忘れられると思うてか
こころに空いた穴は闇
耳をふさぎ
涙流れるまま
何に喩えよう
何にも喩えられない
解るものか
ただ一人でいるだけ
それが貴方を想う証であり
私を私で留まらせる唯一の方法
泣かずにはいられない
貴方は帰らないなどと
どこかで解っているのに
解ってしまえば貴方は消えてしまう
耐えられない
何に喩えよう
何にも喩えられない
慰めなどいらない
ただ暖かな日の下で
貴方と寄り添っていたいだけ
−浜松城の怪−
「なに?また声を聞いただと?」
家康は手にしていた茶器を置き、やって来た井伊をみやります。
彼の方もまた、困ったような、言いにくいような、でも言わなければならないと複雑な顔をして主を見上げています。
「はぁ・・。なんでも今月に入ってから頻繁で、中庭を横切るときに女の悲しげな泣き声がすると・・。」
「そのようなこと、今までなかったではないか・・・。」
「それはそうなんですが・・・・。みな夜になると廊下を歩くのが恐ろしいと、日が暮れる前にそれぞれの屋敷へ帰ってしまうのです。」
「う〜む・・・・。しかしなぁ・・・あやかし言われても・・・・・。」
家康は腕をくみ、いっそう丸くなったような体制でうむうむ言います。
井伊もこういったことに強い誰かいないかと頭を巡らせ、
「お、そうだ!」
手をぽんと打ちました。
「半蔵はどうですか半蔵は。」
「おお!あの超現実主義の半蔵か!よしよし、おぬしの言わんとすることは心得たぞ!直政はしばらく沈黙を守るのじゃ!」
「解りました。では家康様にお任せしましょう。」
そんなことがあって、浜松城下の服部屋敷に使者がやってきて帰ったところ。
半蔵としては「主が言うのであれば。」という一言にすぎなかったが内心「夏だからといって誰かが言い始めた噂であろう」とミジンコも信じていない様子。
ともあれ何日か浜松城に泊まることとなるわけだからテキパキと荷物を準備し(鎌ではなくちゃんと刀を二本差してみた)、
誰を連れるでもなく、打ち水の涼しい夕暮れ時、歩いて浜松城へと向かいました。
数日後。
「・・・・っくしっ!!」
縁側でまどろんでいた半蔵は己のくしゃみで目を覚ましました。
あれから幾日か経ち、声が聞こえてきたとされる部屋の、庭を望む縁側に虫除けの香を焚いて、うとうとまどろんでいたのです。
鼻に握った拳を軽く当て、グシッと鼻をすすりました。
と、ヒンヤリした何かが隣から感じられます。
半蔵は警戒するでもなく、じっとしてそのままでした。
「・・・何?半蔵が部屋から出てこないだと?」
家康は口調こそ普段通りでしたが茶釜をひっくり返したので動揺しているようでした。
報告に来たのは忠勝です。
「はぁ。拙者、昨日戻ったので帰りに半蔵のとこへ顔を見に行き申した。しかし・・・・」
「半蔵、閉じこもりおって・・・よもや具合でも悪いとか言うのではなかろうなぁ。」
「・・・・・・・。」
「半蔵?」
「・・・・・・去れ。」
「・・・?」
「・・・・・。」
「半蔵、」
「とまぁこんな調子でしてなぁ〜。」
「う〜む・・・。」
「今日も立ち寄ってみたのですがウンともスンとも言わず、なんだかヒンヤリとしておりましてなぁ。居るのか居ないのかもわかりませなんだ・・。」
「なんと・・・。」
「無理矢理入って様子を見てもよろしいかもしれませんな。こんなこと、今までありませんでしたからなぁ。」
「う〜む・・・・・。」
「・・・・・・殿?」
「気になるのう、あの半蔵がじゃぞ?出仕の時間であるが今日も来なんだわ・・・。」
「ちょっと無理矢理にも見に行ってきましょうか、尋常ではありませんぞ。」
「頼んだぞ忠勝。」
そんなこんなで忠勝は流石に愛刀ならぬ愛槍蜻蛉切を持つわけにはいかないので、とりあえず今の小袖袴に刀を二本差した姿で廊下を歩いていました。
