一、迎え。








  夢を見た。

 いつも同じ背中を追って、追われていた。

 その首をあげるべきとお互いがそのつもりで。

 血まみれで、いついつ終わるともしれないところで武器を振り回していた。

 体のあちこちに傷ができる。

 相手のあちこちに傷を付けた。

 まだ、致命傷ではない。

 赤揃えの片方は時折り眉を顰め、闇を纏ったもう片方は目元しか見えずその表情は解らない。

 一つ確かなのは、武器を持つ手に迷いがないこと。




  場面が変わり、闇を纏った方が地に倒れていて、赤揃えが静かに見下ろしていた。

 苦しげに眉を引っ詰め、武器を握る手は震えていて。

 表情を彩るのは、その潔いほどの、涙。

 しゃがみ込み、もう動かないその人の闇をそっと矧がせば綺麗な顔(かんばせ)があるばかり。

 こぼれる涙をぬぐうことも忘れ、赤揃えのその人はもう動かない闇を纏った者の傍らから離れなかった。



  再び場面が変わる。

 今度は逆で、赤揃えが地に落ちていて、闇を纏った人は静かに立っていて、少し経ってからその顔を覆う布をはずした。

 思いの外スッキリとした顔が顕わとなる。

 「・・・・望んだ結末であったか?・・・もののふよ・・・。」

 答えないその人に一言だけをつげ、影の人は闇へと還っていった。




  目が覚めた。

 仮眠をとると言って、そのままだったがはて、誰も呼びに来た形跡はなかった。

 携帯を開いても着信はない。

 インカムも着信した形跡はないし、余り長く寝ていたわけではないのだろうか、半蔵はそう思った。

  ゆっくりと、寄りかかっていた木から離れる。

 体を伸ばして、肩の柔軟をした。

 その辺に散らばった装備品を適当にポケットへつっこみ、インカムだけ耳へつっこんだ。

 「・・・どちらが幸せなのだろうか。」

 ふと、夢で見た光景がフラッシュバックする。

 不思議なことにどちらも死んだときのことが夢に出てきた、前世だなんだの記憶ならば一つだけだろうに。

 一つは過去で、一つは望みか・・・?

 両方ともお互いに倒されることを望みつつ、その首を取ることも狙っていたのだから。

 何度見ただろう・・・、この夢も。

  と、地に落ちた枯れ葉の音を踏む音がして振り返った。

 若い青年が、同じような真っ黒い姿で立っている。

 違うのは半蔵が長袖を着て肌を一切露出していないのに対し、半袖を着ていて腕の肌が少し見えているということだろうか。

 「・・・時間です。」

 好感の持てる声が静かに言うが、流石に起きてましたか、と続けた。

 「状況は?」

 「一つも変わっていません。」

 「・・・・・・許可は?」

 「もう降りています。ぎりぎりまで交渉を続けろと上から言われたため、無理に起こしませんでした。」

 「なら致し方ない。」

 やれさて、といささか怠そうな半蔵を見て青年は歩き出す半蔵を言い止めた。

 「また夢をごらんに?」

 半蔵の足は止まり、緩慢な動作で振り返った。

 事故で負った二筋の傷跡が不気味に赤みを帯びているようにも見えたが、青年は怖じ気づきそうな心を引き留めた。

 「・・・・・・・その・・・夢は何かのお告げだと昔祖母が言ったことがありました。過去のことであったり、因縁の何かが側にあるときだと。」

 「ほう・・・。」

 「鮮明な記憶が出てきたときだと・・・私は思います。」

 「ではどちらが本当か説明しろ。」

 「・・・・・・どちらも本当ではありません。貴方が一番よくご存じのはずです。」

 「・・・・・・。」

 「貴方は、決着を付ける前に亡くなってしまった・・・病で。夢はきっと、貴方の望みでしょう。」

 青年は一歩一歩、ゆっくり近づいてきますが半蔵はその場から動くことなく無表情で青年を見ています。

 インカムから、己の名を呼ばれているのに、答えることも忘れてしまったかのように。

 「“私”の首を望み通り、命令通り手に入れた己と、純粋に敗北した己・・・。どちらがよかったのかは、もう聞かない。」

 「・・・・・。」

 「半蔵。」

 青年は嬉しそうな笑みを浮かべました。

 それはひどく落ち着くような、安心できる笑みです。

 目の前でほほえむ青年を半蔵は見上げます。

 赤揃えに、鉢金のりりしい若武者がそこにはいました。

 そして、半蔵の手を取り、大事そうに己の手に閉じこめます。

 「・・・・・迎えに来た、半蔵。」

 半蔵の表情が、かすかに曇ります。

 「遅くなってしまったかな・・・、申し訳ない。」

 インカムから再び自分の名を呼ばれた半蔵は『準備完了次第、知らせよ。』と小さくつぶやく。

 青年は少し苦笑しましたが、それでも手を離そうとはしません。

 「半蔵、望み通り、迎えに来たぞ、私は。」

 一語ずつ、じっくり染み渡らせるように言葉を紡ぎます。

 「・・・・・・・・・遅いぞ、幸村。」

 半蔵は言いました。

 とたん、ガバリとしがみつくように二人は抱き合いました。

 もう離さなんとせんほどの勢いで、握りしめた服に破れるほどの皺が寄って。

 しかしインカムから『準備完了』を告げられると二人ともプロの顔に変わりました。

 「・・・お手並み拝見としよう、真田幸村。」

 「服部隊長の命であれば、突撃でも何でもしましょう。」

 


  二人は赤や青のランプが沢山瞬いている場所へと歩き出しました。

 その後ろ姿は闇にとけ込むような漆黒ではありますが、白い反射剤でPOLICEと書かれてあります。

 そしてしばらく歩いて立ち止まると、拳を打ち合い、再び歩き出しました。