きき過ぎ

 ガンマ夫人は「ガンコ」夫人と言われるくらいに頑固者。女手ひとつで酒場を経営して、娘マルガリータを育て上げた。
 頑固者だけれど、人情に厚いところもあるので、酒場は結構繁盛している。それに最近は強い助っ人が現れて、ますます繁盛している。
 強い助っ人。それは、ウェイター代わりに買ったロボットのトボローである。実はあまりできがよくなくて、コップを洗わせれば割るし、物を運ばせればひっくり返す。これではモトがとれない、と思ったガンマ夫人は、常連客で酔いどれロボット学者のアール氏に頼んでちょいと細工をした。それは、集音の力。トボローは客のどんなに小さいささやきも聞き取ることができるようになり、これぞと思ったことをガンマ夫人に教えてくれるのだ。
 
 今夜もトボローはガンマ夫人の酒場で手伝っている。今夜はまだ失敗していないのでガンマ夫人は機嫌がいい。
「ほい、これをあっちのお客様にお出ししとくれ」
 生ビールをいくつか受け取りながら、トボローは素早く小さな声で言う。
「アノ男性達ハ仕事ノプロジェクトデ成功シタヨウデス」
「そうかい!じゃ、これも持っておいき。お祝いだって」
 枝豆を一皿渡す。
 トボローが言われた通りにすると、リーダーらしき男がびっくりした顔でガンマ夫人のところにやってきた。
「僕らの仕事が成功したって、よくご存じでしたね」
「あはは、見りゃわかるさ。がんばったんだねえ、おつかれさん」
「ありがとう!また次、来させていただきます!」
 そんなこんなで、トボローが来てから常連が増えた
 
 その日もトボローは店にいた。ビールを2つ受け取りながら、その客が結婚間近であることを教える。
「へぇ?結婚ねえ」
 ガンマ夫人の反応は鈍い。トボローはとっさに検索をして、夫人の一人娘マルガリータが駆け落ち同然で出ていったことを思い出した。結婚式の招待状が来ていたが、当然のようにガンマ夫人は無視している。
 まずかったか。ちょっと反省しながら、別の会話に耳を澄ませる。と。
「(決行はいつにする?)」
「(店が閉まるのが0時ジャストだからな。その後だ)」
「(合鍵は?)」
「(だいじょうぶだ、もう手にいれている)」
「(気付かれないようにやらなきゃな。警報装置なんてもんはないだろうな?)」
「(ああ、それもだいじょうぶ。でも古い建物だからな、床がギシギシ鳴るかもしれんぞ)」
 声の方を見る。と。怖そうな顔つきのオトコが二人。声をぐっと低くしているので、隣の客にも聞こえないだろう。
 これは大変かもしれない!トボローは焦ってガンマ夫人のところに行った。
 ガンマ夫人も話を聞くと顔を青くした。
「で、今は何か言ってるかい?」
「・・・寝室ハ2階ダカラ簡単ニハ気付カナイダロウッテ・・・」
「そんなことまで知ってるなんて」 
 ガンマ夫人はどうしようかと考えを巡らせた。警察!?それが一番よさそうだ。でもなんて言う?トボローの力ははっきりいって違法行為だ。
 仕方ない。トボロー本来の仕事をしてもらう時が来たようだ。用心棒としてひと肌脱いでもらわねば。
 
「いいかい、もしヘンなことしたらこれで殴るんだよ」
 店の片づけを終え、寝室に引っ込みながら鉄パイプを渡すガンマ夫人。トボローはロボット3原則を思い浮かべながら、困ったようにそれを受け取った。
「ア!声ガシマス」
「さっきの客かい?」
「ハイ。店ハ案外広イ、ト。エート、ソレカラ、ドーシテモッテ時ハ縛リツケテ・・・」
 ガンマ夫人の眉がピクリと上がった。
「そんなこと、させるもんかい」
そしてぬき足さし足で階下へと向かう。
「・アッ」
 いきなりトボローが叫んだ。
「な、なんだい」
「イエ、アノ、今ハ危険デス。少シ待ッタ方ガヨサソウデス」
「そ、そうなのかい?」
 さすがのガンマ夫人もなるべくなら対決は避けたい。トボローの忠告に従って様子をみることにする。
 しばらく耳をすませていたトボローが、やがてうなずいた。
「大丈夫デス。ソット降リテ行キマショウ」

 ギシッ、ギシッと階下へ降りる。物音はすでにガンマ夫人の耳にも届いていた。ガチャガチャとお皿のふれあうような音。テーブルを動かすような音。一体・・・?
 階段から店に通じるドアに手をかける。トボローは鉄パイプ、ガンマ夫人はフライパンを手にして、タイミングをはかる。
「せーのっ」
 バン!!
 ドアを開く。と、いきなりパンパンっtという音が鳴り響いた。
 「ギ、ギ、ギャー」
 てっきり撃たれたと思ったガンマ夫人、胸を押さえる。が、ちっとも痛くない。
 あれ?と顔をあげる。
「あっ!」
 そこにはパーティー会場があった。店がきれいに飾りつけられ、おいしそうな料理が並んでいる。そして。
「お、おまえ」
 そのテーブルの向こう側に、白いドレスの娘がいるではないか!
 かけおちして出て行った娘だ。そばにはその相手の男が立っている。
「ど、どういうことだい」
 驚きのあまり息をつまらせながらガンマ夫人が言うと、娘がほほえんで言った。
「だって、どうしても結婚式にお母様に出て欲しかったんですもの。でも絶対来てはくれないと思ったから、こっちから行くことにしたの」
 ハっとまわりをみると、昼間の男二人がいる。
「そのおふたりは、私達の友達で、結婚の立会人です。お母様、お願い、私達の結婚を認めてください」
 どうしてうよいかわからず、ガンマ夫人はあたりを見渡し、トボローを見つけた。
「こ、この役立たず!お前、このことを知ってたね!?」
 トボローは無表情にうなずいた。
「ハイ。サッキ階段ノ上デ聞コエテイマシタ」
「お願いします、お母さん。ぼく、一生懸命勉強してカクテルを作れるようになりました。ここのお手伝いもできます」
 そして差し出すグラス。マリガリータ。娘の名前にもした、ガンマ夫人大のお気に入りカクテルだ。
 いきおいでそれを受け取り、グっと飲み干す。なにやらモソモソとつぶやく。
「結構ヤルジャナイカ」
 集音力のすぐれたトボローが通訳した。
「トボロー!いらないこと言うんじゃないよ!」
 驚いて叫ぶガンマ夫人。でもマルガリータはとても嬉しそうな笑顔になった。
「お母様!許してくださるのね」
 ガンマ夫人は居心地が悪そうにブツブツとなにやらつぶやく。それをトボローがすべて通訳した。
「仕方ナイネエ、マア、店ヲ手伝ッテクレルッテンナラ」
「トボロー!お前、聞き過ぎだよ!」
「お母様!」
 娘につめよられ、ついにガンマ夫人は言った。
「わかったよ。このマルガリータも効き過ぎさ。あたしゃ怒る気も失せちまった。」
 
 数日気。いつものようにガンマ夫人とトボローが店にいる。
 しかし、トボローの集音力は消されて、ただのできそこないウェイターロボットになっていた。
 トボローがガンマ夫人に聞いたのだ。
「オ嬢サンガ、夜ニ妙ナ声ヲ出シテタノデスガ」
 真っ赤になったガンマ夫人、トボローをすぐに改造したというわけなのだ。
「まったく、聞きすぎだよ、お前は!」