Sweet revenge

 

 

 

      うちの奥さん、マリュー・ラミアスは元々技術士官だったというだけあって、モノを作る事

     が大好きだ。

      以前からそう思ってはいたんだが、特にふたり揃って退役して、郊外の古びた小さな家に移

     ってからは、やれガーデニングだと庭弄りに精を出し、リフォームだと日曜大工に腕を振るっ

     てみたりと、実に楽しそうにしているのを見るたびに、その思いは強くなる。

      一緒に暮らし始めて、実はかなりの凝り性なんだってことに気付いて、いままで知らなかっ

     たマリューを発見する喜びってやつを味わってたりする俺なんだが(笑)。

 

      そして、最近、もひとつ気づいたこと。

 

     マリューってば、ムシャクシャする時や落ち込んだりなんかした時に、料理に精を出してス

     トレスの解消を図ってたりもするらしい。

      だから、時々うちの食卓には、おそろしく手の込んだ料理や、およそ一般の家庭の食卓には

     並ばないだろうと思われるような料理が並ぶ事がしばしばある。

      この間も、

 

     『なぁ、マリュー、今日のメニュー、これ何?』

     『本日はタイ料理に挑戦してみたのよ』

 

      お味の程は如何かしら?と興味深々で尋ねてくるので――どうやら気分は浮上したらしい―

     ぱくぱくと口に運びこみつつ、素直な感想を伝える。

 

     『うん、美味いと思うよ』

 

      実際、マリューの料理の腕はなかなかのもので、どんなものでも大抵は美味い。

      しかし、

 

     『―――う〜ん、でも、好き嫌いで言ったら、あんまし好きな味じゃないかも』

 

      こーゆーことは喩え誤魔化してもマリューにはすぐバレるから、率直に応える俺。

      マリューもその方が良いと思っているらしく、

 

     『そう? じゃ今回限りにするわね』

 

      …と、実にあっさりしたものだ。

 

     『甘酸っぱい味ってあんま好きじゃないんだよなぁ。あ…でも、このライスペーパーに巻いた

     サラダにかかってるソースは良いな。後を引く辛さの加減が絶妙』

 

      もぐもぐもぐ。

      食べながら、自分の好みを素直に表せば、向かいに座ったマリューからくすくす笑いが零れ

     たので、俺は『なに?』と視線を向ける。

 

     『ムウってば、好きじゃないとか言いながら、それでも残さず食べてくれるから嬉しいわ』

 

      笑顔と共にそう言われて、

 

     『俺のためにマリューが作ってくれたものを残すなんて、そんな罰当たりな真似を俺がすると

     思う?』

 

      君が作ってくれた物ならたとえ黒こげでも全部食べる自信があるよ。

 

     『もっとも、マリューがそうそうそんなドジを踏むとは思えないけどな』

 

      そう言ってウィンクしてみせると、マリューは声を立てて笑った。

 

     『では、最愛の旦那さまにもっと美味しいものを食べていただけるように頑張らなくっちゃ

     ね』

 

      期待しててね、と笑うマリューを抱き寄せて、楽しみにしてるよ、と軽くキス。

      こんなことをしてるから、いつまでたってもラブラブ新婚カップルなんてからかわれたりす

     るんだけど、まったく気にしない俺だったり(マリューの方は少し気にしてるらしいけど…)。

      悔しかったらお前らも人前でいちゃついてみせろってんだよな。

 

      ともかく、こんなふうに至極穏やかに、甘い日々は過ぎていく。

      それは是非にと請われて、俺が柄にもなく士官学校で教官を勤めたり、マリューがモルゲン

      レーテで働きはじめ、ふたりでいる時間が減ってからも変わらないこと。

      相変わらずマリューの料理は美味しいし、時々手の込んだ料理を作っては気分転換を計った

      たりしてるし。

 

      そんなある日のこと。

 

      「ただいま〜」

 

       遅くに帰宅したマリューは両手いっぱいの荷物を抱えていた。

 

      「ごめんね、ムウ」

 

