Everlasting

 

 

 

      カーテンの隙間から忍びこむ月光だけが頼りの、仄暗い部屋。

      シーツの上に広がる、栗色の髪。

      しどけなく横たわる肢体。

      白い肌のあちらこちらに刻まれた紅い華。

      先刻までの情事の名残。

 

      心地良い倦怠感に身を委ねながら、片肘をついて頭を支えた格好で横になっているムウは、

      空いている方の手で、傍らで同じように余韻に身を任せているマリューの髪の毛を弄ぶ。

 

      優しい夜。

      穏やかに流れる時間。

      こんなふうに満ち足りた気持ちで過ごせるなど、夢のようだと思う。

 

      先の戦争で一時は――というか、ほとんど絶望視されていた自分。

      陽電子破城砲をMS単機で受け止めるなどという、前代未聞の離れ業をやってのけたものの、

      さすがに過負荷に耐えきれず機体は爆散。誰の目にも“戦死”と映ったに違いない光景から、

      奇跡の生還を果たしたのは、ほんの数週間前。停戦から随分と時間が過ぎてからのことだった。

 

      静かな部屋。

      たゆとう時間に身を任せながら、視界の隅の時計を気にすれば、もうすぐ日付が変わる。

      その表示が00:00に変わるのを認めると、ムウは身体を起こし、覆い被さるようにして、

      マリューの顔を覗き込んだ。

      そうして、とびっきり優しい笑みを浮かべて口を開く。

 

      「お誕生日おめでとう、マリュー」

 

      誰よりも早く、一番におめでとうを言いたかったと言う彼に、『あぁ、それで』とマリューも

      納得する。今夜に限って、わざわざ時計をベッドサイド、しかも自分寄りの方へ置いた訳は、

      こういうことだったのだ。

      “一番”に拘ってるところが、如何にも彼らしい。

      とても他愛の無いことだけど、なんだか身体がくすぐったくなるように嬉しくて、微笑みな

      がら「ありがとう」と返した。

 

      「…でも、言葉だけ?」

 

      プレゼントは?と少し意地悪っぽく訊くと、

 

      「もちろん、それもちゃんと用意するって」

 

      苦笑と共に返事が返る。

 

      「プレゼントは何がいい?」

 

      そう訊いてくるのにマリューも苦笑を返す。

 

      「なぁに、これから用意するの?」

      「ん。どうせならマリューの欲しい物がいいかなと思ってさ」

 

      少し呆れたようなマリューの言葉に言い訳めいた応えを返した後、こう付け加える。

 

      「あ、でも、あんまり高価なものはパスな。ほら,俺、まだ一応無職で療養中の身の上だし」

 

      そうなのだ。いくら奇跡の生還を果たしたとはいえ、かなりの重傷を負ったムウの身体はま

      だ完全には癒えておらず、本当は入院した方が万全なのだが、本人が嫌がったため自宅療養と

      いう形を取っているのだった。

      ちなみに入院は絶対に嫌だと言い張った理由が、「病院なんかにいたらマリューとイイコトで

      きないから」だというのは、関係者のうちでは公然の秘密である。

      ま、尤も、その言葉もムウ特有の洒落で、本音はようやく再会を果たしたマリューとふたり

      で、なるべく邪魔されずにゆっくり過ごしたいということなのだけれども。

 

      そして停戦後も、オーブの平和維持軍に組み込まれたAAの艦長を務め、世界の安定に尽力

      してきたマリューもまた、ムウの帰還を機に艦長職をナタルに預け、地上勤務へと移っていた。

      これはムウと共に過ごす時間を少しでも多く確保するためであり、本人はこの決断をかなり

      気に病んで、我侭を言ってごめんなさいとしきりと謝っていたが、事情を知る周囲の者たちは

      皆、そんなふたりを暖かく見守っているといったところだった。

 

      こうして、ふたりして我侭を通し、緩やかで穏やかな時間を共有しつつ迎えたマリューの誕

      生日。

      それは“ふたり”で迎えるはじめての記念日だから、ムウとしては、本当は精一杯趣向を凝

      らして頑張りたかったのだけれども、今回は涙を呑んで断念。来年のお楽しみということにし

      たわけなのである。

 

      そういったムウの心情を良く理解しているマリューは「ちゃんと判ってるわ」とクスクス笑

      いながら、ムウへと手を伸ばす。

 

      「そうね。何をお願いしようかしら」

 

       少し伸びた金色の前髪を指に絡めて遊びながら、しばし考える。

 

      「今の俺に出きることなら、何でも」

 

      優しい微笑を浮かべて見つめてくる、恋しい男の柔らかな前髪から指を離し、ついでそっと、

      その端正な貌の輪郭をなぞりながら、マリューは考えを巡らせる。

      そして、ふと思いついたというように、瞳を輝かせながらこう言った。

 

      「それなら、あなたが欲しいわ」

 

      意外な言葉にムウの目が一瞬見開かれる。

      それに気付かない振りをしてマリューはムウの頬を撫でながら、言の葉を足す。

 