しかし、主にああは言ったものの、もし半蔵が自分の意志でああいった態度であれば力ずくでは無理です。
「だが自分の意志でやらずにこのような態度をするとすれば・・・どうしたいのだ、まったく。」
ブチブチいいながら忠勝は問題の部屋へとやって来ました。
やはりヒンヤリとした空気があるばかりです。
「半蔵、忠勝だ。入るぞ、いいか?」
しかし返事はなく、気配すらも無い始末。
やはりな、と忠勝が扉に手をかけた瞬間でした。
両開きの障子が勢いよく開かれ、なにやら長く黒いものが忠勝の腕に巻き付くと勢いよく引っ張り込み、再び何もなかったかのような廊下があるだけでした。
忠勝は放り投げられるように部屋の中へと引っ張り込まれました。
がばりと顔を上げれば静かに正座している誰か。
畳を這うほどの長い黒髪でその顔はよく見えません。
しかし忠勝にはもちろん、誰であるのか解っていました。
「・・・半蔵。」
起きあがりながら忠勝は低く名を呼びました。
しかし“半蔵”は返事をしません。
それに雰囲気も半蔵である希薄さではなく、冷たく、けれど妖艶な、奇妙な感じです。
『半蔵、というのか・・・・この男は。』
響くような女の声は、妙齢の女性の者。
『男であるくせにまったく男の匂いがない、かといって女のような匂いがあるわけでもない、変わった男だな。』
ゆっくりと振り返れば、“半蔵”の青白い顔がゆったりと笑みを浮かべます。
「忍であるがゆえだろう・・・。」
『ふふふ。妾にも驚かなかったわ・・・。ただじっと何か言いたそうな顔をしていた。』
「皆が心配しておる、半蔵から離れよ。」
『・・・・。』
ふわっと変わる“半蔵”の表情。
さっきを浮かべた本人よりもなお凍り付くような眼差しは、異形の成せる赤い目の仕業。
『嫌。』
「なぜ?」
『待つ。』
「誰をだ?」
『・・・妾を愛してくれる人を。』
「・・・。」
『焦がれて死んだ。・・・悲しくて、恨みたくないのに、妾はまだこの場に縛られている。・・・・もう最後なのだ、こうしていられるのも。』
“半蔵”は目を伏せると顔を忠勝からそらします。
同時に右手を小さく左右に振れば、障子扉が開け放たれました。
『去れ。』
「断る。」
『・・・。』
「なぜ半蔵に憑いた。」
『・・・・・いいのかと訪ねたら、かまわぬと言われた。』
「・・・・・・・出直そう。」
『・・・クスッ』
“半蔵”は小袖の袖口で口元を隠すように笑いました。
立ち上がる忠勝を止めるわけでもなく、ただ笑みを浮かべその後ろ姿を見送ります。
「また来るとは・・・よう言うた。」
障子戸をしめる瞬間、確かに半蔵の声がいいました。
「半蔵っ?!」
忠勝はあわてて扉に手をかけますが開くわけもなく。
にじみ出て絡みつく冷気と“半蔵”の忍び笑いのみが聞こえてくるだけでした。
その日、忠勝は真っ直ぐ屋敷へ帰りました。
幸い、主は取り込み中であり特に火急の用であるわけでもないし、できれば内密に解決したいと思っていたこともありますが、
娘である稲姫に聞くのがよかろうか、と判断したからです。
半蔵に憑いているのは女性。
武人である忠勝にはよくわからない感覚ですが、同じ女である稲姫なら何かしら手がかりが掴めるかも知れない、と思ったのです。
「そのような悲しい話が・・・。城では希にそういった話を耳にします。」
「そうなのか?」
「はい。姫君達は皆、家のために嫁ぎます。また逆に殿方であっても決められた女性がいるわけですから、お互い共いることはできないのです。
思い合っていても、共に歩む道はないのですから・・・絶えきれず焦がれて亡くなる場合もあると聞きます。
逆にすげなく、態度を変えられて悲しみのうちに儚くなってしまうお方も・・。」
稲姫は悲しげに目を伏せます。
「位の高いお方に多い話です、もちろん表には出ませんが・・・。忍である半蔵様は、もしかしたらそういった話をご存じだったのかもしれません。
