そのひとは じぶんのことを「影」といいました

 あたしには「影」がなんなのか わからないけど


 そのひとは とてもすんだめのいろをしていました

 そのひとは ときどき あかいおびをからだにまいています

 そのひとのかおは よくわかりません

 
 はじめてみたときも からだのまわりにあかいおびがたくさんあって
 
 めのまわりだけ のぞかせて
  
 するどいきずあとが とてもめだっていて

 どんなふうに このよをみているのだろうと ふしぎです


 そのひとは じぶんのことを「影」といいました

 だれにもしられることなく じぶんのすがたをけしていたいと

 あたしをなでてくれるては とてもあたたかかったのに

 
 「きえちゃったら、かなしいよ?」


 あたしがそういえば そのひとはすこしおどろいて

 でもかぶりものをとって すこしわらってくれた


 そのひとは だれよりもやさしく つよいかおをかくしていました

 そのひとは おだやかで おつきさまみたいでした

 
 「かげだなんて、うそ。」

 「そうか?」

 「そうよ、かげはこんなにきれいじゃない、もっと、こわくていやなものだもの!」

 「・・・・せっしゃが、こわくないのか?」

 「こわくない。だから、かげじゃないの。」


 そのひとは ほんとうにうれしそうで てれくさそうで

 このことをだれにもはなしてはいけないといいました











 「稲、」

 「父上!」

 「こういうときくらい、装束を脱がんか、半蔵。」

 「すぐ任務に行く。」

 「・・・そうか。」

 「父上、残念そう・・・。」

 「うん?半蔵がな、またどこぞへ行ってしまうからなぁ・・・。」

 「帰ってくるのでしょう?」

 「無論。」

 「今度は、稲がおあいてできるように、いっぱいたんれんしています!」

 「・・・・・楽しみだ。」

 「・・・・・・・・・正成、」



 父上が、稲をうしろにかくしてしまいました。

 でも、稲はこっそりみてしまったのです。

 父上と半蔵殿が、口を合わせたのを。

 父上のお顔は見えなかったけど、半蔵どのはとてもきれいでした。

 母上がいっていた「とくべつ」って、このことなのかな。

 二人の顔が離れるとまた父上の後ろに戻ったの。

 すると父上はすぐ「稲、中へ入りなさい。」と言って、振り返ればもう半蔵殿はいなかったの。

 「・・・・またくる?」

 父上は肩へ担ぎ上げてくれました。

 「もちろんだ。」

 そう言う父上も、いなくなった半蔵殿が立っていたところを見つめていました。

 「またくるさ・・・。」

 「・・・・・・はい。」

 

 
 いまは たくさんのひとがしぬ せんらんのよです

 ちちうえも いくさにでればかえってこられるのかわかりません

 ちちうえは 「ひゃくせんれんま」で むきずのしょうです

 それでも かえってこられるかわからないのです

 はんぞうも おなじです

 「影」が「闇」にかえるとき

 それは はんぞうがいなくなるとき 

 でも まだ「光」はある

 「光」あるところに「影」あり




 「・・・・かえってきます、かならず!」

 そういうと、父上は笑ってくれました。

 稲は、もっとつよくなります。

 父上や半蔵殿のたすけとなれるように!