New Years Day

               Everlasting-EXU

 

 

 

      「マリュー」

 

       耳に馴染んだ声で名を呼ばれて、微睡から引き戻される。

       けれど、全身を包む倦怠感が心地好くて、目蓋を開ける気になれない。

 

      「マリュー、ほら、起きろって」

 

       しようがないなぁというような、甘やかしたような響きを滲ませながら、再び名を呼ばれて、

 

      「カウントダウンが始まっちまうぜ?」

 

      ついで頬をぷにぷにと指で突付かれる。

 

      「起こせって言ったのはマリューの方だろ?」

 

       あぁ、そう言えばそうだったっけ…?

       思い直して軽く身じろぐと、渋々と重い目蓋を開けた。

 

       灯りを落としたリビング。

       ほのかに照らし出しているのは、壁掛けTVから零れる光だろう。

 

       何度か瞬きを繰り返し、ようやくにはっきりしてきた視界に映し出されたのは、床にぺった

      りと座り込んで、TVのリモコンを弄っている男の姿。

 

      「う〜ん、どこも同じ番組やってるみたいだなぁ」

 

      つまらん、とか何とか言いながら、適当にチャンネルをスイッチングする度、微妙に変化す

      る光量に照らし出される、逞しき肢体。

      腰の辺りにわだかまったブランケット以外、何ひとつ身に纏いつけていない彼の姿をぼんや

      りと眺めながら、以前より少し痩せたというか、線が細くなったような気がするなぁ、と思う。

      さすがにもともとの体格が良いので、華奢になった、とかは思わないけれど。

       でも、それもまぁ、無理も無い。

       かなりの重傷――生命があっただけでも奇跡的なくらいだったのだ――を負ったムウの療養

      生活は一年近くに及ぼうとしている。

       最近になってようやく許可が出て、本格的なトレーニングやリハビリを始めたばかり。

      (尤も、許可が出る前からトレーニングと称しては、様々な戯れを仕掛けてきていたけれど)

       還って来た当初は自在に動く事もままならず、ベッドに縛り付けられる時間の方が長かった。

       少し動いただけで息が上がって「情けねぇなぁ」と自嘲の笑みを浮かべる日常から、ゆっく

      りと、しかし常人に比べれば比較的早いペースで回復していったムウは、早ければ春にでも原

      隊復帰を考えているのだと言う。

 

      「いつまでも無職の居候ってわけにはいかないでしょ、やっぱ」

 

       それを聞いた周囲のものは皆、「そんな無茶な!」と驚いて、考えを改めるように助言したけ

      れど、マリューは彼ならそれくらいやってのけるだろうと思っていた。

 

       なんといっても、彼は「不可能を可能にする男」なのだから。

       やると言ったら、きっとやり遂げてみせるに違いない。

 

      『だってさー、マリューと早くイイコトしたいもん』

 

       ふたりで過ごし始めてからの回復の度合いの早さが目に見えて顕著になってきた時、驚く

      人々に向かって、彼はのほほんとそう言ったものだ。

 

      『抱きしめて、キスして、マリューの存在をいつでも全身で感じたいんだよ、俺は』

 

       だから頑張っちゃうんだもんね。

 

       臆面も無くそんなことを言われて――しかも公衆の面前で――、嬉しいのと恥ずかしいのと

      半々で随分と焦ってしまったよねぇ、等と思い出して、思わずくすくすと笑いを浮かべてしま

      うと、それに気付いたムウが「何だよ」とこちらを向く。

 

      「何でもない」

 

       くすくす笑いの合間にそう答えながら、マリューもゆっくりと身を起こし、いまだ気怠さの

      残る身体を片手で支えながら、相変わらず怪訝そうな表情を浮かべたままのムウへ視線を向け

      る。

 

      「そんな格好で寒くないの?」

 

       次いでマリューの唇が紡ぎだした言葉は、そんな、どうでもいいようなこと。

       もっとも、ここは常夏の国、オーブだ。冬とはいえ充分に暖かいし、空調だって万全。肌寒

      いなんてことはありえないのだが。

 

      「なにか羽織ればいいのに」

 

       目のやり場に困るでしょ、とは言わない。

 

       するとムウは、マリューのそんな心情を見抜いているかのように悪戯っぽい笑みを浮かべて、

 

      「そう言うマリューだって、他人のこと言えないじゃん」

 

       言われて思わず自分の姿を見下ろすマリュー。

       確かにマリューもまた、素肌のうえにシャツ――自分のではなくて、先ほどムウが脱ぎ散ら

      かしたものだが――を羽織っただけの、なんとも悩ましい姿なのだから。

 

       仄暗い室内で微かに零れる光に縁取られたまろやかな輪郭。

       ちらりと覗く柔らかな肌には、熱い衝動の名残りがそこかしこに残されていて、見詰めるム

      ウの目が満足気にすいと細められる。

 

      「おいで」

 

       差し伸べられる手を取って、ゆっくりとした動きでムウの胸に背を預けるマリュー。

       そんな彼女をムウはそっと包み込むように優しく、うしろから抱きしめた。

 

      「寒くないか?」

 

       このうえもないくらいに優しい声音が問いかけるのに、

 

      「こうしてれば暖かいわ」

 

       頭をすり寄せるようにして、より深く胸に身を預けながら、少し仰け反って、覗き込む青い

      瞳を見返す。

       額に降りてきた唇を、目を閉じて気持ち良さそうに受け止めた後、揃ってTVの画面へ視線

      を移せば、ちょうどカウントダウンが始まったところ。

 

      『10、9、8…』

 

       明るく賑やかな声たちが、来るべき新しい年の足音を数えていく。

 

      「3−three−」

 

       TVから聞こえる声にあわせて、

 

      「2−two−」

 

       時を数えながら、

 

      「1−one−」

 

       カウントがゼロになる前に身を捩って、背後の青い瞳と向き合う。

 

      『zero!』

 

       その瞬間、一斉に花火が打ち上げられ、光と音の乱舞が生まれ変わった新しい年を祝う。

 

      Happy New Year!

