置いて逝かれるなんて、思ってもみなかった。

 

 

 

先に逝くのは自分だと、

ずっとそう思っていたから―――

 

 

 

    ―――空を割く閃光。

         為す術もなく見守るガイの目前でGGGベイタワー基地が光に包まれる。

 

 

 

彼女の事は絶対に自分が護るのだと誓っていたから。

そして、そのための「力」を、自分は様々なものと引き換えに授かった筈だったのだから。

 

 

 

    ―――崩れ落ちる宇宙開発公団ビル。

         爆発がもたらす衝撃が、辛くも脱出に成功したガオガイガーの機体を震わせる。

 

 

 

だから――――――――――

 

 

         (ガイ、奇跡を起こして………)

         「ミコトぉ――――――――――――――――っ!」

 

 

 

置いて逝かれるなんて、思ってもいなかったのだ―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

Re-born 

〜 光の庭で 〜

 

 

 

 

 

 

新たなる敵、機界31原種の襲来によって、GGGベイタワー基地は破壊され、完膚なきまでに叩きのめされ

たガオガイガーは大地に沈んでいた。

その絶体絶命のピンチは、何処からか飛来した謎の白い戦艦と、その戦艦が変形合体した謎の巨大ロボによっ

て救われたものの、ガオガイガーの負った損傷は甚大なものであり、もはや自力では動けないほどてあった。

「…そんな…、ガオガイガーが負けるなんて―――――」

信頼する勇者の初めての敗北に、言葉もなく立ち尽くすマモル。

「そうだ! ガイ兄ちゃんはっ?」

精神を集中してガイの気配を探ったマモルは、彼がコックピットの中で生きている事を感じ取り、ホッと息を

ついた。

「良かった、ガイ兄ちゃんは生きてる」

けれど、ガイ自身、相当なダメージを受けていることは明白である。さらに心を集中してガイと精神を同調さ

せたマモルは、全身を苛む痛みを感じて思わず顔を顰める。けれど、身体に負った傷の痛みよりももっと深く、

彼を苦しめているものがある。

それは喪失の痛み。

かけがえの無いものを失った、深い哀しみ。

それを自分の事のように感じ取ったマモルは思わず自分の胸を押さえていた。

これからどうしたら良いのだろう。

自分に何ができるのだろう。

心配して駆けつけてきた両親ともども途方に暮れるマモル。

そんな状況を打開したのは、これまで見たことのないほど巨大な金色の船と共に現れた、スワンの兄、スタリ

オン・ホワイトであった。国連の秘密防衛組織の者だと名乗った彼と共に、傷ついたガオガイガーを収容した船

に乗り込んだマモルは、そこで地球を襲った新たなる敵が「原種」と呼ばれること、その襲来を予測して密かに

様々な準備が進められていたこと等を聞かされる。この大きな金色の船、全域双胴補修艦アマテラスもそのため

に作られたものだと言う。

次々と起こる想像を超えた事態にマモルの頭は混乱してしまいそうだったが、しかし、それよりも何よりも彼

には気に掛かる事があった。

「スタリーさん。ガイ兄ちゃんは?」

「大丈夫。いまフュージョンアウトを行っている。ガオガイガーのバックアップもこの艦の役目ナンだ」

そう聞いて少しだけ安心したところへ、タイミング良く集中治療室から通信が入ってきた。

『サイボーグ・ガイの応急処置が終わりました』

パッと顔を輝かせるマモルだけれども、モニターの中の医療班の表情は暗い。

『しかし、サイボーグの意識が戻りません』

すべての処置は終わり、身体機能にも制御プログラムにも問題はないのだが、何故かGストーンの動力率が上

がらないのだと医療班は言う。

「スタリーさん、僕、ガイ兄ちゃんの所へ行ってもいいですか?」

「そうか、君はGストーンを活性化させることができるんだったネ」

マモルの提案にスタリーは大きく頷き、自らマモルをガイの元へと案内した。

 

 

