裏を通り抜け、祭女は忠勝を導き集落のある方ではない、裏方に続く山々の方へと歩いていった。

足音一つ無く、草で擦る音でさえ、風と同じ音で祭女は導く。

酷く気配が散漫で、目の前を歩いているのに何度その細い肩を叩きたいと思ったか。

さほど時間も経たない内に彼は止まり、指を指した。

「下を・・・。」

言われるままに、のぞき込む。

どうやら今居る場所は丘の上らしく、下の方には火が焚かれていて数十人の兵達が待機していた。

上役らしき男達は先ほど城へ侵入してきた男達と同じ、あまりいい格好はしていない。

「・・・あれが残り。本多殿には陽動をお願いしたい。拙者はさっさと首領の首を狩ろう。」

チャキ・・・と、乾いた音がする。

祭女は鎌を逆手に構え、忠勝の方を見ていた。

忠勝も蜻蛉切りを持ち直し、頷く。

それをもって合図とし、祭女はその場から姿を消した。

「やはり得体の知れんものよ・・・。」

山道を下りながら忠勝は思った。



 忠勝は回り込むと通りすがりを装って声を掛けた。

貧弱な野党どもに負ける気はさらさらないわけだし、どうせなら派手に揺動しようと思ったのだ。

もっとも、あの煙の末とも噂される服部半蔵にしてみればちょっとした陽動だけで思った以上の働きをするだろうが。



 「・・・・済んだか。」

影は口を利いた。

篝火に照り返るその顔の、禍々しいこと。

顔に施された赤の文様がまるで返り血のようだった。

男の面であるというのに、何の印象もない無表情な顔。

血の滴る鎌を上から下へと振り下げ血糊を拭うと彼は忠勝を見上げた。

「・・・満月。」

忠勝は呟いた。

幻惑だ、これは。

あんなにも、まるで現世(うつしよ)離れした光景だと思ったのは満月のせいだ。

白く冴えた月と、その下で血糊を振り払う戦いの神もかくや。

その俊敏なる身のこなしで影を渡り、誰もその姿を知らない。

顔の傷は歴戦の武者であることを絶対的に示すのに、その存在は希薄。

相反するものが同居している。

 そんな忠勝の困惑を知ってかしらずか、服部半蔵は再び女の顔になった。

その見事さは、まるであやかし。

忍とはあやかしの技を使える者なのだろうか、忠勝はぼんやりおもう。

祭女は紅く艶やかな唇をにんまりとした笑みの形にする。


「魅入られましたか・・・?本多殿。」

知っていたのか、こやつ。

「そなたは主家康の守護神。いずれ御挨拶にと思っていたところ。」

挨拶・・・・。

「・・そなたが鍋之介と呼ばれていたときから知っている。こんなにも立派になろうとは・・・、まぁもともと体のしっかりした童であったか。」


 祭女はヒタヒタと忠勝の側へやってくるとその顔を仰いだ。

いや、顔は男のそれだ。

赤い化粧はとれていないが、男のものだった。

切り上がった目と、あまり表情を象らない眉、無機質な瞳。


 「拙者を・・・・知ってるのか。」

「そなたは、覚えていない。こちらが一方的に知っていただけだからな。」


その声も今度こそは男の声だった。

とても静かで、どちらかというと低い声だ。


 「拙者は、影。故に、まだその存在を表には出していない。先ほどもいうたが、内密に。」

「・・心得た。」

「・・・姫御は、さぞお強くなられような・・・。」

「また、会いたいと言うておりました。」

「そうか・・。」


 祭女は遠くを見るように、顔を忠勝から背ける。

ほんの少し、何もない闇を見つめていたかと思うと気づいたように再び忠勝を見上げた。

「このまま、戻るがよろしかろう。拙者は、次へ行く。」

「次・・・?」

「左様。」


 風が巻き上がり、周囲の葉を巻き込んだ。

忠勝は思わず顔を腕で覆う。

すぐに視界をあけたがそこには祭女など居らず、ただ、影がいた。

「・・・服部・・・半蔵・・・。」

「さて・・・まもなく月が隠れよう、はやく、戻るがいい。」

サァァ・・・と闇に紛れるように、影は消えた。







 六→