「・・・あ?跡部の両親?・・んなこと聞いてどーすんだよ・・。」
「いえ、そういえば聞いたこと無かったなって。」
長太郎のささやかな疑問。
放課後、クラブの中休み中に鳳長太郎は親愛なる先輩でありパートナーである宍戸亮にポツリと聞いてみました。
「家庭科の授業でそれぞれのご両親について話題が上がったんですよ〜。部長ってあんな調子だし、どんなご両親なのかなぁって。」
「・・いい人達だぜ?」
「ご存じなんです?」
「俺やジロー、岳人かな・・・知ってるのは。忙しい人たちだからあまりいないし。けども月に一回、一週間ほど帰ってくるんだぜ?」
「へぇ、意外ですねぇ、世界を股に掛けて仕事してらっしゃるってきいたのに。」
「まぁな。これでも跡部のかーさんはあいつが中学年になるまで家にいたんだ。仕事も出来る限りにセーブしてたみてぇだしな。」
「なるほど・・。家の両親はもういなかったなぁ。俺やねーさんは祖父母に育てられたようなもんですよ〜。」
「あ〜、あの銀髪のおばーさんな。バリバリ日本語はなす。」
「はい!」
(でもおめーの性格上、あのバーサン育ちなのって納得できるぜ・・・。)
宍戸は何度か会ったことのある、銀髪青い目の、見るからに白人女性がちゃきちゃきの日本語を操って長太郎に喝入れる女性を思い出します。
(あれで世界的な音楽家とかゆーんだからほんと、世の中わかんないぜっ!)
ともあれ今は跡部の両親について。
宍戸は帽子を脱ぐと短くなってしまった髪に手櫛を入れます。
「・・・そーいやこんなことがあったな。」
「何か印象深いお話でも?」
長太郎は耳をピン、と立てると(勿論耳なぞ生えてるわけ在りませんが宍戸にはちょっと見えた気がしました)目をキラキラさせて続きを促します。
「・・・この前まで跡部の両親、家にいたんだよ。」
十日前の日曜日、宍戸亮は跡部景吾の家に泊まっていました。
いつも通り問答売って負けて、ずるずると誘導されていたわけです。
そして色々いざこざしたあげく“そ〜なった”後(泣くので長太郎にはそこまで話しませんでしたが彼は目の幅涙を流しながら聞いていました)。
「・・・しまった・・・俺様としたことが。」
制服を着ながら跡部景吾は舌打ちを一つ。
クローゼットにいた宍戸は顔を出しました。
「なんか忘れてたのか?」
「・・・てめー、まだ着替えてねぇよな。」
「ん?ああ・・どれがいっかなーって思ってよぉ。」
なぜ跡部が制服で宍戸が私服を選んでいるのかといえば生徒会長でもある跡部は午前中執行部で仕事、後午後から部活というスケジュールになっていて。
一旦帰る宍戸はグシャグシャの制服を現在洗って貰っているところ。
「好きなの着やがれ。」
といわれたので嬉々としてクローゼットに入っていった、その直後でした。
ドアをノックする音がして、女性の声が言いました。
「景ちゃん、起きてる?お母さん今帰ったわよ!」
ソフトで優しそうな声が言いました。
ここで宍戸はピンときて、
「あれ?今週親帰ってくる週だったんだ?」
と言いました。
これは早く着替えて御挨拶しなければ。
しかし考えとは裏腹に跡部は早口で「一旦閉める。ここにいろ。」というと容赦なく扉を閉めて電気を消しました。
ガチャリとドアを開ける音が、少し遠くでしました。
「起きてますよ、お帰り母さん。」(ここで宍戸はあの跡部が母さん!って言った!!と日頃とのギャップに驚く)
「おはよ、そしてただいま景吾。お父さん下でコーヒー飲んでるわ。」
「そろって帰るとは珍しい。」
「だって月に一回のリフレッシュだもの。それはそうとね、」
「・・・・・またですか。」
「だって景吾はもう15才になるんだもの。」
「中坊だぞ?」
「でもやっぱり社交界はそうはいかないのよー。15ってゆーのは一つの区切りみたいなものだから。」
「・・・・わかった。」
「じゃあ、準備できたら降りてきなさいね?食堂にいるわ。」
それからドアの閉まる音がして、心なしか不機嫌になった跡部がクローゼットの電気を付けてドアを開けました。
なぜ宍戸が「げ、不機嫌になった」と解ったのかは、足音。
いつもは猫のように優雅さを持ってるのに、不機嫌そうな足音がしていたのです。
「・・・宍戸、」