ガランとした集中治療室。その中央に、GGG基地内にあったのと同じ鋼鉄のベッドが置かれ、そこにガイは

横たえられていた。少しでも身体にかかる負担を減らすためか、外部装甲は取り去られており、包帯のようなも

のでグルグル巻きにされている。

「とりあえずの処置は出来たんだけどネ、本格的に整備するには足りないパーツもあるんだ」

この艦自体も内部はまだ8割程度しか完成していないのだとスタリーは言う。

「ガオガイガー救出のために取り急ぎ出撃してきたものでネ」

何とか間に合って良かったけどね、というスタリーの言葉を聞きながら、マモルは横たわるガイを覗き込んだ。

その顔色は青く、左腕に備えられたGストーンの輝きは消え入りそうな程に弱い。

「大丈夫。ベースに戻ればちゃんとした治療が行なえるから安心したまえ」

心配するマモルの肩を叩いて安心させようとするスタリーだったが、彼自身、ガイの意識が戻らないことに不

信を抱いていた。

「しかし、意識が戻らないはずはないんだが……」

そしてスタリーは決意を浮かべて彼を見上げているマモルに対して頷いた。それを受けて大きく頷き返したマ

モルはガイのGストーンに手をかざし、精神を集中する。

マモルの全身が淡い緑色の光に包まれ、それに呼応するようにガイのGストーンも輝きを増し、動力率を示す

モニターの数値が少しばかり上昇する。けれどそこまでだった。マモルがどれだけ精神を集中しても、Gストー

ンの動力率は一定レベル以上には上がらず、ガイの意識も戻らないままだった。

「…ダメだ! これ以上パワーアップできない」

苛立たしげに大きく首を振って、精神の集中を解いたマモルは、悲しそうな表情を浮かべて、横たわったまま

のガイを覗き込んだ。

「どうして、ガイ兄ちゃん?」

大きな哀しみがガイの心を固く閉ざしているのがマモルには判った。そしてそれがマモルの力を拒み、意識の

回復を阻害していることも。

「マモルくんの力を以ってしてもダメなのですか」

深いため息をつくスタリーにマモルもうなだれてしまう。

「今のガイ兄ちゃんは目覚めたくないって思ってる。だから僕がどんなに呼んでも届かないんだ」

失ったものの大きさに、心が現実を拒んでいる。それほどまでに大切だったのだ。彼にとってはそれが生きる

力であったぐらいに。

「それでは、あとは彼自身の心の問題というわけなのデスね」

スタリーの問いかけにマモルは俯いたまま頷く。

「…僕じゃダメなんだ。僕には何にもできないんだ」

無力感に苛まれるマモルの目には涙すら滲んでいる。スタリーはそんなマモルを励ますように肩を優しく叩く。

「大丈夫。ガイはこれまで多くの困難を乗り越えてきた勇者デス」

彼を信じましょうというスタリーの言葉にマモルも頷き、滲んできた涙をごしごしと拭って笑顔を浮かべた。

と、そこへブリッジから通信が入る。

『ミスター・ホワイト、おられますか?』

ブリッジまでお戻り下さいというのに、スタリーはもう少しガイに付き添っていたいというマモルを残して集

中治療室を出ていった。ひとり残されたマモルは眠るガイの横顔を心配そうにじっと見つめる。

「早く元気になってね、ガイ兄ちゃん。僕、信じてるから」

GGGのみんなを失ったことは悲しいけれど、ガイ兄ちゃんだけでも助かって良かったとマモルは思う。だか

らこのまま彼まで失ってしまいたくはない。

ガイが必ずや復活することを信じつつ、マモルは祈りを力に変えて眠るガイへと送り続けるのだった。

 

 

 

 

 

あたり一面には、淡い光が溢れかえってていた。

そこに浮かぶのはたったひとり、とても大切なひとの面影。

 

「…俺のコトはもう忘れろ」

「そんな…  せっかくまた会えたのに、忘れるなんてできないよ」

「お前の知ってた獅子王凱は死んじまったんだ。だから普通の生活に戻って、平穏に暮らして

くれ」

「やだ。そんなの絶対、やだ」

 

再会と葛藤。

 

「…どんな姿になったって、ガイはガイだもの。全然、変わらないよ」

「あたし、ガイが死んだって聞かされた時、ものすごく後悔したよ。もっともっと、いっぱい色々

な事、ガイにしてあげたかったのにって。あたしもう二度と後悔したくない。だから、そばにい

させて。あたしにできることなんて何もないかもしれないけど、それでも、ガイのそばにいて、

今度こそ最後までガイの事、見ていたいよ」

 

その内に秘めた強さ。

 

「もぉっ、ガイったら無茶ばっかするんだから。少しは心配するあたしの身にもなってよねっ!」

 

 心配するあまりの膨れっ面。

 

「…こんな身体でいつまで生きていられるか判らないし、もしかしたら明日にでも死んでしま

うかもしれない。確かな未来なんて何も約束できないし、いつもお前を泣かせてばかりで、辛

い思いばかりさせてしまうのに、それでもミコトにそばにいて欲しいって願うのは、我侭か

な?」

「ううん、そんなことないよ、ガイ。だってあたしは最初からずっとそのつもりだもの」

「そばにいて欲しいんだ、ミコト。ずっと、最後まで。それこそ死がふたりを分かつまで」

「ガイ、判ってる?  それじゃまるで結婚の誓いの言葉だよ」

 

涙に濡れた笑顔。

 

「…もう何処へも行かないで。あたしをひとりぼっちにしないで」

「ガイが確かにここにいるって、感じさせて。お願い…」

 

ふと漏らした不安。

 

