちはびしょ濡れもいいところだった。

そう思いつつも間合いを開け、次の手を警戒していたらやつは剣を下げた。

「残念だけど、そろそろ戻った方が良さそうね。上がってきた水に足を取られるんだもの。」

俺は覇海を戻した。

そして風上をみやる。

グルグルと渦を巻くような、いや〜な雲が近づいてきていた。

「・・・・早く戻った方がいいぜ、姫さんよ。」

「そうみたいね・・・・・甘将軍。」

「・・・・!」

「明日、正式に兄様から配属を言い渡されるはずよ、何処に駐屯することになるのかも。」



姫さんは剣を腰に戻して濡れた髪を掻き上げた。

ちょっと、ドキッとした。

顔を伝う雨とか、目を細めて大人びた横顔とか。

さっきまで、まるで少年のように大きな目をキラキラさせて、同時に勝ち気に俺を見ていたのに今はどうだ?



「・・・・なんで、手合わせなんざ申し込んできたんだ?」

俺は彼女の風上に立った。

俺のことを見上げる度に波に目を細めていたからだ。

「だって、あなたならちゃんと私と手合わせしてくれるって思ったんだもの。・・・みんな、やっぱり怪我をさせないようにしてくるから・・・。」

「・・・。」

「ふふふ、まだ腕が痛い。初めてあんな、本気になって鍔迫り合いをしたわ。いつもならみんなやめちゃうかわざと手を抜くの。」

「・・・・・男の力ってのは、どうだった?」

「重いわー、正直言って。でもね、私も戦場を走る一人なの。だから、何か対策を立てないといけないわっ!!」

気落ちするどころか返って元気なようにも見える少女はもう一回、顔を手で拭うようにして髪を掻き上げた。

「さぁて、帰るかなー・・・みんなに心配かけちゃうからね。」




 下船する彼女に手を貸し、地面に足をつけた時彼女は俺に振り返った。

「ありがとう。すごく楽しかったわ。戦場以外であんなに本気になったの、兄様と手合わせして以来だったの。」

「おう。会えて良かった・・・姫さん。」

「ふふふ。堅苦しくない方が私も嬉しいわ、好きに呼んでね。」

虎の家の姫君はニッコリと、年相応に笑う。

・・・なかなか可愛いじゃねーか、どうしよーもねーじゃじゃ馬だろうけどな。



 姫さんはでっかい港の詰め所に預けていた馬に乗って、あんまし離れていない建業城へと帰っていった。

なんとなーく港の関所まで送った俺の後ろから、港長が声をかけてきた。

「甘寧殿、」

「ぅわっ!!」

がらにもなく、驚いちまった。

「・・・姫、大変可愛らしいかたでしょ?」

「可愛らしいってゆーのかよ。」

「あの方は、健気なのですよ・・・。父上様、兄上様方の、少しでも助けになるように日々精進しておられるのです。」

「・・・。」

「大変素晴らしい武人であり、孫呉の貴婦人です。」

「貴婦人だぁ〜?」

思わず港長に振り返る。

相当怪訝な顔をした少年が、俺を見上げた。

「・・・・・・・言うより見た方がよろしいです。あの方は・・・いえ、それは見てからのお楽しみとしましょう。御前試合には私の席もありますからね。」

ゆったりと頬笑む少年の背には俺の覇海並にでかい剣が背負われている。

まったく、孫呉って国は油断ならねー国だ。

「けっ!」

俺は歩き出した。

「あ、甘寧殿、どちらへ?嵐はますます酷くなりますよっ?!」

「詰め所に空き部屋くらいあんだろ?世話んなるぜー。」



ともあれ、今まで居た何処よりも楽しめそうだ。

部下達の身も保証されている。

戦がなければ穏やかな生活が送れるだろう、望めばの話だがな。

「かわいげのない女、か・・・。」

コロコロ表情の変わる姫君。

今まで興味を持ったことはないタイプだが、なんのことはない。

「いいじゃねーのか?な、興覇。」

まだ、降って幾日しか経っていない今。

俺はワクワクしてしかたなかった。









−終わり−