Distance −1st

  SideF

 

 

 

目覚めは最悪。

イヤな夢を見ちまった。

昔の夢。

内容は忘れた。

っつーか、憶えていたくもないので、速攻消去したけど。

 

「気分悪ィ」

 

チラとベッドサイドの時計を見れば、数字は“2351”。

まだシフトは休息時間だが、こんな気分のまま眠るなんて出来るわけが無い。

 

視界の隅で、時計のカウンターが“2352”に変わる。

 

少し考えて、そして俺はよっと腹筋だけで起き上がると、無造作に投げ出してあった軍服の上

着を引っ掛けながら部屋を出た。

 

 

 

艦内の通路をいくつか抜けて、俺はやがて前方に目標を発見する。

肩までの栗色の髪。くびれたウエストにきゅっとしまった足首。

後から見ても相変わらずスタイル抜群な、我らが大天使<アークエンジェル>を束ねる艦長殿。

俺の気分高揚剤♪

---なぁんて面と向って言ったら、きっと殴られるんだろうけど(笑)

 

「かぁーんちょ♪」

 

その背に軽い口調で声をかけ、呼びとめて、振り向く暇すら与えずに、

 

「ちょっとセクハラしても良い?」

 

後からガッチリ抱き締める。

 

「ちょ、ちょっと、少佐、何するんですかっっ!」

「んー、だからセクハラだってば♪」

 

抜け出そうともがくのを難なく押さえ込み、その栗色の髪に顔を埋める。

ほのかに香るシトラスの香り。

ふーん、今使ってるシャンプーは柑橘系なわけね。

うん、いいカンジだ。以前のフローラルよか、格段に俺好みだ。

 

「少佐っ、いいかげんにしてください。セクハラと言っても限度というものがあるでしょう?!」

「やぁだ」

「嫌だって、駄々っ子ですかっ、あなたはっ?!」

 

 当然の如く抵抗する艦長殿は、実力でもって排除する方法と、言葉でもって説得する方法と、

二面作戦を展開することにしたらしい。

 けど、離すつもりなどこれっぽっちも持たない俺は、強固な腕の檻に艦長を閉じ込め、戯けた

口調で“口撃”を回避する。

 

「こんなとこでっ! 誰かに見られたらどうするおつもりなんですかっ?!」

「おやぁ。“こんなとこ”じゃなきゃいいわけ?」

「違いますっっ!!!」

 

 俺のからかいに生真面目に反応する艦長のなんて可愛いこと。

 もっともっと困らせてみたくなって、俺はすいっと頭の位置をずらして、今度は肩口へ顔を埋

めた。

 吐息が頬をくすぐるのに、腕の中の身体が一瞬強張る。

 そんな反応すらも楽しくて、俺はくつくつと笑いながら、わざと栗色の髪から覗く耳朶へ息を

吹きかけた。

 

「少佐ぁっ!」

 

 途端にビクンと身体が大きく跳ねて(感じちゃったのかね 笑)、すかさず抗議の声が上がる。

 

「やりすぎですっ! ふざけるのもいい加減にしてくださいっ!!」

「えー、別にふざけてるわけじゃないよ」

「ふざけてないと言うのなら、何なんです?」

「半分くらいは本気なんだけど」

「っ! 本気だと言うなら尚更、性質が悪過ぎ…」

 

 言葉を遮るように、俺は抱きしめる腕に力を込める。

 それから囁くように、耳元へ呟きを落とす。

 

「いいじゃん。少しだけ甘えさせてよ」

 

 だけどその呟きは、思いのほか弱気なトーンが色濃かったようで。

 俺が不味ったなぁと思うと同時に、艦長がハッとした表情で顔だけこっちを振り仰ぐ。

 

「どうかしたんですか?」

 

 瞳が「あなたらしくもない」と、言葉なく訴えてくるのに、俺はただ苦笑を反すしかない。

 まったく、普段はとんでもなく鈍いくせに、時折---しかも、こっちが見抜いて欲しくないとき

に限って鋭いってのは、どうかと思うけどな。

 

「何かあったんですか?」

 

 優しい声音。

 本気で心配してくれるのは嬉しいけど、まさか夢見が悪かったから、なんて、情けなくって言

えない。

だからダンマリを決め込んで誤魔化すことにする。

 

「…判りました」

 

やがて漏れる小さなため息。

 

「ホントに少しだけですよ」

「ん… ありがと」

 

 仕方ないですわね、という諦めにも似た“お許し”に、軽く礼を返して、俺はもう一度彼女の

肩に頭を預けた。

 

 

 

ホントは今すぐ抱きたい。

その可愛い唇を思う様蹂躙して、柔らかな胸に顔を埋めて甘い快楽に溺れていたい。

君が紡ぐ切ない啼き声は、きっと乾いた俺の心を潤おすだろう。

 

 

だけど。

 

 

ふたりの距離はまだ遠いから。

 

 

いまはまだ、ここまで。

 

 

 

でも、いつか―――

 

 

END → Side:M に続く