*ちみっとだけ福島・加藤・宇喜多・小西の四将が出ます。モブでもよし!オリキャラでもよし!三成と同じくらいの年齢で想像して楽しんでくだされい!








  泣き・笑い・悲しみ・怒る。
それが人である由縁。
ゆえに忍は感情を消すことはできなくとも押し込める術を学ぶ。
それでも、何かの拍子にこれら四つのものは爆発するように、湧き出るように姿を現すことがあるほどなのだ。

 いい天気だった。
敦賀城主、大谷吉継は城を賜って以来初めて主である秀吉を訪ねる旅に出た。
やっと城内や領内のゴタゴタが片づき、気晴らしもかねてといったところだ。
もっとも、今は戦乱のご時世なのだからこんな悠長な事は言ってられない所ではあるが

「だからといって何もないときに焦るのはおかしいでしょ?」

と言ってのけたのはつい数日前。

こうしてよそ者と訝しがられた領民達の心を引きつけ、主として認められたのも事実。
少し大人数で早朝、領内へと出て行くと午前中は視察兼民とのふれあい、昼を食べてからは数人の共と馬を走らせ南下の道をたどった。


「泣くことを思い出した君へ」

 
 南下の旅は季節も相まってとても楽しいものだった。
物騒な輩に会うでもなく、関係ない戦に巻き込まれるでもなく。
ひとまずは落ち着いている証拠であろう。
本当の父親に対する物にも似た感情を持っている主・秀吉と、それにおねね様にあえば顔も自然とほころび昔のなじみを呼んでくれた。
兄弟のように、秀吉、ねね夫妻に育てられた仲であり、悪友でもある彼ら。
示し合わせたかのように一人、二人と城へ集まり来れば、三成以外全員が揃っている状態だった。

 「・・・なぁ、佐吉は?」

ある日の昼下がり、当然のように吉継は言った。
しかし一様にして、何も言わない。
正則・清正・秀家、それに行長は顔を見合わせるばかりで「お前言えよ」と心の声が聞こえてきそうだ。
なので隠し事をされているようで嫌〜な場の雰囲気になりそうだったが、行長はおずおずと答えた。

「三成ならー、来ん。」
「来ない?・・てっきり全員が集まるって・・。」
「知らない分けじゃねーよ、あいつも。」

いじけたように清正は言う。

「一応、おねね様にも言われたし俺があいつに知らせたんだよ。・・・そしたらさ、」
「返事はあったがよ、来れねぇって率直に書きゃいいのに凄ぇ他人行儀なんを寄越しやがった。」

言葉を引き継いだのは安芸の方へ行っている正則は言葉を引き継ぐ。

「・・・とっつきにくい奴だってのは昔っからさ・・んなこと分かり切ってる。」
「・・・あんまりにも他人行儀だったから正則、その場でびりびりにひっちゃぶいちゃったんだよ・・。」

しょげる正則の肩を行長は撫でる。

「ともあれ、あいつは来ないんだ!・・・お前も当てにしないほうがいいよ。」

冷たく言い切れてないぞ、秀家。
心の中で吉継はつぶやいた。



  それから帰る間際の4人に一つ爆弾を落とした吉継は、もう少し滞在することを告げた。
行長だけが「まっとれよ、ええもん持ってくるさかい。」、そういって帰路へついた。


  それから三成が顔を出したのは三日後のことだった。
自身も呼ばれて、控えの中に混じっていれば三成とその家老島左近は戦装束で、辺りを驚かせていた。
このことを知っていたのは恐らく、秀吉とねねだけだろう。

「ようやった!佐吉が早う気づいてくれたおかげよの〜☆」
「ほんとだねえお前様!佐吉、左近!ありがとう!!大いくさにならずに済んだわよ!」
「・・・当然のことをやったまでです。が、」

変わらず冷えた口調。
しかし珍しく三成は要望をいった。

「が、この不肖石田三成、しばしの休息を頂戴いたしたく思います。」
「もちろんよの、ねね!飯に腕を振るってくれい!」
「はいよお前様!三成、今までと同じようにちゃんとお前の部屋を作ってあるからね?気が済むまでいるといいわ!たーだーし、」

ねねは三成の前で(性格には鼻面の正面)人差し指を突きつけるとこういった。

「ただし一つだけ条件があるわ!ご飯は変わらずみんなで食べること!あたし、お前様、それに紀之介がいるからねぇ♪他の4人は帰っちゃったけど、
 でもだめよ?まだ家族はいるんだからね!!解った?」
「・・・・・承知しました。」

