猫被りまりゅさん特別編 骨折ネタ

 

 

 

     「艦長〜、お加減はいかがですか?」

     「ありがとう。たいした事じゃないのよ。心配しないでね」

 

     「あぁっ、艦長! お痛わしやっ! 出来ることなら俺が変わってあげたいです」

     「ありがとう。嬉しいわ。でも、そのお気持ちだけ頂いておくわね」

 

      骨折から10日あまり。

      右手を吊った艦長が艦内を歩くたびに、あちらこちらから気遣う声がかかる。

      そのひとつひとつに、にこやかな笑顔で応えるマリューの様子を、彼女が怪我をして以

     来、常に影の様に付き従っているムウは「まったく良くやるもんだ」とこっそり苦笑を漏

     らす。

 

      やがてふたりは艦長室へ到着。

      マリューは勿論のこと、さも当然のように彼女に続いて艦長室へ足を踏み入れたムウが

     後ろ手にドアを閉め、ロックをかける音が終わるや否や、先程まで毅然としていたマリュ

     ーの態度が一変する。

 

     「あぁん、もぉっ、いったぁ〜い!」

 

      まるで小さな子供のように声をあげた後、ぐすぐすと半泣きモードに入ってしまうマリ

     ュー。

     そんな彼女の態度の豹変に、ムウは一向に動じる気配がない。動じるどころか、反対に

 

     「毎度の事ながら、感心するわ」

 

      ってなもんである。

 

     「そんなに痛いのなら、我慢せずに痛み止めのクスリを飲んどけよ」

 

      ドクターに貰ったのが残ってただろ?

 

     苦笑を抑えつつ、そう提案すると

 

     「いーやっ」

 

     と即答された。

 

     「痛み止めってキライなんだもん」

     「でも、飲まなきゃいつまでもイタイでしょ?」

     「眠くなっちゃうからイヤっ」

     「これから朝まで休憩なんだし、別に眠っちゃっても構わないじゃない?」

     「でもヤなのっ!」

 

      ホンキで駄々っ子のようなマリューに、「しょうがねぇなぁ」と苦笑するムウ。

 

     そして奥から水の入ったコップを取ってくるや、勝手知ったるなんとやらで、デスクの

     引き出しを開け、処方された薬を取り出す。

 

     「マリュー」

 

      拗ねたようにプイと横を向いたままのマリューの名を呼んで、こっちへ向けさせると、

     おもむろに鼻を摘む。

     それに怒ったマリューが「何するの?」とばかりに口を開いたところへ、痛み止めのカ

     プセルを放り込み、すかさず身体を引き寄せて、水を含んだ己の口で彼女のそれを塞ぐ。

     逃げられないようにとマリューの後頭部に手をまわし、しっかりホールドすること1分

     25秒。

     抵抗虚しく、息苦しくなったマリューの喉がごくりと鳴って、しっかりカプセルを嚥下

     したのを確認してから、ようやくに解放してやる。

 

     「もぉっ、濡れちゃったじゃないの!」

     「はははっ、ごめんごめん」

 

      ぼかすかとムウの胸を殴ったあと、ぶつぶつと文句を言いながら、襟元が濡れてしまっ

     た上着を、片手で少し苦労しながら脱ぐマリュー。

     そんな彼女の様子を見ながら、ムウもまた、

 

     「まぁったく、手間のかかる艦長さんだこと」

 

      苦笑しつつ肩を竦めて見せたあと、自分も上着を脱ぎ、くつろぎモードに入っていく。

      どっかりとソファに腰を下ろすと、なんとか上着を脱いで、アンダーシャツ姿になった

     マリューがとてとてっと近寄ってきた。

      着替える時に邪魔だったのか、右手を吊っていた三角巾は外したまま。

 

     「こら、はずしちゃってもいいのか?」

     「あんまり動かさなければ大丈夫だもん」

 

      それより、

 

     「ムウの休憩は何時まで?」

     「ん? マリューと一緒。このあとは朝までフリーさ」

 

      答えると、とたんにマリューの表情がぱぁっと明るくなり、

 

     「だったら、髪洗いたいの」

 

      両手を組んでお願いポーズをとるや、

 

     「洗って?」

 

      すかさずおねだり。

      その仕草がなんとも言えず可愛らしくて、思わずムウの顔も綻ぶ。

 

     「さすがに左手だけじゃ上手く洗えなくて嫌なのぉ」

 

      だから洗って♪と、すっかり甘えっ子モード全開でお願いしてくるマリューに、ムウの

     鼻の下も伸びっ放し。

 

     「あー、いいよ」

 

      こんな風に甘えた仕草を見せてくれるのも俺にだけの役得だしー、なんて思ってるムウ

     は、基本的にマリューには甘い。甘すぎるほどに甘やかしているので全く異存はない。

      快諾すると、

 

     「わーい、嬉しい!」

 

