Lost Hour

 

 

     メンデルから帰還して2週間余り。

     身体に負った傷もそろそろ塞がり、右腕を吊っていた包帯も外されて、あとは抜糸さえ済め

     ば医務室の住人から開放されそうな気配。他人が心配するよりは随分と元気で暇を持て余して

     いる俺は、いつものように医務室を抜け出し、あちらこちらをフラフラしたあと格納庫へと来

     ていた。

     眼下に格納庫を一望に見下ろせるキャットウォークで手摺に凭れ、きびきびと動き回る整備

     員たちの姿を何とはなしに眺めている。ホントは何か手伝いたくて仕様がないんだが、マード

     ックのおっさんが「怪我人が何してんですかいっ」と頑として近寄らせてくれないので、仕方

     なくこうしているわけなのだけれども。

 

     …と、背後に聞きなれた靴音。

 

     もう振り返らなくても誰のものだか判るくらいに耳慣れたそれに、俺が「あぁ、しまった」

     と思う間に、靴音は足早に俺の背に近づき、ついでぎゅっと服を掴まれる。そして無言のまま

     背に額を押しつけられる感覚。

 

     「マリュー?」

 

     振り向かないまま、名前を呼んでみる。

     …が、返事はない。かわりに更に強く押しつけられる額。

     その様子に俺は小さく息を吐く。

 

     あぁ、なんか今日はまたえらく「鬱」はいってんなぁ。

 

     腕を前に回して抱き付いて来ないのは、脇腹の傷を慮ってのことだろう。傷がなければきっ

     と、後ろからぎゅっと強く抱き締められてるに違いない。

     それをほんの少し残念に思ってしまうあたり、俺も反省が足りないようだが(苦笑)。

 

     それはさて置き。

 

     「あぁ、マリュー。ごめん。悪かったよ、心配かけちまって」

 

      なんとか宥めようと、ひたすら謝ってみる。

     このままじゃ、さすがにマズイ。

     曲りなりにも艦のトップであるマリューがこんな弱気なところを晒してちゃ士気に係るし、

     何よりマードックのおっさんに気付かれたら、またまた『あぁ〜っ、旦那っ。また艦長を泣か

     せるような真似をしてっ!』等と、こっ酷く叱られてしまう。なんせ整備班といえば『艦長親

     衛隊』と呼んでも差し支えないほどのシンパぶりで、マードックは差し詰め『親衛隊張』みた

     いなモンだからなぁ。

 

     「なぁ、マリュー。ホント、悪かったって。機嫌直してくれよ」

 

     謝りながら少し身体を捻って、様子を伺うと、やっと少しは落ち着いたのか握っていた服を

     離して、そっと身を引く。

     身を返した俺は、そのまま俯いて「ごめんなさい」と小さく謝るマリューへ手を伸ばし、胸

     元へ抱き寄せた。

 

     「いや。心配かけたのは俺だし…」

 

     気にすんなと言いながら身を屈めて、その髪に顔を埋める。

 

     「このまま此処で見せつけるってのも良いけど―――」

 

     その言葉にちょっと驚いたように顔を上げたマリューの額に、振れるだけのキスを落として、

 

     「マードックのおっさんに殴られそうだから、ふたりっきりになれる所へ行こっか」

 

     なるべく軽く、おどけた調子で提案する。マリューに余計な気遣いを感じさせないように。

     普段なら誰に見られていようと構わないっつーか、むしろ率先して見せつけてやるところな

     んだが、この状態のマリューを長く人目に晒しておくのはマズイ。

 

     だいたいなぁ。さっきからマードックのおっさんの視線がチクチクと突き刺すようにイタイ

     んだよ。

 

     その責めるような――いや、実際には責めてんだが(汗)――視線から逃れるためにも、俺

     はマリューを促してその場を後にした。

 

 

 

          もうちょっと続く(滝汗) 続きは近々いずれまた

          とりあえずここまでってことで、TOPへ戻る ⇒