思い出話に花を添えて
忠勝は浜松へ戻ってきた。
遠征は長く、書面でしか知ることの出来なかった愛娘の成長をようやっと見ることが出来た。
弓との相性が良く、侍女や家臣達は喜んでいたがなるほど、幼いからだと身の丈の弓は様になっている。
そして本多忠勝の娘に相応しい武技を生まれ持っていた。
それから暫く立った頃。
登城で家を空けたが、帰ってくると稲姫が凛々しい鎧兜に身を包んでいた。
「父上!私もいよいよ初陣が決まりました!」
「ほほう勇ましい!本多の名にふさわしい武功を立てなければならんぞ!」
「はいっ!」
すると軽装の家臣がやってきて稲姫の肩を叩き、稲は男を見上げた。
肩には稲同様身の丈ほどの弓を掛けていて、鼻と右目の上に走った傷跡が忠勝の胸に何かを思い起こせる。
「しかしですな姫君、初陣故、まずは戦慣れしてくださいますようお願いしますぞ?」
「あら正成様、この前の野伏退治で首級をあげたのは誰かしら?」
「統制された策の恐ろしさは戦場をもってしか学べぬゆえ。」
娘とは酷く親しいらしく、宥め役をするこの男。
とても落ち着いた物腰が印象的ではあるが、どこか気配が希薄。
「・・・・どうやら稲が世話になっているようだな。」
「なんの。剛勇本多忠勝の娘に相応しい・・。これからますます強く、美しくなられよう。・・・さて、」
「・・・ゆかれるのですか?正成様。」
「姫様、家長は戻られた。拙者も戻ろう。」
「そうですか・・。またいらしてくださいね?稲はまだ沢山学びたいのです。」
「・・・いずれ。」
正成と呼ばれた男は微かに目元を緩めるとそのまま門の方へと歩いていった。
「・・・稲、」
「はい父上。」
「あやつは?」
「あら?ご存じないのですか?」
稲は酷く驚いた顔で見上げる。
「石見守正成殿です。・・・徳川十六将の一人で、父上が家を離れてる間、時折様子見にいらしてくれたのです。稲も弓と矢の技を教わりました。」
「十六将の一人・・・・?」
しかし忠勝の記憶には半蔵とやらの記憶はなく、あるのは十六将の内十五人のみ。
なら、彼が最後の一人か?
ところが稲姫は最後、少し寂しそうにこう付け足した。
「・・・また暫くはお戻りにならないでしょう。」
半蔵という男の詳細はそのまま春がくるまでとんと噂を聞かなかった。
四→