Silent Night

 

 

 

     「あーあ、なんだってこんな日にぃ」

 

      ふたりきりの士官用食堂で、恨めしそうにボヤキながら軽食のトレーをつつくムウを、マリ

     ューが苦笑しつつ窘める。

 

     「仕事なんですから、しようがないでしょ?」

 

      すると「それは判ってるけどさぁ」と、やっぱり恨めしそうに応えたムウは、サラダのポテト

     にグサリとフォークを突き刺しながら、こう続けた。

 

     「クリスマスだっつーのに、こんなトコで息潜めてなきゃなんないなんて、愚痴のひとつも言

     いたくなるってモンでしょ?」

 

      言いながら、一度突き刺したフォークを抜いて、またグサグサと突き刺すという子供じみた行

     為を繰り返すムウ

 

     「テロリストの皆さんも、なんだってまぁ、こんな日に勤勉に仕事をしようだなんて考えるの

     かねぇ」

 

      世間一般はクリスマス休暇だっつーんだから、ちゃんと休めよなぁ。

      至極ホンキな様子でそう言うものだから、マリューの苦笑が深くなる。

 

      現在、アークエンジェルは北欧、ノルウェーの海岸線に身を潜め、任務にあたっていた。

      昨今、世間を騒がせている、ブルーコスモスの残党の中でもかなり過激な部類に属する者達が

     立ち上げた新組織・ブルーテンペストなるテロ集団が、先頃、宇宙平和会議を主催したスカン

     ジナビア王国を標的に、クリスマスに照準を合わせて大掛かりなテロを行うつもりらしいこと、

     その活動拠点がこのあたりにあるらしいとの情報を得て、テロを未然に防ぎ且つ組織の壊滅を

     図って、クリスマス休暇返上で任務に当たっているのである。

      これも仕事、重要な使命と判ってはいても、楽しみにしていた休暇返上となれば、グチのひ

     とつやふたつも出ようというものだ。

      ちなみに、普通なら作戦行動中に艦のトップでもある中佐ふたりが同時に休憩をとることは

     まず無いのだが、今は現状の再確認と今後の作戦の打ち合わせも兼ねて、一緒に食事を摂って

     いたところだった。

      …で、ひと通りの打ち合わせが終わったところで、冒頭のムウの台詞がでてきたわけだ。

 

     「まぁったく、もぉっ」

 

      ぐさぐさぐさ。

      思わずポテトに八つ当たりしてしまう所為で、サラダはもうぐちゃぐちゃである。

 

     「まぁまぁ、気持ちは判りますけど、ポテトには罪はないんだから、ちゃんと食べてあげてく

     ださいね」

 

      そんなにしたら勿体無いじゃないですか、と、まるで小さな子供を叱るお母さんのようなマ

     リューに、ムウが相変わらず不貞腐れたような表情を向ける。

      そんな彼に対して、

 

     「わたしたちはまだ良い方なんですからね。ナタルなんて―――」

     「バジルール少佐がどうかしたのか?」

 

      思いがけずマリューの副官であり、AAの副長でもあるナタル・バジルール少佐の名が発せ

     られたので、何事かと改めてマリューへ向き直れば、「忘れたの?」と苦笑された。

 

     「ナタルは昨日、誕生日だったのよ」

 

      そう聞いて、ムウは「そう言えばクリスマスイブが誕生日だとかって聞いたことあるなぁ」

     と思い出す。

      お祭り事の好きなムウは、大抵の場合、自分の誕生日は忘れても他人の誕生日は憶えている

     ものなのだが、すでにノイマンという、何が何でも一緒に祝ってくれる王子様を得たバジルー

     ル少佐に関しては、既に自分の領域外のことと割り切って、特に意識していなかったらしい。

 

     「せっかくノイマン君と休みを合わせてあげたのに、こんなことになっちゃうんだもの」

 

     まったく、ふたりともツイてないわよねぇと、さも残念そうに溜息をつくマリュー。

     彼女は自分たちと同様、あのふたりにも幸せになってもらいたいと、なにかとお節介を焼い

     ているのだ。誕生日にクリスマスと、絶好のイベントのチャンスを潰されて、どうやら当人た

     ちより悔しい思いをしているようだった。

     そんなマリューの様子に、今度はムウが苦笑を漏らす。

 

     「それに、わたしたちはこうして同じ艦に乗り合わせているけど、クルーの中には家族を置い

     て来ている者もたくさんいるんですから」

 

      それに比べたら、少しでも一緒に居られるだけマシでしょう?

