ジローは、ジロー
「あれ?芥川君はー?」
「だからさー、お前らジローいねぇからって俺んとこばっか来んなよー。」
「えーだってー。で、芥川君はー?社会の先生がプリント出してないのあいつだけだって言われたー。」
「ったくよー。・・・解った、俺言っとくからいいぜー。」
「さんきゅ。」
昼休み終了まであと15分。
クラスの女子達はいつもジローがいないと俺の所へやってくる。
ったく、俺はジローのおかんか、まったく。
跡部はもちろんこういったことを簡単に言えるような雰囲気ではないし、今はいない。
ちうかあいつ、3時間目の体育終わってから見てねぇ。
次の時間は・・・・・
「古典か。」
また眠くなりそうな授業だよな。
てかジローじゃなくたって寝ちまうよ。
ともあれ時間はあんまりない。
立ち上がって、椅子を仕舞う。
「大変だなー、いつもー。」
一緒に弁当喰ってたクラスのやつにそう言われつつ「もー慣れたなー。」なんて間延びしながら俺は教室を出た。
往来の激しい廊下を俺は歩く。
とりあえず部室ってことはないだろう、今日は天気もいいし。
真っ先に思い浮かぶのは屋上。
立ち入り禁止の黄色いプラスチック製の鎖を跨ぎこして誰も使わない、少し埃ののった階段を上がる。
鍵を開けてドアを潜れば誰もいなかった。
「ジロー・・・」
反応はない。
うー、とかむにゃー、とか聞こえるんだけど、無音。
俺はドアを閉めると鍵を掛けた。
次は、中庭。
中庭にもいなかった。
てか業者が入ってて手入れしてたからいるわけねぇか。
ったく、跡部に聞かなきゃならねーかな。
と、ケツのポケットに入れてた携帯が震える。
跡部からの着信だ。
『てめー、まだ探してるのかよ。』
「うっせぇ、頼まれた時間が遅かったんだよ。」
『ジロー、教科棟4階の廊下歩いてるの見たぜ。』
「教科棟?」
『・・・・4階一番角の非常ドアはサムターンがぶっ壊れて誰でも開けられるのをあいつは知ってるんだ。』
「なるほど。・・・サンキュー、跡部。珍しいな、お前からいってくれるなんてよ。」
『クラスの女共が話してるのを聞いただけだ。』
一方的に切れた電話。
俺は携帯をポケットに仕舞うと教科棟へと向かった。
教科棟は廊下が内側にない。
だから雨が降っているとやっかいだったりもするもんだけど、今日は天気がめちゃめちゃいいから開放的で最高。
遠くまでよく見える。
っつっても関東平野だからなんだけどやっぱり新宿とかあっち方面を望む景色だから、どこか霞んだような空の色だなとおもう。
そしてなによりも静かだ。
教室のある側とは逆になるからなんだけど人っ子一人歩いてねぇ。
もっとも4階は書道教室とか美術室とか特殊科目の教室しかねぇからなんだろーけど。
「ジローもやるなぁ。きっと知ってたんだろうけど。」
てかむしろ本能なんだろーな。
そんなことを考えながら跡部の言ってたとおり、壊れたサムターンを回して非常扉のロックを解除した。
この向こうは螺旋状の外階段になっている、確か。
非常階段だから使ったことはないが・・・無いが何回か実は上ったことがある。
避難訓練の時と、体育とかなんやらでボールを飛ばしたとき。
そして、そんな人っ子一人使わない静かな階段へのドアを開けた。
「ジロー、」
返事はない。
右を見て、上へと続く左を見上げる。
いた。
この階段は非常用の外階段だから手すりも格子状になっている。
その間から、足がぶらーんと垂れ下がっていた。
シューズは履いていない。
だから靴下がのぞいているわけだけどテニス用の靴下だ。
テニスやる奴でどこでも寝るなんて一人しかいねぇ。
あんま足音を立てることは良くない気がした。
でも鈍くカン・・・カンと軽い足音は消しきれない。
けれどジローは動かない。
階段を上がって、フロアとフロアの間の、その小さなスペースに寝転がっていた。
仰向けで、緩く握った片手は顔の横、もう片方は腹の上。
ゆったりと呼吸のために上下しているそこにあった。
これがきっと、天使の寝顔ってやつなんだろーな。
黄色いふわふわの髪を風に撫でてもらって気持ちよさそう。
静かだし、直射日光じゃねーから暑すぎないし。
これでぬいぐるみでも持ってたら完璧だな。
「・・・ジロー、」
小さく呼んでみた。
いや解ってるよ、こいつを起こそうと思ったら怒鳴りあげてけっ飛ばすくらいの勢いがいるってことくらい。
「ほっぺたぷにぷにー。」
つんつんといじっても無反応。
潔いぜ、いっそ。
「ジロー、ジローってば。」
もう一回、今度は肩を少し揺さぶってみた。
流石に眉を顰めて、軽く握ったままの拳で目を擦る。
子供がぐずるように、ジローはぐずった。
そして、嫌そうだけども観念したのかゆっくりと目を開けた。
「あ・・・ししどぉ?」
「よ。」
「もー・・・ここばれちゃったんだねぇ・・・。」
「跡部が見てた。」
「んー・・・見てたのかぁー・・・。流石跡部ぇー。」
「っておい、寝るな寝るな!お前社会のプリント出してないってせっつかれたぜ!ったくよー・・・・。」
「しゃかEー?・・・・・・あ、」
「思い出したのかよぉ。」
「えへへー、忘れてたー。」
ったく、忘れてポエッと笑ってんじゃねー。
ポスッと頭をこづいてやれば嬉しそうにほほえむ。
しょーがねー。
「んねぇ、宍戸もここでねようよー。」
「ミイラ取りがミイラんなってどーすんだよ。」
「だって・・・お日様ぽかぽか、風は涼しくって頭撫でてくれるんだぜー?五月蠅くないCー。」
「あー?」
ここで予鈴がなる。
本鈴まであと5分だ。
「ジロー、教室帰んぞ。」
「次なんだっけー。」
「古典。」
「・・・。」
「ジロー?」
「ねー、」
「あ?」
「ししどー、」
「んだよ。」
「髪・・・。」
ジローが半身を起こした。
んで、まったりと腕を上げてジローの横に座る俺の前髪をとった。
俺の前髪は長い、ほぼワンレンだから。
「錆のかけらー。」
「あー何時の間に。」
気づかなかったその錆のかけらをとってもジローは俺の髪をいじった。
「宍戸の髪ってーきれーだよねー。」
「てかジロー、そろそろ戻らねーとまじやべーって。」
「ねーししどー、」
「だからって・・・・・・おいっ!」
ジローは再び眠っていた。
俺の肩にもたれかかって、寝息も穏やか、夢の中だ。
しばらく俺の周りは無音になる。
それを破ったのは本鈴なわけで、俺はジローを担ぎ上げると教室へと急いだ。
本当はジローとここでふけてもよかったけど跡部は俺の行く先を知ってる。
同じクラスだし、小言を言われたり外周増やされるのは御免だ。
こんなことも初めてじゃねぇし・・・いってみりゃしょっちゅうか。
てかシューズなんで履いてねぇの、こいつ。
「んなの年がら年中でたまるかってんだ・・・激ダサ。」
きっとまた、日だまり探知機をそなえたジローは寝るのに最適な場所を求めて放浪するのだろう。
雨が降ったら教室にいるがそれはテニスが出来ないので勘弁だ。
猫みたいな友人を担いで、俺は授業が始まり静かな廊下をのんびりあるく。
−END−