あらゆる情報をご存じですからそういった逸話も耳に入っているはずです。」
「だから易々と憑いているというのか?馬鹿な!半蔵だって事が大きくなるのを解っているはずだ。」
稲姫は眉を引っ詰めると身を乗り出すように言いました。
「父上!!そのように人を思いやれない父上など稲は嫌いですっ!!・・・・・情けなのです、きっと。」
「情け?」
忠勝は汗を浮かべながら稲姫に「まぁ落ち着け」と言いました。
「最後に聞いたのは確かに半蔵様の声だったのでしょう?でしたら半蔵様は自分が憑かれても問題ないと思ったのです。」
「しかし・・・拙者にはどうしたらよいのか・・・。」
すると稲姫は先ほどまでとうってかわってにっこりと笑いました。
「大丈夫です父上。通われたらよろしいのです、丁寧に、土産を持って。すげなく追い出されても根気強く。」
「う〜む・・。」
「さて、稲はいろいろ準備いたしますね。父上は黙って半蔵様の所へ通われるだけでよいのです。ただし、ここが重要です。」
稲姫は父親の傍らまでやってくると、その大きな手をそっと取りました。
「・・・半蔵様であって、半蔵様ではありません。その方を、落とすつもりで・・いいえ、落とすために通われることをお忘れくださいますな?
悲しい恋いに儚くなってしまった方を成仏させるためにも・・・。」
願いが叶えば、その方は成仏される。
忠勝はぎこちなくうなずきますが、真剣な眼差しで見上げてくる娘に約束しました。
「半蔵を助けるためにも、力を尽くそう。」と。
それから忠勝は毎日根気強く“半蔵”の元へと通いました。
綺麗な着物、髪飾り、時には酒・・・様々な物を手に十日ほど。
“半蔵”は段々態度が柔らかくなっていきました。
最初は無下にすげなく。
途中からはそれこそうれしそうに。
忠勝が贈った小袖と内かけは落ち着いていてもひどく豪華な刺繍で“半蔵”によく似合っています。
外見は半蔵であるはずなのに雰囲気が違えばこれほどまでに着こなせるものなのだろうか、忠勝はちょっと驚いています。
「・・・似合うな。」
『・・・・うれしい。』
少し恥ずかしそうにはにかむ顔は、どこか幼い感じがして忠勝の胸はなんだか痛んだような、複雑な感じがしました。
またある日は長い髪を油のたっぷりしみこませたつげの櫛で梳いてやれば、驚くほど美しいつやをたたえた黒髪があるばかり。
ただ、どんなに美しくとも、会話には教養が溢れていても、二人寄り添うようになっても、その顔に刻まれた二筋の鋭い傷跡は半蔵のものであり、
その人が半蔵であることを示しているわけです。
どんなに“半蔵”を喜ばせようとも、忠勝にはこれからどうしていいのか解らなくなってきました。
そんなある晩。
“半蔵”は半蔵の忍装束姿でいたのでやってきた忠勝はひどく驚きました。
「は、半蔵・・・?」
しかしのぞかせる目は赤く、半蔵ではないことを示しています。
そして驚いている忠勝の首根っこをひっつかむと人間業とは思えないもの凄い力で引っ張り、庭から一気に跳躍して天守の屋根へと向かいました。
忠勝は屋根の上でおろされました。
“半蔵”は平然と端まで歩きます。
結い上げられてはいますが、長い、長い黒髪が夜風に踊る姿は異質な世界です。
『・・・・忠勝、』
「どうしたのだ、このようなところへ・・・。」
『・・妾は・・・飛び降りたのだ。』
「・・・。」
『どうして妾はここまでこれたのか解らない。それでも、天守の屋根から飛び降りた。』
「姫、」
『・・・・。』
とたん、ふわりと半蔵の姿がかすんで消えると、そこには十二単を着こなした優雅な女性が現れたのです。
顔も半蔵のものではなく、大きな瞳が印象的でしたが意志の強い光を宿していてとても目を引かれます。
ただの、奥向きに閉じこめられた姫君ではありません。