「大丈夫。泣いてなんかないよ。今はガイがそばにいてくれるもの」

 

たくさんの想い出。

 

「ずっと、そばにいるよ。ガイのこと、見守ってる―――――」

 

果たせなかった約束。

守れなかった誓い。

 

涙を浮かべながらも、それでも微笑んで見せる彼女の面影へ、彼は手を伸ばした。

けれどもそれは手を伸ばせば伸ばすほどに遠ざかり、逆光の中で次第に儚くなっていく。

「ミコトぉっ!」

思わず声に出して叫んでいた。

大切で大切で、何よりもかけがえのないひと。

この腕の中で護りきるのだと、誓いを捧げた、たったひとりの、その名を。

「ミコトぉ………」

けれど求める声も、求める面影も遠く掻き消えて、やがてすべてが光の中に呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

「…ガイ、ガイ―――」

呼ぶ声に促されてガイは目を覚ました。

「ガイ、ガイったらぁ、もぉ、起きなさい」

そよぐ木の葉から零れ落ちる陽の光の眩しさに細めた目に映ったのは、両頬を膨らませて自分を見下ろしてい

るミコトの顔だった。

「もぉ、こんな所でうたた寝して風邪ひいちゃっても知らないからね」

いくら天気が良いからって言っても、陽が落ちれば寒くなるんだし。

「その寝つきの良さには感心するけど、何処ででも寝ちゃう癖は治した方が良いんじゃない?」

まるで母親のような言い草で、とくとくと説教を続けるミコト。その姿をはっきりと認識した途端、ガイは信

じられないような速さでがばっと飛び起き、彼女の身体を掻き抱いた。

「ミコトっ!」

そのまま、その存在の確かさを探るように、ぎゅっと強く抱き締める。

「―――良かった、生きてたんだ」

「ちよっ、ちょっとぉ、ガイ?」

 じたばたと暴れるミコトに構わず、ガイは抱きしめる腕に力を込める。

「ねぇ、何なのよぉ、いったい。離してってばぁっ!」

 我を忘れてミコトの小柄な身体を抱きしめていたガイだったが、「痛いじゃないの」というミコトの抗議の声

にハッとして、腕の力を緩めた。そうだった。現在の彼が思いっきり抱きしめたりしたら、ミコトの身体を潰し

かねない。

 だが。

「え―――?」

 眼前の光景にガイは思わず言葉を失ってしまった。

「んもぉっ。いきなり抱きつくなんてビックリしちゃうじゃない」

解放された直後こそ大きく息を吐いて安堵したものの、すぐに膨れっ面になってブツブツと文句を言い始めた

ミコトの姿は、いつもの見慣れたGGG隊員服ではなく、何故か高校時代のセーラー服。しかもトレードマーク

のうさ耳ヘアも、こころなしか短めに見える。

「あぁっ、制服も皺だらけだしー。アイロンがけ大変なのにー。もぉおっ」

 尚も膨れっ面のまま文句を言い続けるミコトの姿を呆然と見つめていたガイは、ゆっくりとその視線を下へ落

としてみた。

「ばかな…」

 そこにあるはずのないモノを見い出して、ガイは思わず呟いていた。

 爽やかな緑の下栄えに投げ出された足には革靴と紺のスラックス。起こした半身の白い開襟のシャツは半袖で、

そこから伸びて上体を支える腕は無駄なく鍛え上げられ、余分な筋肉などひとつもない、理想的なラインを描い

ている。

 ゆっくりと目の高さに持ち上げた、温かな血肉を伴った手のひらをぎこちなく握り締めて、それが確かに自分

の手であると確かめた時、ガイはもう一度困惑を深めて呟いていた。

「こんな…、こんなことが…」

 あるはずがない、と。

「ん、ガイ? どしたの?」

 その問いかけにハッと我に返れば、ようやくにガイの様子がおかしい事に気付いたミコトが、心配そうに覗き

込んでいるところだった。

「やぁだっ。もしかして、まだ寝ぼけてるの?」

 もしもーしと半分呆れ顔のミコトが、膝をついて目の前でひらひらと手を振って見せるのを見ながら、ガイは

「あぁ、そうか」と苦味を帯びた呟きを漏らした。

(これは夢なんだ…)

 夢ならばいくらでも状況の説明がつく。目前のミコトがセーラー服姿なわけ、そして自分が鋼鉄のサイボーグ

などではなく、生身の、しかも高校時代の肉体を伴っているわけも。

 気付いてみれば、自分がいま居る場所も、懐かしい思い出の場所だった。

 思えば、自分の心は深く深く眠れば眠るほど、過去の夢を旅してきたものだ。それは時には自分が進むべき方

向を再確認するきっかけであったり、再び立ち上がるための勇気となったりしていた。

 だから、いま、この状況で過去の夢の訪いを受ける事は充分にあり得ると容易に納得できる。

 だが。

(あぁ、でも、もしかして今までの事のほうが夢だったのかも…)

