Verbotene Fruechte schmecken sueβ.






 −何故なんて思わない。

俺は俺が思うことを否定しない。

否定するくらいなら最初からそう思わないはずだ。

「こうだ」と思うなら間違いないのだろう。


「忍足、」

「なん?」

「なぁ・・・お前は、時々不安になったりだとか、怖くなったりしねーのか?」

「景吾を好きやって言うことか?」

「ああ。」

「・・・・。」


忍足は少し考えるように視線を俺から外した。

眉をひそめたり、眼鏡の向こうで百面相するのがおかしい。が、真剣に考えているようだ。




 −景吾は変なことを聞いてきた。

そりゃ大の男が(まだ中坊やけどな)同じ体のつくりしとるもんに「好き」ゆー感情ぶつけてるんやからまぁ、しゃぁないんやろな。

不安?

まぁ聞いてみたいんやろな、きっと。

それは彼女が彼氏に向かって「あたしのこと好き?」って可愛く言うてくんのと同じよーなもんやろ。

俺らの場合・・・同性やからな。

背徳的な感は拭えんやろ。

致し方ないんやけどな。

「・・・・そんなに知りたい?答え。」

俺はラグの上にポテッと座る景吾の向かいに腰を下ろして片膝を起て、顎を載せてみた。

「口で言うんは手ぇかからんでええと思うんやけど・・・どやろ、態度とか、そんなん欲しい?」

「あ?ああ・・・まぁ・・・そうだな・・・・。」




 一瞬なにいってんだ?こいつ、とか思ってしまった。

俺はあっさり「好きになったのが景吾やっただけやで〜。」なんて俺の気を落ち着かせるように言うものだとばかりおもっていたが・・・

自分の膝に顎をのせ、「あ〜でもどないしよ〜。」とか言っている。

と、やつは目線をあげて俺とあわせた。

「・・・ほなこーいうんはどーやろな。」

「ああん?言ってみろよ・・・。愚策だったら帰るからな。」

「そないなこと言わんといて〜な〜。」

「情けねー声だしてんじゃねー。おばさんにちくるぞ?」

「うわっ!おかん出すの卑怯やで!!」

「んじゃいってみろよ。」

面白いくらい顔を崩して慌てる忍足が笑える。

計算高さもかけらもない(年の割に大人びているのは致し方ないことだが)少年忍足だったが口に出したことは少年からかけ離れていた。




 
危ない危ない。

以前おかんに「侑士君が俺の本やぶいた〜」とかわけのわからんいちゃもんチクリおってえらいめにあわされたことがあるんや。

「侑士!あんた見てくればっか成長せんと中身もちっとは大人になんなさい!!景吾君にごめんなさい言うたんか?!」

とか何とか言われて偉い目におうたんや。

せやからな、景吾にはこう言ったん。


「ほな、女装して出かけてみよか?その後普通のかっこして別んとこ行こう。どや?」





 「おめー、まさかとは思ってたが・・・・脳みそ沸いてるな。」

「せやかて・・・簡単なほーほうやと思うけどなぁ・・・。」

「一応理由くらい聞いてやる。俺様は心が広いからな。」

「目ぇわろうてへん・・・・。」

「んだよ、言え。」

「景吾は美人さんやからな、普通に女装したら100%女の子や。

それで街に出て俺の反応見る訳よ。で、そのあといつも通りの格好で街に出なおして、何が違うか比べたらええ。どや?」

「俺ばっかり面倒じゃねーか。」

「俺が女装しよか?」

「断る。」

「これでもねーちゃんと同じような顔してんで〜?」

「・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・あら?」

「たまにはいいかもな。」

「マジ?」




 
あかん。

景吾、目ぇがマジや。

このままやったら俺が女装させられてしまう。

でもまてよ。

もしどっちかが異性やったらーいう前提で女装するとしたら・・・俺も女装せなあかんのんか、もとい、したほうがええんとちゃうかな。

「そのとおりだ、忍足。」

「インサイトか?」

景吾は軽く頷いた。

なんちゅーか、景吾はサイキックみたいに勘が鋭い時がある。

普通に見透かされてまうんや。

「・・・どーせ夜まで時間があるんだ。今から行くぞ。」

景吾は立ち上がり、壁に掛けてあるコートを羽織った。

「行くって・・・何処いくん?」

「せっかくだから俺様が金を出してやる。」

こうと決まればこの男、異常に行動が早い。

俺がわたわたしてる間にどこぞへ携帯で連絡し、適当にコートを羽織れば品定めするように俺を見てきた。

「・・・まぁ服は向こうにあるからかまわねぇ。おら、行くぜ。」





 ゲームみたいなおもしれーこと考えやがる。

確かにこの俺様の美貌を使えば絶世の美女間違い無しだな。

いつもの忍足と女装した俺を連れる忍足。

反応を見れば何かしら答えが出るかもしれない。




 
何事にも徹底的に、完璧にするのが跡部様や。

なんでこないなことをため息混じりに言うのかってーゆーと。

ここは青山にある超高級サロンや。

景吾御用達のセレクトショップで俺の服を一式買うた後、

(黒いベルベットに銀のアンティークボタンとベルト使いの格好いいロングコートと細身の革靴、淡い黒地にアイボリーでピンストライプの入ったデニム、

薄くて目の粗いVネックのセーター黒みたいな濃紫と深めの襟から覗くんは黒のシャツでボタン3つ開けろ言われた。ちうか値札怖くてみられへん)

