「なぁ、お願いだ、一度だけで良いからっ!」
「・・・・・殺。」
「だって、そう、自分でも解らないがきちんと納得するためにはそれしかない!」
「・・・・・。」
「半蔵、」
「滅。」
「別にとって食いはしないからっ!」
「滅!!」
(以下乱闘の為省略)
*あの人の、素顔のこと*
それはうかつとしか言いようがなかったと、後に話を聞いた本多平八郎忠勝は言う。
長篠の合戦での出来事だった。
敗北は必至の状況下で主を逃がした真田幸村と、首を狩りに来た服部半蔵が対峙した。
武田勝頼はすでに逃げおおせ、しからば真田の首でも、と半蔵の鎌が舞う。
それをぬうようにして繰り出されるは、絶賛売り出し中の青年武将、真田幸村の鋭い槍撃。
あたりには巻き込まれてゴロゴロしている骸と、巻き込まれたくないので遠巻きにしている足軽やその他歩兵達。
血しぶきを散らしながら二人は互いのエモノを振るっていた。
が。
「ぇやあっ!!!」
幸村自身も後に「あのようにうまくいくとは」と語るはこの時のこと。
振り回すために手から勢いよく投げられた服部半蔵の鎖鎌を、この青年は槍でカキンと打ち返したのである。
偶然だ。
そして偶然が重なり、その鎌は持ち手である服部半蔵の方へ倍の勢いで飛んでいった。
勿論、食らうようなヘマはしない。
しかし、本当に偶然が重なって、「顔のない忍、服部半蔵」の異名を象る口布を切り落としてしまったのだ。
そしてそのまま頭巾も鎌に引っかかってばさりと地に落ちた。
ジャララ・・・と力無く落ちる鎖、トスッと地に刺さる鎌。
まぁこの場で惚けるようなことなどしない。
別に産まれてから殿方に顔を覗かせるなど禁忌!なんて言われた古代中国や平安時代ではあるまいし、別に恥ずかしくも何ともない。
現に城へ上がるときなどは顔をさらして行くわけで。
問題は、本人ではなく少し離れて立っている若者の方だった。
彼は持っていた十文字槍をガラン、と落とした。
半蔵がそっちを見やれば呆然としたように立っている赤揃え姿が一人。
大きく目を見開き、驚いているようだった。
これに吃驚して半蔵は鎌を手落としたわけで。
「服部半蔵!!!」
よく通る声が忍びを呼ぶ。
すぐ掻き消えてしまえば良かったが、一種の暗示みたいに動くことができず近づいてくる若武者にたいしてまぁ不用心な物だった。
もっとも相手は丸腰だったし、半蔵がその気になれば仕込み武器で一撃必勝!なわけだ。
若武者はズンズン歩いてきて、半蔵の前で止まった。
そして肩をつかむ。
絵に描いた如く、時間差で今バサリとほどけた半蔵の髪。
存外長く、日の下ではえらく茶色い髪だった。
半蔵は「見下ろすな、若造・・・・。」と心の中で毒付くも見かけに至っては常日頃と変わらぬ無表情。
幸村の心情としては
「鎧邪魔」
という実に欲求に対し率直な一言に尽きるが。
そこへやってきたのが本多平八郎忠勝。
いかめしい鎧に身を固めた、cm換算で210もある男が馬に乗ってやってきた。
「は〜んぞ〜!!!!!」
彼のでかい声があたりの呪縛を解き放つ。
見れば半蔵が敵方の将に肩を掴まれている・・・・いやそれ以前になぜあやつは顔をさらしているのか。
足軽達は馬のために方々へ散り、忠勝は肩を掴まれたままの友人をひょいと掴むとそのままかっさらって徳川の陣へと馬を急がせた。
話は少し時間が経ったころに変わる。
半蔵はあの地に鎖鎌を置いたままにしていた。
だからその後あったちょっとした小競り合いも面倒だが鎧を替え、口元を隠したままではあったが、忍びではなく武士として槍を振るった。
そこへ現れたのが真田幸村である。
武田勢とはちょっとした休戦協定中であり戦になることはない。
したがって青年も武装で現れたのではなく、旅の牢人風の出で立ちで現れた。
因みにその時の半蔵の服装を明記しておけば戦ムソ1の幸村見たく軽鎧姿だった、色は真っ黒だったが。
「半蔵、来客があるぞ。」
主である家康公はのんびりといった。
「承知。」
とはいったものの、こんな戦場へ(戦は片づいているが)客人など。
鎧をガチャガチャ外しながら半蔵は陣を出た(口布はそのままだ、勿論)。
出たところ、すぐの右手はちょっとした斜面になっていてそこには男が座っていた。
手には半蔵の鎖鎌があって、玩んでいる。
幸村は手の中から鎖鎌が消えた事にさほど驚かず、黙って立ち上がると振り返った。