       すぐに夕飯の支度をするから。

       そう言ってキッチンに向かう奥様の手伝いをするために、俺も後を追う。

       毎日の夕飯のメニューは既に決めてあり、休日にまとめて下ごしらえが済んでいるから、今

      日の買い物は明日の休日に何か作るためのものだろう。

       地上のエネルギー問題を解決するための新しいプロジェクトに関わり始めたマリューは、こ

      のところいつも帰りが遅い。

      新プロジェクトスタートの常として、最初は問題が山積みだ。それを根気良く整理して、問

      題点を解決しつつ進めていくのは、マリューでなくても骨の折れる仕事だろう。

      一昨日あたりからちょっとピリピリしてきたマリューは、程よくストレスも溜まってきて、

      そろそろ気分転換を計りたくなるころ。

       そんなことを思いながら、ダイニングのテーブルにどっかりと置かれた大きな袋の中から取

      り出されたものを受け取り、冷蔵庫に収めるのを手伝えば、次々と出てくる大量の卵に生クリ

      ーム、粉砂糖にバニラビーンズ、山盛りのフルーツなどエトセトラ。

       これは何かお菓子を作るつもりだな、と目星をつけてると、最後に出てきたのは何故かでっ

      かい金物のバケツ。

 

      「なー、マリュー、これどーすんだ?」

      「あ、それはその辺に置いといて頂戴」

 

       疑問もあらわにバケツを携えた俺に、マリューはあっさりと部屋の隅を指差す。

       ガーデニングか何かに使うのかなと、大して気にも留めずに、言われたとおりにバケツを片

      した俺は、続いて夕飯の支度に取り掛かったマリューを手伝うために、エプロンを手に隣に立

      ったのだった。

 

 

       そして、次の日。

 

       いつものようにじっくりと夜を愉しんで、少しだけ朝をのんびり過ごした後、やっぱりいつ

      ものようにきびきびと溜まってた家事を片付けたマリューは、俺が思ってたとおりに午後から

      キッチンへと篭った。

 

      「ムウはのんびりしててね」

 

       言われたとおりに新聞など読みながらのんびりしてると、キッチンから漂う甘い香り。

       今日のデザートは期待できそうだ。

       そんなことを考えながら、ひとり放って置かれる淋しさを紛らわす俺。

       奥様の楽しみを邪魔するわけにはいかないからね。ここは我慢するさ。

 

       昼寝したり、散歩したり、あれこれひとりで時間を潰せば、ようやく奥様の楽しみも一段落

      着いたようで、今度は車で一緒に出かけて一週間分の買出し。それから今日の夕飯の支度と、

      瞬く間に時間は過ぎていく。

       そうしていつもより少し早めに夕餉の席に着いた俺は、テーブルに所狭しと並べられた料理

      に少しばかり驚く。

 

      「えへ。ちょっと頑張り過ぎちゃったかしら?」

 

       ぺろりと舌を出して、上目遣いで可愛らしく俺を見上げるマリュー。

       これだけ精を出したということは相当ストレスが溜まってたらしい。

 

      「大丈夫? 全部食べれる?」

 

      心配そうなマリューに「任せろ」と胸を叩いてみせる俺。

 

      「前にも言ったでしょ? マリューが俺のために作ってくれた物を粗末にしたりなんかしませ

      んってば」

 

       正直、たいして運動していない休日の夜にこれだけの量は厳しいものがあるのだが。

 

      「嬉しいvv」

 

       だからムウ大好き、と抱きつくマリューの期待を裏切るわけにはいかない。

 

      「んじゃ、頂くとしますか」

 

       ふたり揃って席について、手を合わせて「頂きます」のご挨拶。

       他愛の無い話に笑いながら、楽しく夕餉の時を過ごしていく。

 

 

      「ごちそうさまでした」

 

       さすがの俺も軽く余裕でというわけにはいかなかったが、なんとか食卓の上のものを平らげ

      ると、続いてはデザートの時間。

       マリューが午後からキッチンに篭ってせっせと作った、とっておきのデザートの登場だ。

 

       手際よくテーブルの上を片付けたマリューが「さぁ、召し上がれ♪」と差し出したものを見

      て、俺は一瞬絶句してしまった。

 

      「どうしたの、ムウ? 大好きでしょ、これ?」

 

       あなたのために頑張ったのよ。

       にっこり笑顔で言われて、多少引きつりながらも「うん」と応える俺。

 

       テーブルの上にでんっ!と鎮座しているのは、俺の大好きな「マリュー特製フルーツ山盛り

      プリン」ではあるのだが。

 

       だが、しかしっ!