景吾の服を別のショップで買って(なんでも多くて5点、色違い込みっちゅーこだわりの服屋さんや)、

靴だけは流石にどーにもならんから銀座の某大手ブランドで在庫を漁った。

それも女装やから周りに知られんよーに貸し切ったっちゅーわけ。

「・・は〜、流石跡部様やなぁ。」

庶民の俺には理解しがたいハイソな世界や。

着替えた俺はとうの昔にヘヤーメイクやらなんやらもすませてサービスに出してもろーたオレンジジュースを飲んでるところ。

愛しいお姫さんはどんな風になったんやろな〜。






 VIP御用達であるこのサロンなら情報が漏れることはまずない。

俺は社交界へ出なければならないときここを使っていた。

そこである女性スタッフが女装してもさぞお似合いでしょうね〜などと口走ったのを俺は覚えていた。

イベントで、という口実にこうしてヘアメイク混みのフルメイクを頼んでいるわけだ。

しっかし・・・・自分で言うのもなんだが、後ろ髪だけをピンでひっつめて、さも「長い髪をまとめてます」って感じに髪飾り付けるだけで人間変わるもんだな。

しかもちゃんとボリュームを持たせている。でかい髪飾りを2つつけてるんだな。

襟足までのこして、というかやけに嬉しそうに俺をいじってやがる。

まあいい。

首を出してる俺様は寒いのが嫌だからカシミヤの白いタートルネックのセーターを着て茶系のツイードのスカートと(膝上だ)アイボリーの薄手のタイツに

男の足だと解らないようキャメルのロングブーツを履いた(バックルにブランドロゴがでかく入ってるのが気にくわなかったがサイズがなかった)。

メイクも俺様の瞳の色に合わせてブルー系とシルバーのラメ。

「・・・ルージュは、必要ありませんわね。」

スタッフはそう言って無色のグロスを引いて(「差し上げます、乾燥に気を付けてくださいね。」といっていたが)ひとまずは終わった。

立ち上がって首をストレッチ(ゴキバキッ!となった)。

丁寧にかけられたカーキーのコート(カシミヤ、アンゴラ混)はアンティークコートのリメイクで俺のサイズに合わせたものだったが女装にもよく似合っていた。

腰、裾、袖口、襟口に施された同系色の刺繍は繊細な文様を紡いでいる。

「うん、俺様の目にかなったのだからな。」

等身大の姿見の前でクルクル回る俺。

外は寒いから薄茶のミンクの襟巻きを忘れずに。





 
「忍足ー」といういつも通りの声がして俺はコートを羽織って外へ出た。

「あ」

「お」

第一声はお互い驚いた一文字や。

景吾は・・・どっからみても普通のお嬢さんやった。

ただ、瞳が景吾や。

その青灰色の綺麗な瞳・・・ちうか髪の色も日本人とはかけ離れてるからな。

でっかいワイヤーフラワーの髪飾りがようにあっとる。

引き込まれそうな強い眼差しとフワフワの髪の毛。

あ〜頭撫でたいわ〜。




 忍足は少し髪をあげていた。

いつも片側にうざったく下ろされた前髪はボリュームがなくなってシャープだ。

うん、俺様の見立ても申し分ない、完璧だな。

「この伊達眼鏡がな〜。」

「浮いてるか?」

「ああ。」

「なんやったら・・・外す?」

忍足は眼鏡を外した。

「どうや?」

ゆっくりと微笑む素顔の忍足。

髪をあげているせいかハッキリ見えるその顔に、不覚だがドキッとした。

惚れた弱みなんだろーか。

「惚れ直した?」

「言ってろ・・・ばーか。」

「どんな格好しても景吾は景吾やな。・・・いや、景ちゃん、ってよぼか。」

「ふん。てめーはその溢れんばかりの笑みをしまえ。だらしねぇぞ。」

「無理v」




 俺たちはそのまま車で渋谷までいったが人の多さにうんざりして銀座へ車をまわした。

時刻は・・丁度5時を回ったところだ。

車から降りるとき俺はさっき予約を入れた夕食の時間を反芻していた。

七時半に・・・か。