 そんな考えが一瞬、ガイの心をよぎった。

地球外知性体の来襲など起こらず、ただ未来を信じて笑いあっていた日々が、そのまま続いているのだとした

ら…

そう思えたらどれほど幸せだろうと、ガイは考える。けれど彼のココロはそこまで弱くはなかった。

一時的に辛い現実を拒否していても、ココロの何処かにとても冷静な自分がいて、鋼の身体の真実を忘れぬよ

う警告している。そんな気がしてならなかった。

(…そうさ。判ってるんだ。これが夢だってことは---)

 それでも、一時でいいから夢に浸っていたかった。たとえ一時しのぎにしかならないと判っていても、幸せな

夢のあとにはより深い哀しみが訪れると知っていても、現在はこの夢に縋っていたかった。

(もう、夢でしか逢えないのなら… もう少し---)

 そう考えて、ガイが思わずまぶたを伏せてしまった時、

「ねぇ。あたしの話聞いてる? もしかして、ホンっトぉーっに寝惚けてるの?」

 あまりに惚けた様子のガイに業を煮やしたミコトが、再び顔をグイッと近づけてきたので、ガイは慌てて顔を

上げ、呆れ顔のミコトを見つめ返した。

「あ、あぁ、ゴメン。別に寝惚けてたわけじゃないよ」

「ほんとぉっ? でも、今日のガイはなんかヘンだよ」

 大丈夫?と尚も疑わしげなミコトに対して、

「いや、ほんと、寝惚けてない、って」

 思いっきり手を振って、ミコトの疑念を否定したガイは、少しおどけた調子で言葉を足した。

「なんかさー、妙な夢見ちゃってさ」

「夢?」

 そう聞いたミコトは、頬に人差し指を軽く添え、少し首を傾げるという、じつに愛らしい仕草でガイを揺り起

こした時のことを思い出した。

「そう言えば、起きるなり『生きてたのかっ!』とか何とか言ってたわよねぇ」

 穏やかじゃないなぁ、と苦笑したミコトは、続いて明るく問いかけてきた。

「ね、どんな夢だったの? 話してみてよ」

「え?」

 意外なミコトのおねだりに、ガイは一瞬硬直し、表情を曇らせた。それは、できることなら思い出したくない

夢―――実際には『現実』なのであるが−――だったからだ。

だがミコトは、なおも明るく言う。

「悪い夢を追い払うのなら、話して笑い飛ばしちゃうってのも良いかもよ」

 ねっ、とにっこり笑うミコトの笑顔に誘われて、ガイの表情にも穏やかさが戻ってくる。

「それもそーだな」

ミコトの言う事も一理あるかもしれないと思ったガイは、小さく頷くとポツリポツリと話し始めた。

「それがなー、大切なひとを失くす夢だったんだ…」

 少し視線を落として、なだらかな丘の斜面の向うに遠く見える、漣立つ海面が陽光を煌めかせる様子を見つめ

ながら言葉を選んでいくガイ。ミコトはそんなガイの隣りに腰を下ろすと、黙って彼の言葉に耳を傾けた。

「俺はそのひとを護るためのチカラを持ってて、一所懸命に戦ってきたんだ。それなのに…」

 話しているうちにあの時の光景を思い出し、ガイは悔しさと無念とに身震いした。ミコトはそんなガイの様子

を黙ったまま心配そうに見つめている。

「俺のチカラが足りなかったばっかりに護りたいひとを護れずに、目の前で失われていくのを、ただ見ているこ

としかできなかった…」

 語るほどに、その身の内に無念さが溢れてくる。気持ちを表すかのように自然と下がっていく視線。

だがガイはそんな重い気分を振り払うかのように、ひと呼吸すると、ついと顔を上げた

「なら、せめて仇をって思ったんだけど、相手が強すぎちまって、全然歯が立たなくってさ」

 自嘲気味になった気持ちを隠すかのように、ガイは努めて軽い調子の言葉を選び、少しおどけた様子を装う。

「返り討ちにあって、ボロボロになっちまってさ。も、酷ぇーのなんのって…」

 けれど、そんなカラ元気も長くは続かず、ガイは再び視線を落とすとしばらく黙り込み、それから呟くように

言葉を漏らした。

「俺は今まで何のために、こんな辛い思いまでして戦ってきたんだろう、って…」

 それはこれまでずっと心の奥に封じてきた問いだったろう。

 勇者として生きる事を選んだあの日から、決して表には出さず、心の奥底に閉じ込めてきた疑問。

「俺は―――」

 思わず握り締めた拳に力が篭もる。

 悔しさと辛さと哀しさと、様々な感情がガイの内で渦を巻いて暴れまくり、その激情ゆえに、ふとここが夢の

中であることさえ忘れてしまった、その時。

「大丈夫だよ」

 俯いたガイの両頬を何か暖かいものがそっと包み込んだ。