三成はしぶしぶ、といった感じで頭を下げ、吉継は苦笑しながらその背中を見ていた。



 それから三日間、吉継は三成とまともに会わなかった。
会うのは食事の時だけ。
いつも通り分け隔て無く昔のように楽しい時間のはずが、彼はもくもくと食事を済ませて出て行った。
流石の秀吉とねねも首をかしげ、「なにかあったのかの?」と左近に尋ねたりもしたが、しかし彼もまた

「気がついたらあんな感じです。・・俺も・・正直よく解らないんですよ。」

というだけで少し困った顔をしていた。

 これは佐吉らしくない、と吉継は三成を訪ねた。
しかし応答がない。

「・・・佐吉、俺だよ、紀之介だ。・・・なぁ、中にいるんだろ?嫌でもいいからちょっと会ってくれよ。」
「殿は、ずっとああなんですよ。」
「島殿?」

反対側からやって来た彼はちらりと開かない扉に目をやった。

「少し前から人を寄せ付けない性格が一層拍車がかかっちまいましてねぇ・・・。口数も減りました。俺は軍師として召し抱えられてる身ですからまだ話しますが・・
他の者達とはからっきしなんですよ。」
「原因は解らずじまいなのか?」
「ええ・・解らずじまい。気がついたらこんなになっちまってまして・・・・申し訳ない。」
「いや、島殿のせいではない。昔から考え込むと塞ぎ込む達ではあったんだ。・・・夜半、帳が深くなってからまた尋ねよう。」
「お願いします。」

二人はこうして、元来た方へと帰っていった。

 夜。
下弦の細い月が縁側から見える頃。
三成は早々に敷いた床の上に寝転がって月を見るともなしに見ていた。
傍らには散乱した本があちこちにあり、それらは兵法書だったり治世を説くものであったり様々だった。

ふと、風が舞い込みだした。
それは三成を慰撫するように優しく駆け抜ける。
冷たすぎず清々しい風だった。
目を閉じ、風にされるまま身を任せる。

 「佐吉、」

少し経って、名を呼ばれた。
自分を佐吉、なんて呼ぶのは同じ子飼いの中でも一人だけ。
三成はゆっくり目を開け、物欲しげに腕を伸ばした。

 「やぁ佐吉、」
「・・紀之介か。」

しっかりと握り替えされた手。
しかし素肌ではなく、見れば布が巻かれていた。

「紀之介、手を・・。」
「やっと会えたよなぁ。引きこもりなんて似合いすぎで周りが困るからやめとけって。」
「・・・・。」
「島殿が、心配していた。」
「・・ふん。」
「あのなぁ。」
「別に俺は特に変わったことなどない。やるべき事をなし、先もくらだん小競り合いに収拾を付けてきたまでだ。」
「戦装束だったな。だったらなぜ正則が手紙をひっちゃぶくほどの内容を書いたんだ?」
「別に俺は何も書いていない。ただ行かれないと書いただけだ。」
「・・・・・・・・あのなぁ。中身がなさ過ぎで正則は怒ったんだぞ?今までも酷かったが拍車がかかったと。」
「余計なお世話だ。それに、もうあのときは忙しかったからそれどころではなかったのだ。・・・文句あるか。」
「やれやれ・・。」

 素直じゃないなぁ。
素直じゃないと言うよりはあまり物を言わなさすぎなんだ。

「だったらせめて、正則へあのときは時間がなかった、とでも一筆書いたらどうだ?」
「あいつが読むと思うのか?・・・どうせなにやってもひねくれた見方しかしないだろうさ。」

ごろりと寝返った三成は吉継に背を向ける。
しょうがないなぁとばかりに頭を掻き、ほんの数秒、さてどうしようかと思ったが結局は頭を撫でることにした。
撫でると言っても親が子供にするような幼いものではない。
ゆったりと撫でるその手つきは、愛しい者を相手にする時のもの。
さらりと指の間をすり抜ける猫っ毛の赤毛。
三成は振り返った。

「紀之介、」
「ん?」
「・・・俺はおかしいのか?」
「どうしてそう思うんだい?」
「・・・たとえば此度のことだ。俺はこの小競り合いで忙しかった。だから行かれないと端的な書状しか書けなかった。知らせただけいいだろうに、
反応は悪い。ならどうしろというんだ?」
「あ〜・・・・。」