「景ちゃん、よそ見しとると危ないよ?」

「ああ?」

出ようとした俺の手を取り、反対の手は俺の頭が車に当たらないよう添えられている。

スイッと自然に俺の手を引いて、忍足は車のドアを閉めた。


迎えは夕食が終わったらくる。




 車から降りて景ちゃんと俺は取りあえずさっき靴を買った店へやってきた。

顔なじみの支配人が完成を見たいといったからだ。

「まぁ、これで後ろめたいことなんざなくなるだろ?」と景ちゃんは言っていた。

そやな。

しっかし・・・・景ちゃんは女のかっこしても景吾やった。

まっすぐ伸びた背筋、歩き方も綺麗やし、てか足きれ〜・・・。

背ぇも高いわけやからモデルさんやで。

行き交う人がみんな景ちゃんを振り返る。

そらこないなかっこしなくても景ちゃんはいつも往来の人が振り返るほどの美形さんや。

「・・・ああ?なに後ろからデレデレしてんだよ。」

「え?そないなことあらへんよ?」

まぁそう眉顰めんといて?せっかくの美人さんが台無しや。

俺は景ちゃんの隣に立つと手はつながず腕を組ませた。




 店は他にも客がちらほらいた。

某有名人なんかもいたが、そっちのけて支配人は俺の方へやってきた。

「これがイベントだなんて勿体ないですわ。」

40代の女性オーナーは言った。

「最大の賛辞ですね。また寄らせて貰います。」

営業トークだろうと思ったが目がイッちまってた。

まぁいい口止めにはなるだろう。




 
景ちゃんを連れて銀座を歩くんやけど・・・飽きてきた。

しょーじき、退屈。

いつもは映画見たりゲーセン行ったり、CDショップいったりとかするしなー。

だってよー考えてみ?俺一応中坊やねん(見えんていうな)。

景ちゃんになんか買ってあげられるほど金もないしな。

金って言うたら・・・・・・

「景ちゃん、俺ラケットみたい。」

「ああ?買うのか?」

「新しいのが出てん。もし合うんやったら・・って思ってな。」

「いいぜ。」

景ちゃんはそう言うとさっさと路肩に出て手を挙げた。

「ちょ、景ちゃん?!」

「いつもんとこだろ?」

キョトンとした彼の後ろでタクシーが止まってドアを開ける。

止めるまもなくさっさと彼は乗ってしまった。




 忍足はラケットがみたいと言った。

確かに昨日、こいつん家いったとき「これがな〜欲しいねん」とかなんとか言っていた。

時間も惜しいし俺はタクシーを止めて店に向かった。

「すんません、あの橋んとこで下ろしてもらえます?」

低い声が言う。

タクシーは止まり、忍足が払う。

奴は「なんも言わんといて」と先手を打って、俺の手を引いた。




 
学園からそう離れてない道を景ちゃんと手ぇつないで歩く。

この道をいつもはいろんな事言われながら歩いてるんや。

それを、手ぇつないであるけるんが嬉しい。





 そういやこいつとこの道を手なんかつないで歩いたことはなかった。

あんまベタつくのは好きじゃなかったし、なにより男二人が手ぇつないであるけるもんか。

それに、いつも周りにあいつらがいる。

今は、二人だけだ。

いつもはテニスだー学校だーって話すことはあるが、今は無言。

背はそう変わらないのにでかい手をもつ忍足は、俺が力を入れて握り返せばそっと力を込めてきた。

盗み見た忍足はなんだか別人だった。

眼鏡がないせいかもしれない。

だから、

「眼鏡、かけろよ。」

つぶやいてしまった。




 
か細い声が言うた。

「景ちゃん?」

景ちゃんはじっとこっちをみていた。

ちょっと寂しそうな目ぇしてた。

「なんだか・・・お前じゃないみたいだ・・・。」

だからちょっと笑いかけて立ち止まった。

そっと周りの気配を探れば誰もいない。

ちょっと顎を固定させてもろて、そっとキスをした。

軽く触れるキスをゆっくりと一度。

俺はそれから眼鏡をかけ、髪を下ろした。




