虫
トボローはベータ氏の一人息子。といっても人間ではない。増えすぎた人口抑制のため、子どもを持つことができないベータ夫妻に与えられた人型ロボットである。なかなか健気な子で、少しでも人間らしくふるまってベータ夫妻を喜ばせようと一生懸命だ。
でも実はあまりデキがよくない。
今日も今日とてベータ氏の叫びが聞こえる。
「トボロー!!」
「ナンデスカ」
「おっお前というやつは」
わなわなとふるえるベータ氏の手にはお気に入りの観葉植物。しかしぐったりと無惨な姿になっている。
「世話を忘れていたろう!お前がどうしてもというから、任せたのに」
「私ハ世話ヲシマシタ!」
「だったらなんでこうなる!これは恩師からもらった大切なものなんだぞ。それを」
さんざん悪態をつき、ベータ氏は鉢をかかえて去っていった。
「まあまあ。よっぽど虫の居所が悪かったのねえ。トボロー、気にしてはだめよ」
そばにいたベータ夫人がため息とともにこう言ってなぐさめてくれた。
が。
ムシの居所?トボローの頭に?が点った。
それから数分後。
「あなた、どうなさったの」
部屋からベータ氏がうなだれて出てきたではないか。心なしか泣いているようにも見える。
「さっきの鉢をくれた恩師が亡くなったと、たった今連絡が入ったんだ。ああ、もしかして虫が知らせたのかもしれないなあ」
しみじみとしおれた植物を見るベータ氏。トボローはそれを見て自分も悲しい気持ちモードに入りながら、また?を感じていた。虫が知らせる??
ベータ氏が葬儀に出かけた後。ベータ夫人と買い物に出かけたトボローは、おとなりのアルファ夫人と会った。
「まあ〜、お嬢さん、結婚なさるの?」と、ベータ夫人。
「そうなの。変な虫がつくんじゃないかと冷や冷やしてたから、ほっとしたわ」 と、アルファ夫人。
虫がつく?
そばのトボローはまたしてもわからなくなった。
人間は体の中にムシを飼っているものなのか?
だったら、少しでも人間らしくふるまうには自分もムシを飼わなければならないのでは。あちこち居所を変えることができて、警告することもできて、他人に付くこともできるムシ。
そこまで考えてトボローの思考回路はなにかとつながり、いきなりすごい不安モードに入った。
しかし、これはやらねばならないことなのだ。人間は虫と共生しているものらしいから。
数日後のこと。
「こいつときたら、よけいな手間ばかりとらせる!」
ベータ氏はコンピュータ画面を操作しながら、そこにつながれたトボローを見た。すっかり機能停止して、ピクリとも動かない。
「お、いたいた。こいつだ。まーったく、なんだってこんなもんわざわざ自分の体に送り込んだんだか・・・」
画面に写る虫(ワーム)。 そう。トボローはコンピュータウィルスを自らに注入してしまったのだ。
実はコンピュータが苦手なベータ氏、思わず叫んだ。
「まったく虫が好かん!」