I Wish

              Everlasting-SP

 

 

 

     「はぁあぁぁ〜〜〜っ」

 

     鏡に映る自分の姿に、マリューは思わず大きなため息を零す。

     そこには以前よりも少し髪の毛の短くなった自分が映っている。

     ただ、短くなったとは言っても、ここ半年ばかり忙しさにかまけて伸ばしっぱなしだったの

     を切っただけなので、見かけがそれほど変わったと言うわけではなく、人によっては「どこが

     変わったの?」と言いかねない程度のものなのだけれども。

 

     それでも、マリューにとっては思わずため息を零してしまうようなことだったわけで。

 

     「はあぁ〜…」

 

     もう一度、鏡の中を覗いてため息。

 

      がっくりとうなだれ、肩を落としたその姿に気付いて、床に散らばった髪の毛を集めていた、

     この部屋の主が掃除の手を止めて声を掛けた。

 

     「あら、どうかした?」

 

     声の主は毬七・葛原・ウェーバー。通称はドクター・マナ、新生AAの軍医を務め、階級は

     艦内では中佐たる艦長に次ぐ第二位となる少佐の肩書きを持つ女性である。

 

     戦後、平和維持機構の一員として組み込まれたAAは、作戦行動に公平を規すという理由で

     様々な方面から新たな乗員を迎え入れる事となり、その際、大西洋連邦からやってきたのが彼

     女であった。

     連合としては何かしらの思惑があってウェーバー少佐を送り込んだのであろうが、当の彼女

     の方はそんな思惑など何処へやら、いたくマリューを気に入ったドクターはすぐに意気投合し、

     またAAのクルーたちともすっかり馴染んで、いまや皆のよき相談相手として、AA内でしっ

     かと地位を築いているのであった。

 

     ちなみにウェーバー姓を名乗っているが、それはパートナーの姓であり、ドクター自身は黒

     髪黒眼のれっきとした日本人であって、それ故に東アジア共和国にも深いつながりを持ってい

     る。そればかりではなく、これまで多くの部隊を渡り歩いてきたと言う彼女の人脈の広さ深さ

     は並みではなく、これまで幾度となくマリューを吃驚させてきたというのは、全くの余談だ。

 

      そんなドクター・マナから「気に入らなかったかしら?」と心配そうな声で問われて、マリ

     ューは慌ててうなだれていた頭を上げ、後ろを振り返りながら「いいえ」と応えた。

 

     「何でもありません」

 

     階級は自分のほうが上なのだが、相手の方が年上ということもあって、ついつい丁寧な言葉

     遣いになってしまうマリュー。ドクターとしては「そんなに畏まらなくてもいいのに」という

     感じなのだが、最早それがマリューの癖なので仕方ない。そんなマリューに苦笑し、基本的に

     誰に対してもフランクな態度が常なドクターも、公式な場では勿論、キチンとした態度を見せ

     ているので問題は何もないのだけれども。

 

     それはさて置き。

 

     「心配は要りませんから」

 

     そう付け加えて軽く頭を振ると、少し短くなった髪の毛の先が揺れて、頬や襟足をくすぐる。

     その感触に眉をひそめそうになったマリューは、疑わしげに自分を見つめる視線に気付いて、

     慌ててもう一度首を振って応えた。

 

     「ため息の原因はドクターではありませんから」

 

      どうぞお気になさらずにと殊更に微笑んでみせても、ドクターのマリューを見る視線は疑わ

     しげなまま。

     何もかも見透かしたような、その視線の強さに、自分でもちょっと無理をしているように見

     えるかしらと思いながらも、内心の動揺を表に現さぬよう微笑を深める。

 

     すると、

 

     「ま、いいか」

 

      相手は諦めたのか、それともうまく騙されてくれたのか、軽く肩を竦めると、くるりとマリ

     ューに背を向けて再び床に散らばった髪の毛を片付け始めた。

     その様子を見てホッとしたマリューは思わずまた、ため息をついてしまう。

      途端にあがる追求の手。

 

     「あぁっ、もう。またため息ついてるし!」

 

      しまったと思って口に手をあてても、もう遅い。

 

     「いくらあたしの所為じゃないと言われても、気になっちゃうでしょ?」

 

      ずいっと顔を覗き込むように近くに迫られて、マリューの微笑が苦笑に変わる。

 

     「すみません」

 

      肩を竦めながら謝ると、「仕様がないわね」と言いながらドクターは身を離した。

 

