−劉玄徳と趙子龍−
「わたしも連れて行ってください!貴方はわたしが求めていた主君なのです!お力になりたいのです。」
青を基調とした鎧を纏い槍を持つ少年は地に膝をつきました。
幼いながらも顔はとても精悍で、短い髪に布を巻いて押さえています。
そのすこし前に立っている茶と緑を基調にした質素な鎧を纏った男は膝をつき、少年の肩に手を置きました。
「・・・子龍、世界を旅するのだ。」
男はとても穏やかです。
「は・・?」
「大陸は広い。そなたはまだ、世を知らぬ年若い子どもだ。世界を見るのだ。その目で見定め、それでも私と共にありたいと願うなら、また逢おうぞ。」
「玄徳殿・・・わたしに主は貴方だけです・・・!」
「泣くな。別れはつらいが、そなたのためだ。力をつけ、知を養え。みえてきた答えを大切にするのだ、例え道を分かつとも、な。」
「殿・・・、必ず貴方の元にはせ参じます!わたしのことを・・忘れないでください。」
「もちろんだ、趙子龍。私は、そなたを決して忘れないよ。」
男は微笑みました。
まるで父親のように慈愛に満ちた暖かいもので、少年はごしごしと涙に濡れた顔を腕でこすります。
涙に濡れた瞳はとても強い意志の光を灯していて、それを認めた男は満足そうに頷き、肩を叩いてやりました。
「良い目だ。その気迫を忘れるな。・・・・また逢おうぞ。」
さて、どこまでいっただろうか。
白昼夢をみるほど、私は疲れているのだろうか? やっと成都城内の仕事が終わり、暫定的な自分の部屋に帰ってくるといつもこうだ。
今も日の当たる部屋の隅、壁によりかかったまま寝るでもなくいた。
眠れないのだ、琴線が張りつめたままゆるむことがない。
しかし今、目の前には我が殿が片膝を付いて私の顔をのぞき込んでおられた。
「子龍、」
「殿・・。」
「どうしたのだ?座ったまま、人形のようだったぞ。」
柔らかい表情を少し歪め、心配そうな目を私に向ける。 昔別れたとき殿に髭はなかったが、今は大将らしく髭を生やしている。
穏やかな緑を基調とした鎧を纏い、優しさを兼ね備えた理想の仁徳が具現化しているといえるだろう。
「・・・昔の別れを思い出しておりました。」
「不吉なことを申すな・・。」
悲しげに苦笑された殿を見て、言わない方が良かったと胸によぎる。
「あの時は・・・確か兄君が亡くなったのだな?」
「はい。喪のために行く年か費やしましたが、殿の事を忘れたことはありませんでした。それから、言われたとおり、色々なところを旅しました。」
「そのようだな。体も立派に成長した。背も私より高い。それに・・・」
「それに?」
殿はそっと私の頬に触れた。
暖かく、母を思い出す。
「すっかり大人の顔つきだ。」
微笑む殿は、太陽のように暖かく穏やかだ。
私に文学の才はないが、殿の笑顔はこれ以上の表現が必要ない。
「・・・なんだか、照れくさいです。」
「だが微笑む顔は、子どものままだな。」
「そうでしょうか?殿。」
「うむ・・・何かの拍子に微笑むそなたの顔は特にな。・・・知るのは私だけでありたいものだ。」
「・・・もったいないお言葉。」
「そのように言葉を囁くそなたをの声を知るのもまた、私だけでよい。」
「殿・・・。」
殿は私の横髪を撫で、前髪に触れる。
そして私の頬をそっと撫でる。
気持ちが良くて目を閉じ、殿にゆだねる。
目を開ければ殿はいつの間にか私の隣に座っていて、私は殿の膝に畏れ多くも頭を乗せていた。
殿のお召しの柔らかい布地が頬に気もちよい。
「少し休め、子龍。」
「しかし、」
慌てて起きようとすると殿は私の肩を押さえた。
上から押さえ込められれば、幾ら私でも起きあがれない。
「白昼夢を見るほど疲れていたのだろう、精神が逃避したくなるほどに。」
「いえ、自覚するほどでは・・・。」
「顔色はあまりよくない。目の下も、ここ数日黒くなってきたぞ?」
殿は私の結ばれた髪をほどいた。
額飾りも外してしまい、肩当ても、帯も、絞めるものは外し、緩めていく。
比例して私の張りつめた緊張もほどけてゆく。 心地よい眠気、幾日ぶりだろうか?
「眠るのだ、子龍。我が将、我が弟・・・・・。」
殿の穏やかな声は、私を深い眠りへと誘っていった。
−了−