 

       そいつはいつものデザート皿ではなく、昨日、マリューが買ってきたでっかい金物バケツに

      入って出てきたのだ!

 

      「マ…、マリューさん?」

 

       その迫力たるや、かつては「エンデュミオンの鷹」と畏れられた俺をびびらせるのに十分な

      ものだったわけで。

 

      「これは、さすがにちょっと量が多いんではないかい?」

 

       するとマリューの表情が途端に悲しいものに変わる。

 

      「…食べてくれないの?」

 

       うるうるの瞳で俺を見つめるマリュー。

 

      「あなたのために作ったのに…」

 

       軽く俯いたマリューの伏せた目尻には、うっすらと涙さえ浮かんでいる。

       マリューのそーゆー表情に俺は弱い。滅茶苦茶弱い。

 

      「マ、マリュー?」

      「…そうよね。いくら底無しの胃袋を誇るムウでもこれは無理よね」

 

       焦る俺を尻目に、俯いたままのマリューがぼそぼそと言葉を紡ぐ。

 

      「いや、だから…」

      「わたしね、前にムウが『マリューの作ったものなら絶対に粗末にしない』って言ってくれた

      のがとっても嬉しかったの」

      「それはそーなんだけど…」

      「だから張り切って作ったんだけど、でも、調子に乗りすぎちゃったみたいね」

 

       ごめんなさい。

 

       悲しげに微笑むマリュー。

       重ねて言っておくが、俺はマリューのこんな表情には滅法弱い。

       弱いんだが。

 

      ―――あー、俺、なんかやったかな?

 

       だんだん俺にも判ってきた。

       マリューの今回のストレスの矛先がどこに向かってるか、ってことが。

 

       だから。

 

      「これ、片付けておくわね」

      「あー、ちょっと待ったっ」

 

       巨大バケツプリンに手をかけ身を翻そうとするマリューを慌てて引き止める。

 

      「食べる。食べさせていただきます。だから―――」

 

       マリューの手からバケツを奪い取ってテーブルの上に戻すと、「まぁ!」とマリューがパッと

      表情を輝かす。

 

       機嫌直してくれよな。

 

       祈りながらぴかぴかに磨かれたスプーンを握り締めた俺は、眼前の巨大プリンに戦いを挑ん

      でいった。

 

      「ネェ、ムウ、美味しい?」

 

       にっこり笑顔――でも、じつはそれが一番怖い(汗)――で訊いてくるマリューに、

 

      「うん。最高」

 

       少々ひきつりながらも応える俺。

       実際、マリュー特製フルーツ山盛りプリンは美味い。実に絶品なのだ。

       ただ量が問題なだけで。

 

       ――あぁ、俺、マヂで何したっけかなぁ…

 

       ゼリーで薄くコーティングされたフルーツを口に運び、プディングの蕩ける食感と、口いっ

      ぱいに広がる甘い香りを味わいながら、ここ数日の己の所業を振り返る。

 

       ここんとこは泊まりの研修も無かったし、ちゃんと定時に帰ってきてた。

       家の中のことも出来る限りは手伝ってきたし――共働きだからな、出来ることは自分でしな

      いとマリューの負担が増えるばかりだし。

 

       もぐもぐもぐ。

       手の込んだ飾り切りの施されたメロン――しかも俺の好きな赤い身のヤツ――を頬張りつつ、

      さらに考える。

 

       夜のお勤めだって手は抜いてない…どころか満足させて余りあってる自信はあるし。

       あぁっ、もしかして張り切りすぎたのがいけなかったのか?

       でも、マリューってばいつも可愛いけど、俺の腕の中で喘いでる姿は何時にも増して綺麗で

      可愛くて艶っぽくて。

      もっともっとイイ声で啼かせてみたくなる。

       だからついつい、張り切りすぎちまうんだが…

 

       切なく甘い声で俺の名を呼び続けてた昨夜の可愛いマリューの姿を思い出して、しばしスプ

      ーンの動きが止まる。

 

      「どうしたの? もうギブアップ?」

 

       じぃっと凝視されてそのことに気づいた俺は、

 

      「いや、なんのまだまだ」

 

       言いながらウサギの形のリンゴを一齧り。

       しゃりしゃりしゃりと音を立てて食べながら、再び思考の海に旅立つ俺。

 

       マリューはいったい何を怒っているのだろう?

