跡部奪還大作戦!〜俺様の美技は世界を魅了する〜








+5月13日(土) 17:32pm+




 その計画は後の時世まで語り継がれるほどとなり、インターポールもNYPD一目置く戦いであった。



氷帝学園テニス部部長にして生徒会長、跡部景吾。

200人からの部員と中等部をまとめ上げるカリスマ。

その地位に相応しく容姿は日本人離れした彫りの深い顔立ちと白い肌、淡い色の髪と青灰色の瞳を持っていた。

容姿端麗、文武両道。テニスは将来を期待され頭脳は勿論学年でTOP。家は勿論超金持ち。

性格はまるで王様のように俺様気質だが隠された“優しい暴言”によって心酔する者も少なからずいるほどだ。


そんな氷帝の帝王跡部景吾(一部では女王だろうとも囁かれているが)がここ三日ほど学校を休んでいた。

まだ3年生になったばかりの春。

全国大会に向けた地区予選が始まるというのに部長は不在のままだった。



 「・・・まだ監禁されてるのかなー、跡部のやつ。」


それは部活の終わった夕方(土曜日のため1時から5時までだった)、レギュラー用部室で着替えている宍戸がポツリと呟いたところから始まった。

「今回は長くかかりそうって?」

一足早く着替え終わった岳人が側のベンチに座ってシャワーで濡れた髪をタオルで拭く。

「流石のあいつもなぁ。」

「おじさんとおばさんは?」

「今回いないんだ。ばあやさんが付いてるって。」

「それって強引に?」

「おじさんとおばさんの許可はあるらしいんだけどさぁ・・・。」

「てか跡部、ものすっごくピリピリしてるだろーなぁ。」

「笑ってる場合じゃねーよ、岳人・・・。」

「大会近いしなぁ・・・。」

そこへ交代でシャワーを使っていた氷帝の天才、忍足侑士と氷帝の忠犬(違)鳳長太郎、そして眠りのジローが出てきた。

「・・跡部のことか?宍戸。」

長い髪をガシガシ拭きながら忍足は宍戸の隣に立ち、ロッカーを開ける。

「そーなんだよな。なにか聞いてないか?」

「なんも。ただ・・・最初のころはな、うぜぇ、とか退屈、とかテニスしてぇ、とかあと部員へのメニューとか色々送られてきてんけどなぁ・・。」

「そういやここ三日、音信不通だねぇ・・・。どーしたんだろ。」

岳人が二人の間にひょこっと立つ。

「・・・そういえばね〜・・・・。」

さっさと着替えてベンチで丸くなろうとしていたジローが思い出したように3人を振り返る。

「ジロー、なんか知ってんのか?」

「うん。宍戸知らないんだー・・・・・・っとねー・・・跡部、今日本にいないよ?」


『・・・・・えっ?』


凍り付いた一同。

合いの手を入れたのは下級生への指導を終えて丁度戻った樺地だった。

「ウス・・・。跡部さんは・・・・・・・今、ニューヨークにいます・・・。」


『ニュ、ニューヨーク・・・・』


なんだってそんなところへ。

「お見合い相手の方が急遽そっちにいるとかで・・・・・拉致られたと・・・・・。今朝方メールが入りました・・・。」

樺地・ジロー以外を凍らせたまま頭を下げてシャワールームへと消える樺地。

「全員へメール遅れなかったから伝えておけーって・・・今し方メール来たんだよね〜・・・・。」

ふわわわ・・・・・・・・とあくびをして再び眠りにつくジロー。

「そう言えば今ニューヨークではなにかVIPなイベントがありましたねぇ・・。とすれば・・・、」

「なんだよ、長太郎。」

樺地と一緒に戻ってきた忠犬長太郎が引き継ぐ。

「たぶん跡部さんはそこにいます。早い話が、盛大な合コン会場ですよ!お忍びで王侯貴族もみえますから!!」

「・・・ってなんでお前が知ってるんだよ、鳳。」

「あ、岳人しらねぇ?コイツ、跡部ほどじゃないけどVIPだぜ?親父は国際弁護士だけど元々の家、良すぎるから!!」

「なんや、鳳もセレブかいな・・・・。んで、跡部はそこにいるんやな?」

「俺は大会が近いんで辞退したんです。そんなことに興味もないですし・・・・。」

「でも・・・早くしないと大会が・・・・・。」


「その通りだ、向日。」

凛とした声が部室に響き渡る。

一斉に入り口へ視線が注がれ、背中にスポットライトを当てられているかのように登場したのは勿論、氷帝テニス部監督にして音楽担当の榊太郎(43)だ。

「以上の理由からこれより全員でNYへ至急渡って貰う。なんとしてでも跡部を連れて帰らなければならない!」

「しかし・・監督、簡単にあっさり言ってのけたんはええけど・・・・。」

「必要な機材は全て向こうで渡そう。鳳、」

「はい監督!」

「場所は知っているな?」

「問題ないっす!」

「概要はお前が先に目を通してから機内で全員に解説すると良いだろう。私は残念ながら全国テニス連盟の会合があって渡米できん。

オンラインでサポートはするからインカムを肌身離すな。」

「解りました!!」

監督と鳳が二人で打ち合わせを始める中。

忍足、宍戸、向日は顔を合わせて

「帰りマックよらねぇ?腹減ってよう。」

「あ〜行く行くぅ!侑士は?」

「いっしょしよか。・・・ジロー、」

「うにゃ〜・・・。」

「決定やな。樺地、いくか?」

「ウス。」

「ほな決定な。日吉と滝ぃは下級生のほう行っとるし・・・・さて、」


「マックじゃなくて羽田へ行きます!!!!」





跡部景吾奪還プロジェクト

情報・セキュリティ解除・・・・・・・忍足侑士 向日岳人
潜入・奪還実行・・・・・・・・・・・・・鳳長太郎 宍戸亮 樺地崇弘 芥川慈郎
後方支援・・・・・・・・・・・・・・・・・・忍足侑士 向日岳人 榊太郎 


