確信犯 その弐

 

 

 

       今日はオフ。

       ふたり揃っておでかけ。楽しいな。

 

      だがしかし、女性の支度にはとかく時間がかかるものなのだ。

      それは、いまや平和維持機構の中核をなすAA艦長を勤めるマリュー・ラミアスとて例

      外ではない。

 

 

      「マリュー。支度できた?」

 

       とっとと支度を済ませて、待つのに焦れたムウがひょいと部屋の中を覗けば、マリュー

      は鏡の前に立ち、指で口唇をなぞりながら「もうちょっと」と応えた。

       どうやらいまいち口紅のノリが気になるらしい。時々唸りながら鏡を覗き込んだりして

      いる。

       そんなにお化粧なんかしなくても充分に可愛いのにね、とムウは思うのだが、マリュー

      に言わせると、紅の色ひとつで印象はがらりと変わるのだから、気合が入って当然らしい。

       どちらかというと薄化粧な方のマリューでさえこれだから、世の中の女性たちの苦労は

      並みではないんだろうなぁ、などと漠然と思う。

 

      「あんまモタモタしてっと日が暮れちまうぜ?」

 

       行きたいとこ一杯あるんだろ?と、荷物持ちとお買物に辛抱強く付き合う事は覚悟の上

      で意地悪く声をかければ、ようやくに妥協点を見い出したマリューが「よしっ」と鏡の前

      で頷いた。

       そして置いてあったバッグを手にとって、「お待たせ〜」と戸口に立つムウのところま

      でやってくる。

 

       羽織ったジャケットの襟をくいくいっと引っ張って直すマリューの様子を、軽く首を傾

      げながら見下ろすムウ。

       その何か物問いたげな視線に気付いて、マリューは「何?」と彼を見上げた。

 

       ちなみに昔っから自分の服装には頓着しない…っつーか、思わず頭を抱えたくなるほど

      の服装センスの持ち主のムウだったが、本日の服装は明るい空色のTシャツにベージュの

      チノパンツ、その上に生成りっぽい麻混のジャケットという、比較的シンプル且つ無難な

      出で立ちであった。

       ただし、これは自分で選んだのではなくて、どうやらムウは何も考えず、クローゼット

      の中のものを端から順に着ているらしいと気付いたマリューが、さりげなく中身を調節し

      た結果なのだ。

 

       うん。これならまぁまぁね。

 

       押し付けがましくなく、うまくコントロールできたことに満足するマリューだったけれ

      ども、ジャケットの袖が相変わらず捲くられているのに気付いて、ほんの少し落胆する。

       いや、見栄え的には袖を捲くってても全然だらしなくなく見えず、むしろ似合っている

      と言っても良いくらいだ。

      ただ、麻の入った生地は皺が残りやすく取れにくい。

      その点がちょっと失敗だったなと、相変わらずな己の詰め甘さに気付いてしまった、と。

      ただそれだけなのだけれども。

 

       それはともかく。

 

       相変わらず黙ったまま、顎に手を当てて見下ろしてくるムウの態度に、自分の格好にど

      こか変なところがあるのかしら?とマリューは首を傾げる。

 

      「何? どうかした?」

 

       もう一度問いかけると、ムウは「う〜ん」と迷いながら口を開いた。

 

      「その格好さぁ…」

      「え? どこか変?」

      「いや、そーじゃなくて…」

 

       煮え切らない態度にマリューは少しばかりイラつく。

 

      「何? どーしたのよ。はっきり言って!」

      「あの、さ」

 

       覚悟を決めたようにムウの口から放たれた言葉は、

 

      「暑くない、それ?」

 

       予想だにしなかった問いにマリューが一瞬きょとんとする。

 

       今日のマリューは深めの紅色のノースリーブハイネックのカットソーの上に、丈が短め

      なオフホワイトのジャケットを羽織り、やはりオフホワイトなふうわりとしたフレアスカ

      ートといった組み合わせだった。

       たしかに、ここは常夏の国オーブであるからして上着を羽織る必要はないといっても良

      いくらい。

      しかし、その上着も透かし織りで見た目も涼し気で、これと言って暑苦しい印象を与え

      るものではないのだが、ムウが気にしてるのはその下のカットソーのようで。

 

      「そんなふうに首まできっちり隠してたら、暑いんじゃないかって思うんだけど」

 

       一応ノースリーブなので、そこまで暑苦しいわけではないのだが、どうやらムウは首を

      きっちり覆ったデザインが気になるらしい。しきりと「暑いんじゃない?」と繰り返す。

 

