五、気になる子ほど、いじめたくなるよ







  小太郎は珍しいものをみた。

もっとも、それは小太郎が珍しいと思うことであって、周りにとっては当然のことだったが。


「ほう・・・、馬子にも衣装と言うが本当のことなのだな。」


彼は、人の子とは愉快な生き物だな、と呟いてその場から姿を消した。



  稲姫は浜松城の廊下を侍女と四人で歩いていた。

もちろん中央一番前に稲姫が居て、侍女が三人続く。

歩いてればもちろん誰かしらとすれ違うわけなのだが、彼女は頭を下げるのではなく、頭を下げられていた。

相手が頭を下げ、それから稲姫が少し頭を下げ、彼女が先に歩き出す。

それを見ていた小太郎は、腐っても姫か、とぽつりと呟いた。



 「・・・稲姫、」

「これは半蔵様、いえ・・今は石見守様ですね。」

「姫にはご健勝のようで・・・何よりです。」

「暫く会ってませんでしたが・・息災でしたか?」

「此度も、常と変わらず。」

「それが一番の答えですね。」



 そんな様子を見ていたが、入ってくる会話は半蔵と稲姫の物。

しかし、あの影の声はしたが姿はない。

稲姫の前には羽織袴に刀を二本差した男がいるだけ。

その男をねぎらい、彼女はほほえんだ。

その瞬間、小太郎はその場から姿を消した。



  「犬と話していたようだが・・・犬はおらぬな。」

回廊に姿を現すと一番に小太郎はそういった。

何時の間にやら、いつもつれている狼が二頭、面白い物でも見るかのように軽くほえる。


「小太郎様・・・。」

「風魔・・・。」


すこし眉を顰める稲姫と、その前に立つ半蔵。


「なんだ、お前半蔵か。・・・影が人の子の真似事をするとはなぁ・・・。」

「滅。」


半蔵の姿が消える。

しかし、それを止める声があった。


「行けません!!」


同時に半蔵が何もなかったかのように元居た所へ姿を出す。


「挑発に乗ってはいけません。少なくともここは城内です。忍のお二方が力比べをするならばどうぞ外で存分に暴れてください。

ここで武を振るうのであれば、非礼です!」

「・・・御意。」

「ほう、我に言うではないか。我の一言でお前の大切な主がどうなるのかは知れんのだぞ・・・?」


半蔵とは違い、稲姫の目の前に現れた小太郎は冷たい手甲の爪で稲姫のほほをまったり撫でながらそういった。


「が、お前が我の言うことを聞くのであれば家康には手を出さないでおこうか・・・。ということで半蔵、お前は失せよ。」

「・・・・・。」

「大丈夫です、石見守様。稲はあなたが今忙しいのを存じております。ここは、お任せください。」

「くくく、お前にできるか?」

「稲は本多忠勝の娘にして徳川家康の養女にとまで言われた女、ご心配には及びません。」

「・・・せいぜい、姫の弓から逃げることだ。」


半蔵は小さくため息をつくと稲姫に一礼してそのまま、あっさりと歩いていってしまった。

三人の侍女達は心配そうに、少し離れて見守るばかり。

稲姫はキッと小太郎を睨むと吠えた。


 「悪ふざけがすぎます!!さぁ、何なりと言ったらどうです?!」

「そういうところは父親そっくりだな。」

「貴方でも褒めることがあるのですね。」

「・・・褒めたことになるのか?」

「稲は父上に似てくると言われるたび、己が一歩ずつもののふに近づいているのかと思うのです。これ以上の褒め言葉はありません!」


 それを小袖袴に髪を綺麗に下ろした女が言うものなのか?