協力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・鳳財団 跡部ワールドワイド・カンパニーズ 榊家


学園待機班(下級生指導)・・・滝 日吉






+22:14pm+




 「・・ふわぁぁぁ・・・・。なんや、よう寝てしもうたなぁ。」

忍足が目を覚ますと座り心地のいいソファのようなビジネスシートに座っていた(校門前で押し込まれた車内で睡眠ガスをかがされた)。

それは広い機内をゆうゆうに使った配置にされていて円を描くようにおかれている。

向かいに座っている宍戸はまだ夢の中なのがみえた。

丸まって寝てる姿はとても愛くるしい。


学校を出て4時間以上がたっている。

部室から鳳の手のものに連れられ真っ直ぐ羽田へ連れてこられチャーターした最新のボーイング777(プライベートジェット)に放り込まれ今は空の上。

パスポートはいつの間にか発券されていたしすぐに帰るからビザの手続きも簡単すぎてほぼ免除状態だった。


 「あのときすぐ出発したのはタイミング良く夜になるからです。朝になればまた場所が変わりますからなんとしてでも跡部部長を捕捉しなければいけません!!」

妙に力の入った鳳がタイミング良く部屋へ入ってきた。

黒いスウェードのジャンパーがよく似合っている。

「鳳、一つ聞いてもええか?」

「なんですか?忍足先輩、」

「これ、お前んちのか?」

「そうです。急遽借りました!」

思わずこめかみを押さえる忍足。

「それはそうと他の方々が眠っている間に忍足先輩にはこれに目を通して頂かないと・・・・。」

それはほどよい厚みを持ったファイルで跡部景吾奪還プロジェクト、と書かれている。

協力の所に思わず疑りたくなる名前があったがあえてスルーすることにした。

「忍足先輩のはホテルのセキュリティスケジュールがはいっています。」

それを聞いてニヤリと忍足の口角があがる。

忍足はその道のマニアだ。

「解除せぇって?タロちゃん・・・。」

「はい。」

「パソコンあるか?」

「最新鋭の機材があります。」

「完璧やな?」

「手腕に期待しています!」

「まかせとき。」

「他の方々へは起きた時点で説明しておきますからミーティングの時に呼びますね。」

「よっしゃ。ほな・・・。」

「その扉の向こうがそうです。好きにいじってください。バスワードは全てATOBEKEIGOになっています。」

「・・・ええやろ。」

眼鏡を逆光にしながら忍足はドアの向こうへと消える。

そこへ着替えた鳳と同じ、真っ黒い格好(忍足はまだ制服)をした樺地がでてきた。

「樺地、」

「ウス。」

「がんばろうな。」

「・・ウス!!」

気合いを入れ合う二人。



 実は目を覚ましていた宍戸は背に伝う嫌な汗で顔をこわばらせていた。

絶対、こいつらロクな事しねぇ、と。






02:35am




 
空港に着くまでは念入りに打ち合わせをした。

監督である榊もオンラインで参加し、それぞれに助言を与える。

『万が一ということもあるからな、それぞれに銃を一丁渡しておこう。殺傷能力はないゴム弾の入ったショットガンだ。

他のものも基本的に殺傷能力はないがナイフは最終手段にしておけ。人を殺せるからな』

