ズキンっ!

 

 激しい頭痛がマリュー艦長の眠りを破った。

 

「…っつぅ…」

 

 ズキズキズキズキ…

頭の中で羊が100匹くらいダンスしているみたい。あまりの痛みに目が開けられない。

そのうえ、気怠るい気分が全身を覆いこみ、指1本動かす気にもなれない。

 

昨夜はどうしたんだったっけ。たしかレジスタンスの人たちと酒盛りをして)

 

 少しずつ記憶を辿りながら、一方で今何時かしらと思う。

 

一応、艦長として頼りないながらも人の上に立つ身であるからして、あまり不甲斐ない真似は出

来ないのだけど…

 

 そう思って、なんとか重い瞼を開いたマリューは、その目に映ったモノに驚き、思わず息を止めて

しまった。

 そこには光を弾く、柔らかそうな金の髪をした、目を閉じていても端正と評せる容貌をした青年の

寝顔があったのである。

しかも、ごく至近距離に!!

 

「しょっ、しょうさああああああああぁっ?!」

 

 先程まで感じていた気だるさも何処へやら、マリューは驚くほどの速さで飛び起き、ベッドの端の

壁へと張り付く。

急に動いた所為で、ズキンと頭をかち割らんばかりの頭痛に見舞われ、思わずよろめきそうになる

のを必死で持ちこたえつつ、いまだ安らかな眠りをむさぼっている男の寝顔を見詰めた。

 

「なんで、なんで、少佐がここにっ?!」

 

そう、その男は見紛うはずもなく、AA艦内で唯一の、マリューと同位の佐官であり、連合軍のエ

ースパイロット、ム・ラ・フラガ少佐、その人だったのである。

その彼が何故ここに―――?

 しかも、しかもっ!

 

「どーしてふたりとも服を着てないのよぉっ?!」

 

 シーツを手繰り寄せ、豊満な胸を隠しつつ、マリューは声にならない悲鳴をあげる。

 自分が何ひとつ衣類を身につけていない事はすぐに判った。そして、シーツを手繰り寄せた事で露

になったムウの上半身もまた、逞しく鍛えられた腕や広い胸板を余す所なく晒している。その様子か

らみて、彼もまた自分と同じ状況であろう事は、聡明なるマリューには容易に推測できた。

 

「…昨夜、いったい何があったのっ?!」

 

 ザァっと音を立てて血の気が下がって行くのを感じながら、マリューは必死に昨夜の記憶を辿ろう

とする。けれど、砂漠で酔っ払ったところまでは何とか思い出せるものの、その後どーやってAAま

で帰ってきたのか、一向に思い出せない。

 

「まさか、少佐と………?」

 

 マリューだって26歳の健康で聡明な成人女性である。男と女が裸でひとつベッドにいるというこ

の状況で、いったい何が起こったのか、推測できないわけではない。

…というか、明々白々であるといっても過言ではない状況ではあるのだが。

 

「でも、まさか、そんな―――」

 

半ばパニックに陥り、冷や汗をかきつつ、マリューはいまだ起きる気配をみせないムウの顔を見

つめた。

額にかかる金の癖っ毛は柔らかく波打ち、額に影を落としており、その下に透けて見える眉目は

すっと整っている。意外と睫毛が長い。普段はシニカルな笑みを浮かべている口元も、いまは軽く結

ばれているだけで、あどけないというか何というか、飄然とした感のないその寝顔は、見れば見るほ

ど端正だと思う。

そしてさらに視線を辿れば、歴戦のパイロットらしく無駄なく鍛え上げられた、惚れ惚れとする

ような肉体が目に入る。

発進時のGに耐える首は太く、肩幅も広くがっしりしている。

体毛は薄いほうだろう。どちらかというと毛深いのは遠慮したい性質なマリューには、むしろそ

の方が好ましい。

それから逞しい腕に厚く広い胸板は包容力を感じさせ、その胸に抱かれたならきっと気持ちが良

いに違いない…

―――と、そんなことをぼぉっと考えていたマリューはハッと我に帰った。

気持ち良さそうも何も、もしかしたらその胸に抱かれて一晩を過ごしたかも知れないのだ。

そう思うと途端にかあっと頭に血が昇り、心臓が早鐘を打つようにバクバクと鼓動を刻み始める。

 

(こんなこと考えてる場合ぢゃないのにーっっ!!!)