威勢のいい剣幕そのままに、口を閉じていればまぁ見れぬでもないもの、と小太郎は思う。


「さぁ、何か言ったらどうです?」

「・・・・・・少し黙っておれ。」

「?」


 きょとんとした稲姫のまわりを、まるで物定めでもするように一周してみせた。

居心地悪く、稲姫は眉を顰め、小太郎をみやった。

しかし小太郎はにんまりと笑うだけ。


 「馬子にも衣装か。」

「失礼ですわっ!!」

「紅いもいいが、藍も着てみよ。紅と、藍か・・・。我は季節柄など知らぬが、それもまぁ斬新でいいだろう。」

「・・・・・?」

「早い話が、そのように薄桃だとか橙だとかは猫をかぶっているようだと言うことだ。紅色や藍で袴でも履いておれ。」


−カチンッ☆


 この瞬間、後ろに控えていた侍女達が「あ、まずい!」と思った。


「こ、この小袖は信幸様からの大切な贈り物・・!私も気に入っているのですがっ!!」

「ならばその信幸とやらはお前の顔を知らぬのだな?・・・女ならばこの色を選べば喜ぶとでもおもっておるのだろう。・・ククク。」

「そ、そのように不誠実な方ではございませんっ!!」

「しかし袴を履かずそそとしておるのが・・・・。」


−ブチッ!!


「問答無用ですっ!・・・なんて失礼なっ!!!」


 憤慨した稲姫が吠え、次の瞬間小太郎の眉間にはいつかと同じように矢が向けられていた。

いったいどこから出したのか、小さな弓を構えている。


−パァン!と小気味よい音で放たれた矢と、次の瞬間のけぞった小太郎。

稲姫は内掛の下の、小袖の帯に手を忍ばせ矢を取り出す。

しかし小太郎はゆっくりとのけぞった半身を戻した。

口には放たれた矢をくわえていて、にやりと笑って取り出した。


「暗器か・・・。今のはおもしろかったぞ?」

「でしたらたまには一撃でもお受けくださいませ!」

「我が手傷を負うか?・・・つまらぬではないか。」

「私は楽しく思いますが?」

「我が楽しくなければしょうがないであろう?」

「自己中。」

「くくく・・・・どこまでも傲慢な娘よ・・・。」


むくれた稲姫のまえで、小太郎は矢を持つ手に火をつかんだ。

青白い炎は一瞬で矢をかき消してしまう。

と同時に気が済んだのか、小太郎自身もまたいつもと同じようにその場から消えた。


「・・・・自己中。」


稲姫は小さな弓矢をしまいながら零すと、再び侍女達を従え何事もなかったように廊下を歩いていった。



−数日後。



 「・・・すこしケバかったか。」

「なっ!!貴方が紅色と藍をというから秋らしくしたのですよ!」

「・・・・袴を履かせばよいのか。」


 とある昼下がりの、浜松城内にある庭。

そこには美しい藍の小袖に紅色の鮮やかな半襟と帯を付けた稲姫といつもと同じ格好の小太郎がなにやら話していた。

少し地味かとも思う色ではあったが、落ち着いた文様で大人びた様が伺える代物ではあるが、小太郎は不服そうだった。

そして、指を一度鳴らす。

すると稲姫の格好は帯ではなく、同じ色の袴に髪をいつも通り結い上げた姿になった。

そして驚く稲姫を吟味するように見下ろす小太郎。

顎を撫でながら、「さぁどうですかっ?!」と言わんばかりに睨みあげてくる稲姫にこういった。


「・・・・美童か。」


 


  「・・・・・何をやってるんだあの二人は。」


通りかかったのは稲姫の実父本多忠勝。

いつも通り少し離れたところで控えている侍女達に尋ねれば、こう答えた。


「姫様は先頃女性らしくなられたと真田信幸様から頂いた小袖と内掛を着ていたのですが、風魔小太郎様が稲姫に藍と紅をと申したのです。

姫様は気にされて試しに藍と紅の組み合わせて御衣装整えたのでございますが・・・・。」

「うむ、よく似合っていた。」

「はいそれはもう・・・。・・ところが風魔様は似合わないともうされ、結局は袴を・・・。」

「それであの姿か。」

「しかし美童と感想を述べられたので・・・ああして姫様は・・・。」

「よい、皆まで言うな。・・・・・・・・やれやれ、あのままでは確かに美童止まりであろうな・・・・華には違いないだろうが・・・・・。」


ため息をつく忠勝の目線の先には、何時の間にやら装備していた天之麻迦古弓で矢を放ちながら小太郎を追いかけ回す娘の姿が。

これは当分、大人の女性には遠いだろうと忠勝はぽつりと思った。