スチュワーデスがショットガンやら何やらの刺さっているホルスターを手にそれぞれの所へやってくる。

『証拠隠滅に関しては別動部隊が現場で待機しているからお前達はどれだけ暴れても一切関与していないことになる。

これについては私の方で一切の責任を負う。』

「ということですので皆さん、再度持ち場の確認をお願いします!あ、ショットガンはご好意により一応持っては来ましたけど大きいのでお好みでお願いします。」

進行役の鳳が声を上げる。

忍足は相変わらずの逆光眼鏡のまま(長い髪は後ろで縛っていた)。

岳人と慈郎は手渡されたショットガンに目がくらみ、宍戸はものすごく引きつった顔で話を聞いていた。

樺地は別で準備に当たっている。

『忍足、』

「はい、監督。」

『いけそうか?』

「問題はなーんもありません。セキュリティ基盤のプログラムと設定がありましたからねぇ、これだけあればハッキングの必要もないですし・・・。」

『うむ、いいだろう。鳳、会場となっているホテルのスイートを一室確保できた。』

「よくできましたね!」

『知り合いだったから譲って貰ったのだ。ここに鳳、宍戸、忍足、樺地、芥川のドレススーツを置いてあるから使うように。』

「いいなー!俺もパーティーいきてー!」

子どものようにふくれる向日。

『向日、気持ちは分かるが遊びではない。我々の崇高な目的は跡部を奪還し、今度の地区予選にストレート勝利することなのだ。』

「くそくそー!わかってますよー!」

『以上質問はあるか・・・・・・・・なければ・・行ってよし!』

通信は切れた。

一同、沈黙が流れる。


 「さて・・・、現地時間は夜中です。明日の朝までは機内で仮眠を取って頂いたり食事にしますね。

手続きはすべて済ませていますので翌朝、車に乗ったらそのままホテルへと向かいます。

それから俺、宍戸さん、芥川先輩、樺地はホテルのスイートへ向かって向日先輩と忍足先輩はそのまま会場の下見へお願いします。

あ、忍足先輩のドレスは後ほど届けさせますね?・・・車の中にコンピューターが積んでありますから使ってください。

あとモバイルが必要かと思いますのでお好きなものを使ってくださいね!あ、宍戸さんそんな引きつった顔しないでくださいよぉー・・・。」

片方の頬を引きつらせた宍戸は、

「俺、帰りたい。」

と呟いた。

ちなみにこの間、慈郎は眠っていた。





10:22am(現地時間)




 ホテルに到着すると黒い格好で決めた4人は鳳を筆頭にホテルへと入っていった。

寒いから、と髪を下ろした宍戸に英語を操る民は一斉に振り返ったが本人は心の底から日本に帰りたがっていた。

ちなみに慈郎はいろんな事に目がくらんで走り回るので樺地が背負っている。

「・・・・あかんな。」

CMC社製大型キャンピングカーの車内から忍足は呟いた。

「なんでぇ?」

岳人が振り返る。

「宍戸が目立ちすぎるわ。ほら、宍戸は男やけど髪長いし日本人らしい切れ長の目ぇした凛々しい系やろ?」

「ってそれうちの女子たちが言ってたやつじゃん。」

「そうや。だから、目立つん。」

「・・・。」

二人は顔を見合わせ、やれやれ、と首を振る。

忍足は耳に入れたインカムのスイッチを入れ、監督に一応宍戸の報告をした。





 
10:32am (ホテル屋上)