     「そんなにため息ばっかついてると、幸せが逃げていっちゃうわよ」

 

      ね?と立てた指を振りながら笑いかけるドクターの台詞に、マリューは一瞬はっとする。

 

      ―――そういえば「彼」も良くそんな風に言っていたっけ。

 

      それは僅かばかり痛みを伴なう想い出。

      よみがえるのは、深く胸に刻まれた優しい声。

      信じている。信じているのだけれども。

 

     でも―――

 

      懐かしいような、愛おしいような、哀しいような、そんな様々な感情が綯い交ぜになったよ

     うな表情が、マリューの顔に浮かぶ。

     それに気付いたドクターは「まぁね」と苦笑を浮かべつつ、ひょいと肩を竦めて見せた。

 

     「貴女の気持ちも判らないでもないんだけど」

 

      その言葉に、おや?と心持ち首を傾げてしまったマリューに向き直るや、ドクターは再び顔

     を近づけながらこう続けた。

 

     「ホントは切りたくなかったんでしょ、その髪?」

 

      ドクターの言葉にマリューが思わず息を呑む。

 

      そんな彼女の様子に構わず、黒曜石のような瞳に悪戯っぽい光を浮かべたドクターは、カナ

     リヤを食べた猫のような表情で続けた。

 

     「だって、願かけてたんだものねぇ?」

 

      さらりとそう言われて、ぎくりと身を硬くしたマリューは、

 

     「そ、そんなことはっ…!」

 

      と、否定の言葉を発してみたものの、思わず両手を首元に持っていき、切ったばかりの髪の

     毛の先を押さえるような仕草を見せてしまったため、ちっとも説得力がない。

 

     「あるでしょ? えぇ?」

     「う…」

 

      にやにや笑いを浮かべつつ、どこか楽しそうなドクターと、そのままの状態で見詰め合うこ

     と数秒。

 

      観念したマリューは首もとの手を膝に戻しながら、軽くまつげを伏せて、ふうと大きく息を

     吐いた。

 

     「確かにそのとおりですわ」

 

      素直に白状した後、顔をあげて、得意そうな表情で自分を見下ろしているドクターに何故?

     と問いかける。

 

     「でも、どうして、それを?」

 

      ある願いを掛けて髪を伸ばしているという事は誰にも話してはいない。

      そんな素振りも誰にも――元々のAAクルーたちはもとより、戦時中、同じような境遇に陥

     ったことから随分と近しい存在となり、退艦して学生に戻った今でも折に触れ連絡を取り合っ

     ている、今では歳の離れた妹のような関係のミリアリアにでさえ、片鱗も見せたことなどない。

 

      それは完全にマリューだけの胸に納めた秘密だ。

 

      それなのに、どうして、この眼前の女性には見抜かれてしまったのだろう。

      しかも、知り合ってから――彼女がAAに配属されてから、まだ日も浅いというのに。

 

      疑問を素直に口にすると、ドクター・マナは「うふふふふん♪」と得意そうに笑ってみせた。

 

     「見縊ってもらっては困るわね。ドクター・マナは何でもお見通しなのよん♪」

 

     けれどドクターはそう言った後、驚くマリューを前にぺろりと舌を出す。

 

     「…なぁんてね。何となくそうじゃないかと思ってただけなんだけど」

 

      やっぱり正解だったのね、と嬉しそうなドクターを前に、マリューは苦笑を禁じ得ない。

      どうやら上手く嵌められてしまったようだ。

 

     「…参りましたわ、ドクターには」

 

      さすがですわねと、マリューが声を掛けると、

 

     「まぁね、伊達にカウンセラーとかやってるわけじゃないしねー」

 

      と、応えながら、ドクターは掃除の手を再開し、床に落ちた髪の毛を手早くかき集めてダス

     ターに放り込む。

 

     「艦長はなんとなく、あんまり切りたくなさそうな表情してたし、なんか訳ありって感じがし

     てたしー」

 

      喋りながら、てきぱきと動き回るドクターは「これで良し」と掃除を終えると、道具を仕舞

     い込むために一旦奥へと引っ込んでいった。

 

     「でもさすがに切らないとみっともないだろうと思って…」

 

      戻ってきた時、ドクターの手には二つのカップとサーバーが握られていた。ついでにお茶に

     しようというわけだ。

 

     「確かに本音を言えば、たとえみっともなくても切りたくなかったところなんですが…」

 

      そういう訳にもいきませんし。

 