 

マリューは頭に浮かんだ邪な考えを追い払うように、大きくブンブンと頭を振った。そしたら頭

痛がぶり返してきて、しばらく瞑目して呻く。

 

(とにかく、昨夜何があったのか思い出さなくては話にならないわっ)

 

なんて思っていると、眠っていたムウの瞼がピクピクと動き、ついでモゾモゾと動き出す。どう

やら目覚めたらしい。

シーツを握り締め、身を固くしながら見守っていると、ムウは大きく伸びをした後、パッチリと

目を開けた。寝起き特有の茫洋とした様子だったのはほんの一瞬で、その青い空の色をした瞳は、す

ぐにベッドサイドに張り付いたマリューの姿を認め、視線をホールドする。

 

「あ、おはよ」

 

まったく無造作に挨拶したかと思うと、よっと掛け声をかけて腹筋だけで身体を起こす。その筋

肉の動きもまったくもって芸術的なほど見事であったが、もちろん、今のマリューには鑑賞している

余裕などない(苦笑)。

 

「先に起きてたんだー。どう、よく眠れた?」

「あっ、は、はい…」

 

世間話でもするような気軽さで訊ねてくるムウに曖昧に頷き返すと、マリューは意を決して口を

開く。

 

「あ、あのっ、少佐にお伺いしたいことがあるのですがっ」

「なに?」

「あの、その… どうして少佐がここにいらっしゃるんです?」

 

マリューの問いに、しばしきょとんとしたムウは、やがて「あぁ」と何かを納得したような表情

を浮かべた。

 

「その質問に答える前に、まず君の認識を訂正しておこうかな」

 

言いながら、くすっと笑いを漏らす。

 

「まず、ここは艦長室ではなくて、俺の部屋。故に俺がここに居ることは至極当然のことであって―

――」

 

むしろ異常なのは君の方、と言われて初めて、マリューはここが自分の寝泊りしている艦長室で

ないことに気づく。確かにここは士官用の個室で、ムウの私室というのは本当らしい。

現状の把握を怠り、状況が見えないほどに自分は狼狽えていたのかと、マリューは軽い自己嫌悪

に陥った。

これでは艦長としてどころではなく、軍人としても失格ではないか。

思わず大きなため息が口をついて出る。

 

「…で、艦長がここに居るわけは―――」

 

ムウはそんなマリューの様子が落ち着くのを見計らって、最初の質問の答えを口にする。

その口調は何だか楽しそうだ。

 

「酔いつぶれた艦長をAAまで連れ帰ったのはいいんだけどさぁ、よく考えたらさ、俺、艦長室のロ

ックNo知らないし、当然、俺のIDじゃ通らないし、艦長室に入れなくってさー」

 

ムウの話を聞きながら、それはそうだろうとマリューは思った。艦長室のコードは副官のナタル

にしか教えていない。そのナタルは確か早々に潰れていたはずだから(それくらいの記憶は残ってい

る)、その時点で艦長室のドアを開ける術はなかったはずだ。

 

「で、艦長に訊いても意味不明なことしか返ってこないしー」

 

それもまた仕方ないだろう。現在の自分の状況から推測するに、まともな受け答えなど期待でき

ようもない。

 

「そんで、仕方ないから、俺の部屋へ連れて来たってわけ」

 

 まさか廊下にほっぽっとくわけにも、手近な部屋に寝かせとくってわけにもいかないでしょ、と言

うムウの言い分はよく判る。

よく判るけど、だがしかしっ!

 

「そ…その点は感謝いたしますっ。でも、だからと言ってこの状況は…」

 

納得しかねると言おうとしたのだが、

 

「あれぇ、艦長ったら憶えてないのぉ?」

 

 怪訝そうなムウの表情に遮られる。

 

「誘ったのは艦長の方じゃないの」

 

あっさりとそう言われて、マリューの態度が凍りつく。

 

「わたしの方から誘った、ですってぇっ!!!」

「そ♪」

 

思わず叫んでしまうのも無理はない。だって、はっきりきっぱりまったく記憶にないのだから!

再び血の気が下がって青くなっていくマリューとは対照的に、ムウはいたって明るく状況を補足

説明する。

 

「俺だって艦長を襲おうなんてこれっぽっちも思わなかった…なぁんて言ったら嘘になるけど、やっ

ぱ、マズイでしょ?」

 

ムウが語るには、マリューを自室に運び込んだ後、取り合えず上着とブーツを脱がせ(しかも押

し倒したくなるのをグッと堪えつつ 苦笑)、ベッドに押しこんだ。そして自分はアラートで寝よう

かと思い、部屋を出て行こうとしたところ、何時の間にやら目を覚ましていた艦長に「行かないで」

と引き止められたのだそうだ。

 