「あん?」
「一週間昼飯を奢ってやるから俺様と共同戦線を張れ。」
腕を組み、けれども少し困ったような、うざがってるような眼差しが能弁に語っていました。
厄介なネタから切り抜けるために俺が使われる、と遠い目をする宍戸。
けれども一週間昼飯を奢ってもらえるというのは庶民思考の宍戸には魅力的な条件。
「そこの引き出しの一番下を開けてみろ。」
「おう。」
ともあれ聞いてから判断しても良いだろう。
宍戸は言われたとおり引き出しを開けました。
そこに入っていたのは、シンプルだけど手に取ってみれば偉く腰の細いシャツ。
ボタンも右上なところから女物だ。
「それを着ろ。アンダーウェアは俺様が選んでやる。」
「え?女物?」
「っつってもそこらの女子じゃサイズでかいぜ?俺が着て丁度良かったんだからな。」
「でもなんで持ってたんでしょうねぇ。」
ここであこがれの宍戸さんが眉を顰めて嫌がりでもすれば俺が貴方を幸せにして見せます!なんて言えるのに。
しかしそう簡単に、いくもんか。
「想定済み。」
「あ、さすがぶちょー。」
あっさりと宍戸はそう言うとちょっと遠い眼差しで長太郎はいいました。
「で、何着たんです?」
気持ちを切り替え、長太郎は話の続きを促します。
「・・・こんなもんだろう。幸い、親はてめぇの長髪をしらねぇ。・・・立って、鏡見ろ。」
跡部は鏡台に座った宍戸を部屋の入り口近くにある大きな鏡へ促しました。
とはいっても、宍戸の場合女装は初めてのことではありません。
前にも一度同じようにネタを振られて(とはいっても半年前の話)氷帝の女子制服を着たことがあったことはありました。
しかし今回は私服。
宍戸の嫌がるお淑やかなお嬢服ではなく、黒いTシャツの上に彼の好きな柄シャツを羽織りデニムの膝丈スカートの下はニーハイソックスで足を隠しています。
髪もそういじくらず、櫛を通して下の方で結い、あとはワックスで形を整えて(跡部作)。
「これならてめーのスニーカーを履いたところで怪しまれねぇだろ。」
「女装に慣れた俺がいるぞ・・・。」
膝を突いてがっくりと項垂れた宍戸。
面白そうにハンッと笑った跡部は「おら、いくぞ。」と連れだって部屋を出て行きました。
「宍戸さん。」
「あ?」
「朝から女の子が息子と部屋から出てくるなんて変な顔されませんか?」
「問題ねーよ。」
「え?」
「だって10時すぎてんだぜ?どうみても景吾君が登校前に家来ましたって感じだろ?」
「あ、なーる・・。」
「・・・いいか宍戸。」
「おう。」
「この俺様が頭下げたりしてんだ。よろしくたのむぜ。」
「頭さげてねーよ。てか今下げろ。」
「あーん?俺様が頭下げてどうするんだよ。」
「てめぇ、矛盾してるぜ・・・。」
「いんだよ、心んなかじゃ頭下げてんだ。」
しょうがねぇ。
宍戸は前に貰った変声機を喉に張りつけました。
「・・ばれないんですか?変声機。」
「ああ、シャツは首が隠れるヤツだったからな。」
跡部はダイニングにやって来て両親に朝の挨拶をしました。
跡部母は紅茶を飲んでいて、跡部父は英字新聞を下げて息子を見上げます。
「おはよう景吾。そして、久しぶりだな。」
俳優も格やというオリエンタルな顔立ちと青い目は紛れもなく跡部の父親。
立ち上がれば跡部よりもすっと背が高く、彼は息子の肩を撫でます。
「また少し大きくなったんじゃないか?」
「そうねぇあなた。やっぱり毎日見ることが出来ないからよくわかるわねぇ。」
跡部母はのほほんとした口調で二人を見上げます。
「話は後にしましょう。」
跡部は部屋の片隅に立っている執事にホットミルクを言い渡します。そして小さく「黙っていろ。」とも。
「・・客人がおりますので玄関まで送ってきます。」
「あらあら、お客様がいらしたのね?じゃあ私も・・・。」
跡部は何も言わず、スチーマーで暖められたミルクを受け取るとダイニングを出て行きました。
宍戸はいつも通り、広い玄関の片隅にあるテーブルセットに座っていました。
そこは二階へ上がる階段の下で、パーティーを行う場合などは待合い場として使われているところです。
足をそろえて、クリーニングの終わった制服を傍らに置いていて、跡部がやってくるとカップを受け取りますが、後ろに誰か居ると気づいて立ち上がりました。