「では景吾さんはずっとテニスの道を?」

「はい。目指すものは中学・高校での全国制覇。その時の状態にもよりますけどこのまま一筋でいきたいと考えております。」
→(うっせぇ、もう何十回目の同じ質問だあーん?いくら俺様だっていい加減飽きちまうんだよ!ったく・・・。記憶力ねーのか、下等生物め)

「私大会を拝見したことがありますわ。ものすごい声援の中でまさに美技を披露なさるのよ!」

「ありがとうございます。観衆を沸かせることもまた、自分の役目だと思っておりますので。」
→(どーせ見たっつっても録画か衛星中継だろ?・・そんな色目使わなくたって俺様はあんたに興味なんざねぇ)

という感じで随分荒んだ心境を隠しながら上流社会級の人々に囲まれてホテルの屋上で午後のお茶会に招かれており、

(あーかえりてー。だれか来てくんねーもんかなー・・・・)

ひとたび会話からはずれれば心ここにあらずだった。





10:59am





 「あ、跡部だ。」

「ほんまや・・・。退屈そーやなぁ。」

この様子を見ているのがなぜかVIPと間違えられて案内された忍足・向日ペア。

忍足が全身黒のロングコートに革靴、革手袋と顔以外一切肌を出していない格好なのに対し、岳人は年相応にジーンズ、スニーカーにジャケットといった

年相応の格好だったが何せ忍足のコートのベルトにはヴ○トンのロゴ、靴にはグ○チのGロゴがある。

岳人のジーンズのポケットにはデ○オールのエンブレム・ロゴが入っていてさり気なく羽織った白いブレザー(氷帝制服に似ていた)はやはりヴ○トンのロゴが。

以上のことから否が応でも招待客と思われてしまったのだ。

もちろん忍足の怪しい英語と英語の得意な岳人だからこそ全てを乗り切りここまでやってきたわけで・・・。

「タダでおやつタイムできるー思うたら・・・儲けたな、岳人。」

「だな、侑士!しっかし・・・すげー顔!俺あんな顔されてコート立たれたら引く。」

「ほんまになぁ・・。臨界点達したら何しでかすかわからへん。早いとこ連れて帰らなな。」

「どうする?接触しとくか?」

「どないしよかなぁ・・・。」

二人は跡部からは死角になるテーブルに着いた。

すぐにウェイターがやってきてミネラルウォーターを注ぐ。

「がっくん、何食べたい?」

「普通に腹減った・・・。」

「お茶会やからなぁ・・・。ほなら・・・・」

忍足が勝手にオーダーをだす。

「ミルクティーとティラミス頼んどいたで。」

「サンキュー、侑士。」

メニューはすぐ運ばれてくる。

忍足の前にはオレンジペコーとミルフィーユ、岳人の前にはミルクティーとティラミスが置かれた。

そして二・三追加で言付けるとウェイターは頭を下げて去っていった。

「何言ったの?」

砂糖を入れながら岳人は訪ねる。

「うん?あちらのおぼっちゃまにな、抹茶のシブーストをって。」

「そんなのあったんだ?」

「あった。驚いたけどきっと気づくで?・・・見とりや。」

忍足が大胆不敵に微笑む。

と、先ほどのウェイターが緑色のケーキを運んできて跡部の前で止まった。

それから何かを言って、彼の前に置いて去る。

「ほら・・・こっちむくで?」

言われたとおり、跡部は真っ直ぐ二人の方を向いた。

一瞬驚いた顔をしたがすぐにいつもの笑みを返す。

忍足はヒラヒラと手を振り、岳人も親指を立てた。

「・・・さて、最初の役目は終わったな。」

優雅に忍足がカップを傾ける。

「食べたら車に戻ろうか。」

「いいぜー。てかすげぇうまいなっ!!」

「役得やな。・・・・・・うん、美味や。」