      そう言われたら、確かにその通り。

      自分の不幸にばかり気をとられていたんじゃいかんな、と思い直したところで、マリューが

     深くため息をつくのに気付く。

 

     「ほんと、みんなには可哀想な事しちゃったわ」

     「別にマリューが悪いわけじゃないでしょ?」

 

      悪いのはクリスマスにもかかわらず勤勉なテロリスト共だろうと、何でも自分の肩に背負い

     たがるマリューを軽く窘める。

 

     「見つけたら、ちゃっちゃと片付けて、休暇の仕切り直しといこうぜ」

 

      そう笑って、さっき自分でぐちゃぐちゃにしてしまったサラダを口に運ぶムウ。そんな彼に

     「そうね」と応えて、マリューもまた食事を再開した。

 

     「…ところで、さぁ」

 

      サラダを食べ終えたムウが声をかけてきたので、マリューが食事の手を止め、隣へと視線を

     移すと、

 

     「これって、やっぱクリスマスだから?」

 

      ムウが示したのは、骨付きのチキンソテーとキッシュパイ。普段なら決してメニューには載

     らないものだ。

      するとマリューはうふふと笑いながら頷いた。

 

     「ささやかだけど、クリスマス気分を味わってもらおうかと思って」

 

      料理長に頼み込んだのだと打ち明ける。

 

     「さすがにローストチキンは無理だけど、これくらいならね」

 

      みんな、クリスマス休暇を棒に振っているんですし…

 

     「艦長さんからみんなへのプレゼントってわけだ」

     「ええ」

 

      そういう気遣いがいかにもマリューらしくて、ムウが優しい笑みを浮かべる。

      そして、

 

     「じゃ、そんな艦長さんへ、俺からもささやかなプレゼントを」

 

      そう言うと、握った拳を口元に当てて、コホンと咳払いをひとつ。

      何が起きるのかしらと、少しの戸惑いと、それよりも大きな期待を表情に浮かべて見守って

     いると、

 

        聖しこの夜  星は光り

 

      耳に心地好い声が、少しばかり不器用に唄を紡ぐ。

 

        救いの御子は  御母の胸に

 

      滅多に聞くことの出来ない歌声に「まぁ」と目を見張ったマリューだったが、すぐに満面に

     笑みを浮かべて口を開くや、ムウに合わせて歌い始める。

 

        眠りたもう  夢やすく

 

      ふたりの声が重なり合って、静かに流れて。

 

      互いに見つめあって、そして、どちらからともなく、

 

     「「メリークリスマス」」

 

      そっとくちびるを重ね合わせる。

      軽く触れ合って離れると、

 

     「勤務中ですよ」

 

      くすくすと笑うマリューの声。

 

     「いや、休憩中だし」

 

      少しならいいだろ?

 

      ―――と、そこへ突然鳴り響くアラート

 

     『センサーに機影確認。動き出しました!』

 

      ブリッジからの報告を受けた途端に、つい先刻まで甘やかだったふたりの顔つきが、すぐに

     軍人のそれに変わる。

 

     「チッ! 思ったより早かったな」

     「こちらの動きに気付いたのかもしれませんね」

 

      手早く食事のトレイを片付けると、揃って食堂を出る。

 

     「じゃ、俺は最初の手筈通りM1で出る。五月蝿いハエは俺たちでどうにかするから、ハエの

     巣の方は頼むぜ」

     「任せといて」

 

      確認しあうと、それぞれ互いのポジションへと踵を返すふたり。

 

 

      急いでブリッジへ駆け戻り、キャプテンシートに着くと同時に、格納庫からスタンバイOK

     のサインが入電する。

 

     『さぁ、ちゃっちゃと片付けて、ニューイヤーパーティと行こうぜ』

 

      いつもの軽い口調で部下たちに発破をかけるムウに苦笑しながら、マリューはMS発進命令

     を出した。

 

 

      硝煙にまみれたクリスマス。

      ふと、視線が落ちて、苦すぎる笑が零れる。

      世界が平和を祈る聖なる記念日に何と言う事かと思わないでもなかったが、これも選んだ道

     だから仕方あるまい。

 

      甘い思い出が欲しければ、これから未来<さき>、いくらでも作っていけば良い。

      いまはただ、どこかで楽しい思い出を作っているであろう人々の、その笑顔を守るために、

     我が身に出来る事を精一杯やるだけだ。

 

      きゅっと表情を引き締めて、マリューは顔をあげ、高らかに発令した。

 

     「アークエンジェル発進!」

 

 

                                END

                               2003.12.26 UP

 

 

 

                    思いっきり遅刻したし、ありきたりだし、全然甘くないけど、

                   一応、仕上げてみたクリスマスネタ。

                    単にフラ兄にクリスマスソングを歌わせようって話なだけだ

                   ったのに、何でこんなになってしまったのだろう…? 謎だ。

                    ちなみに戦後のいつかのクリスマスの話ということで、それ

                   以外のAAの任務とか状況とか、あんまり深く考えてないので、

                    その辺は適当に読み流してやってくださいませ。突っ込みは

                    イヤンってことでよろしくです。

 

                    …で、例によって、こんなんでも欲しいってひと、いる?

                    お持ち帰りは自由にしようかと思ってるけど…

 

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