     「それに、こういう事態に陥ったのも自分の責任ですから、どうしようもありませんわ」

 

      マリューが言ったとおり、ちょっとしたアクシデントに巻き込まれて髪の毛を少し焦がして

     しまい、切らざるを得ない状況となってしまったのは、他の誰の所為でもない。単にマリュー

     が不注意だったからなのだ。

 

      もっとも、それが自分でも良く判っているだけに、感情のぶつけようがなくて、余計に苛立

     ってしまうのではあるのだが。

 

     「きっぱり諦めるしかないんですけど…」

 

      未熟な自分の感情を持て余し、半分は自分に言い聞かせるような風情のマリューに、ドクタ

     ーは琥珀の液体を注いだカップを手渡す。

 

     「そう自分に言い聞かせても、でもやっぱり切りたくはなかったのよねぇ、艦長さんは」

 

      艦長はブラックで良かったのよね?と確認しながら、自分のカップには嫌というほどミルク

     をたっぷりと落とすドクター。

 

     「なるべく切らないで済ませられるように工夫したんだけどなぁ」

 

      やっぱダメだったか、とカップを持ち上げて肩を竦めてみせたドクターに、マリューは申し

     訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

     「すみません」

 

      ドクターの気遣いに応えられない自分が悔しくて頭を下げると、

 

     「ほらほら、謝んないの」

 

      ドクターはカップを持たない方の手をヒラヒラさせて、マリューの行動を制した。

 

     「気持ちは判るって言ったでしょ?」

 

      気にしなくていいのと言いながら、ドクターは一呼吸置くようにカップに口をつける。

      そして、熱いコーヒーを注意深く――猫舌なので火傷しないように気をつけて一口啜ったあ

     と、ふっと優しい笑みを浮かべてこう言った。

 

     「けどねぇ、そんなに悲観的にならなくても良いんじゃない?」

 

      その言葉に、マリューは何事?とドクターの顔を見詰めた。

 

     「願を掛けてた髪を切ることになったのは、もう伸ばす必要がなくなったからかも知れないじ

     ゃない?」

 

      ドクターの言ってる意味がいまいち把握できなくて、顔中に?を浮かべたような表情のマリ

     ューに対して、ドクターは、もうひとくちコーヒーを啜ってから、「つまり、ね」と続ける。

 

     「髪を『切った』から『願いが叶わない』んじゃなくて、『もうじき願いが叶う』から『切

     る』ことになったのかも知れなくてよ?」

 

      ドクターが言うのは逆転の発想だ。

 

      もう伸ばす必要がなくなるということは、イコール願いが叶うということ。

      だから神サマが「もう切ってもいいんだよ」ってことで、あんなアクシデントが起きたのだ

     ろうと彼女は言うのだ。

 

      自分では考えてもみなかった発想の転換に、マリューは軽く目を見張る。

 

     「…そう、なんでしょうか?」

 

      両手でカップを握り締め、琥珀の液体へと視線を落としながら、そっと呟いてみると、手の

     ひらから温もりが伝わってくるように、少しばかり滅入っていた心にじわじわと希望が湧いて

     くるような気がした。

 

     「きっとそうよ」

 

      明るいドクターの言葉が希望を後押しする。

 

      髪を切る事になったのはアクシデントではなくて、幸運の先触れではないのか、と。

     ドクターと話していると、本当にそう思えてくるから不思議だ。

 

     「近いうちに良い報せがあるに違いないわ」

 

      あまりにきっぱりと断言するので、マリューは少し苦笑した。

 

     「それもドクターお得意の『カン』っていうものですか?」

 

      笑いながらそう訊ねると、

 

     「違うわ」

 

      即座に否定が返る。しかし、更には自信たっぷりに、

 

     「勘なんて生易しいものじゃなくて、そうね、言うなれば『確信』に近いわね」

 

      ぴしりと指を立て言い切ったドクターに、溜まらずマリューは笑い出す。

 

     「また、確信だなんて、そんなこと言って外れちゃったらどうするんですか?」

     「あらぁ。外れないってば! ドクター・マナを信じなさい」

 

      そんなことを真顔で言うから、マリューの笑顔がますます深くなる。

 

     「信じなさいって、新興宗教でも始めるおつもりですか?」

     「あはは、それ、いいわね。教祖様になって若い男の子たちを侍らすとかー」

     「若い男の子だけですかー?」

 