11:23am





今回のイベント(ある歌手の巨大プロジェクト発足記念パーティーでいろんなVIPが協力するらしい)に急遽参加することとなった鳳は招待状を持って

あらかじめの受付をすませていた。

白やキナリ、水色といった淡い配色に対し、宍戸はブラックジーンズに黒のタートルネックのセーター、樺地は図体を生かしてボディ・ガードっぽく決め、

慈郎は膝下のハーフパンツにジャンパーを着ていたが相変わらず樺地の肩に乗っていた。

「鳳様が参加されるとは、皆さん喜ばれます。」

「ありがとう。」

人の良い笑みで発券されたビジタータグを受け取る。

「これがないと夜のパーティーには参加できません。首からかけておいてください。」

「おいおい、今からか?」

「上着の下へ隠してください。なくしたらいけませんからね。」

渡すと鳳はインカムのスイッチを入れた。

「忍足先輩、鳳です。受付すみましたよ、そちらはいかがですか?」

ややあって、低い声が返事をした。

『ご苦労さん。今岳人とお茶してるん。』

「えっ?どこでっ?!」

『屋上。色々言われたけどな、うさんくさく潜り抜けてみたで。しかも跡部と接触。奴な、爆発しそうな状態でお茶してんで。部活中やったら間違いなくキレとるわ。』

「・・・・本当はビジタータグないと入れないんですけどね・・・。」

『服装のせいやろ。みんなブランドもんやからな。・・・ほな、俺らはお茶してから戻るわ。余裕あるんやったら来てみ。めちゃうま。』

「・・・パーティーは夜7時頃最大に盛り上がるかと思われます。」

『そうみたいやな・・・。俺らは6時までに潜入してがっくんに配電盤とかいじってきてもらうわ。それから会場入りする事になるやろ。』

「タグはスーツと一緒に持っていきますね。」

『ありがとぉ。』

「では、後ほど。」

会話が終了すると同時に大きなため息をついた鳳を宍戸がねぎらう。

もちろん、会話は筒抜けなのだ。

「・・・まぁ忍足だから大丈夫だろうぜ?」

「そうじゃないと困るんですけどねぇ・・・。あ、宍戸さん。」

「なんだ?」

「髪を結んでおいてください。」

長太郎が下ろしたままの黒髪を掬い上げる。

「さみーんだよー。」

「目立つんです、思った以上に・・。宍戸さんの髪、綺麗ですからね。」

「そ、そうかよ・・・。」

長太郎は宍戸の髪を整えるとどこから持ってきたのか、ヘアゴムで綺麗に結った。

「サンキュ。」

「いえ。では、俺たちはひとまず会場の下見にいきましょうかね?」

「俺腹へったC〜!」

「今はビュッフェスタイルのカフェになっていますからね、早めの昼食にしましょう!」

「やったね〜かばG〜!」

「ウス。」

ピョンピョン跳ねながら中庭の特設会場へ走っていく慈郎は本当にほほえましいものだった。





 
15:55pm





 「・・・・・とういうことだ。このときに跡部景吾を狙えばいい。」

「解った。じゃぁ会場でな。」

「へまするな。」

「解ってる。」



 実は跡部景吾がその場にいたなどと彼らは夢にも思わなかっただろう。

うんざりした彼は今までの堅苦しい格好から一変、デニムにダウンのコート、ナイキのスニーカーといった姿でうろうろしていたのだ。

しかもキャスケットを目深に被っているから傍目では誰だか解らない。

勿論ホテルから出られないわけではあるがまさかロビーのソファの、それも後ろの席に座った二人がそんな会話をしているなど誰も思わないだろう。

なぜなら言葉はドイツ語だったからだ。

跡部はドイツ語ができる。