       こないだマリューのお気に入りの鉢を蹴飛ばして、端っこを欠けさせちまったこと?

       それとも、一緒に観てたミステリー映画の謎解きをポロっと漏らしてしまったこと?

 

       いくら考えても判らない。

       俺は食べても食べても減らないような気がするバケツの中身を睨み付ける。

 

       とにかく、まずはこいつとの戦いに勝つことが先決だな。

 

       マリューに気付かれないように、俺はこっそりとため息を零した。

 

 

 

      「ご…ごちそうさま、でした…」

 

       やっとのことでバケツの中身を空にした俺は、息も絶え絶えに手を合わせる。

       さすがの俺も、かなりてこずってしまった。

       も、胸が苦しくて、ちょっとでも動こうものなら口からプリンが溢れ出しそうな気がして、

      当分の間甘いものは見たくないとさえ思ってしまう程だったが、それでもなんとか完食できて

      良かったぜ。

       これで残したりしたら、マリューに何言われるか判ったもんじゃないし。

 

       そして、当のマリューはと言えば、もともと大きくて丸い瞳をさらに丸めて、呆れたように

      「凄ぉい」と呟いていた。

 

      「ホントに全部食べちゃうなんて思わなかったわ」

 

       おいおい、仕掛けたのは君だろ?なんて、機嫌を損ねるようなことは言わずに、

 

      「言ったろ? マリューが、俺の、ために、作って、くれた、ものを、粗末に、するような、

      真似は、しない、って…」

 

       一言ごとに胸に込み上げてくる吐き気と戦いながら、それと気取られないように…と言いつ

      つ、痩せ我慢なのは見え見えだったけれども、それでも俺はにやりと笑ってみせる。

       するとマリューは、俺に負けじと笑みをその貌に浮かべた。

 

      「それで、お味の方は如何だったかしら?」

      「勿論! 最高だったよ」

 

       間髪をいれずに応えれば、少しトーンを落とした冷ややかな声が返ってくる。

 

      「あなたの可愛い生徒さんたちが作ってくれたのよりも?」

 

       へ?

 

       意味が判らずにボケた表情を向ければ、マリューは相変わらずニコニコと笑っている。

       でもその笑顔は得も言えぬ迫力をまとっていて、まるでAA艦長時代に敵と対峙していた時

      に負けず劣らず鬼気迫るものだった。

 

       こ、怖ぇえ―――

 

       背中を冷たいものが駆け下りて、思わず逃げ出したくなった。

       数多の戦場をくぐり抜け、「エンデュミオンの鷹」の二つ名を戴く、泣く子も黙るエースパイ

      ロットたるこの俺を、笑顔ひとつでここまで怯えさせることが出来る相手なんて、世界にたっ

      たひとりしかいない。

 

      「な…なんのことかな?」

 

       回れ右して逃げ出したくなる脚を叱咤激励してなんとかその場に踏みとどまった俺が、反対

      に問いを返すと、

 

      「とぼけないでっっ!」

 

       最強の笑顔のマリューさんは、びしっと俺に人差し指をつき立てる。

 

      「一昨日、可愛い女生徒たちに囲まれて鼻の下を伸ばしながら彼女たちの手作りのプリンを食

      べてたのは何処の誰ですかっ?!」

 

       容赦ない弾劾の言葉を聞きながら、俺は一昨日の記憶を手繰り寄せる。

       一昨日といえば、長距離フライトの実技実習もなく、机上の講義中心のカリキュラムで、一

      日中校舎の中にいたんだよな。

       俺が教官を務める航空基地はもうすぐ創立記念日だとかで、生徒も教官も皆、祭りの準備に

      おおわらわになっている。

       あの日は確か、午後からイベント準備のために休講になってて、食堂でマリュー特製の愛妻

      弁当を残さず平らげたあと、教官室へと帰る途中で何人かの生徒に呼び止められたんだったっ

      けか。

 

      「あっ!」

 

       一昨日の行動を再トレースしていくうちに、俺はあることに気がついた。

 

      「もしかして、マリュー、見てたの?」

 

       ポンと手を打ちつつ尋ね返せば、俺に向けられた笑顔が微妙に引きつり、微かに眉間に皺が

      寄せられる。相変わらず無言なままのマリューだったけれど、その表情の変化からビンゴであ

      ることを確信した俺は、なぁんだと安堵の息を吐いた。

 

