4、ちょっといい雰囲気。








  九州からの道のりは遠く、おそらくここに並んでいる諸将たちの中で最も早く国元を発ち、もっとも遅く到着した人のことをふと思いだしました。

 特に悪天候のため、大幅に遅れたせいで旅の埃を落とす間もなく周りの男達に紛れるなど、致し方ないとは思えど嫌だろうな、と。

 少なくとも自分は嫌だ、と三成は思います。

 そしてすぐ側に座り「さて〜落ちはないかの〜」などとのんきに御前試合前夜祭の準備の確認を始める主・秀吉公へ適当な理由を付けると、

 三成は始まりの時間を半刻遅らせることにしました。

 

  流石に一刻とあっては取りすぎともなろうからこのくらいでいいだろう。

 そう思いながら少し足早く城内を歩きます。

 途中であった大谷吉継に左近のお目付を頼み、勝手知ったる一角へと入っていったのです。

 そこには男集が四人ほどいて、後ろの戸を守っているようにも見えます。

  「これは石田様。」

 一人が頭を下げて、

 「ご配慮ありがとうございます。」

 一番年かさなのが言いました。

 「気にするな。して・・・。」

 「はい、今は席を外しておりますれば・・・。」

 別の一人が言いかけて、まだ何も言ってない、一番若いのが足下に置いてあった着替えを一式もって部屋を出ていきます。

 男装しているが結い上げた髪は長く、女です。

 「・・・しばしお待ちください。石田様のおかげで、ゆっくり旅の汗を流せて且つ一息入れる時間がございます。」

 「うむ。天気がえらく崩れたと聞いた。遠方から来る者達もかなりの者が同じような目に遭っていることもある。」

 こうして三成と一番年かさの男が今回の事を話していると、足音がやってきて、男三人は席を外しました。



  「・・着替えを用意したのは貴様だと聞いた、三成。」

 開口一番、部屋へ来て挨拶もなく立花ギン千代は入り口へ寄りかかります。

 「気にいらぬなら脱いでもいい。」

 「貴様の前で脱げと?」

 「ほう?試してみるか?」

 「ふふ、冗談だ。・・・見事な織物だ、高かったであろう?」

 ギン千代は袖を広げながら言いました。

 彼女は小袖に袴姿ではありますが、その上にとても綺麗な羽織を着ていたのです。

 陣羽織にも見えますが、高貴な女性達が羽織るように裾は長く、紫の生地に金や銀の、華美すぎない織りが見事です。

 きちんと襟には家紋が入っています。

 「・・・・・・いいようだな。」

 端的でも満足そうに三成が言うと、ギン千代はにっこり笑いました。

 「趣味は買おう。満足だ、ありがとう。」

 「・・・気にするな。・・・・また、何か考える。」

 「そうか・・・。貴様が“私的理由”で時間をあけてくれた礼をしよう。」

 ギン千代は三成の側の障子戸を開けました。

 そこはギン千代が滞在中私室として使うところで、先ほどの男装したギン千代の侍女がもてなしの準備をしていました。

  「酒、とはいえぬ。・・・甘いものでもよいか?」

 ギン千代は部屋へ入りながら小首をかしげるようにして三成を見上げます。

 「・・・・そうまでして笑みを浮かべているとなにか考えがあるようにみえるぞ。」

 少し怪訝そうに眉を顰める三成を見て、ギン千代はいっそう笑みを濃くします。

 「私はなにも考えていない。・・・考えていることを望むのか?三成。」

 にんまり笑うと面白そうに笑います、それも豪快に。

 侍女も笑みを浮かべ、二人は戦況や己の所領のことを話し始めました。



  それから二人は左近が「時間ですよ〜殿〜」と半泣きしてそうな声で呼びに来るまでノンビリゆったり、脇息に寄りかかりながら気兼ねすることもなく

 まったりくつろいでいました。