TINY WAR

 

 

 

     「あなたってば、ホントに信じられないっ!」

     「君こそ、強情にも程がある!」

 

      喧々諤々。

 

      朝っぱらから騒がしい士官専用食堂。

      剣呑な表情で相対している男女。

     片や現オーブ首長国連邦・特務部隊所属、強襲機動特装艦アークエンジェルの艦長である、

     マリュー・F・ラミアス中佐であり、そしてもう片方は同じく特務部隊所属、かつては地球連

     合軍きってのエースパイロットとして名声を欲しいままにし、『鷹』の異名も持つMS乗り、ム

     ウ・ラ・フラガ中佐。

     共にアークエンジェルの屋台骨を支えるふたりが、なにやら深刻な意見の対立を見せている

     のである。

     これは由々しき事態だと連絡を受けて駆けつけた、やはりオーブ特務部隊に所属し、艦長の

     副官を務めるナタル・バジルール少佐は、目の前で睨み合う上官達の異様なまでの迫力に気圧

     されそうになりながらも、ここで事態の収拾に乗り出せるのは自分しかいないという決意のも

     とに、食堂内へと一歩踏み出した。

 

     「いったい何事です?!」

 

     声を張り上げて問い掛けるや、睨み合っていたふたりは同時にナタルの方へ視線を転じ、や

     はり同時に声を上げた・

 

     「ナタルっ!」「バジルール少佐っ!」

 

     喧嘩をしていても息ピッタリ、且つ、迫力も同等に詰め寄られて、思わず後ずさりしそうに

     なったが、そこをぐっと踏ん張り、次の言葉を待つと、

 

     「ゆでたまごは絶対に固茹でよねっ?!」

     「ゆでたまごは半熟に決まってるよなっ?!」

 

     は?

 

     ナタルは思わず目を点にして固まってしまった。

 

     いま、このふたりは何と言ったのだ?

 

     言葉は確かに耳に届いているのだが、その信じられない内容に理解が付いていってないナタ

     ルを尻目に、ふたりは再び角を突き合わせて論争を再開する。

 

     「何を仰ってるんですか? 絶対に固茹でに決まってます!」

     「君こそ、寝迷い言を言うのはいい加減にしてもらいたいな。半熟だろ、半熟!」

     「固くしっかり茹でたたまごの殻をキレイに剥いて、つるっとした白身に塩をつけて、かぷっ

     と噛り付くのが良いんじゃないですか」

     「半熟にしたたまごの上の部分の殻だけを器用に落として、ぷるぷるの白身とトロトロの黄身

     をスプーンですくって口に運び、舌の上でとろける感覚を楽しむ。これがゆでたまごの食べ方

     ってもんだろ」

     「そんな悠長な食べ方ができるもんですか」

     「黄身も白身もガッチガチだと味わいも半減じゃないか。だいいち趣が足りない」

     「わたしの食べ方が野蛮だとでも仰るんですか?!」

     「そうは言わないけどね。どうせ食べるんなら、じっくりゆっくり味わうのが良いに決まって

     るだろ?」

 

     眼前で延々と繰り広げられる論争を聞きくうちに、硬直していたナタルも次第に状況を理解

     していった。

     どうやら危惧に値する状況ではないと安堵すると同時に、このばかばかしくもくだらない夫

     婦喧嘩の原因にふつふつと怒りが込み上げてくるのを抑えられない。

 

     (このひとたちわぁっ!)