雑誌に目を通す振りをして彼らがいなくなるのをひたすら待った。

せめてチラリとでも姿を見ておきたかったがそんな余裕もなく、後ろのソファは入れ替わった。

『・・・・面倒なことになりそうだぜ・・・。でも、退屈はしねーか。あーん?』

ここはやはり跡部様。

部屋へ戻ると万が一に備えてあれこれと準備を始めた。





16:47pm





 車内では真っ黒い格好をした岳人がベルトの調節をしていた。

沢山のポケットには様々な道具が入っているせいか結構重量がある。

「しかもでかいんだよなぁー。」

「もう紐でくくりつけるしかあらへん。がっくん早よ大きゅうなりぃ。」

「なりてーんだよ、くそくそ侑士めー!」

その身軽で小柄な体は一瞬でかき消えたかと思うと忍足の真上に姿を現しそのまま落下。

忍足の上でニットの帽子をスッポリ被り、岳人は悪態を付く。

「・・・・左右別のインカム付けることになるけど我慢してな?まぁ、鳳たちとのコンタクトはあんま無い思うけどなぁ・・・・。」

「別にいいよ・・もう。」

「ほなガイドするから従ってや?」

「そっちこそヘマすんじゃねーぞ侑士!」

二人は拳をぶつけ合って気合いを入れると岳人は立ち上がり、忍足は車の床を外し、その下のマンホールを開けにかかった。

岳人は工具の最終点検をして左目につけた小さな液晶画面の最終チェックを始めた。

「てかさぁ侑士、」

「なん?」

「すげー高そうだよな、みんな。俺、映画か何かの小道具かと思ったぜ?」

「気持ち解るで。でもな、ほんまがっくんみたいな器用な子がおってよかったー思うよ?メカ音痴やったらたまらんわ。」

「だよな!てか電気屋の息子なめんなよ☆・・・・・・・開いた?」

「おっしゃ、ええで。」

マンホールの下はライフライン用の通路となっていて編み目のごとく縦横無尽にNYの地下を走っている。

「迷子にさせんなよな!」

「任せとき。」

岳人は身の軽さを生かしてはしごを使わず飛び降りた。

そしてすぐ忍足はふたを閉める。

閉め終わると車は移動を始めた。

「・・・さぁ〜て、いっちょかましたるかな。」

手の関節をばきばき鳴らしながら忍足はキーボードを叩き始めた。





16:54pm





 「嫌だ。俺は降りる!」

五時をすぎれば会場には人が集まり出す。

そろそろ支度をすませて人が混み出す前に脱出ルートを下見しておかなければならない。

真っ黒いスーツに白い詰め襟のシャツで決めた樺地は淡いクリーム色にヒラヒラのシャツという慈郎の衣装を彼に着付けていたが、

少し離れた豪奢で座り心地の非常に言いソファーにふんぞり返った宍戸は頑なに拒んだ。

「てか俺や慈郎が行く必要ないじゃん?似合いもしねーこんなの着るなんて激ダサだぜ!」

「そんなこと言わないでくださいよぉ宍戸さぁん〜・・・。」

耳としっぽを垂れた鳳が一生懸命宍戸をなだめすかす。

「非常要因として二人ひと組で行動できるようにしておきたいんですよぉ〜。もし何かあっても俺のパートナーである宍戸さんがいてくださったら安全ですし

何よりも落ち着いて任務にあたれるじゃないですかぁ〜。」

「え〜宍戸何、行くのしぶってるの〜?」

小首をかしげて宍戸の座るソファに飛び乗った慈郎はそれはもう満面の笑みでこういった。

「こういう場所だからぜぇったいおいしい食べ物いっぱいあるC〜、樺地が今までに食べたことないものも沢山あるYO〜って☆」

・・・もし宍戸に耳が生えていたらきっと耳だけは慈郎の方を向いただろう。

しかしプライドが許すわけ無いっ!!