 はっとして顔を上げると、何時の間にかガイの前に回りこんだミコトが優しい微笑を浮かべながら手を伸ばし、

ガイの頬を包んでいた。

「そんなに自分を追い詰めなくても大丈夫」

 添えられた暖かな手に誘われるままにミコトを見上げたガイは、微笑む彼女の優しさを湛えた瞳の輝きを呆然

と見つめ返した。

「だって、ガイは精一杯戦ったんでしょ? 怠けたり、手を抜いたりしてないよね? そんなことできるひとじ

ゃないって、あたし知ってるし」

 でしょ?と頭を傾げながら問いかけるミコトに、ガイは勿論精一杯やったのだと頷き返した。それを見たミコ

トの笑みがますます優しくなる。

「だったら誰もガイのこと、責めたりしないよ」

 自分ばかりを責めたりしないでと、ミコトは重ねて言う。チカラが足りなかったのはガイだけじゃないから、

と。

「みんな少しずつ足りないところがあったんだよ。だから、あんな結果になってしまったんだと思うから…」

 言いながらミコトはガイの頭をその胸に抱き寄せ、懐深く包み込んだ。

「あなただけの所為じゃないわ」

 まるで母親が愛し子を慈しむかのように、そっと優しく背を撫でる手と、頬に感じる暖かな温もり、耳に届く

規則正しい心音が、傷つき荒れ果てたココロを癒していくと、思わず涙が滲んでくる。

「だから、そんなに思いつめないで」

「ミコト…」

 示された無償の優しさにガイは縋りつき、ミコトの細い身体を思いっきり抱きしめた。

「ミコト、俺は…」

「大丈夫だよ」

 繰り返される言葉と抱擁。もう涙は止まらなかった。

 とめどなく溢れる涙が、ミコトの制服を濡らしていく。けれど、ミコトはそれに頓着することなく、ただガイ

の為すがままを受け止める。ガイはそんなミコトの優しさの甘え、胸に縋りついたまま泣き続けた。

 かすかに洩れる嗚咽。

 こんなに泣いたのは初めてだった。母親の事故を知ったときも、初フライトで地球外知性体に遭遇し、宇宙飛

行士の夢を断たれてしまった時も、ガイは泣かなかった。尤も、サイボーグとして甦ったあとは泣きたくても泣

けない身体になっていたのだけれども。

 本当はいつもこんな風に泣きたかったのかも知れなかった。恥も外聞もなく、矜持さえ捨てて、ココロがカラ

ッポになるまで泣いて泣き続けて、そうやって人は大きすぎる哀しみから立ち直っていくのかもしれない。

 そうしてどれくらいの時が経っただろうか。

 やがて嵐のような激情もおさまり、呼吸が穏やかになったころ。

 思いっきり『弱い』自分を曝け出してしまったことを、今更ながらにガイが思い出したとき。

「もう大丈夫だよね?」

 妙に落ち着いたミコトの声に、はっと我に返って顔を上げた時、ガイはただひとり、光の原に取り残されてい

る事に気付いた。

「ミコトっ!」

 先刻まで、確かに彼を抱いていたミコトの存在は、まるで霧のように消えてなくなり、求める手は空を掴むば

かり。

 そして、その指が鋼鉄に覆われている事に気付いて、自分もまた現実の姿を取り戻している事を知った。

「ミコトぉっ!」

 夢の終りを予感して、求める声が震える。

 もう少し。せめてあと一時。

 懇願する想いに応えるかのように、あたりを埋め尽くした果て無き光がさざめき、どこからか声が届く。

『―――忘れないで。あなただけの所為じゃないってこと』

 さざめく光はやがて、宙におぼろなひとつの像を結んでいく。

やわらかな笑顔を浮かべたそれは、GGG機動部隊オペレーターとして、数々の苦難を共に乗り越え、常に献

身的なサポートを続けてくれたそのひとの、つい先ほど喪われたばかりの姿。

『大丈夫。ガイならきっと立ち上がれるよ』

 見上げた視線の先で、光に縁取られた笑顔が眩しく煌めく。

『あたしはちゃぁんと知ってるもの。ガイの胸の奥に勇気のカケラが残ってるってこと』

 その信頼が胸に痛い。哀しみに心閉ざす事も許されないのか、と。

 恨みがましく思わないでもなかったが、しかし、彼女の信頼を裏切る事などできやしないと思うのもまた事実。

 そんなガイの葛藤を承知しているとでも言うように、ミコトの幻はついとガイに近づき、手を伸ばして彼をふ

わりと抱きしめる。

『大丈夫。ガイはひとりじゃないよ』

 それは実体感のない雲のような抱擁だった。それでも離したくなくて、失いたくなくて、抱きしめ返そうとす

るけれど、

『あたしはいつだってガイのそばにいるもの』

 言葉だけを残して、ミコトの姿は光と弾けて霧散してしまう。

 キラキラと光の余韻がガイを包み、両の腕が虚しくカラッポな空間を抱く。

