La Rose Noire

             - Muw -

 

 

 

 

 

     くすくす。

     やっぱり大きいわね。

 

 

     楽しそうな声に俺は目を覚ました。

     うぅ〜んと腕を伸ばして背伸びをひとつ。

     そうして目蓋を開いた俺は、眼前の光景に思わず首を傾げる。

 

     「何してんの、マリュー?」

 

     俺の目の前には愛しい彼女。

     機体の整備が早目に終わった俺は先に部屋へ戻って、彼女の帰りを待ってた訳だけど、何時の間に

     か眠ってしまったらしい。

     その間に彼女が戻ってきたのは良いのだが、いつもとちょっぴり様子が違う。

     というのも、いつも通りきっちりと軍服を着たうえに、どこか見覚えのある、ぶかぶかな軍服の上

     着を羽織っていたりするからだ。

     見慣れない姿に思わず問いかけてしまうと、彼女は一瞬、ぎくりと身体を固くして、それから少し

     焦った様にあちこちに視線をさまよわせる。

 

     「あ、その、これはね…」

 

     悪戯を見つかった子供みたいな、しどろもどろな様子に思わず笑いが零れる。

 

     「部屋に戻ってきたらムウが眠ってて、上着が投げ置いたままになってたから、ちゃんと吊るしてお

     こうかなと思ったんだけど…」

 

      指先まで隠しても余りある袖口を口元に持っていきながら、少し顔を伏せて、上目遣いで俺の様子

     を伺う。

     こんな可愛い彼女の表情は滅多にみられるものじゃない。

     それはここが艦長室というプライベートスペースだから、というだけではなくて、俺の前だから、

     ということもあるのだろう。

     ブリッジでは指揮官としての表情を保っている彼女も、俺の前ではただの可愛い女の一面を惜しみ

     もなく見せてくれる。

     俺の顔が自然と緩んで、締まりのないものになっていくとしても仕方のないことだろう?

 

     「それで?」

 

     部下には決して見せられない――俺にも一応上官としての自覚はある――ほど甘ったるい笑みを浮

     かべながら先を促すと、彼女はまだ照れたままの表情を俺に向けて言葉を続けた。

 

     「広げてみたら意外と大きくて、今更ながらにムウって良いカラダしてるのよねって思って――」

     「カラダ?」

 

 何気なく発せられた言葉に意味深なものを勝手に感じ取って、意地悪げなニヤニヤ笑いと共に問い

     返すと、彼女は頬を更に朱に染めながら「もぉっ」と可愛らしく睨み返してくる。

 

     「あぁ、ゴメン」

 

      笑いながら謝ってみても、拗ねた彼女は機嫌を直してくれない。

 

     「だからっ、どれくらい大きいのかしらって思って、ちょっと着てみたくなっただけなのっ」

 

      それだけ言い終えると、頬を膨らませてプイとそっぽを向いてしまう。

      あらら。本格的に拗ねちゃったわけね(苦笑)

      でも、そんなとこも可愛くて可愛くて仕方ない辺り、俺もどうしようもなく堕ちてるなぁと思う。

      この目の前の、マリュー・ラミアスっていう、実に魅力的な女に。

 

     「なぁ」

 

      可愛いお姫様――というほどの歳でもないから「女王様」の方がいいかな?――の機嫌を取り戻す

     べく、俺はとびっきり甘い声で彼女に呼びかけた。

 

     「そんな格好でそんな態度を取られた日にや、そそられちゃって仕方ないんですけど?」

 

      冗談めいた言い回しに真実を包んで投げかければ、慌ててこちらを向き直る彼女。

      拗ねていた表情が呆れ顔に変わり、次第に笑顔へと緩んでいくのを見守って。

 

     「…もう、仕方のないひと」

 

      そう言う彼女の表情が俺は一番好きだったりする。

 

      俺を許して、甘やかせてくれる優しい顔。

 

     「そう。どーしようもないくらいに君に惚れてるんだよ、俺はね」

 

      そう言ってウィンクなんぞしてみせると、すっかり機嫌を直した彼女は「ばかね」と笑った。

      俺の大好きな、とびっきり優しくて綺麗な笑み。

      俺だけに向けられる、その笑顔を守るためなら、俺は喩え悪魔の手さえ取ってしまうだろう。

 

      やっぱ、終わってるな、俺…

 

      思わず浮かびそうになった苦笑を隠すために、もう一度軽く背を伸ばす。

      チラリと時計に視線を動かせば、思いもよらない数字にぎょっとしてしまう。

 

     「げっ? もうこんな時間?」

 

      どうやら思ったより長い時間を居眠りに費やしていたらしいことに気付いて、

 

     「起こしてくれても良かったのに」

 

      少し恨めしげに言えば、

 

     「あんまり気持ち良さそうにしてたし…」

 

      申し訳なさそうな表情をして彼女が応える。

 

     「それに、ムウの寝顔なんて滅多に鑑賞できるものじゃないから」

 

     珍しくてずっと見てたのと言う彼女の可愛いこと。

     確かにね。大抵彼女のほうが先に寝てしまう――っつーか、そうなるのは俺の所為なのだが――し、

     翌朝、目を醒ますのも俺のが先のことが多い――やはりこれも俺の…以下略――し、彼女の言い分も

     尤もなのだが。

 

     「見てたの?」

     「えぇ。意外と可愛い寝顔なのね」

 

     さっきの意趣返しだろうか。悪戯っぽく言う彼女に俺は苦笑を零す。

 

     「黙って見てるなんて、ひとが悪いぜ?」

     「あら、だってムウはいつもわたしの寝顔を見てるじゃない?」

 

     他愛のない遣り取りにふたりして笑って、そうして優しい時間が流れていく。

 

 

     「ところで、さぁ」

 

      ひとしきり笑い合ったあと、とある事に気付いて、俺は言葉を切り出した。

 

     「何時までそれ着てんの?」

 

       未だ羽織ったままの俺の上着を指差しながら訊ねると、彼女は自分で自分を掻き抱くようにして上

     着の前を合わせて、なんだか嬉しそうに応える。

 

     「あ、だって、こうしてると何だかムウに抱かれてるような気がして気持ちが良いんだもの」

 

      綺麗な微笑み付きでそう言われて、俺は一瞬絶句して、それからくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

     「ばかだなぁ」

 

       その台詞に不機嫌そうに眉を顰めるのを無視して、さも可笑しそうに言葉を継ぎ足す。

 

     「本物が目の前にいるのに、それはないっしょ?」

 

       そう言って肩を竦めると、彼女は不機嫌そうな表情を緩めて「それもそうね」と微笑った。

      くすくすと、最初に聞いたのと同じ、心地好い笑い声が零れる。

     その笑い声がおさまるのを待って、俺はゆっくりと両手を広げた。

 

     「さぁ、おいで、マリュー」

 

      とびっきり優しい笑みと声で彼女を誘う。

 

     「希望通り思いっきり抱き締めてあげるから」

 

 

 

       微笑を浮かべながら、彼女がゆっくりと近づいてくる。

 

 

 

       薔薇色の夜は、まだ、これから―――――

 

 

 

 

 

                           END

                            2004/10/31 オフライン発行
                            2005/4/21 UP

 

 

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