「バカ野郎!!この俺にこんなのをきれってのかっ!!」

ビラリと取り出したるは黒い上下に白い立て襟の大きいフリルがついたシャツ。

何がおかしいって、なにがおかしいって・・・。

「こんなふわふわのスカートなんか誰が履けるかっ!!激ダサだぜ!」

膝丈のバルーンスカートじゃ流石の宍戸も嫌だろう。

というか準備したのは監督のはずだがその真実には全員スルーの方向で暗黙の了解が成り立っていた。

ともかく。

「男ばっかりじゃ怪しまれるじゃないですかー!大丈夫です☆今年はこういうロングのレギンスが流行ってますから中にそれ履いてください☆

ブーツも用意しましたからね☆サイズは26.5cmでよかったですか?」



10秒後、宍戸が切れた。



「はい・・・はいすいません。えっと・・支払いの方はカードで大丈夫ですか?・・・・ええ・・・え?寄付金があるから?そうですかぁ〜。」

鳳は全てが破壊され、瓦礫と化したセミスウィートルームで電話口に向かってひたすら謝っていた。

宍戸は樺地に取り押さえられていてジローは死守したソファで寝ている。

支払いも必要経費で落とせるようなので肩を下ろした鳳はなんとか収拾を付け、宍戸には用意した一式を着てもらった。

ふて腐れる宍戸の黒髪は念入りにブローをして真っ直ぐにし、右のサイドだけをあげてあとは下ろした。

彼の機嫌は悪いが、今最優先事項は跡部の救出だ。

そして彼の顔を狙わなかった鳳は流石だろう。

ついでに言うと鳳は満身創痍のため新しい衣装を待っている所だが、新しい部屋はどうせ跡部奪還後におさらばするので辞退した。

ちなみに宍戸妥協の決定打は跡部がいないと宍戸にとっても世界で一番大好きなテニスができないという恐ろしい自体が続くことになる、ということだった。

鳳が嬉々として解説に入る。

「片側のサイドだけあげてみました、宍戸さんは左耳にインカムを付けていますからね☆もっとも何か言われても携帯用のだって言ったら問題はないっす!」

綺麗に飾り付けられた宍戸は鏡の中の自分をぶすっ垂れた顔で見ていたが長太郎が隣に立ったとたん、見方が変わった。

なんだ、この見知らぬ女子は。

綺麗な黒髪にはダークレッドのリボンがお淑やかに結ばれている。

パーティーに相応しい一つボタンのジャケットと立て襟でレースの付いた白いブラウスはとてもモダン。

バルーンスカートは肩で吊るタイプでちょっと短いかも知れないが、中に履いているダークレッドのレギンスがよく映える。しかも総レースだ。

ただし足下だけはストレートタイプの、実は紳士物ブーツだった(踵がほんのり高いのだ)が、不思議とバランスがとれている。

服装に合わせて、アイシャドウべったりではないがクッキリ色を入れている様はキリッとつり上がった宍戸によく似合っていた。

が。

知られたくない過去ネタエントリーは確実だと宍戸はげんなりした。

しかしここまで誰か解らないといっそ清々しいくらいだなー、とも思う。

長太郎ははにかむように笑いながら嬉しそうに言った。

「お似合いですね・・・v」

有無を言わず鉄拳で突っ込みを入れる宍戸、鼻を押さえる長太郎。

「・・・ったく・・・解ったよ。・・へまするなよな、長太郎!」

「命に代えても宍戸さんを守ります!」

「・・・・俺じゃ無くって跡部な。」

「それは他の皆さんがやってくれます!」

「・・・・。」

返事をため息で返す宍戸。

そこへ樺地が届けられた荷物を持ってきた。

「あ、樺地、ありがとう。」

「ウス。」

彼が持ってきたのは銀色のアタッシュケース、4つ。

それぞれの名前が彫られていて渡していく。

パチンとあければ、中には銃器とホルスターが入っていた。

「ジロー先輩起きてください!例のものが届きましたよ!」

肩を揺さぶれば、パチッと音がする勢いでジローは目を覚ました。

そして欠伸を一つすると起きあがって宍戸に駆け寄る。

天使のような笑顔で彼はこういった。

「俺が亮ちゃんを跡部から守ってあげるからね!」

「跡部から守ってどうする!」

心の中ではそういったものの、宍戸は頭を撫でながら「はいはい、解ったから準備しろよな。」というにとどめた。





 
17:30pm





 パーティーの主賓が多く集まっているところに跡部景吾は立っていた。

茶金髪の髪に合わせたロングジャケットは深緑色で、ダークカラーのツイードパンツを履いてブーツというクラシカルな出で立ちだ。

しかし見事にまぁ、周りは女・女・女。

業界人である男達とはすでに挨拶をすませていたし何よりも彼らはパートナーを連れている。

独身であっても女性を連れてるかどうかでこうも変わるとは、解っていたとはいえ跡部はちょっと後悔していた。

というか、それ以前に地区予選が近い。

このまま練習と共にぶっ通しで試合に臨むのは非常に怠い。

予選突破は確実なのでオーダーもどちらかというと準レギュメインで組んであるわけだから、よけいに怠い。

(くっそー、退屈だぜ・・・。いっそ何かおきねぇかな・・。)