       それを聞いて、マリューがぷぅと頬を膨らませて応えるには…

 

      「こんなふうに隠さなくちゃならないのは誰の所為だと思ってるんですか?」

 

       それを聞いた途端に、ムウの表情がにへらっと締まりのないものに変わる。

 

      「あ、やっぱ、俺の所為?」

 

       じとっと睨みつけるマリューに対して、「ごめんゴメン」と謝ってみせるものの、その

      表情は言葉を裏切って、ちっとも悪いなんて思ってないであろうことは明白だ。

 

      「あー、ごめん。今度から気をつけるよ」

 

       そう言いながらも、にやにやした表情を変えないムウに、マリューは冷たく言い返す。

 

      「謝るくらいなら、こんな目立つところに跡つけないでよねっ!」

 

       毎度毎度、跡は残すなと言い続けているのだが、「ごめん。気をつける」とか何とか言

      いながら、一度とて守られたためしなどない。

       ああ見えて、意外と独占欲の強い彼だからして、跡を残すことによって幾許かの安心感

      を手に入れているのかもしれないが、マリューにしてみれば良い迷惑に他ならない。

       下手に他人の前で襟元を寛がせることもできないし、いつ何時、何が起こって情事の名

      残を衆目に晒す事になるやも知れない。

      もしもそんなことになったら、恥ずかしくて死んでしまう。

       そこであっけらかんと開き直れるほどには、マリューは達観できていない。

 

      「でもさぁ」

 

       すっかりムスったれて、上目使いで睨んでくるマリューの苛烈な視線を受けても、ちっ

      とも意に介した様子もなく、この脳天気で図太いワイヤーの如き神経の持ち主でもある男

      は、浮かべたニヤニヤ笑いを深めながら、ひょいと身をかがめてマリューの耳元へ口唇を

      寄せた。

 

      「マリューってば、ここ強く吸うと凄く感じるでしょ?」

 

       まさに昨夜の跡の残る部分を指先でトントンと突付きながら告げられた言葉に、一気に

      頭に血が昇る。

       ボンっ!と沸騰する音が聞こえそうなくらいに真っ赤になってしまったマリューの反応

      に、くすりと笑いを零したムウは、更に追い打ちをかけるように、

 

      「感じてるマリューさんってば凄く可愛くて嬉しそうだから、もっともっと感じるように

      して、悦ばせてあげたくなっちゃうんだよ」

 

       その結果、跡が残るようなことになってしまうのは仕方がない。

       いけしゃあしゃあとそんなことを言ってのける男に、握り締めた拳がわなわなと震える。

 

      「あ…あなたってひとわぁ〜〜〜っ!」

 

       ぶちっ!と音を立てて、マリューの中の何かが千切れ飛んだ。

       次の瞬間、流れるような無駄のない動きで繰り出された肘鉄が、すっぽりと綺麗にムウ

      の鳩尾に吸い込まれる。

       なんの予備動作もなく叩き込まれた一撃には、さすがのムウも耐え切れず床に崩れ落ち

      る羽目になってしまった。

 

      「もうっ、知らないっっ!」

 

       肩を怒らせてスタスタと歩き去っていくマリュー。

 

      「あぁ、ゴメン。ほんっとに俺が悪かった」

 

       かなりなダメージを受けつつも何とか立ち上がり、腹を押さえながら慌てて後を追うム

      ウ。

 

      「あぁ、まりゅー、許してくれよぉ」

      「知りませんっ!」

      「そんなこと言わずにさぁ」

 

 

       傍から見れば痴話喧嘩に過ぎないやりとりは、やがてキスひとつでマリューが機嫌を直

      すまで延々と続けられたのであった。

 

 

       おしまい。

 

 

                   …っつーわけで確信犯第2弾でした(笑)

                   思いついたのは、もう随分前なんですが、やっとこ

                   さ形にできましたわ。しょーもないネタですけど、

                   松崎自身は結構気にいっていたりするのでした。

                   うちの兄貴はマリュさんの困った表情が一番可愛い

                   と思っている(それは松崎です 苦笑)らしく、他愛

                   のない悪戯をよく仕掛けます。そしてマリュさんは

                   そんな兄貴に対して「もぉっ!」と怒ってみせなが

                   ら、でも「そんな仕様がないところも好き」とかと

                   思ってる(それも松崎です 苦笑)のでした。くすくす♪

                   何だか妙に鷹がヘタレな気がするんですけど、ま、

                   お互いラブラブで良いよね?ってことにしておこう。

                                 2004.09.23 UP

 

 

 

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