Distance−EX−
Walnuts
それはAAが砂漠を抜け、紅海へと漕ぎ出した頃のこと。
小腹を空かして、何か食べる物は無いかと食堂へ姿を現したフラガ少佐は、学生組と整備兵た
ち幾人かが何やら騒いでいるのにでくわした。
ちなみに士官たる少佐には、通常の兵士が利用する食堂とは別に士官専用食堂を利用すること
も可能なのだが、士官といっても3名しかいないAAではあるし、ミーティングをするとか、特
別の用事がない限り、一般の食堂でみんなとワイワイやりながら食事する方が多かった。
だから、ふらりと現れた少佐が騒ぎの輪に首を突っ込んだとて、今更誰も驚いたりはしない。
「なんだぁ。何騒いでんだ、みんな?」
「あ、少佐。これですよ、これ」
ミリアリアが指し示したテーブルの上を見ると、殻つきの胡桃が籠にこんもりと盛られている。
「へぇ、胡桃じゃないか」
どうしたんだ、これ?と尋ねると
「仲良くなったレジスタンスの子供たちからお餞別にって貰ったんです」
にこやかにそう答えたミリアリアは、「けど」と少し表情を曇らせる。
「うまく割れなくて困ってるんです」
みれば、胡桃籠盛りのかたわらには、粉々になった胡桃の残骸やらが散乱している。
「整備の人に鉄鎚とかペンチとか借りて割ろうとしたんですけど粉々になっちゃうし、さっき
はトールがナイフで割ろうとして、失敗して指を怪我しちゃったりしたし…」
AAにはもちろん、くるみ割り人形とかはないですよねーと訊いてくるミリアリアに、「そん
なモンあるわけないだろ」と苦笑する少佐。
「…で、坊主の怪我ってのは?」
トールくんといえばたしか副操縦士じゃなかったかなと思い出した少佐が、一応、上官として
任務に支障などないかと気にすれば、
「あ、ちょっと切っただけなんで、全然大丈夫です」
と、当人がいたって呑気に応えたので、ひとまず安心する。
そうして、
「しっかし、胡桃とはねぇ」
懐かしいねぇと言いながら、手を伸ばすや、ふたつばかし掴みあげた。
「昔、よく持ち歩いてたんだよねぇ」
手の中でふたつの胡桃を弄びながらの台詞に、一同の疑問を含んだ視線が集まる。
押しも押されぬ連合軍のエースパイロット、エンディミオンの鷹たるフラガ少佐と殻つきの胡
桃、どう考えても繋がらない。
しばらく楽しそうに胡桃を弄っていた少佐は、一同のもの問いたげな視線に気付くと「いや、
ね」と口を開いた。
「まだ駆け出しの頃なんだけどさ」
思いがけず少佐の昔話が聞けそうだと、興味深々で次の言葉を待った一同は、
「ほら、俺ってば自分で言うのもナンだけど、結構ハンサムさんでしょ?」
この台詞にがくっと脱力する。
そりゃ、まぁ、確かに金髪碧眼の少佐は美男子と言っていい容貌をしていると思う。背も高い
し、体格も良い。なかなかの美丈夫であることは認めよう。
だが、それと胡桃と、一体なんの関係が?