厳重なセキュリティチェックが行われている入り口付近を見たとき、背の高い見慣れた銀髪が見えたので跡部の表情は一転した。

天使の笑みには遠い、悪魔のニヤリ笑いだ。









 おなじ頃ライフライン・ダクトを左手に岳人は小走りに進んでいた。

左目に付けた液晶画面には小さく忍足が写っていて彼を案内していく。

『お、そこやな。電子錠があるやろ?その先がこのホテルの配電盤やら何やらのあるパイプスペースや。』

「・・・・あったぜ、侑士。」

『ほな番号言うな。え〜っと・・・・』

こんな調子であっさりとホテルへと侵入をはたした岳人はライトをウェストのポケットにしまうと辺りを見回した。

「しっかし・・・広いなぁ〜。部屋がいっぱいあるぜ?」

『客室とか他の施設のもあるからな。でも用あるんは一カ所、ホール・玄関やで。』

「一階だろ?解ってるって!」

岳人はスタスタ歩く。

誰もいない、下手すれば自分の足跡が反響するかも知れないクリーム色の無機質な廊下を進む。

液晶画面には3Dのマップが出ていて岳人を目的の部屋へと案内していた。と、画面が急に紅くなりアラートがインカムに鳴り響く。

「ああ?」

画面には少し先の十字路に人が3人いることを示していて、ご丁寧に所持武器まで表示されていた。

『ちょお待ちぃ・・・今実写にしたる・・・。』

同時にワイヤーフレームの画面は何処かの防犯カメラの映像に切り替わった(ちなみに警備センターの画面は忍足が手を回して異常ない映像が延々と流れている)。

『なんや・・同業者かいな・・・。』

「面倒だぜぇ、侑士ー。」

岳人は小さくため息をついてひとまずその場から離れた。





 
18:03pm





 「さて、部長を捜しますか・・・。」

優雅に会場入りした鳳様ご一行。

隣に並んだ黒髪の美しい少女と天真爛漫な金髪の男の子。

守るかのようにその隣に立つ大柄な男の子(?)といったメンツではもちろん注目度は高い。

そこへ日本からサポートしている榊から連絡が入った。

『私だ。忍足から連絡があった。急いで跡部を確保しろ、同業者が紛れ込んでいる。』

「同業者だとぉ?」

宍戸が眉を顰め周りをこっそり伺う。

『忍足の送ってきた画像によると紛れ込んでいるのは4人だが他にも仲間がいるかもしれん。容赦するな。』

「解りました監督!・・・樺地、」

「・・・経路確保は、できています・・・。」

「慈郎先輩、ジュース飲んでる場合じゃないです!」

「ほへ?」

『現在忍足が何人組かを調べている。』





18:05 pm





『侑士ー、3人いるけど?』

「そうみたいやなぁ・・・。合計7人ですわ。配電盤やらなんやらはどないや?」

『侑士がやろうとしてた通りになってるぜー。』

ようはみなぶっ壊れてるか設定がリセットされている状態だった。

「ほうか・・・。ほな・・・・・いっちょかましとこか。」

『そうこなくっちゃ!』

ホテルの最下層で岳人はワクワクしながらウェストバックを漁っていた。

その間に忍足は車を地下駐車場まで移動するよう言う。

「バックんなかにマスクとゴーグルはいってるやろ・・・。」

『あ〜もしかしてこれかなぁ・・・。サングラスみたいなゴーグルとマスク。』

「つけた?」

『・・・・・・・・いいぜ!』

「バッグの横に円筒形の小さい物がついとるやろ?あれ催眠ガスやねん。」

『いいぜぇ!・・・おっ?丁度どっか小部屋に入った!』

「他もいじるんやろ・・・。今の内に始末しとこか。」

『よしきた!』

岳人は足音をさせずに少しだけ開いたドアを押す。

中からは何語なのか解らない言語が飛び交っていて全く気づく様子はなく、岳人はニヤリと笑う。

右手はバッグの横についている睡眠弾を手に取る。

英語で“ピンを外したら5秒でガスが出ます”と書いてある。

(・・・5秒だな・・・。)

岳人は何の迷いもなくピンを抜くと静かに中へ転がしてドアを閉め、レバー型のノブをしっかりと両手で握りしめて動かないようにする。

中ではバンッ!という破裂音と何かの噴射音が聞こえてきたが彼が思ってきたよりもドアを開けようとする力は掛からなかった。

「すげー効き目ー・・・。」

静かになったドアから離れると岳人は呟いた。

『よさそうやな。』

「ああ。」

『やることは終わったわ。マンホール開けて待ってるで〜♪』

脳天気な忍足の声が途切れるとゴーグルとマスク、指に引っかけたままのピンをバッグにしまうと岳人は広い廊下を少し歩き、壁に掛かったはしごをあがっていった。