 目を開けるといつもの忍足がいた。

俺様は不覚にもそれだけで幸せだった。

だから二人で笑い合った。

なんだ、答えなんて目の前にあるじゃねーか。




 
それから俺らは駅前の繁華街で遊んだってか、遊びまくってしまった。

カラオケ行って、ゲーセン行って(UFOキャッチャーなんか嫌いや!)、調子に乗ってプリクラ取って(誰にもみせられんわこんなん)、

ラケット吟味して(買わなかったが)。

ただ地元だから景ちゃんは極力声を高めにしていた。

ハスキーな女性ボイスや。

「あ、今から銀座、間に合わないな。」

ふと思い立ったように景ちゃんは腕時計をのぞく(なんや、Gショックつけてるんかい!)。




 俺はレストランをキャンセルした。

「・・・俺んち来いよ。今日は誰もいねぇ。」

携帯をポケットにしまいながら俺は忍足に振り返った。

きょとんとした顔してた(アホ面だ)。

「んだよ、不満か?」

「ええの?」

「あ?・・ああ・・。」

なんだこいつ。

ともあれ俺は車を呼んだ。




 
景ちゃんは自分の部屋に俺を通した。

「コート、そこな。」

いつ来ても広くて天井の高い部屋。

隅に置かれたコート掛けにコートを引っかけた。

と、奥の部屋から景ちゃんが出てきた。

コートを脱いで髪留めを外していた。

なんや、景吾と景ちゃんが同居しとるような倒錯的な姿やった。

「・・・景ちゃん、お願い聞いてくれる?」

「あん?なんだよ。」

景ちゃんは片眉だけ顰めた。

「景吾、戻って?」

「ああ、ちょっとまってろ。ついでに風呂すませちまうから。お前もいつもの部屋でお湯使って来いよ。」

「ええん?ほなひとっぷろ浴びてくるわ〜。」

いつもの部屋ってのは景ちゃんの部屋と同じ並びにある唯一の客室のことや。

ここには俺が持ち込んだ服やらなんやらもおいてある。

疚しいことしてへんで?ただ夜まで景吾とテニスしてシャワー借りたりとかしてし、自然と自分の服を置くようになったんや。

・・・ほんまやで?





 風呂から出ると忍足がソファに座って月刊プロテニスの最新刊を読んでいた。

俺が近づくと、気配を感じたのかやつも振り返った。

いつもどおりの、髪伸ばしっぱなし眼鏡がいた。

なんか、落ち着く。

落ち着くというか、しっくりするんだ、パズルのピースがはまるようにな。

「景吾、」

「あん?」

俺様は片隅に置かれた冷蔵庫からペリエを取り出した。

忍足はエビアンで丁度良い。

口に流せば、ほどよい炭酸が心地よかった。

「・・・答え、見つかった?」

「まぁな。」

俺は忍足の前にボトルを置いた。

咄嗟に奴が俺の腰を引き寄せた。




 
女装の景ちゃんも可愛かったけど所詮は幻想や。

俺は景吾がいい。

それだけで満足や。

引き寄せれば抵抗はなかった。

俺の片膝に座った景吾。

薄く笑い、俺の顔を胸に抱いた。

あったかい。



「Verbotene Fruechte schmecken sueβ」



景吾は俺の耳にそっとささやいた。

ネイティブと変わりないドイツ語。

ドイツ語は知らんけど、このフレーズは知ってた。

諺やから。

「せやね。・・・禁じられた木の実は甘いな・・・。」

頬に手を滑らせばすり寄ってくる白い肌。

目を合わせれば挑戦的な眼差しで俺を誘う。

青灰色がギラリとサファイアブルーに変わる瞬間や。

囚われて止まない、魔性のモン。

俺をいつも虜にしてしまうんや。



 
忍足の黒い目にダイヤみたいな鋭い光がともる。

そう、お前は、俺だけに欲情しときゃいいんだ。

俺だけを見て、存在していればいい。










Verbotene Fruechte schmecken sueβ(禁じられた木の実は甘い)

feat.「
トラソルの鳥籠」 by 跡部景吾