一同の尤もな疑問など気付きもせず、少佐はニコニコと話を続ける。
「若い頃の――いや、今でも充分に若いけどさ、俺ってばまさに紅顔の美少年って感じでさ。勘
違いする奴も中にはいたりして、結構大変だったのよ」
はぁ、さいで。
一同は再び内心で深い溜息をつく。
だから、それと胡桃と一体何の関係があるんですかっ。
「――んで、それだけならまだしも」
少佐はさらに呑気に続ける。
「そのうえ腕はピカイチでさぁ。いろいろと目立っちゃうんだよねぇ。どーしても」
良く考えるとかなり嫌味な台詞なのだが、余りそのように聞こえないのは少佐の人徳(笑)の
為せる技か。
「んなわけで絡まれる事も多かったわけで。生意気だとかなんとか難癖つけられてさぁ」
まったくねぇ、どこにでもそーゆーバカな輩はいるもんで困っちゃうよ、と、いつもの軽い口
調で言って肩を竦めたあと、
「そこで、こいつの出番ってわけ」
手の中の胡桃を目の高さに掲げる。
「何か言いたそうなバカな奴らにであったら、こいつをこう、ね」
言いながら無造作に力をいれると――
ぱりん。
いとも簡単に胡桃が割れ、一同がハッと息を呑む。
「こうやって牽制させていただいてた、ってわけ」
唖然とする一同が見守る中、少佐は割れた胡桃をテーブルの上に落とす。
「ま、それでも判んないようなバカには、それなりにキッチリ対応させていただきましたがね」
唖然とする一同に向けて、軽くウィンク。
いかにもこの男らしい軽薄な物言いと仕草だったが、その裏に潜む迫力は本物。
はぁ…
少佐のいう対応がどのようなものか、容易に想像がつく男共は『少佐に逆らうのだけは絶対に
やめよう』との認識を新たにする。
それを知ってか知らずか、いや判ってて気付かない振りをする、なかなかにいい性格をした男
は、割った胡桃の中身を摘み上げて口へと運ぶ。
「少佐、すごぉい」
ビビってしまった男共とは違って、まだ少女たるミリアリアは素直に感嘆の声をあげる。
それに対して、
「ん。ちょっとしたコツがあんのよ」
明らかに先刻までとは違う柔らかな微笑みを返して――基本的に女性や子供には優しいのだ−
−、さらに胡桃へと手を伸ばす。
素直なミリアリアにお礼とばかりに2〜3個割ってやりながら、やがてイイコトを思いついた。
「そだ。艦長にも持っていってやろう♪」
いかにも楽しそうにそう言うと、
「少し貰ってくな」
胡桃を持って、軽やかな足取りで出て行く少佐。
何処へ向かうかなんて、言わずもがなである。
その背を見送って、残された男共は三たび溜息をつく。
「なぁ、やっぱり…」
「あぁ」
艦長のことは諦めざるを得ないだろうなぁ。
いや、別に、自分たちにどうにかできるとは思っちゃいないけど、それでもね。
撃墜王――あらゆる意味で――がどうやら次の目標を定めてしまったことを感じ取って、残さ
れた者たちは、がっくりと肩を落とすのだった。
☆★☆ おまけ ☆★☆
「艦長、居る?」
ちゃんとシフトを確認したうえで艦長室のドアを叩くと、案外簡単に迎え入れられた。
ま、実際のところ、最近はしばしばこうやって艦長の下を訪れているのだが、いままで拒まれた
事はない。
「いったいどうしたんです? 何か問題でも?」
特に理由なき来訪に首を傾げる艦長に「いや、別に」と返した少佐は、ポケットに手を突っ込
むと中から取り出したものを机の上に転がした。
「ほら、これ」
ころころと転がる茶色い物体を見て、「まぁ」と艦長が目を見張る。
「胡桃…ですわね?」
何故こんなものが?と視線で問いかける艦長に対して、
「レジスタンスの連中に貰ったんだとさ。――好きかい?」
問いかける少佐に「えぇ」と微笑みながら応えた艦長は、胡桃を手に取りながら続ける。
「肌が荒れてしまうので、あまりたくさんは食べれないんですけどね」
思惑通りに艦長の可愛らしい笑顔を引き出す事に成功して、気をよくした少佐が殻を割ってや
ろうと、手を伸ばさんとしたその時、
ぱりん。
思いもかけない音が静かに響く。
そして、艦長の手の中のものを見たとき、さすがの少佐も思わずその身を固くしてしまった。
「か…艦長、それ…」
「え?」
少佐が震える手で指差したその先、艦長の手の中にはキレイに真っ二つになった胡桃の殻が。
「あ… これ?」
少佐の驚愕の原因に気付いた艦長は「おほほほほ…」と乾いた笑いを零すと、取り繕うように
引きつった笑顔を浮かべた。
「…ちょっとしたコツがあるんですよ」
苦し紛れの言を聞きながら、今後、艦長には下手な手出しはすまいと心に誓う少佐だった。
END
2003/10/11 UP
言い訳しません。ただのバカ話です(汗)。
このあいだ殻付きの胡桃を貰ったので、ちょっと思いついただけ。
最初は少佐だけの話だったんだけど、マリュさんのお誕生日が近い
ので、オマケを書き足しました。しかし、こんなのを誕生日記念な
んかにしたら、怒られるかも(笑)
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