「呂奉先と張文遠」





 静かだった。
 夜、私はいつも通り哨戒の任についていた。

 「・・・なんか静かじゃないか。」
「そうですか?いつも通りに思えますが。」
「まぁ、静かなのはいい。気配が分かりやすいからな。では、文遠。」
「後ほど。」
単独での周囲の哨戒は珍しいことではない。
兵卒ほど低くはないがある程度上がれば一人でこなすことも多い。
まして、騎馬隊なら皆馬の世話が忙しく人をなかなか割けない。

 「まだ、明かりがともっているのか。」
大きな陣幕、近衛の将は一人もいない。
そりゃそうか。
あそこには最強の武将を息子にもつ男がいるのだから。
「無用なことだ。」
さぁ、任を終わらし、高順と合流してさっさと交代しよう。
顔をまともに見たことのない主の義息子、呂奉先殿。
調練を受けているとはいえ、遠い存在だ。

 静かだが寒くはない。
奇襲の虞もなくはないが、こう月の明るい日は何も起こらないことのほうが多い。
「それを確かめるのが、私の役目だ。」
今からなら起床まで幾分長く眠れる。
高順も、きっと早く寝ようと息巻いて回って戻っているだろうから。

 突然背後で音がした。
その音は陣幕が跳ね上げられる音だ。
革をなめして造られた重い幕を跳ね上げられる男などただ一人。
「奉先殿・・・。」
振り返れば大きな影が見えた。
そして、兜につけられた独特の長い羽根飾りが現れ風になびく。
風がでてきた、さっきまでは無風だったはずだ。

血なまぐさい。

大きな男だった。
いつも遠く後ろの方から見る姿では解らなかった。

「・・・哨戒か。」
男は興味なさそうに言った。
「はっ・・・!」
慌てて、礼をとる。

血なまぐさい。

それも時間の経った匂いではない。
たった今流れた血の臭いだ。
「奉先殿、」
自分の前を通り過ぎんとする歩みを留めないかと思ったが、大きな男は止まった。
もし敵を見過ごし殿が斬ったなら失態だ。
そんな考えがよぎる。
「血の臭いがいたしますが、部隊を集めますか?」
「必要ない。」
無機質だと、思った。
ふと金属を連想させる。
「敵であれば、」
「敵ではない。」
突っぱねるような言いぐさだ。
「では、」
「丁原を斬った。」
「なんですとっ?!」
驚いたとき、自分の首には刀が宛われていた。
差ほど離れていなくはなかったが、かといって近くもなかった。
間合いを詰めるには、私には少し遠い距離だ。
「・・・・・何故?」
殿には私の問いが予想外だったのだろう、眉を顰めて刀を納められた。
「何故、殺したのです?」
「董卓とかいう男が、俺を養子に欲しいと言った。くれば、赤兎馬をやると。」
「それだけですか?」
「なんだと?」
なぜ聞き返したのか自分にも解らなかった。
私は丁原様の配下兵にすぎないのに。
それは奉先殿も同じだった、なぜ顔も知らぬ一兵卒にそこまで問われなければならないのかと感じただろう。
「・・・我ら騎馬兵にとって早く強い馬は何よりも欲しいものだ。貴様も騎兵なら解るだろう。
それ以外に何の理由がある。」
その通りである。
反論する箇所はない。
ただし、情をのぞけば、だ。
「しかしお義父上を殺したとは?!」
別に丁原様の肩を持つわけではないが私は知りたかった。
なぜ義父と呼んだ人を馬一頭の為に殺してしまったのか。
「特に義理はない。あいつの護衛ばかりで俺は何もできなかった。」
奉先殿は初めて私の方を、正確には私の目を見た。
一見すると静かだが眼光は強く、まるで野生の大きな猛獣のように飢えた瞳だった。
「俺は戦うこと全てとしている。強さの高見を目指し、その為には一流の装備、一流の武器、一流の配下兵、一流の馬を揃えなければならん。
俺は自分の配下兵をたたき上げた。お前に問う。丁原の兵か、それとも俺の配下兵か?」
「・・・貴方の配下兵です。」
私はここへ来てすぐ奉先殿の配下兵となった。
並ならぬ調練は、多少血を見ることもあったが腕に自信のあった私にとって調度いいくらいだった。
「貴方の調練は、私にとって調度よかったのです。」
「言うな・・・良いだろう。」
奉先殿は面白そうににやりと笑った。
「名は?」
「は、張遼文遠と申します。」
「文遠、」
「はっ!」
「兵を起こして集めろ、お前が指揮を執れ。」
「承知!」
 私は駆けだした。
胸がわくわくする。
鼓動が高まるのが解る。
皆私の言うことを聞くだろうか?
いや、聞かせてみせる。
あの方に、最強と謳われたあの方に任されたのだ!
私も高見を目指そう、己の武がどこまで極められるか。
乱世に産まれたのは、人によっては不幸かも知れない。
しかし私にとっては好都合だ。

 「高順、聞いてくれ!」
待ち合わせの場所で、思わず叫ぶ。
少し、声がうれしさで上擦る。
彼は私の話をすぐに信じた、あの方ならやりかねないと。
そして彼もまた、私と同じ考えだった。
「二手に分かれて、本陣幕前で整列させよう。」
高順とはそう言って、別れた。

 ああ、なんて楽しいんだ。
 笑みがこみ上げてくるなど今まで生きてきて始めてだ!
「起きろ!殿の命令だ!!支度を完了し、本陣幕前に整列せよ!!!」
合図である銅鑼を鳴らしながら陣を歩く。
少し離れたところからも、銅鑼と、微かに高順の声が聞こえた。

 これこそ私の待ち望んでいたことだ!
 私の追うべき背中が見つかった!
 この人の一の武器にはなれないかも知れないが武器の一つになりたい!
 追うべき武はこの男にあったのだ!







最初書くときは屋内と屋外どっちが良いかと思ったんですが、
室内版は間が持たなかったので外にしてみました。
文遠は丁原→董卓→呂布→曹操→曹丕と主を変えてきた人です。
軍神関羽とは友人同士でありその武も礼節も重んじられた
とても紳士な人を想像させられますが彼はいったい何を追いかけていたのでしょうね。
呂布が斬られたときも説得されたという事もありますが殉死を選びませんでした。
それで良かったと思いますが実際の彼はどうだったのか思いを馳せずにはいられないです。
そして曹操が死んだ後も曹丕から寵を受け、その力を真っ直ぐ奮い続けるのです。

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