      いかにもドクターらしい発想にマリューが呆れた声をあげるが、当のドクターは全く気にし

     ない。それどころか、カラカラと笑いながら、

 

     「あらん、艦長なら特別に入信を許して差し上げるわよ」

      などと言う。

 

     「ご遠慮します」

     「まぁ、つれないこと」

 

      即答で拒否したマリューにドクターが大仰に悲しんで見せて、それからふたり揃って声をた

     てて笑った。

 

      くすくすと笑いながら、マリューは「不思議だわ」と思わずにいられない。

 

      数十分前の憂鬱な気分が嘘のように晴れ晴れとしている。

      ドクター・マナと話した後はいつも気分が浮上している事に今更ながらに気付いて、改めて

     眼前の女性の能力の高さに驚く。

 

      ドクター・マリナ・K・ウェーバー少佐は、単なる軍医としてだけではなくカウンセラーと

     しても優秀な人材であった。

      直観力に優れ、相手の心理や場の空気を読むことに長けている。それはエンパシー能力とい

     うほどではないが、それに近いものである事は確かだった。

      彼女はその能力を生かして、軍医としてのクルーたちの体調管理はもとより、精神面のフォ

     ローもこなしているのだ。

     着任から僅か二ヶ月足らずでしっかとAAに馴染み、クルーたちからも「グランマ」と密

     かに呼ばれて慕われているのも、その能力プラス人柄の所以だろう。

 

      ちなみに何故「グランマ(お祖母さん)」なのかといえば、AAの「マム(お母さん)」とい

     えば艦長たるマリューなわけで、ドクターは艦長より年長だからというわけだったりする。

      しかも何故に「密かに」なのかといえば、面と向かって「グランマ」と呼ぼうものなら「あ

     たしはまだそんな歳じゃないわよぉ!」と拗ねまくってしまうからである(苦笑)。

 

     『お姉さんと呼びなさい。お・姉・さ・ん! いいわね?』

 

      それがドクターの口癖なのだ。

 

      それを聞くたびにマリューはくすっと笑ってしまう。

     実は彼女の事を「グランマ」とは言わなくても「お母さんみたい」と思っていたりするからだ。

     もっとも、それを口にすると「艦長まで止めてよねぇ」と言われる事は判りきっているの

     で、表に現した事はないのだが。

 

      「お姉さん」と呼ぶにはいささか歳が離れすぎていて、かといって「お母さん」と評するに

     は若すぎる。そんな微妙な年代の彼女と、こうも意気投合し、良好な関係を築く事ができたの

     は、多分ドクターもまた「喪失」を知る人間だったからではないかとマリューは思う。

 

      自らの過去を多くを語らないドクターだったけれども、マリューは確信している。ドクター

     もまた、その胸に魂が傷つくほどの喪失の痛みを抱えていたのに違いないのだ、と。

      それすらも内包して力強く微笑みながら生きていく。その姿勢に自分は共感し、惹かれるの

     だろうと思う。

 

     たとえ、それ以外のところで多少頭の痛くなるような言動にため息をつくような事があっ

     たとしても、自分は実に得難い同志を得たのだと思い、その点は彼女を派遣してくれた連邦に

     感謝していた。

 

     もうじき、先の戦争で得たもうひとりの戦友も療養を終え、長らく空席のままだった副官

     の地位を埋めるためにAAに戻ってくる。

 

     そうしたら、足りないのはあとひとりだけだ。

 

 

     ―――ねぇ。早く帰ってきて。

 

     他愛の無い話に笑いながら、マリューの胸にひとつの願いが結晶する。

 

     支えてくれるひとはいる。

     頼もしい仲間たちもいる。

     こうして一緒に笑ってくれる人もいる。

 

     でも、「彼」がいない。

 

 

     ―――あなたがいなければ、やっぱり淋しいわ。

 

 

     どれほどの友を得ても、心の奥の失われたカケラを埋めるのは彼しかいないから、淋しい

     と思う事は止められない。

 

     今では、その淋しさを道連れにして微笑む事にも慣れてしまったけれども。

 

 

     「大丈夫」

 

      マリューの内に生まれた淋しさに気付いたのであろう。ドクターがその視線を捉えてニッコ

     リと微笑む。

 

     「確信があるって言ったでしょ?」

 

      その言葉にマリューがまた笑いを返したとき、ピピピピピッと艦内モニターの呼び出し音が

     鳴った。

 