三成は至極まじめな顔だった。
吉継はちょっと遠い目をした。

「・・・間が悪いんだろうな。もちろん俺たちにだって非はある。何か事情があったんだろうと思っても良かったのかもしれない。
だが、ここで一筆書いたらいいのだ、不本意であっても。たとえば・・・此度は誘いに乗れず悪かった。小競り合いの収拾を任され多忙だった。
懲りずにまた声を掛けて欲しい。・・・とか。」
「次があるのか?」
「またそういう。」
「・・・。」

昔から佐吉はこうだったな、と吉継は昔に思いをはせる。
この不器用な友人を知るのは己くらいなものだ。
おおよそ知っているのは秀吉公とおねね様と、それに左近殿といったところ。
この素直じゃない男が治世の才に優れ、人に何かを説く立場であるとは不思議な感じもするがだからといっておかしいことは一つもない。
むしろ、その才を多くの者達に認められ、賞賛されるべきものだ。
しかし、この男は変わりに沢山の物事を置いてきてしまっている、そんな感じもするのだ。
今回のことにしたってそう。
今までであればそれでも姿を出しきっと、「小競り合いの収拾を任されていて多忙だったのだ。書状を送っただけよしとしろ。」くらいのことを言ってのけそうだ。
そうすれば清正や正則らとけんかになって終わり。
けんかをすると言うことは感情を表に出すと言うことだ。
常日頃からあまり感情を顕わにしない三成が人らしく見える場面ではあるが、最近は黙って通り過ぎるだけだ。
最低限の挨拶のみ。
怒ることもなくなったし、笑うことなど・・・昔から少ない方だったが今では貴重なんだろう。
そして悲しむところも見なくなった。
戦があったりすると柄にもなく、と言ってはおかしいが戦の後は引きこもったりしていたが今ではそれもなくなった。
後処理に追われるようになったからだろうか。
ただ事務的にしか物事を見なくなってしまっている。

「・・・・・・・What shall I say to you.....」

しまった。
口を押さえても遅かった。
三成は凄い勢いで体を起こした。
その目は、驚いていた。
それにつきる。
それ以外になんと表現しようか、とさえ思った。

「・・・今の言葉・・・!」
「なんだい〜それ〜。」
「しらばっくれるな!・・・南蛮の言葉か?いや、伴天連達の言葉とは違うな・・・・。」
「気のせい気のせい♪」

お、ともあれいつもの調子が戻ってきた気がする。
吉継はそう思うと時間も遅いことだし、「また明日な」といって部屋へと帰っていった。



 次の日の朝、三成が目を覚ます頃には来客があった。
馬をすっ飛ばして領国ではなく故郷堺へ戻っていた行長だ。
朝食の席には彼も居て、久しぶりにけったいな関西弁を朝から聞く羽目になった(秀吉とねねはずっと笑っていたが)。
ともあれ朝食を頂いてから行長は大量の本やら巾着やら風呂敷包みをもって吉継の部屋へとやって来た。

 「伴天連から言葉を習ってるー聞いたから原書を持ってきたで。あと英語か?ちぃと噛んだそうやないか、せやからその辞書と本な。
ええのは英国訳しかなかったりしてるさかい、助かったわ。」
「ほんと助かる。恩に着る!・・・あの伴天連の言葉は難しいなー。英語のほうが性にあってるよ。」
「やらはりますなぁー。でも伴天連曰く、作り自体はよー似てはるみたいやし、一つ覚えたらなんとかなるらしい。」
「なるほど。たまたまうちの城下に英国から来てる医者ってのがいてなー、お互い教え合ってるかんじだな。」
「主治医か?」
「ああ。」
「せやったら・・安心やな。この病は・・この国じゃいわれは悪いが体が弱ってる時に掛かりやすいー言うんや。・・転戦してたやろ?」
「無茶してたな。」
「あとは過剰な接触も原因の一つらしいな。本当の原因・・なんでなるんかってのは解っとらんけど。」
「過剰な接触なぁ・・・。」
「その知り合いの南蛮から来た医者がいうにはな、戦で疲れとるのにから病もちに手ぇ握られたりとか返り血を浴びてしまったりとか
そんなんでもかかるっぽいこと言いおった。嘘かほんまか解らんけどな。」
「けど過剰な接触だったら・・考えられるな。」
「・・けど英語か・・。エングリッシュやな?」
「おいおい!なまってるぞー、Englishだ。」