      「来てたんなら声をかけてくれれば良かったのに」

 

       あの日、教え子たちに呼び止められた俺は目の前に様々なプリンを差し出されたのだ。

 

      『フラガ教官、試食をお願いします!』

 

       真剣な表情で差し出されたのは、オペレーターを養成する航空管制課がメインになって運営

      されるカフェで出す予定のメニューだそうで、是非とも試食して率直な感想をお聞かせ願いた

      いということだった。

       でも、なんで試食係が俺なの?と訊ねれば、なんでもこの基地一の舌の持ち主は俺なのだそ

      うで。

 

      『教官の奥様の料理の腕前は有名ですよ』

 

       …というわけで、俺の口に合えば間違いないということになるらしい。

       お願いされた俺は快く試食係を引き受け、様々なアドバイスをしてやったというわけだ。

       その様子をマリューはどこからか見ていたらしい。

 

      「黙って見てるなんて、マリューも人が悪いなぁ」

 

       そう言うとマリューは丸く見開いた目をくるくるとせわしなく動かしながら、まだ少しむく

      れた様子で反論してきた。

 

      「え? あ…、でも、そう、そうよ。ただの試食と言うわりには、物凄く嬉しそうだったじゃ

      ない。こーんなに鼻の下伸ばしちゃってて…」

 

       焦った時の癖でかなりオーバーアクションになりながら話すマリューに思わず苦笑をひとつ。

       確かに鼻の下を伸ばしてたのは事実だ。そのことは認めよう。

       でも、その理由を話したら、マリューはどんな表情をするだろう?

       俺はマリューのリアクションを想像して目じりを下げながら話を続けた。

 

      「あの娘たち、管制課のオペレーターの卵なんだけど、中に栗色の髪の女の子がいただろ?」

 

       しばらく考え込んだマリューが「うん、確かに」と軽く頷く。

 

      「その娘がさ、マリューに良く似てるんだよね」

 

       さらりと言うと、マリューが「!」と大きく目を見開く。

 

      「士官学校時代のマリューってこんなんだったのかなぁ。きっと可愛らしくてアイドルだった

      んだろうなぁとか、学生時代のマリューもこーやってお菓子作って、誰かに食べさせてたりし

      たのかなぁ。できれば同じ学校で『先輩』なんて呼ばれてみたかったなぁ、なぁんて…」

 

       彼女を見ながらそんなことを考えてたわけなのだ、俺は。

 

       一種の惚気ともとれる俺の話を聞きながら、マリューの表情が耳まで真っ赤になる。

       予想通りの反応に、俺の目じりはますますやに下がり、鼻の下も伸びていく。

 

       やがて。

 

      「ごめんなさい…」

 

       小さな小さな声が俺の耳に届く。

       見ればうなだれたマリューが小さくなっている。

 

      「あの日、ちょっとした用事であなたの基地まで出かけることになったの」

 

       お仕事の邪魔をするつもりはなかったけど、会えれば嬉しいなと思って、しかも基地の皆も

      訊きもしないのに『フラガ教官なら××にいますよー』と教えてくれるし、折角だし一目顔を

      見てから帰ろうかと、勝手知ったる基地内をうろうろと。

       そしてようやくに俺の姿を見つけたと思ったら、件の光景を眼にしたということらしい。

 

      「嬉しそうにしてるムウを見たらなんだか声をかけそびれちゃって、それからずっとムカムカ

      してて…」

 

       それで意地悪しちゃったの、と、下を向いたままのマリューはもう一度「ごめんなさい」と謝った。

       そんな可愛いマリューを俺はすかさず抱き寄せる。

 

      「謝る必要なんかないよ、マリュー」

      「え? だって…」

      「俺、すごく嬉しいんだもん」

 

       きょとんとした表情――そんな表情もまた可愛くてしかたがないんだが――で見上げてくる

      マリューの頬に、チュっと軽くキスを落とす。

 

      「どうして? わたし、ひとりで勝手に誤解して、くだらないヤキモチ焼いて、あなたに意地

      悪したのに…」

 

       訳が判らないといった風情で訊いてくるマリューに、俺は相変わらず上機嫌でチュッチュと

      キスの雨を降らす。

       いつもなら恥ずかしがって「止めてよ」と逃げるマリューも、今日はおとなしくされるがま

      まだ。

 

      「だからさ、マリューがヤキモチ焼いてくれたのが嬉しいの♪」

 

       それだけマリューが俺のこと好きだって証拠だろ?