「でさー、こう、うるうるの瞳で見つめられちゃったりしてさ、“ひとりになるのはイヤ”とか何と

か言われちゃってさー」

 

俺の方が押し倒されちゃったんだよねー、と、ムウはてへと笑った。

 

「いやぁ、さ。ホントは俺がそこで踏ん張って押し留めるべきだったんだろうけど、男としてこの状

況で流されないってのはねぇ」

 

 ニヤニヤ笑いつつ話すムウを誰が責めることができよう。彼だって健康な成人男性なのだ。

 

「艦長みたいな美人に泣いて縋られて、拒めるわけないっしょ?」

 

 …で、この体たらくというわけだ。

 マリューは話を聞きながら、クラクラと眩暈を感じていた。

ムウの話が本当なら、確かにそれはそれで仕方のない状況のようだった。彼が取った行動も理解

できるし、彼を責める事もできない。

すべては自分の失態が招いた事なのだから。あくまでもムウの話が“本当”ならではあるが。

故にマリューは必死になって少しでも記憶を掘り起こそうと躍起になる。

 

行かないで―――

 

それは昔、言いたくて、でも呑み込んでしまった言葉。

 

もうひとりになるのはイヤ。

 

これまで何度そう思ってきたことだろう。

でも、いつだって願いが叶えられたことはない。取り残されるのはいつも自分ひとり。

 

そう言えば、そんな夢を見たような気もする。

でも―――――

 

「ねぇ」

 

 自分の考えに没頭していたマリューは、不意にすぐ耳元で聞こえてきた声にビクリと身体を震わせ

た。

 

「ホントに憶えてないわけ?」

 

 見上げれば、すぐ間近にあの端正な顔があった。何時の間にやら目の前にまで移動してきたらしい。

 

「えっ、ええ…」

 

 答えながらマリューは、自分を見つめるムウの視線に落ち着かないものを感じ、何だかドキドキす

る鼓動を抑えられずに、ついと視線を落とす…が、途端にムウの鍛え上げられた逞しい身体が目に入

って(ムウときたら、自分の格好にまるで頓着せずにマリューを見下ろしていたりしたのだ)、慌て

て再度、顔を上げた。

 心臓の鼓動がさらに跳ね上がり、頬が朱に染まるのを止められない。

 そこへ追い打ちをかけるようなムウの言葉が。

 

「ふぅん。勿体無いねぇ。…あんなに感じてたくせに」

 

 耳元で囁かれた言葉の意味を理解した途端、マリューの内で何もかもが一気に吹き飛んだ。

 

「なっ、ななななななにを、いっ、言ってっ…」

 

 頭の中が真っ白になってしまったかのように何も考えられず、思いっきり狼狽えてしまったマリュ

ーは、ムウがくつくつと楽しげな笑いを漏らしていることに全く気づかなかった。

 そして彼が次にどんな行動にでるのか、予測する事すら思いつかなかったので、肩を掴まれて思い

っきり驚いた。

 

「しょ、少佐…?」

 

 掴まれた肩が熱い。

 そして、まるで額を突き合わせんかというほど近くにあるムウの表情に浮かべられた、ニヤニヤし

た笑いは何を意味するのだろう?

 

「思い出させてやろうか?」

 

 えっと思う暇もなく引き倒され、組み敷かれる。

 

「昨夜と同じ事、そっくり再現して、さ」

 

 ムウの言葉にマリューはギクリとし、身体を強張らせた。

その台詞の意味するところが判らないわけがない。

それはつまり、非常にヤバイ状況だということだ。

 

「い、いえ、それはご遠慮申し上げます」

 

 マリューはシーツを手繰り寄せなおして身体を隠しつつ、ずり上がるようにしてムウの下から抜け

出そうとする。

 昨夜は不可抗力(とは全面的には言い難いが)だったとしても、今朝のこれは絶対にマズイ。

 あの殊更軍規に厳しい副官にバレでもしたら、何を言われるか判ったものじゃない。

って、問題はそんなことでは収まらないのだが、咄嗟にそんな事を考えてしまうあたり、またし

てもマリューはかなり焦っていた。

 

「えぇー、遠慮なんていらないのに」

「しょ、少佐、ちょっと」

「いいから」

「いいから、じゃ、なくてっ」

 

 なんとか押しとどめようとするマリューだったが、ムウの方はすっかりその気のようで、抵抗など

意に介さず、覆いかぶさってくる。

 重なった(シーツ越しだけれど)肌が熱い。

 

「昨夜の君は素敵だったぜ」

 

 耳元で囁かれる、低く魅惑的な声。

その気がなくても感覚を呼び起こされるような、キケンな声だ。

 