 そんなやりとりが聞かれてるとも露知らず。
踏み込んできた三成を見て「ベタベタしちゅえいしょんやー」などと南蛮かぶれの行長が心の中で呟いたのはしょうがないだろう。
勢いよく開いた襖の向こうに立っていたのは三成だった。
部屋の中に散乱している書物を一別し、行長を見て、吉継に目を合わせた。

「・・病とは、その手のことか。」
「さ、佐吉・・・・。」
「俺には隠して、他の連中には話すんだな。」
「・・・あ、待てよ佐吉!!」


 ずんずん歩いていてしまう佐吉をやっとのことで止めたのは城の一番奥にある倉庫の前だった。
暗いが、貯蔵区画でもあるここには風がヒンヤリと通っている。
佐吉の腕をつかんだ瞬間、凄い勢いで振り払われた。

 「お前ならって少しでも思ったのが愚かだったのだ。・・お前のようなやつにとやかく言われる筋合いはないっ!!」
「話聞けって!」
「うるさい!・・・・・・・・・目障りだ、消えろ。」

 ひゅっと色をなくす、その瞳。
睨んでいるのに、どこか悲しげな眼差しだった。

(悪いのは、俺だ)

吉継は思う。
でもここで見放してしまえば佐吉はいよいよ孤立してしまう。
無理矢理にでも、話を聞かせなければいけない。

 「本当はな、無理矢理にでもお前を担いで俺の部屋へ連れ込んで話を聞かせたいところなんだ。けど、それももうできない。
悪いのは、俺だ。後でじっくり話そうと思って結局延ばし延ばしにしていたんだ・・・・・すまない。」

風が騒ぐ。
きびすを返したがった三成の体を押し留まらせるように柔らかく、吹きすさぶ。
だから三成はじっと吉継の釈明を聞いた。

 「・・・・部屋へ、来てくれるか?」

三成は、一度だけ小さくうなずいた。

 「・・・癩だと?」
「ああ。だから、さわれない。」
「・・その、手の布も・・・。」
「まだそんなに重くはないが、見かけが悪すぎるんでね。」

左手に巻かれた、白い布。
よくみれば、薬指と小指までくるまれていた。

「だから・・行長が?」
「そう。このまえ4人に会ったときにいったんだ。行長は商人だから、いろいろ知ってるって言って本やら薬やらいろいろ持ってきてくれたんだ。」
「じゃあこの前呟いた言葉も・・・。」
「そう、異国の言葉。大分話せるようになってきたからね・・・・あとは、聞いてるだろうけど、主治医は海の向こうの人間だ。」
「・・・・・。」
「まだ、右手は平気だ。綺麗なもんだ。だから、こうして手をとってやることはできるし、涙を拭ってやることもできる。」

頬に触れれば、指はぬれた。
瞬きをすれば、そのぶんだけ涙は流れる。

「・・・泣いたな、やっと。」
「・・・死ぬのか?」
「そりゃいつか人は死ぬさ。」
「すぐか?」
「いや、まだ初期だから平気。・・治るかもしれないし・・もっとも治ってもこの容姿かどうかは保証できない。一生、布で隠すようになるだろうな。」
「・・紀之介、」
「うん?」
「死ぬな。」
「解ってるよ。そうすぐじゃない。」
「助けるから。」
「手伝ってくれるって?・・期待してる。」
「ああ・・・。」
「なんだかんだいってもな、4人がお前のこと心配していた。もともと表情を出さないから、奥へ閉じこめていよいよ他者から冷たい目で見られてるんじゃないかって。」
「・・・。」
「俺たちがいるから、秀吉様も、ねね様も。」
「ああ・・・。」
「あんまり、根詰めるなって。」
「ああ・・・。」
「佐吉、」
「なんだよ。」
「・・・ごめんな?」
「紀之介が悪いんじゃないだろう・・・。」
「お前が泣いてるのに、抱きしめて背を撫でてやることができない。」
「ガキか、俺は。」
「・・・あまり感情を殺さないでくれ。お前は、人に聡いから心配だ。」
「だったら、早く治したらいいではないか。」
「そうだな・・・。」
「どんな姿になっても、紀之介は紀之介だから。」
「・・・顔が崩れたらそういってくれ。」


晴れていた空はいつの間にか曇っていて、音もなく雨が降り始めていた。
しずくの音が不思議と全くなく、霧雨のようなそれは、しかし見ればしっかりと軌跡が目に見えるほどの雨だった。

「Los cuidados no tienen nada」(心配事は何もないんだ)

泣くことを思い出した君へ−A usted quien recordo que llore−。
吉継が思うことはただそれだけだった。