 

     思わず固く握り締めた拳がわなわなと震える。

 

     「ねぇ」「なぁ」

 

     ナタルが怒りに打ち震えているなど、これっぽっちも気づかないふたりは、再び同時に彼女

     に向き直る。

 

     「ナタルは」「バジルールは」

 

      その、向き直るタイミングだけでなく、口を開くのも同時なら、

 

     「「どっちが正しいと思う?」」

 

     問い掛ける台詞までも同じという、実に息の合った仲良しぶりがまた、実に腹立たしい。

     ナタルの怒りが頂点に達したとて、誰に彼女を責められよう。

 

     「「どっち?」」

 

     相変わらずのんきに訊いてくる――しかもやっぱり同時に(笑)――ふたりに、ナタルは遂

     にキレた。

 

     「わたしは固茹でも半熟もキライですっ!」

 

     途端に「えぇ〜っ」とあがる抗議とも落胆ともつかぬ声を無視して、

 

     「たまごは生で食すのが一番です!」

 

     言い捨てるや、「失礼します」とさっさと身を翻して行ってしまった。

     残されたふたりはしばし唖然と去り行くナタルの背を見送っていたが――これまた仲良く同

     じ表情で(笑)、やがて一旦、顔を見合わせた後、またぷいっとそっぽを向き、

 

     「もうムウなんて大嫌いっ!」

     「ああ、嫌いで結構だねっ」

 

     そのまま反対方向へ別れて歩き去ってしまうのであった。

 

 

 

     「あの…、放っておいて良かったんでしょうか?」

 

     後ろを気に掛けつつ、ズンズンと先を行くナタルを追いかけていたノイマン中尉がそろそろ

     と問い掛けるが、

 

     「放っておけ」

 

     一言、冷たい一瞥とともに容赦ない返事が返る。

 

     「しかし…」

     「いいか、ノイマン。昔から言うではないか。『夫婦喧嘩は犬も喰わない』とな」

 

     食い下がる中尉に振り返ったナタル・バジルール少佐は、憮然とした表情で続ける。

 

     「どうせ昼過ぎには仲直りするに決まっているのだ。気を揉むだけ無駄だぞ」

 

     言いきり、再びスタスタと歩き出す。

     対するノイマンは「はぁ」と息をつき、彼女の後に続いたものの、後ろがまだ気になって仕

     方がない。

 

     だが、ナタルのこの言は見事に的中することになるのだ。

 

 

 

     それは、お昼も過ぎ、おやつ時に差しかろうかという頃。

 

     「あの… ゴメンね、ムウ。大嫌いなんて言っちゃって」

     「いや、俺の方こそ大人気なかった。すまん」

 

     それまで顔を合わせることも避けていた、渦中のふたり、艦長とフラガ中佐はどちらかとも

     なく歩み寄って、あっさりと仲直りしてしまった。

     そのままラブラブいちゃいちゃモードへ突入してしまったので、夫婦喧嘩の行方をハラハラ

     ドキドキと見守っていたクルー一同を大いに脱力させ、予言的中のバジルール少佐が「それ見

     たことか」と言ったとか言わなかったとかというのは、蛇足である。

 

 

 

     そうして数日後。

 

     「バジルール少佐。大変です! 艦長とフラガ中佐がまた!」

 

     血相を変えてやって来たノイマン中尉と共に士官専用食堂に赴いたナタルが見たものは、夕

     食に出された分厚いステーキを前に睨み合うふたり。

 

 

     「絶対にレアで、血が滴りそうなくらいのが美味しいのよっ」

     「ミディアムだってばっ! 程よく火を通して、外はこんがり、中はジューシィに柔らかく

     ってのが堪んないんだろっ!?」

 

     例によって、またしても些細な且つくだらない事で喧嘩しているふたりは、またしても前回

     同様、同時にナタルへ向き直った。

 

     「ナタルっ!」「バジルール少佐っ!」

 

     もう既に何を訊かれるか判りきっているナタルは、ふたりが質問を発するより早く口を開く。

 

 

     「わたしはベジタリアンですっ! 肉は食べませんっっ!!」

 

 

      断言しながら、転属願いを出すか、はたまた大西洋連邦からの熱い復帰のラブコールに応え

     ようかと、真剣に考え始めたナタルであった。

 

 

           おしまい

          2003.09.30 UP

 

               あまりのくだらなさに脱力しながら(笑)TOPへもどる ⇒