「ミコトっ」

 求める声にも、幻はもう姿を現してはくれない。

『そばにいるから。いつだってガイの勇気を見守っているから…』

 ただ言葉だけが、果て無き光の庭に取り残されたガイの耳に響く。

『だから、お願い。ガイの胸の奥に残ってる勇気のカケラを信じててね―――』

 そうして声すらも光の中に消えていき、光の庭は静寂に満たされる。

「…ミコト―――――」

 すでに涙を零すことさえできぬガイの呟きもさざめく光に攫われ、立ち尽くす影もまた、溢るる光に融けて消

えていった。

 

 

 

 

 

(マモルくん…)

 全域双胴補修艦アマテラスの集中治療室。一刻でも早く復活できるようにと祈りを込めて、ガイへ力を送り続

けていたマモルは、誰かに呼ばれたような気がして、ハっと跳ね起きた。

 どうやら、いつのまにかウトウトとしていたらしい。

 ごしごしと袖口で目を拭いながら、あたりを見回してみるけれど、ガランとした集中治療室にはマモルと、横

たわる包帯だらけのガイの他には誰も見当たらない。

「あれ…?」

 空耳かな。夢でも見たのかな?

 そう思いながら改めてあたりを見回したマモルは、相変わらずガランとした室内にはやっぱり変わったところ

は見受けられないけれど、空気の色が微妙に変化していることに気付く。

「なんだろう―――?」

 目を閉じて、意識を集中して変化を感じ取ろうとするマモル。

 それは何だかあったかくて、くすぐったくて、思わずクスクスと笑い出したくなるようなモノ。

 誰かが誰かを思いやるような、そんな優しい気持ち。

 色々と思い巡らせていたマモルは、やがてハッと気づく。

「これはミコトお姉ちゃんの想いだっ!」

 果たしてその通り、マモルが顔を上げた視線の先には、微笑を浮かべたミコトの姿があった。

「ミコトお姉ちゃんっ!」

 良かった、生きてたんだね!と言おうとしたマモルだったが、すぐにそうでない事に気づく。

 何故ならミコトの足は地に付いておらず、宙に浮かんだ状態であったし、その姿は半透明で向うが透けて見え

ていたりするからである。

「ミコトお姉ちゃん…?」

 これは一体どういうことなのかと問いただしたげなマモルに、ミコトは何も応えず、ただ少し淋しげな笑顔を

浮かべると、ゆっくりとガイを指差した。

『心配しないで。ガイはもうすぐ目を覚ますわ』

そう聞いて、マモルは横たわるガイを振り返った。そう言われれば、心なしか顔色が良くなったように感じら

れる。

「良かった。ガイ兄ちゃんはもう大丈夫なんだね!」

 マモルの嬉しそうな声に、しかしミコトは表情を曇らせて『でも』と言う。

『目が覚めたら、ガイはきっと自分を責めてしまうでしょう。みんなを助けられなかったのは自分の力が足りな

かったんだ、って、自分を責めて追い込んでしまうと思うの』

 ミコトの言葉にマモルも大きく頷く。あのガイ兄ちゃんの性格なら、そう思い込んでも無理はないだろう。マ

モルの助力を拒んで眠り続けたのも、たぶんそれが原因なのだ。幼いマモルにもそれくらいは判る。

『だから、マモルくんにお願いがあるの』

 お願いと聞いて、マモルは今度はミコトのほうを振り返った。

『マモルくんからガイに教えてあげて欲しいの』

 決してあなたの所為じゃないと伝えて。

 自分のことなど顧みず、ただガイのことを、彼の心の傷を心配するミコトの言葉に、マモルの胸が熱くなる。

『ガイの勇気を信じてるから、って』

「うん。うん。ぜったい伝えるよっ」

 ミコトの懇願にマモルは半分ベソをかきながら、何度も頷いた。

 大好きな大好きなガイ兄ちゃん。彼が立ち直るためなら、自分にできる事は何でもやろう。

 ミコトはそんなマモルの決意を読み取って、ニッコリと安堵の笑みを浮かべた。

 そして。

『マモルくん。ガイをお願いね』

 最後の願いを口にすると、ふわりと身を翻し、空に消えていってしまった。

 「ミコトお姉ちゃん…」

 あんなにもガイのことを心配するミコトの深い想いに触れて、マモルは滲んできた涙を抑える事が出来なかっ

た。

 けれど室内を満たしていた優しい気持ちが、ミコトの消失と共に失われていこうとしている事に気づいて、も

う一度ゴシゴシと袖口で涙を拭うと、キッと眠るガイを見据えた。

 ミコト姉ちゃんの気持ちをムダには出来ない。

 大きく息を吸って精神を集中したマモルは、再度、ガイへと力を送り始めた。周囲に残るミコトの想いも取り

込みながら。

すると---

 