 

       切り替わった画面いっぱいに映し出された色とりどりの光の華たち。

       一際明るい光に照らし出されながら、互いに見つめ合い、新年の挨拶を。

 

      「新年おめでとう、ムウ」

 

       今年もよろしくねと、微笑を向ければ、

 

      「こちらこそ宜しく頼むぜ」

 

       ウィンクつきの笑顔が返される。

 

       そうして、ふたり、くすくすと楽しそうに笑いながら、そっと触れるだけのキスを交わす。

       今年はじめてのキス。

       すぐ傍に感じられる温もりが嬉しくて。

 

      「こうして、あなたとふたりで新しい年を迎えることが出来て――」

 

       とてもしあわせ。

 

       続く言葉は2度目のキスに呑みこまれていく。

       今度は少し深く。

 

      「これからは来年も再来年も、その先もずっと、ふたり一緒に過ごせるさ」

 

       もう嫌だっつーても離れないから。

 

       冗談めかした言葉の中にも、隠された真摯な想い。

       精神<こころ>の奥深くにいまも残る瑕を労わるように、重ねられる温もり。

 

      「わたしも」

 

       マリューの指がムウの頬の輪郭をなぞる。

 

      「もう一生、離してなんてあげないんだから」

 

       可愛らしい我儘と頬をなぞる指のこそばゆい感触に、くすくすと笑いながら落とされた3度

      目のキスはしびれるほどに甘く。

       あとは身の内に生まれた熱情の昂ぶりに従うだけ。

 

       零れ落ちるのは「愛してる」のささやき。

       応えるのは、名を呼ぶ切ない吐息。

 

       ゆっくりと身体を倒せば、しなやかな腕が背に回される。

       引き寄せられるままに肌を重ねながら、手探りで探し出したリモコンで、賑やかな新年の様

      子を伝えるTVの画面を落とす。

 

       闇の帳が下ろされたリビングに、どこか遠く、打ち上げ花火の音が微かに届いて。

 

 

      「ずっと一緒さ」

 

 

       新たなる年に願いを込めて。

       いまはただ、固く絡み合った指が決して離される事はないと信じてる。

 

 

                                 END

                                2004.1.29 UP

 

 

                     今更〜なカウントダウン話。1ヵ月遅れですな(汗)。やっぱ、

                    季節物はムリだと改めて思い直した松崎(苦笑)

                     んで、この話も「ただひたすら甘くて幸せ戦後妄想話」であ

                    るEverシリーズのEXのひとつです。どんどん増えていく

                    のは、それだけ妄想が暴走してるってコトで。しかも、ちょっ

                    ぴり雰囲気ピンクだし(笑)

                     …というのも、思いついたのが某所での年越しチャットでの

                    会話中なんだもの。そこでの話題が「姫○×め」だったりして、

                    且つ『今年のムウマリュのテーマカラーはピンク!』という話

                    がでてきたりして(っつーか、そういう発言をした張本人が松

                    崎なんだが… 苦笑)、で、なんとなくこんな場面が生まれてき

                    ちゃったというわけなんだな。

                     ホントは早く仕上げたかったんだけど、お正月の間は王子と

                    王様の世話に明け暮れてたし、仕事も超タイトだったし、気が

                    付けば旧正月までぶっちぎってしまいました。でも、松崎、な

                    んかもう開き直ってます。だって、これの前にクリスマスの話

                    もあるんだけど、これから書くんだもん。どうだっ、参ったか。

                    えっへんっ! …て、威張ることじゃないと思うけど(苦笑)

                     なんか、今回は後記が長いけど、あとひとつだけ。書いてて

                    自分でも「あれ?」と思ったのは、当初はもっと軽めの悪戯っ

                    ぽいオチで終わる筈だったのに、何故かしっとりした雰囲気に

                    なってしまったこと。寝かせているうちに方向性が変わって行

                    っちゃったのか、はたまた、現在おばかネタを捏ね繰り回して

                    いる反動なのかな? 松崎さんってば、シリアス書いてるとき

                    はとてつもなくギャグなネタを、愉快な話のときは暗くて重い

                    話へ逃避しちゃう傾向が顕著らしいので(笑) 軽めなオチと

                    どちらがお好みでしょう?とか、訊いてみたい気もするなぁ。

 

                     とにもかくにも、これが2004年1発目です。(このあいだ

                    UPしたのは昨年末に書いたものなので)

                     このまま今年の松崎が「ピンク」な方向へ進むのかどうかは

                    判りませんが、しばらくは種で走っていく(でも蝸牛だからの

                    ろくさい 笑)と思いますので、皆様、どうぞ宜しくお付き合

                    いくださいませ。

 

 

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