『・・・戦が近いな、忠勝。』
「左様。貴女がこれで最後というように、拙者にもまた時間がござらん。この2・3日後には出立の命令が下されるであろう。」
『ふん・・・。男は戦が目の前に現れるとそれ以外に何も見ようとはしない。』
姫君は座ったままの忠勝の隣に腰を下ろしました。
『・・・あの男もそうだった。公家のくせにお人好しで、しかし眉も抜かず歯も染めず、珍しい美男だった。
頭が良く、将来はかなりの位まで上がるだろうとされておったが・・・・。』
ハンッ、と姫は姫らしからぬ、どうしようもなくあきれた笑みをこぼします。
『妾に一度も勝てたこともない男が戦場で役に立つわけもない、その男はすぐに死んだ。』
「武人であったか。」
『たしなむ程度に長刀を使う。・・・それでも妾はその男と共になれることを心から待ち望んでいた。男は帰ってこなかった。
待って、待って、何を言われようと待って。』
姫君は手で顔を隠しますがこぼれる涙までは隠しきれませんでした。
後から後から流れては、あごを伝いきる前に空気の中へと散無して消えていきます。
しかしいきなり手を下ろし、赤い瞳で空を睨むようにいいました。
『そしたら妾に新たな縁談が持ち上がったわ・・・・、宮中に入れと。・・・入ってしまえば二度と会えない、あの男が帰ってきても。
そして、妾には逃げられない。』
細く、しかし力のこもった口調で言い終わると、姫君が総毛立ちます。
「そして飛び降りたのか。」
忠勝は姫君のほほをそっと親指でぬぐいます。
不思議と、暖かい肌がありました。
『時間だそうだ。』
姫君は言いました。
晴れたような顔で、穏やかな微笑をたたえた美姫がそこにはいます。
「本来の姿であるか・・・。」
『半蔵殿は優れた方だ。・・妾でさえ、抗えば存在を消されてしまうわ。』
半蔵は忍ですがそんな能力を持ってるなどとは知りません。
忠勝は眉を顰めます。
『確かに、かの人であれば男でもなく女でもない気配を持つであろうな・・・・のう?忠勝や・・・・。』
にんまりと姫君は笑いかけます。
『くすくす・・・・そのような顔をするな、男ぶりが台無しであるぞ?・・・半蔵殿のことは他でもないそなたが一番よく存じておろうなぁ。』
姫君はふわりと、忠勝の足の上に舞い降ります。
白く細い手を忠勝の肩にかけ、忠勝は今までそうしていたようにその腰に腕を回します。
『さぁて・・・、もうよいかの・・・・。』
「逝かれるか・・。」
『ふふふ・・・、死してからとはいえ、偉丈夫二人に想われたのだ・・・・満足しておる。』
姫君が静かに目を閉じると、その姿は霞のように儚く色あせ、代わりに半蔵が姿を現しました。
しかし、目は閉じたままです。
姫君は、もう実体ではなくなったその白い手で半蔵の頬を撫でます。
『・・・世話になったな。』
半蔵はゆっくりと目を開け、すこし定まりの悪い目で姫君を見上げました。
「思いは・・・?」
『受けた。』
「そうか。」
口の端をゆるめ、かすかに笑みを浮かべる半蔵と似たような笑みを浮かべる姫君。
見つめ合う二人にヤキモキするもなんだか似ているなぁと忠勝は思います。
『・・・さらばだ。』
「うむ、よく休むといい。」
しかし忠勝は何も言えず、どこか意外そうな顔をするだけ。
「・・・別れを告げよ。」
半蔵に肘でつつかれ初めて、そうかこれで終わりなのだ、と実感します。
「・・達者でな。」
「死者に言うてどうする。」
『ふふふ・・・忠勝らしいわ。・・・ありがとう。』
気が付けば二人は“半蔵”の居た部屋に戻ってきていました。
しかし、見える物がすべて横向きで変です。
忠勝が目を閉じたり開いたり、こすったりしていると半蔵の声がしました。
「横になっておるのだ・・・しっかりせよ。」
声のしたほうは、何だか近く、頭を下げれば半蔵がいました。
忠勝の胸元によりかかるように寝転がっています。
