一、迎え。
雨が降っていました。
私は一人で、その場に座り込んでいました。
周りに動くものなど一つもなく、雨の降る音だけがか細く聞こえています。
顔を上げても、骸があるだけ。
折れた旗、刺さった刀。
墨絵の世界に私は一人、座っていました。
きっと、私はこの墨絵に描かれている骸の一つになっているのだろうと。
雨脚は弱まることなく、寒さが身を絡め取る。
けれども、私はそこから動くことなどできなくて、ただ座ったまま。
左手は置いた弓に触れたままなのに。
いつでも矢を射ることができるのに。
肩に力は入らず、ただ、しとしと垂れる墨のような雨を見ていました。
と、雨が止みました。
顔を上げれば、差された傘。
墨よりもなお黒い、影の人が持っています。
「・・・・・半蔵様。」
「探した。」
「もう、遅いかもしれません・・・・。」
「・・・・。」
「きっと、私は冷たいのです。半蔵様は、ただ黙って父上の元へ連れ帰ってくれるでしょうから、これはきっと死に際の幻影なのです。」
「・・・・・境界に立つ、か。誰もが経験することではあるが、長居は無用。」
半蔵様は、屈み込むと私に弓を強く握らせました。
「行くぞ。」
そして、弓を持たない私の右手首をつかみ、おもいきり引っ張り上げました。
私の足は、不思議とすんなり立ち上がったのです。
しかも、何だか暖かい。
半蔵様は、素手で私の手首を握っていました。
「私、まだ、大丈夫ですね。」
「無論。」
「・・・・戦場に立つのは、初めてではないのに・・・。」
「思いは日々変わるもの。時には闇に覆われそうになることもあるだろう。」
「その時は、助けてくださいますか?それとも、覆われそうになるのを弱いからと思われますか?」
「影は、闇を飛ぶ。・・・かっ攫うことも、容易。」
半蔵様は、私の手首を解放すると、顔を覆っている布をはずしました。
影が、よりはっきりするような感じがします。
「・・・・稲、」
「はい。」
「・・・・・・・迎えに来た。」
「・・・・ありがとう・・ございます・・・!」
堰を切った私の目からは、涙がこぼれるばかりです。
手で顔を覆う私の下げた頭にそっと半蔵様は触れ、幼子をあやすようにぽんぽんと、撫でてくださいました。
「・・・迎えを待つのだ。・・・無理は、禁物。」
「はい・・・っ!」
もう大丈夫。
闇の中にいる私を迎えに来てくれるのは、その闇を飛ぶ影だから。
恐くない。
恐れることはない。
この影が迎えに来てくれる限り。