      「つま先から髪の毛の一筋、魂の一片にいたるまで、ムウのすべてをわたしに頂戴」

 

       欲張りな恋人のおねだりに苦笑するや、ムウは自分の頬を撫でていた手を取り、その掌に口

      唇を押し付ける。

 

      「そんなこと。とっくの昔から俺のすべては君のものなのに?」

 

      かつては生命までも捧げて君を守っただろう、と、そのことは言わない。

      それはただムウのエゴからきた行為であって、そのことが結果としてマリューの精神<ここ

      ろ>に深い瑕を残してしまったことを知っているから。

      だが、もしもまた同じ場面に遭遇したなら、きっと同じことを繰り返してしまうだろう。

      後に遺される彼女の痛みを知っていて、なお。

 

      つくづく俺ってヤツは酷く身勝手な男だな、とムウは思う。

      でも、それは、きっとマリューにも判っていることだろう。

      判っているからこそ、こんなことを言うのかもしれないと、掌に押し当てていた口唇を滑ら

      せて、指先を食みながら、そう考える。

 

      「そうね。それでも、もういちど約束が欲しいの」

 

       くすぐったくて、ムウの舌先で弄ばれる指を引き戻し、お返しとばかりに首筋を撫でて、後

      ろ髪を引っ張ってみる。

 

      「あなたのすべてはわたしのもの、と」

 

      だから、とマリューの腕がムウを引き寄せる。

 

      「もう二度とわたしに黙っていなくなったりしないでね」

 

      以前はこんなこと、言わなかった。

      こんな、鎖で縛るようなこと、言えないと思っていた。

      それでも、二度と失いたくはないから。

      言葉の枷を嵌め、戒めの楔を打ち込んでおこう。

       たとえ空高く自由に飛び回る、誇り高き鷹を地上に縛り付けることになろうとも、構いはし

      ない。

 

      「おや。じゃ許可を貰えばいなくなっても良いの?」

 

       額と額をこつんと合わせて、珍しくも強気のおねだりを口にする恋人の言葉尻をとって問い

      かければ、

 

      「だめ。そんなこと許可しないもの」

 

      艦長権限で却下します。

      そう断言するマリューにムウは苦笑するしかない。

 

      「横暴だな、艦長さん」

      「なんとでも仰い。あなたに関してはもう自分を抑えたりしない。我侭を通すことに決めたん

      だから」

 

       願いはただひとつ。

 

      「ずっと、一生、そばに居ると約束して」

 

       欲しいのは、ただそれだけ。

 

      そう言いながら、ぎゅっと首にしがみつく様にして抱き締める。

      自分こそが彼を繋ぎ止める錘なのだと言わんばかりに。

 

      こんな願いだけで本当に繋ぎ止めておけるとは思わないけれど。

      力強い翼を持つ鷹は、どんなに強い言葉の鎖でもってしても、その気になれば引き千切って

      飛び立って行ってしまうだろうけど。

      それでも、ほんの少しでも、歯止めになればいい。

 

      「じゃ、改めて君に捧げるよ。俺自身を、ね」

 

      そんなマリューの気持ちを知ってか、ムウもまた縋りつく身体を抱き締め返す。

 

      「もう、君に黙っていなくなったりしない」

 

       そうして誓約の証にキス。

 

      「ずっと、そばにいる」

 

      何度も何度もくちづけを交わして。

      生まれ来る熱に身を委ねて。

 

      特別な夜に強く、深く、想いを刻み込もう。

 

      新たな約束と共に。

 

 

 

                                 END

                                2003.10.15UP

 

 

                少し遅れちゃたけど、マリュさん誕生日記念ってことで。

                今回は珍しくも我侭を押し通すマリュさんのお話。やっとお誕生日記念

                らしいものが書けましたわ。なんかねー、思いつくネタというネタが、

                どっちかというとマリュさんの幸せより、フラ兄の幸せを追求しちゃう

                ものばかりだったりして、じたばたしてたんですよねぇ。これで一応の

                面目がたって良かった。

 

                …で、僭越ながら、この作品はフリーにさせていただこうかなと。

                お持ち帰りしたいなんていう奇特な方が、もしも万一いらっしゃいまし

                たら、BBSでもメールでも一言仰っていただければOKです。

                ご自由にどうぞ。(でも、欲しいって言う人がいるのかな?)

 

                さぁ、次はフラ兄の誕生日だっ! 以前から予告していた受胎告知ネタ

                を書いちゃうぞ、っと。

                気が早いなんて言う無かれ。11月末と言えば、冬コミの修羅の最中な

                んだもん。今から準備しとかなくちゃ間に合わないのよ(苦笑)

 

                あ、でも、その前に、推敲してるうちに後日談なんか思いついちゃった

                ので、そっちを先に書こうかな。テーマは「鷹、一生の不覚」ってこと

                で(笑)。ヒントはマリュさんとの約束だよん。

 

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