[ 車の中で隠れてキスをしよう ]
さよならはなかった。
突飛な別れなんてどうしようもない。
ただ
「生きて戻れ」
「御意」
それだけのやりとり。
「・・・そんなもんなのだ。」
私は君主だ。
守るべき物はあまりにも重く、多い。
それを守るために、己の下には兵士を置く。
業火から守るために彼らは私の足下に着く。
その一人が欠けたとて、何の影響もない。
影響などあってはならない、揺るがないものにしなければいけないのだから。
思い出すことなど何もない。
彼は死んだ。
もっとも望む戦場で。
いいではないか。
「必ず、戻ります。」
約束などしたくなかった。
しても、無駄な時勢だ。
それでもその言葉にすがりたかった、私が唯一すがれるものだったから。
死ぬまで一人真っ直ぐ立つことを定められた私が唯一縋るもの。
無くしてしまった。
しょうがないのだ。
お前は帰らない。
地面にうち捨てられたお前の亡骸は、パッと見綺麗だった。
でも漆黒の髪は地面にばらけていたし、お前は目を閉じたまま。
俯せで、穴が沢山あいていた。
「必ず、戻ります」
戦いの前、見送りに出た私の馬車にお前は同乗していた。
何度も、宥めるようにお前はこういった。
でも、何かが違っていたのだ、私はきっと知っていたのだ、お前が死ぬことを。
それでも、私はお前を戦地へ送り出した、殺したのは私だ。
殺したのは、私。
「お前は、この戦いで死ぬのだ、周泰。」
言っても、お前は戻るといった。
一瞬驚いたような顔はしていたが、それでもお前は「必ず、戻りますから」と最期まで言ってのけた。
きっと泣いているのか笑っているのか解らない顔をしていた。
お前はそっと私を引き寄せ、落ち着くまで頭を撫でていた。
暖かい場所。
そっとお前は私の額に口づけをした。
恭しく、幼子にするかの如く。
「・・・死ぬんだぞ?周泰。」
「戻りますから、待っていてください・・俺のことを。」
「・・・・いつまで?」
「再び、会えるまでです。」
「・・生きて戻れ」
「御意」
お前は戻らなかった。
約束を違えるつもりか?
黙ったままのお前の亡骸。
私は涙もこぼさなかった、ただ荼毘に伏されるのを見送った。
これでいいのだ。
私を、追いかけるのだ周泰。
一人で先へ進むのは許さない。
天にあがる煙はお前の魂みたいだった。
にらみつけた私は、誰よりも早くその場を後にした。
「・・・どうしたんだ?権。」
「幼平・・・。」
「目が、紅い。」
「・・・・・・・・。」
「前もこんな事があった気がするな・・・・・。」
「お前が死ぬ夢をみたんだ。俺にとってそれはどうしようもないことで・・・泣くこともなかった。ただ漠然と、お前は死んだんだって思ってた。」
「・・・。」
「必ず戻るって、ずっと俺を宥めてた。」
「・・・。」
「昔の、車かな、ていうか馬車の中だった。きっと、車で寝てたからだ。」
「眠いか?」
「いや、寝たからいいや。・・・・でも、」
「でも?」
「もし夢が過去の話だったらって思うとな・・・。」
「俺は何か言っていたのか?」
「幼平が、というより俺が言っていた。・・・お前に「お前は死ぬんだ」って言って、お前は」
「戻るから、待っていろと?」
「・・・そうだ。何故解った?!」
「そんなの、当たり前だからだ。」
「そうだな、幼平・・・。」
「会えるまで、待っていてくれたんだから・・・。」
「ん・・・・。」
「もう少し眠るといい。・・・まだ着かないからな。」
「悪いな・・。変わるから、眠くなったら起こしていい。」
「ああ。」
「幼平、」
「なんだ?」
「キスを・・・・。」
「ああ。」
−了−