すると思った通り、鎌はすでに、目の前に立つ男の手の中に戻っていた。
「・・・・息災で何よりだな、半蔵。」
「鎌は受け取った、早々に去るがよい。」
「・・・・。」
なぜここで赤くなって俯き、もじもじするのだ。
大の男がしたって・・・・・いや、この真田幸村の場合は犬っぽいのでキモくはないが・・・なんか変な光景だ。
「おい、」
「その、!」
半蔵の台詞を打ち消すかのように幸村は顔をあげた。
なんだというのだ、いったい。
半蔵の頭はこれにつきる。
ついでに言うと後ろからこっそり見ているのが二人いるのでそっちも気になる(勿論家康ととばっちりを受けている忠勝だったが)。
「その・・・不躾で申し訳ないのだが・・・・・顔を見せてはくれまいか?」
「は・・・・。」
呆気にとられた。
「この前、偶然とはいえ見てしまったのが忘れられぬのだ・・・。
あれは錯覚で、時間が経ったから私が誇張して覚えているだけなのか・・・兎に角気になってしょうがない。」
「男の顔に何を言ってる。」
半蔵がボロッと零す。
そこへ幸村がクワッと顔を上げた。
「そりゃ気になる!あのとき見た貴方の顔は忘れられぬ!睫は長かったし、目元は涼やか、正に流麗。傷跡も地肌の白さに花を添え、薄い唇は赤い。
これが忘れられようはずがない!」
・・・このとき後ろで「ブフッ!」と吹いた声が聞こえた半蔵は「・・・殺」と後ろのデカブツに向かって殺気を向けた(勿論忠勝のことだが)。
「半蔵!」
「断る」
「なぜ?」
「今は将として戦場へ出てる故この様な姿だが拙者は元来忍。故に顔をさらすこと、憚る。」
「しかし譜代故、まさか顔を晒さず登城することは無かろう?」
「お前は敵であろう。拙者が顔を晒すのは、身内のみ。」
「・・・・。」
顎をくいっとあげ、まるで見下すかのような半蔵の視線。
背は幸村より低いが、威圧感があった。
「戻れ。ここは、お前のいる場ではない。」
「・・・。」
しかし幸村も上田からはるばる南下してきたのだ、見ずに帰るわけにも行かない。
眉を八の字に顰め、ふて腐れる子どものように半蔵を見つめる幸村。
「・・・・はるばる何のために、」
「戻れ。」
「素顔を見るまでは帰らぬ。」
「他人のお前に顔をみせてどーする。」
「ならば他人でなければよいのだなっ!」
「・・・・・・・・・・。」
お前が他人以上になれるわけないだろう、と半蔵は毒つくもそれは言わずに黙っていた。
それに、きりがない。
自分が陣へ戻れば諦めてこやつも戻るだろうか。
半蔵が向きを反転させ、陣へ返ろうとしたところだった。
肩が掴まれる(このとき家康公は「おおっv」と声をあげた)。
幸村は自分の方に半蔵を向かせると、口布に手を掛けた。
「御免。」
耳元で小さく囁くと同時に幸村は布をスルリと外してしまった。
そしてそのまま口づけをしてしまおうと・・・・・・・・してぶっ倒れた。
「・・・存外肝の小さき男だな。」
勝ち誇ったように半蔵は目を細める。
突然幸村が倒れたので家康と忠勝は慌てて出てきた。
「いったいどうしたのだ?」
真田幸村ほどの勇将が、半蔵に顔を寄せたと思ったら行きなり倒れるなどと。
「半蔵、しかけたのか?」
忠勝は呆れたため息をつきながら尋ねる。
すると「くっくっく」と忍び笑いが聞こえてきた。
こういう時の半蔵は、ろくでもないことをしでかした後だ。
「ちょっと驚かせただけよ・・・。」
言いながらゆっくりと振り向く半蔵。
その口元は・・・・・・
「ぎゃあっ!」
「ぬわあっ!!」
血をすすった後拭っていないような感じで唇とそのまわりはドス赤黒くなっていた(しかも頬まで血をなびったようなグロイ跡がある)。
そして口から覗く、太く長くて鋭い犬歯もやはり血を吸ってほんのり赤みを帯びている。
そんな獣じみた口元があり流石の二人も驚いたのだ。
驚いた二人に満足したのか、半蔵は仕込み牙を外して顎を柔軟にすると何時の間にやら手にしていた手ぬぐいで顔を拭う。
もちろん、たっぷり水がしみこませてあった。
「笑止。」
ぼそりと半蔵が言う。
その時には半蔵の素顔が現れていて、幸村が並べたとおりの綺麗な顔があった。
「・・・・その顔で、さらに幻術をかけたな?」
忠勝はドキドキする胸を抑えながら言った。
すると半蔵は一層凶悪な笑みを濃くして陣へと歩き始める。
しかしこれで終わりではなかった。
半蔵が素顔をみせるまで、冒頭のやりとりが延々と続くのである。
−終劇−