「あらぁ?・・・まぁまぁ。」
跡部母は目元が景吾そっくりで、その目を大きく驚いたように開いています。
「おはようございます、そしてお邪魔しております。」
宍戸は高い声で言い、頭を下げました。
「おはよう、そして初めましてかしら?景吾の母です。」
「・・・・亮子だ。」
「初めまして。」
「さっさとのんじまえ。」
「うん。」
「それで?」
「帰ったよ。」
「そんなもんですか?聞いたところ普通の人のよーな・・。」
「だって俺の変装見抜けた上でまた来てね☆とかいってるんだぜ?」
「・・・・・・。」
「しかも公認。」
はぁあ〜、と大きなため息をついたところへ噂の大元、跡部景吾がツカツカと歩いてきました。
「宍戸、週末はあけておけ。」
「はぁ?なんでまた・・。てか日曜日は長太郎と映画いくんだよ。」
「ああ?こいつとだと?」
「だってお前あーゆーの嫌いじゃん。」
「・・・キャンセルしろ、いいな鳳。」
「え、俺?」
キョトンとしてる長太郎を尻目に跡部は続けます。
「こんど家で小さいがパーティーがある。両親が唯一家に持ち帰った仕事でその時押しつけられた女どもが押し寄せる予定だ。」
もちろん押しつけられたというのは15才になる跡部景吾に持ちかけられた見合いの数々だ。
中身も社長令嬢からモデル・女優までエントリーしている。
「・・・長太郎でも放り込むか?」
宍戸は興味なさげに傍らのペットボトルに口を付けます。
「生け贄ですかぁ?俺だってごめんこうむりますよー。部長のランクですよ?」
「おまえなら問題ねーじゃん。」
「父はいっさい関与していません!叔父がなんとかしています!」
「てめぇの家庭環境なんざどうでもいい。この際だ、テニス部総出で行くぞ。」
「げー。」
「えー?」
「だまれ。親にも俺様の下僕達を紹介する良い機会だ。なぁ樺地。」
「ウス。」
「わっ!樺地何時の間にっ?」
そこにはいつの間にか樺地が静かに控えていて。
すぐさまかけられる集合の号令。
バラバラやってくるいつものメンバーに日曜日の手はずを整えるためにこういいました。
「いいかてめーら。今日の放課後、俺様の家まで来い。衣装あわせだ。・・・日吉、他人事にしてんじゃねぇ。」
「・・・チッ。」
「滝に慈郎、岳人と宍戸は女装要員だ。忍足、滝、日吉、鳳、樺地、そして俺様は言わずもがな正装する。」
「・・・・・・・・zzzzz。」
「クスクス・・・・いいよ・・せいぜい惑わせるとしようか。」
「またかよー。俺侑士の彼女飽きたー。」
「そないなこといわんとってやーがっくん〜。」
「うぜぇ。」
そこへ鳳が隣に座り特に驚くこともなく連中を見ている先輩。
「・・・宍戸さん、」
「あん?」
「驚かないんですか?」
「べつにー。どーせ跡部のかーさんのリクエストだろ?」
「・・・そ、そうなんです?」
「だって写真で俺らの顔知ってるはずだからな。・・・・衣装なんかも揃ってるはずだぜ?」
「そ、そうなんっすか・・。」
「ついでにいうと、」
「まだあるんですー?」
ここで宍戸はようやっと長太郎に向き直りました。
そして猫の目のように大きな瞳で長太郎を見上げました。
「衣装は跡部のかーさんが用意してるんじゃね?」
どーん。
「・・・な?跡部そっくりなんだよ、跡部の母さんって。」
「・・・・・・。」
「俺はまた着物かなー。」
頭の後ろで手を組みノンビリ構えている宍戸。
確かにあこがれである麗しの先輩の着物姿なんて見応えがあるだろーなー、なんて鳳はのほほんと思うものの、
忍足に関しては「また濃いおねーさまがたに揉まれんのいやや・・・。」となにかトラウマがあるご様子。
岳人はのんびり「デザート楽しみだよなー。ケーキ超うめぇんだぜ!?」とジローを起こして何やら話しているご様子。
滝はそんな様子をノンビリ見ながら「声を変えないとねぇ、長く持つ呪文が良いよな。」などと隣の日吉を酷く驚かせていて。
そんな様子をあっけにとられている長太郎の肩をポンッと叩いた宍戸はまぶしい笑顔で言いました。
「な?跡部だろ?」
「・・・・・・・そっすね・・・。」
長太郎にはこれ以上何も言えませんでした。
終わり。