 

      「もちろん、マリューが俺のことを好きでいてくれることは知ってるけど、マリューったら恥

      ずかしがってあんまり『好きだ』とか『愛してる』とか言ってくれないし、時々、ホントに

      時々だけど、淋しいって思うことあってさ」

 

       だから喩え「ヤキモチ」であっても目に見えるカタチで愛情を示してくれると嬉しくてたま

      らないわけだ。

 

      「…じゃ、許してくれるの?」

      「許すも許さないも、最初から怒ってないんだから何も無いでしょ?」

 

       ウィンクしながらそう言うと、マリューは感激のあまり俺に飛びついてきた。

 

      「ムウ、大好き!」

 

       抱きつく身体をぎゅっと強く抱きしめ返して、俺はマリューの耳元で囁く。

 

      「時々、そんな風に言ってもらえると嬉しいなぁ」

      「うん。善処します」

      「約束、な」

 

       頬を赤らめて頷くマリューにそっとキスをして、それから俺はちょっと名残惜しげにマリュ

      ーから身体を離して、真っ直ぐに向き合う。

 

      「んじゃ、一段落着いたところで、一緒に食べようか」

      「え? 何を?」

 

       またまた訳が判らないと言った風情のマリューに、俺は冷蔵庫を指し示す。

 

      「だって、もひとつあるんだろ? プリンが」

 

       そう言うとマリューは両手を口元へ持っていきながら「あっ」と声をあげた。

       昨日、買物の荷物を片付けてた時に、件のバケツが2個あったことを俺は忘れてはいなかっ

      た。

       おそらく俺の返答次第でプリン責めにあわせるつもりだったんだろう。マリューの甘い復讐

      は念が入っている。

       果たして、冷蔵庫から出てきたもうひとつのプリンに俺は苦笑を禁じえなかった。

 

      「大丈夫? 無理しなくてもいいのよ?」

 

       スプーンを手に巨大プリンに再挑戦する俺に向かって、マリューが心配そうに言う。

       それにウィンクで返す俺。

 

      「ん、ひとりなら無理かもしれないけど、マリューも一緒に食べてくれれば大丈夫」

 

       いけるよ。

       言いながらスプーンに一匙すくってマリューの口元へ。

 

      「ほら、あーん♪」

 

       一瞬、鼻白んだマリューだったけれども、ニコニコ顔でスプーンを突き出す俺に敵わないと

      観念したのか、頬を赤らめながらもパクっと匙を咥える。

 

      「うまいだろ?」

 

       続いて俺もひとくち。ついでもう一匙すくってマリューへ。

       そうやって互いにひとくちずつ仲良く分け合ってプリンを食べる俺たち。

 

      「こんなに甘いものばかり食べて大丈夫? 太ったりしない?」

 

       俺の健康管理にも気を配るマリューが心配するのも無理はないけど、俺は殊更に大丈夫と笑

      って見せた。

 

      「流石に少々カロリーオーバーかもしれないけど、でも大丈夫さ」

 

       マリューが協力してくれればね。

 

       そうしてちょいちょいと手招きして、その耳元でこっそりと囁く。

 

      「今夜、いつもよりちょっぴり激しい運動に付き合ってくれればOKさ」

 

       摂り過ぎたカロリーは運動して消費するしかないわけで。

       意味を悟ったマリューの表情がまたまたまた耳まで真っ赤になる。

 

      「…ばかね」

 

       こっそりと一言だけ返された言葉は拒絶を示すものではなくて。

       むしろ照れ隠しを含んだ肯定の言葉と言ってもいいほどのもので。

       気を良くした俺は、上機嫌で残ったプリンを口に運んだのだった。

 

 

 

       その日の夜がいつも以上に甘く濃厚なものであったことは、今更言うまでもない。

 

 

 

       そして、嬉しさのあまり、俺がついつい張り切りすぎたおかげで、翌日、ふたり揃って遅刻

      する羽目になったというのは、まったくの余談だ(笑)。

 

 

 

                 Its Happy end vv

                 2005.03.02 UP

 

               相変わらずのくだらなさに脱力しながら(笑)TOPへもどる ⇒