      と、ぴょんと飛び跳ねる。

      そんなマリューが可愛くて可愛くて堪らないムウは、甘やかしついでにと、

 

     「なんなら一緒に入ってお背中でも流しましょうか、お嬢さん?」

 

      調子に乗ってこんなことまで言ってみる。

 

      ま、恥ずかしがり屋のマリューのことだから、「いやぁ〜ん、ムウのエッチ」とか何と

     か言って、それでお終いだろうなぁ、なんて思ったムウだったのに、

 

     「れ? マリュー?」

 

      意外や意外、マリューは真剣な表情をして考え込んでいる。

 

     「どしたの?」

 

      片手じゃ身体を洗うのも大変だったのかなぁ、なんてのんびり思いながら問いかけると、

 

     「ん、背中洗ってもらうのは良いんだけど…」

 

      助かるし、なんて言いながらも口篭ってしまうので、気になって仕方がない。

 

     「いいけど…、何?」

 

      続きを促せば、マリューは俯いてしばらく考えたあと、

 

     「それでムウは我慢できるの?」

 

      俯いたまま、ちいさく呟かれた言葉に「へ?」となるムウ。

 

     「我慢って、何を?」

     「一緒にシャワー浴びたりして、その… それだけで我慢できる?」

 

      もじもじしながら言葉を紡ぐマリューの様子と、その言葉の意味を吟味するうちに、よ

     うやくムウもマリューの言わんとしていることを理解する。

 

     「あー、その、ナンだ。 …あんま自信ないかも」

 

      そう言やマリューが怪我してからというもの、そっちのほうはご無沙汰してるよなぁ、

     なんて思い返しつつ応えれば、マリューも「そーよねー」とため息をつく。

 

     「っつーことで、残念ながら背中をお流しするのはまたの機会ということに」

 

      ちょっぴり残念と思いつつ、そんな気持ちを微塵も漂わせぬようにと、おどけた仕草に

     隠して言えば、

 

     「…別にいーわよ」

 

      小さく小さく、俯いたままのマリューから言葉が返る。

 

     「え?」

 

      まさかと思いつつ、マリューをじっと見詰めれば、耳まで真っ赤で。

 

     「ムウがしたいんなら、それでも―――」

 

      思ってもみなかった展開にムウは一瞬驚き、ついで一気に破顔する。

 

     「えー、なになに? もしかしてマリューも俺としたかったの?」

     「ち、違うもんっ!」

 

      即答で否定しても、真っ赤になった表情では説得力が足りない。

 

     「えー、そんなことないでしょ?」

 

      からかうように言いながら抱き寄せれば、

 

     「違うったら違うの。そうじゃないのっ!」

 

      素直にムウに身体を寄せながらも、力いっぱい否定の言葉を言い放つと、プイと横を向

     いてしまうマリュー。

      そんな様子もムウには可愛くて堪らない。

 

     「あたしはただ、ずっとムウに我慢させてるから、その、悪いなって思っただけで…」

 

      自分もしたいとか、そんなつもりは全くなくて。

 

     「だから、ムウのためなんだからっ!」

 

      ようやく真っ直ぐこっちを向いたマリューは、相変わらず頬を朱に染めたまま、それで

     もなおも違うと言い張る。

 

     「いいことっ、あくまでもムウのためなんだからねっ!」

     「はいはい。判ってますって(苦笑)」

 

      なんて強情っ張りなマリューさんなんでしょ。

 

      内心で呆れながらも、そんな意地っ張りで可愛い彼女にメロメロに惚れてる自覚も十二

     分にあるフラガさんは、もうでろんでろんに甘くなってしまうのだ。

 

     「じゃあさ、可哀想な俺のためにってことで、させてくれる?」

 

      額をコツンと突き合わせて、心持ち上目遣いで、あからさまに「お願い」すれば、照れ

     隠しに視線を泳がせたマリューさんは、それでも「うん」と頷く。

 

     「ちゃんとマリューの怪我に障らないように優しくするからね♪」

 

      耳元にキスを落としながら囁けば

 

     「ばか」

 

      返ってくる小さな声。

      その言葉が、意地っ張りな彼女の「YES」の代わりだと知るムウは、ますます笑みを

     深くしながら、柔らかな耳朶を食み、背中を撫で上げる。

 

     「あぁん、ダメ」

 

      甘い声をあげながらもムウの行為を制止するマリュー。

      動きを止め「なんで?」と問い返せば、

 

     「髪洗うのが先」

     「はは…」

 

      きっぱり返された答えにちょっと脱力。

 

     「それに汗臭いのも嫌」

 

      ちゃんと洗ってくれるんでしょ?と言う我侭な彼女に、

 

     「はいはい、判りました」

 

      疾く急く心を抑えつつ、彼女の望みどおりにしようかと、まずはシャワールームへと向

     かうムウだった。

 

 

 

             やっぱりオチないまま終わる(笑)

 

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