半蔵が寝乱れて顔にかかった長い髪もそのままに体を起こせば、はじめて「どわぁあああっ!!」という驚きの声がしたわけで。
「うるさいぞ・・夜半に大きな声を出しおって・・・。」
片耳をう嫌そうに押さえる姿をする半蔵。
二人はいつのまにか布団の中にいました。
今までのは夢ですよ☆と言われたら信じてしまいそうな状況です。
しかし夢とは言えません。
半蔵はスッと立ち上がり、襟元を正す半蔵は庭への障子戸を開け、縁側へでました。
しかしその後ろ姿は何だか真っ黒で。
「半蔵、髪が・・・。」
ギリギリで引きずることはないですが、畳に着きそうなほど長い黒髪が夢ではないことを示してたのです。
「拙者の髪をのばしたところで邪魔だ・・・切るのみ。」
長い髪をうるさそうに掻き上げ、振り返りました。
しかし自分を見る二つの眼は赤くなく、確かに半蔵です。
忠勝は盛大なため息をつくと初めて半蔵なのだなぁ、と気が抜けました。
見計らったかのように半蔵は言います。
「殿からの命は全うした。拙者は、もう戻る。」
「・・・・そんな時期か。」
「それに髪も切らねばならん。急がねばなるまい。」
半蔵が空を見上げれば、月のない夜空が精一杯星を輝かせています。
冷たい風が吹き抜ければ、秋の気配。
さらりと半蔵の髪が揺れます。
「半蔵、」
忠勝が傍らに立ちます。
「ご苦労だったな。」
「・・・姫君を消すことはしたくなかった。・・・・忠勝のおかげだ。」
「そうか。」
「主なら、拙者に姫君を憑依させてもきちっと段階を踏んでくれるだろうと・・・・稲姫もおるわけだしな。」
「うむ。」
半蔵が、さて帰ろう、と思ったときでした。
ふと忠勝に疑問が湧いてきました。
「・・時に半蔵、」
「・・・・・・・なんだ。」
「姫君は浜松の姫か?」
「違う、渡り神だ。」
「・・・初めて聞くな。」
「生前とほぼ変わらない意志を持っているとたまに表れる。・・・姫君は他の城から助けを求めて流離ってきた渡り神だ。」
「神なのか?」
「違う、我らが勝手にそう呼んでいるだけだ、他者に言うたところで解らぬ。」
おもしろくなさそうな忠勝は眉を引っ詰めるとすこしすれた口調で言いました。
「なんだそれは。・・それに“抗えば存在を消される”と言っていたが・・・・そのような術が忍には伝わっておるのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「斯様なこと聞いたことが終ぞないが・・。」
「・・・・・忠勝、」
「うん?」
「細かいことを気にするな、剥げるぞ。」
「剥げっ・・・!これ、何を言う!」
「拙者、時間が押しているので失礼する。いくさ場で会おう。」
「まて、半蔵!」
と、半蔵が人差し指と中指だけを立てた右手を横向きにして己の唇に当てました。
そしてなにやらブツブツ言って、その右手をゆっくりと、空を切るように動かしました。
忠勝の記憶はここまでしかありません。
ばったりと倒れ、寝息穏やかな忠勝を上から見下ろしつつ「・・・掛けるくらいするか。」と夏用の薄い布団を掛けてやります。
「任務完了、影は、闇へ還る。」
そして低い決め台詞を残し、半蔵は屋敷へ帰っていきました。
しかしこの一件以来、半蔵にはとんでもないことが起きてしまったのです。
忠勝と接吻をしたり共に一夜部屋で閉じこもったりすると髪が伸びてしまうという異常事態になったのです。
ともあれ一度のびればそれ以上のびることはないので、一旦戦が終わり浜松へ戻ってきても暫くは女性のように長い髪を高く結い上げた半蔵、もとい
石見の守として登城した服部正成殿が場内や城下で目撃されることとあいなりましが、忠勝が鋏を入れて元の長さまで切ってやれば
不思議とのびることはなくなったのでした。
−終幕−
*渡り神は創作です!!あしからず。