「あの甘い声をもう一度聞かせてよ」

 

背にぞわぞわした感覚が這い上がる。

 

「ちょっと、待って」

 

 肩口に埋められた頭を押し返そうとしたが、反対に腕を取られてベッドに縫い止められる。

 生暖かな吐息が鎖骨を辿るのを感じ、胸元に灼けるような熱い痛みを刻まれると、身体の奥に眠る

ものが呼び起こされるような気がした。

 このままじゃ流されてしまう。

 

「ダメっ、ダメですっ! いけません、そんなっ」

「いいじゃん。折角だし、楽しもうよ」

「イヤ。ダメ、ダメですってばっ」

 

―――と、そこへ、ビービービーと無粋な電子音が鳴り響いた。艦内通信のモニターの呼び出し音だ。

 

「あの、少佐っ。呼び出しですよ。出なきゃ」

 

 マリューは渡りに舟とばかりにそれに縋ろうとするが、ムウの方は当然、無視する事にしたらしい。

相変わらずマリューの上に乗っかったまま退こうともしない。

 

「少佐っ、大事な呼び出しだったらどーするんですかっ、ねっ?」

「んー、いいの。放っときなって。それより、な」

「ダ、ダメですってばっ!」

 

 思いっきり抵抗して、何とか少しの自由を取り戻したマリューはモニターのスイッチへと手を伸ば

した。これを突破口になんとかこの危機から逃れようとしたのだが、相当に焦っていたらしい。

 

 モニターの明度が上がり、画像が映し出される。

 そこには少々憔悴した感のとれるナタル・バジルール中尉の姿があった。

 

『フラガ少佐、御休みのところ申し訳ありませんが…』

 

 ナタルの声が途中で途切れると同時に、ムウが「あちゃー」と手でこめかみを押さえるのが視界の

隅に入った。そこで初めてマリューは自分の失態に気付く。

 音声回線のみ繋ぐつもりが、しっかり映像までオープンにしてしまったらしい。

 

『…し、失礼いたしましたっ!』

 

 焦った声と共に回線が閉じられ、ナタルの姿が消える。

 真っ黒な画面を呆然と見つめながら、マリューはしばらく絶句する。

 ナタルのあの様子だと絶対に誤解している。

…というか、誤解も何も、彼女の目に映った光景を考えると弁明のしようもない。なんたってムウは

まだ自分の上に乗っかったままなのだから。

 困惑した様子でゆっくりとムウに視線を移すと、さすがの彼もこれ以上続ける気は失せたらしい。

「ははは…」と力なく笑いながらマリューを解放する。

 

 溜息をひとつ漏らすと、マリューは再びモニターに手を伸ばし、今度は慎重に音声だけをブリッジ

のナタルにつなぐ。

 

「先程はごめんなさい、ナタル。フラガ少佐に用だったのよね。いま代わるわ」

『…いえ』

 

 内心はどうあれ、努めて平静な声を装って呼びかければ、まだ少し上ずった感のある応答が返る。

 

『艦長をお探ししておりましたので』

「わたしを? 何かあったの?」

『レジスタンスのリーダーより連絡がありまして、物資の搬入の時間をずらして欲しいと』

 

 その件も含めて色々とご相談したい事がと言われて、マリューは「判ったわ」と短く答えた。

 

「そちらにあがります。でも少し時間をちょうだい」

『了解しました』

 

 通信を切ると、マリューはもう一度大きく溜息をついた。それは何とか危機的状況を回避できて良

かったなーとかいう、安堵の溜息ではない。

そして横を見遣ればムウもまた、がっくりと肩を落とし、溜息をついている。彼の溜息もまた、もう

ちょっとのところだったのに惜しかったなーとかいう、落胆のものではない。

 互いに新たな頭痛の種を抱えてしまったという、重苦しいものであった。

 

 途方に暮れて、しばし無言で向かい合うふたり。

 

 やがて、ムウが口を開き、何の解決にもならない提案をする。

 

「―――取りあえず、服、着よっか」

 

 確かにいま出来る事はそれだけだ。

 頷いたものの、これからの事を考えると、三度溜息を漏らしてしまうマリューだった。

 

 

 

 

 

果てしなくくだらないものの、もうちょっと続く(苦笑)

次回はフラガ少佐のモノローグの予定ですが、ちょっぴり性愛的なシーン

(多分)を含むので、そーゆーのが苦手な方やお若い方はスッ飛ばしてくだ

さいませ。読まなくても話は通じます。

 

 

     ということで、飛ばす   ⇒ ■

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