      あら、と、ドクターが頭を巡らせて、モニターに近づく間にも、ピピピピと煩いほどに呼び

     出し音は鳴り続けている。普通は一度コールしたら、しばらくはそのままのはずなのに、こう

     も鳴り続けるという事は、呼び出した先方がせわしなくコールを続けているということだ。実

     に珍しい事である。

 

     「なんなのよぉ、まったく…」

 

      顔を顰めながら艦内通話用のヴィジホンを取ったドクターは、次の瞬間、一度は耳に当てた

     受話器を思いっきり引き離した。どうやら応対した相手がいきなり絶叫したらしい。離れて立

     つマリューにも『艦長―――っ!』という声が聞こえたくらいだから、ドクターが思わず耳を

     押さえてしまった気持ちも理解できる。

 

     「―――え? 艦長? いらっしゃるわよ、ここに。…え? 何ですって?」

 

      どうやら呼ばれているのは自分らしいと判断したマリューは、一呼吸おいて再び受話器を耳

     に戻したドクターへと近づく。話し振りから察するに、相手は随分と興奮しているようだ。ド

     クターがしかめっ面をしながら落ち着くように諭しているけれども、無駄だったらしい。諦め

     たドクターは近づいてきたマリューに、相変わらずしかめっ面を浮かべたまま受話器を手渡す。

 

     「何ですの?」

     「さぁ。トントンくんからよ」

 

      トントンことトノムラ曹長からと言う事はブリッジからの連絡という事になる。何事だろう

     かと思いながら受話器を受け取ったマリューは、何事かを尋ねる前に絶叫されて、先程のドク

     ターと同じく、思わず受話器を遠ざけてしまう。

 

     『あぁ、艦長! 艦長っ! 大変なんですっっ』

 

     もともと落ち着きの無いところのあるトノムラ曹長だったが、今日はまたいやに興奮して

     いる。

 

     『すぐにブリッジに来てくださいっ』

     「あぁ、だから、落ち着いて、トノムラくん」

 

      だからどうしたの?となんとか落ち着かせて話をしようにも、異常に興奮している曹長は

     「早くブリッジへ」というばかりで、さっぱり要領を得ない。

 

     「だからどうしたって言うの?」

     『プラントから通信が入ってるんです!』

 

      何度も宥められてようやくにトノムラが口にした言葉に、マリューは首を傾げる。

 

      プラントからの通信なんて珍しくも無いのに、それの何が彼をこんなに興奮させているのだ

     ろう?

 

     『何でもいいから早く来てくださいってばっ!』

 

      早く早くと急かされて、マリューは困ったようにドクターを見た。けれど、視線を合わせた

     ドクターも何が何だか判らない――当たり前だ――といった風情で肩を竦めてみせるばかり。

 

     「ま、行ってみたら?」

 

      促されて、マリューは取りあえず「すぐ行きます」と伝えて通信を切った。

 

     「…もしかしたら『吉報』かもしれないし」

 

      付け足された言葉にマリューが軽く笑う。

 

     「それは『カン』ですか?」

     「違うわ。『確信』だって言ったじゃない」

 

      先程の遣り取りを再現して、ふたりはまたクスクスと笑った。

 

     「ホントにそうだったら良いんですけど」

 

      そう言ってマリューは医務室を後にした。

 

     いってらっしゃ〜いと明るいドクターの声を背にしながら。

 

 

 

      そうして、ブリッジへ到着したマリューを待っていたものは―――――

 

 

 

     『よぉっ、久し振り』

 

 

 

 

 

      そして―――

 

 

 

     願いは叶う。きっと。

 

 

     信じる心に光を射して。

 

 

 

                          FIN

                         2004.8.22発行

                         2004.10.1UP

 

 

 

 

                   04年夏、超ステキ企画「MMN」発動記念の書下ろしでした。

                   名だたるムウマリュストの方々が一同に会して、一日限りのユニッ

                  トを組むという、実に楽しく、夢のような企画でございました。

                   その記念本ということで、意気込みだけは並々ならぬほどあったの

                  に、内容が薄っぺらくて、もぉ、松崎、地団駄を踏み捲くってます。

                  絶対にリベンジしてやるぅっ!ってことで、来冬、企画の再発動を考

                  えてるのでした。今度は玉砕しないように頑張ろう。

 

                   ちなみに話の内容に関することについては、オフ本の後記で書いてい

                  るので、ここでは割愛。内容が内容なだけに、か〜な〜り身悶えしなが

                  ら書いたってことだけ記しておこう(笑)

 

 

 

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