 

「う…」

 微かに瞼が震えて、指が痙攣する。

「わっはー!」

 見守るマモルの前で、ガイはようやくに目を覚ました。

「うわっはー! 良かったっ、ガイ兄ちゃん! 気がついたんだねっっ」

---俺は… いったいどうして…?」

 どうやらガイは未だ混乱のなかにあるらしい。それでも目覚めてくれたことが嬉しくて、マモルは包帯だらけ

の身体に取り縋って喜んだ。

「マモル。俺はいったい… それにここは何処なんだ?」

「アマテラスっていう、おっきな船のなかだよ」

 スワンさんのお兄さんが助けてくれたんだ。

 手短に事情を説明するマモルに、ガイは「そうか」と短く応えた。

 アマテラスのことを話してもあまり驚かなかったのは、その存在をあらかじめ知っていたからなのか。或いは

他にもっと気に懸かる事があるからなのか。

 果たして、次にガイの口から発せられた言葉は、

「GGGのみんなは?」

 その問いにマモルはグッと言葉に詰まって押し黙ってしまった。

 なんて伝えたら良いのだろう。この悲しい出来事を。

 けれどマモルが言葉を探し出す前に、ガイは状況を察したらしい。先程と同様に「そうか」と小さく呟いて、

そのまま黙り込んでしまう。

マモルから視線を逸らし、何もない宙を見つめるガイの瞳からは、いつもの強い意志の輝きは失せ、ただ果て

なく昏い虚無が広がっているように見えた。

それを見た時、マモルはミコトの言葉を思い出す。

『目が覚めたら、ガイはきっと自分を責めてしまうでしょう』

それからミコトと交わした約束も。

『マモルくん。ガイをお願いね』

 そうだ、自分がしっかりしなくちゃと、マモルが思い直し、何か言葉をかけようとした時、

「何が史上最強のサイボーグだ」

 苦々しげな声がマモルの耳朶を打った。

「みんなを守る事も出来なくて、自分だけが助かるための鋼の身体かっ」

 それは、これまで聞いた事のないほど昏い声だった。そして、これほどまでに鋼鉄の身体を厭うような、呪わ

しげな言葉がガイの口から紡がれるのを聞いたのも初めてで、マモルはおおいに戸惑ってしまう。

「俺は… 俺は今まで、いったい何のために…」

 辛い思いをしてまで戦ってきたと言うのだろう。

 ガイはすべてを口にはしなかったが、そう考えているであろう事は、容易に読み取る事が出来た。

それは初めて聞く弱音であり、多分彼がずぅっと胸の奥に仕舞いこんできた疑問なのだろうとマモルは思った。

そして、これまでそんな事はおくびにも出さず、常に前向きで明るく、毅然と運命に立ち向かってきたガイの

姿と、そうしなければならなかった彼の立場というものを思い遣ると、とても悲しくなり、思わず涙が零れてく

る。

「そんなこと、そんなことないよっ、ガイ兄ちゃん!」

 何か言わなくちゃいけない。こんなガイ兄ちゃんを見てるのは嫌だから。

 深い絶望に捕われたガイの心を自分が救えるかどうかなんて判らないけど、このままじゃダメだから。それに

ミコトとも約束したのだから、頑張らなくてはならないと思う。

 だからマモルは、グッと固く握り締められたガイの左拳にそっと触れると、拙いながらも言葉を探していく。

「ガイ兄ちゃんがやってきたこと、全然無駄じゃなかったよ」

 聖なる左腕、彼の生命を繋ぐ奇跡の石・Gストーンに触れながら話したのは、そうする事によって言葉ではう

まく伝えきれない思いも伝える事が出来るのではないかと思ったから。より深く、ガイの心へ訴える事が出来る

のではないかと考えたから。

「だから、何のためにって、そんなこと言わないで…」

 悲しみに囚われるあまり、これまでの自分を否定しないで欲しい。ミコトお姉ちゃんだってそんな事は望んで

いないはずだから。

「ガイ兄ちゃんがそんなだと、ミコトお姉ちゃんも悲しむよ、きっと…」

 マモルがぽろぽろと涙を零しながらミコトの名前を出した時、ガイが一瞬震え、ハッと息を呑む気配が伝わっ

てきた。

「ミコトお姉ちゃんはずっとガイ兄ちゃんの事心配してたよ」

「ミコトが…?」

 明らかに顔色を変えて問い返すガイに、マモルは小さく頷く。

「さっきまでここにいたんだ。ずっとガイ兄ちゃんのことばかり気に懸けてて、最後までガイ兄ちゃんの事心配

