−清明−
(万物清く陽気になる時期という意)




    三成は歩みを止め、眼前に広がる青い空を見上げた。

 雲がぷかぷかと風に乗って、なんとなく気持ちよさそうだなと思っているなど、このぶっちょうずらを見て誰が思うだろう。

 風は心地よい涼風。

 戦でなければ弁当でも広げたいところ。

 ・・・この無表情でキツイことばかり口走る御仁がこんな穏やかなことを考えているなど誰が思いつくだろうか。

 それでも赤っ毛を風に遊ばせたこのお人はぼやっと以上のことを考えていました。

 


  「良い天気だな。」

 凛とした声が後ろから声を掛けました。
 
 女性にしては張りに溢れている声は凛々しさを一層引き立てています。

 もちろん持ち主は立花ギン千代であり、変わらずの武装姿で三成の隣へ立ち空を見上げます。

 「これから戦が待っていようとは、誰が思いつくであろうなぁ、三成。」

 「乱世であれば、そうもいってられん。」

 「まあ言うことにも一理あろう。が、こんなに良い天気だ、気温も高くないとくれば・・・のんびりしたくもなるのが人であろう?」

 くっくっく、とギン千代は小さく笑いながら元来た方へと去っていきました。

 また三成は一人空を見上げます。

 「・・・・・ふん。」

 三成もまた、ギン千代が歩き去った方へと向かいました。




  それから半刻ほど立った頃。

 こんな伝令が各諸侯達へとまわりました。


 『カタはつけた。明日をもって、引き上げとする。三成拝。』


  今の今までにらみ合いが続いていたとは嘘のよう。

 それをいぶかしんだ立花のお嬢さんは適当に(今は休戦中の)島津殿へついでに己の陣も頼む、と押しつけフラリと陣を離れました。




  ギン千代は先刻三成と話した、本陣の裏へやってきました。

 本陣自体が少し高台にあるのと静かなのが相まって、正直にいえば景色の良い誰もいないところです。

 人と連むのがいまいち苦手な三成は日がな一日、そこへ来てはぼーっとしているのを彼女は知っていました。



  「采配してやったりだな。」

 「ふん。」

 三成はその斜面に座っていました。

 柔らかい草が丁度良いな、とギン千代は側に座りながら思います。

 
  みれば三成は額当ても手甲も、防具は全て外していました。

 綺麗で常人離れした赤毛を風に嬲らせ、ぼうっとしたように見えたところで「ぼうっとしているのだな」とギン千代は思いながら額当てと手甲を外しました。

 額に当たる風はほんのり冷たくて心地良いものです。

  「戦には向かぬ日和か。」

 三成はポツリと言いました。

 「そうだな。・・・このように気候が良くては相手もまた間延びしているのだろう。」

 ギン千代が驚きました。

 目を見開いて、三成をじっと見ています。

 見られている感じがした三成は彼女の方を向きました。

 見れば、なんだか驚いた顔をしている彼女がいて、

 「・・・・その顔は嫌みか。」

 とクールで無表情に言いました。

 ギン千代は顔を元に戻します。

 「そういうわけではないが・・・・、何というか、」

 「なんだ。」

 「貴様も人の子なのだなぁと。」

 「・・・・・・。」

 三成はギン千代から目を離します。

 これは機嫌を損ねたか?とギン千代は持っていた竹の皮でくるんだ包みを差し出しました。

 「気に障ったか?」

 三成は再びギン千代へ振り返ります。

 黙って包みを受け取り、当然のように中身を手に取ると口の中へ。

 「・・・・・別に。」

 ちょっとふがついた言葉が照れ隠し。

 ギン千代は微笑むと自分も一本取りました。

 団子が包まれていたのです。

 「今日は天気がいい。さぞ団子もうまいだろう。」

 二人で暫くもぐもぐしていれば、三成が何処からともなく竹筒を取り出しギン千代に差し出しました。

 「悪いな。」

 ギン千代は受け取ると、実は冷えているお茶をコクコクと飲みます。

 三成は自分の、少し大きめの竹筒でお茶を飲みました。

 



  二人は団子を食べ終わってもそこに座っていました。