して、そして消えちゃったんだ…」

 消えたと聞いてガイは少しだけ気を落とした。生きていたと言うわけではなかったのだ、と。

 目を閉じると夢の中で出会ったミコトの姿が瞼に浮かぶ。その時のミコトの言葉を思い出しながら、ガイは目

を閉じたままマモルに問いかけた。

「…ミコトは何て言ってたんだ?」

「忘れないで、って。ガイ兄ちゃんはひとりじゃないから、って」

「他には?」

「ガイ兄ちゃんの勇気を信じてる、って…」

 マモルの言葉にガイは「ああ、そうか」と深く頷いた。

 それは夢の中でミコトが言っていた事と同じだった。

『ひとりじゃない』

 あぁ、そうだな。俺にはまだ護るべきものが残されている。

『勇気を信じてるよ』

 そうだ。いつまでも落ち込んでいるだけではいられない。いまだに残るミコトの深い想いと、マモルが寄せる

信頼に自分は応えなければならないのだ。ただ嘆き悲しんでいるわけにはいかない。

 閉じていた瞼がゆっくりと開かれる。

「すまない、マモル」

 ようやくに幾許かの元気を取り戻してきたガイは、そっとマモルの涙を拭ってやりながら、弱音を吐いた事を

謝った。

「俺がやらなきゃならないことは、泣き言を並べる事じゃないよな」

 そして、いくらか輝きを取り戻した瞳で宙を見上げると、新たな決意を口にする。

「みんなの分まで戦わなくちゃならないんだからな」

「ガイ兄ちゃん…」

 マモルはガイの言葉に頷きながら、良かった、これならもう大丈夫だと安堵の笑みを浮かべた。

と、その時、不意に軽やかな電子音が鳴り、部屋のモニター画面のひとつにスタリーが現れる。

『マモルくん、ガイの様子は…』

 言いかけたスタリーは、半身を起こしたガイの姿に気づくと、マモルと同様に安堵の笑みを浮かべた。

『良かった。気がついたんダネ、ガイ』

「あぁ、心配かけて済まない」

 スタリーの心からの言葉に、ガイもまた素直に侘びをいれた。そんなガイの様子に『良いんだよ』とさらに微

笑を浮かべたスタリーは『ところで』と言葉を継ぎ足す。

『動けるようならブリッジへ来てくれないか?』

 もうすぐ衛星軌道上に達するのだと言われて、ガイとマモルは思わず顔を見合わせる。

「「衛星軌道上だって?」」

 どういうことだろう。何時の間にそんなところまで来たのだろう。

 疑問を解決するためにも、ふたりはスタリーの指示に従い、ブリッジを目指した。

 

 

「うわっはぁーっ!」

「これは…?」

 ブリッジにたどり着いたふたりを迎えたのは、正面の大きなメインスクリーン一杯に映し出された、どでかい

金色の宇宙ステーションだった。

「着いたヨ。我らの本拠地へ」

 スタリーが嬉しそうにふたりを手招く。

「あれこそ国連が建造した地球防衛の砦、オービットベースだ!」

 次第に近づくそれは、正に砦と言うのに相応しい、壮観な宇宙要塞だった。

「うわっはー、すっごーい!」

 素直に感嘆の声を上げるマモルと、ただただその規模に圧倒され、何時の間にこんなものをと思いながら半ば

呆然と画面を見詰めるガイ。

 やがてふたりは映し出される画面のなかに思いがけないものを発見する。

「あのマークは?!」

 それは3つのGの文字を菱形に組み合わせたもの。勇気の象徴とも言えるマーク。

 失われた筈のGGGの象徴を見い出して、

 

『こちらGGGオービットベース、メインオーダールーム』

 通信機から流れ出したその声に、ガイは一瞬わが耳を疑った。

「そんな、まさか…」

 忘れられぬ声だった。

しかも、合成や録音などではない。生身の肉声であることを、サイボーグであるガイは瞬時に分析し、あり得

ない事に身体を振るわせる。

『ディビジョン4・全域双胴補修艦アマテラスへ、応答願います』

「こちらアマテラス。慣性航行にて接近中」

『了解。ドッキンッグコントロールはこちらで行います。点検終了後、操縦系をスイッチしてください』

 てきぱきと指示を出し、処置を下していく声は。

「ミコトっ!」

 もはや間違えよう筈がなかった。この声は!

「この声はミコトなのかっ?」

 

 

 傷つき、悲しみを胸に抱きつつも頭を上げ、立ち直った勇者には、嬉しい奇跡が待っている。